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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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7.先輩のお尻が嗅げる獣人に生まれたかった!

 





「ようするに、先輩の顏が良いのがすべていけないんですよ……!! あの顏に平然と行くか? って言われたらはい! って答えるしかなくなるし、ついぽーっとしちゃって上手く考えれなくなるし」

「……へー」

「どうしようかなぁ。美術館のあと、ご飯食べに行く約束もしちゃったんですよね~、何故か。私がやっぱり断ろうと思って、すみません、美術館に行く日なんですがって電話で言ったら、すかさず昼飯どこ食いに行く? って聞かれちゃって……。ハンバーグが美味しいお店が近くにあるみたいで。爽やかな声でフィオナが好きそうなの、いっぱいあるぞ? って言われたら、行くしかないですよね!? 私、激チョロだから心配!!」


 わっと両手で顔を覆ったら、目の前のデスクに座ったラインハルトさんが溜め息を吐いた。今日も銀のドラゴンの刺繍があしらわれた眼帯をつけて、深紅の制服の上から、黒いだぶだぶのコートを羽織っている。暑くないのかなぁ、私はそろそろ暑いんだけど……。貰ったばかりのカーディガンを、制服の上から無理やり着てるんだけど暑い。刺繍からふんわりと甘くて深い、先輩の香りが漂ってくる。


 まだ誰もいなくて、静かで、窓からの陽射しがぐちゃぐちゃに散らかった部署を照らしていた。ペンとよく似た何かの道具を握り締めて、青紫とラベンダー、赤と虹色が綺麗に渦巻いているガラスボール? をいじっているラインハルトさんが眉間にシワを寄せ、嫌そうな顏になる。


「で? どうして俺にそれを話そうと思った? ろくに相槌も打ってないのに、ぺらぺらと喋り続けやがって」

「ご、ごめんなさい……。でも、他に聞いてくれる人がいないから」

「そりゃ朝の七時半だからな!? ふざけてんのか、お前。分解するぞ? なぁ」

「分解って! でも、どう思います? は~、このままだと先輩に恋しちゃうかもしれない。激チョロなんですよね、私」

「だから話しかけるなって。何のために俺がここで作業していると……あっ」

「あっ? わっ、わああっ!?」


 ぼふんと虹色の煙が出てきて、ラインハルトさんが咳込んだ。すかさず「大丈夫ですか!?」と言いながら離れる。巻き込まれたら怖いから……。虹色の煙が晴れたあと、ラインハルトさんが強烈に渋い顔になって、悪態を突き出した。


「っやいこら、お前のせいで失敗したぞ!? ヒューのバディでなけりゃ、実験台にしてやっていたところだ! まったく」

「し、失敗したらどうなるんですか? 私への影響は……」

「自己保身に走りやがって! 大丈夫だ、これは大したことがな……ぶぇっくしょい!」

「わっ、わああ!? え、何? 何ですか? その白いふわふわは」

「あーあ、失敗したか。っぐ、ぶ、むず痒いな」


 ラインハルトさんの顏の周りに、ぷかぷかと、白い綿あめらしき物体が浮かんでいた。また強烈に渋い顔になって、その綿あめを掴む。潰れることも、小さくなることもなく、掴まれていた。不思議~、ちょっと可愛いかも、あれ。


「手軽に髪を染められるものが欲しかったんだが。ぶぇっ、ぶぇっくしょい!」

「えっ!? そ、それ、鼻の穴から出てきてませんか!? 綿あめ!」

「染料、染料に反応してくしゃみが出てるんだろ……。俺、アレルギー体質なんだ」

「えっ!? ああ、それで鼻の穴から綿あめが?」

「バカ言え、そんなわけないだろうが。失敗したんだよ、お前が話しかけるから」

「えっ? どういうことですか? 分からないんですけど、ぜんぜん」

「つまりだ、煙を思いっきり吸い込んだから……ぶぇっくしょい!」

「あ、今度はピンク色だ。可愛い~」


 白い綿あめが二つと、ピンク色の綿あめが一つ、ぷかぷかと空中に浮かんでいた。ラインハルトさんが慌てて、黒いコートのポケットに手を突っ込み、濁ったグリーンの液体が入ったガラス瓶を取り出す。あ、怪しい……。一気にそれを飲み干してから、溜め息を吐いた。


「……つまりだ、煙に含まれている染料に反応して、くしゃみが出てている。アレルギー症状と、失敗した結果はまた別の話だ」

「は、はあ。よく分からないんでもういいです、ありがとうございます」

「お前、アホなんだな。見かけと違って。いや、見かけ通りか」

「はっ、はい!? 先輩に言いつけますよ!? いいんですか、怖いですよ!?」

「うるさい、黙れ! とっとと出て行け!!」

「うわっ!?」


 怒ったラインハルトさんが、ピンク色の綿あめを顏に押し付けてきた。皮膚に触れるなり、しゅわっと溶けていった。えっ、頭皮がちりちりする。ん? むずむず? よく分からないけど猛烈にむず痒い! パニックになって、指の腹で頭皮を掻きむしっていたら、ラインハルトさんが満足げな顏になる。


「よし、上手くいったな。難点は髪の色を変えるさい、頭皮が強烈に痒くなるところだが……。まあ、そういうデメリットがあっても買うやつは買うだろうなぁ」

「ちょっ、これ、痒いんですけど!! ずっとこのままなんですか!?」

「数分経てばおさまる。それまで掻いとけ」

「ひ、酷い! こうなったらもう、話を膨らませて、先輩にラインハルトさんに呪いをかけられたって言いつけるしかないんですけど!?」

「おい、やめろ!! あいつ、お前のことが絶対に好きだろ。これだから獣人は。惚れやすい」

「違いますって、庇護対象になってるだけですって」

「どうでもいい、興味は無い」

「あ、ましになってきた。痒み。はー、痒かった」


 必死に指の腹で掻いていたら、ましになってきた。ラインハルトさんが頬杖を突いて、つまらなさそうな顏になる。この人、変人って呼ばれてるだけあるなぁ。でも、話しかけたら一応相槌は打ってくれるし、この際、いっか! 綺麗なピンク色に染まった髪から手を離して、キャスター付きのチェアをころころと動かし、退屈そうなラインハルトさんへにじり寄る。かなり嫌そうな顔をされた。青い瞳が細くなる。


「それで、このカーディガンの他に時計やマグカップを貰ったんですけど、お返し、何がいいと思いますか? 以前、助けて貰った時はお肉の詰め合わせにしたんですけど……」

「よくもまあ、平然と話しかけてこれるな」

「他に誰もいないんで! あと一応、ラインハルトさん、古株なんでしょう? ステラちゃんから聞きましたよ。先輩の前からいるんでしたっけ? 好みとか把握してません?」


 不機嫌そうな顔をしながら、二の腕を組んだ。どうしようかなぁ、お返し。あんまり好みを把握してないんだよね……。いっそのこと、もう一度お肉を贈っちゃう?


「してるわけないだろ。人間、いや、獣人に興味は無い」

「何がいいと思いますー? お酒だめなんですよね、先輩。かといって、またお肉じゃ味気無いし。ん~、どうしようかなぁ。そうだ、チーズケーキ! チーズケーキもいいかなって一瞬思ったんですけど、食べられるというだけで好きじゃないような感じなんですよ。チョコならいいかなと思ったんですけど、甘いものは避けた方が無難ですかね? どう思います?」

「知るか……。頼むからどっかに行ってくれ、目障りだ」

「えーっ? 聞くだけでもいいんで、聞いてくださいよ!」


 ラインハルトさんがのけぞって、喉を見せつけてきた。聞くだけ聞いてくれたって別にいいじゃん!! 不満に思って、ばんばんデスクを叩いていたら、「おい、やめろ!」と言って、鬱陶しそうに睨みつけてくる。眉間に死ぬほどシワが寄っていた。


「分かった、分かった! 惚気話は聞かない、返事もしない。あーあ、失敗した。お前のせいで。一気にやる気が削がれた……。あとで迷惑料を寄こせ、それで許してやるから」

「別にいいですよ、それで。お金は払いませんけど!」

「おい。じゃあ、あとでコーヒーでも奢れ」

「嫌です。お返し、何がいいと思います? 次、海辺ドライブデート……んんん!! ドライブして、パフェ食べに行くんですけど。その時、何か渡そうと思って」

「……キスでもしてやったらどうだ? 尻尾を振って喜びそうだぞ」

「もーっ、私と先輩はそんな関係じゃないんですって!! やっだ!」

「いった!? 突き飛ばすなよ!?」


 身を乗り出してつい、鎖骨の辺りを押したらかなり怒られた。は、反省、反省。平謝りしていると、しぶしぶと手で肩口を払い、溜め息を吐く。目が合わない~、失敗した。


「とっ、と、とにかくもまあ、私と先輩はそんな関係じゃありませんから! 万が一、好きになったとしても全力で諦めます」

「どうでもいい。さっさと出て行ってくれないか」

「お返し、何がいいと思います? 私が先輩に着て欲しい服でも贈ろうかと思っているんですけど、さすがに欲を出しすぎですよね!? それじゃ! でも、個人的には一度、腹筋チラ見せの服を着て欲しいんですけど……」

「へー、似合いそうだな」

「でっしょ!? 分かってくれると思ってました、ラインハルトさんなら!」

「えっ? ぼ、棒読みだったのになんでそうなっ、」

「ただ、突き返される可能性があるので! 着る前は普通の服で、着たらお腹の辺りがこう、ぱかっと裂ける服知りませんか!? 先輩の美しい腹筋を覗き見るための、額縁のような服を贈りたいんですよ!!」

「……俗にそれを不良品と言うんだよ! 知るか、知るわけがない」

「魔術で何とかなりませんかね!? 魔術オタクなんでしょう、ラインハルトさんって!」

「やめろ、こっちを見るな! 離れろ!!」


 身を乗り出したら、頭をわし掴みにされた。少しの間、揉み合っていると急に部署のドアが開いた。中に入ってきたのは色っぽいイケメンのルーカスさんと先輩。私を見るなり、先輩が青灰色の瞳を見開く。


「げっ」

「おはようございます、先輩! 今日は早いですね? あ、でも、もう四十五分か~」


 ラインハルトさんの胸元から手を離して、腕時計を確認する。ふふふ、綺麗。深い青色に、銀の砂がまぶされたような文字盤。角度によっては、金にも銀にも見える時計の針が規則正しく、チッ、チッ、チッと時を刻んでいた。私がほれぼれ眺めていると、先輩が話しかけてくる。


「そのピンク色の髪、どうした? ラインハルトの仕業か」

「こ、こいつが髪の色を変えろって言ってきて……おい、やめろ! 殺気を飛ばすな! しゃ、洒落にならないだろ、その威嚇は」

「悪いな。お前がフィオナに嫌がらせしたのかと思った。実験が好きなんだろ? なぁ」

「せっ、先輩! 大丈夫ですから、いじめられてませんから! 別に!」

「ならいいけど。でも、まあ、似合ってるな。瞳の色とよく合ってる」

「ど、どうも……」


 さらっと褒められた。戻し方を聞こうと思ったけど、やめようかな? 半年ぐらい、ずっとこの髪色でいよっかな~! にへにへ笑いながら、自分の毛先をつまむ。上品なピンク色だった。真っ赤な苺ジャムに牛乳を混ぜて、薄くしたような色合い。綺麗。


「おい、さっさと自分のデスクに戻れ! 俺が睨まれてるだろうが!!」

「え~? 日頃の行いが悪いから、睨まれてるんじゃないんですかね? 先輩は意味も無く睨むような人じゃありませんよ」

「くっそ、いい性格してやがる! ヒューのバディでなければ、ヒューのバディでなければ、ぶん殴ってやったところだ……!!」


 心配になるほどイライラした様子で頭を抱え、狼のように唸ってみせた。ん~、先輩ってすごいんだなぁ。最初の頃はちょっかいかけてくる人がいたんだけど、ぱたっと無くなった。部署に入ってきた先輩が自分のデスクに向かいながら、「おい、フィオナ。そこ、他人のデスクだから。戻ってこいよー」と言ってくる。


「はーい。それにしてもラインハルトさん、先輩のことが怖いんですか? どうして?」

「どうしてってそりゃ、半殺しの目に遭うからな。知らないか? ステラから何も聞いていないのか」

「えっ? なんか、事件がどうのこうのって……」

「あいつは一歩間違えれば人殺しだ。獣人は厄介だからなぁ、気をつけろよ?」


 それまで頭を抱えていたのに、急に近寄ってきて声を潜め、ささやいた。人殺し。先輩が? じゃあ、事件って、誰かを半殺しにしたことがあるんだ……。ゆっくりと静かに先輩が近付いてきて、デスクに手を置いた。う、美しい! この日に焼けた肌と、綺麗なオーバル形の爪、細長い指……。先輩の手のオブジェ、玄関に欲しい! 飾りたい!! ひゅっと静かに、ラインハルトさんが息を呑み込んだ。


「言いたいことがあるのなら、ひそひそ話してないで俺に直接言え。人殺しだったか?」

「先輩、型を取ってオブジェにしたいんですけど! 手!!」

「……フィオナ。あのなぁ、お前な」

「そういうサービスがあるんですよ、知りませんでした? ちょっと猟奇的ではあるんですけど、体のパーツそっくりのオブジェが作れるんです。胸元から顏とー、手と足と、ウエストから腰にかけてってああああー!! 先輩のお尻! 先輩のウエストからお尻、太ももにかけての型を取って、オブジェにしたいです! いけませんか!?」

「いけると思うか? 冷静に考えてみろ。絶対に嫌だし、無理だ」


 今まで見たことがない顔をして、冷たく言い放った。うっ、いいもん! ダメ元で頼んだんだから……。


「先輩っ……!! そんな、冷たい目で! 私のことを可愛いヒヨコちゃんだと思っているのなら、お尻、お尻の型を取らせてください!」

「それとこれとは別だから、絶対に嫌だ」

「え~、そんな~。比較的、何でもお願い聞いて貰えると思ってたのに!」

「図々しい……」

「先輩、酷すぎません!?」

「酷いのはお前の発想だよ! 変態発言も程々にしろ」

「うわっ」


 呆れた表情の先輩がぐしゃぐしゃっと、頭を撫でてきた。乱暴だからこれ、可愛がっているというよりも、たしなめられてる感がある……。ブーイングしながらデスクに突っ伏すと、ルーカスさんが笑いながら、隣へ腰掛けてきた。


「いや~、仲が良いな。二人とも。まあ、そのおかげでラインハルトは命拾いしたわけだが」

「……俺は逃げる! ちょっとからかったぐらいで過剰反応するのが悪いんだ。理解出来ない!」


 言うが早いが、さっさと部署を出て行った。逃げるの早いなぁ、あの人……。呆れながら見送っていたら、先輩が溜め息を吐いた。


「あることないこと吹き込まれる前に、俺の口から話すべきなんだろうなぁ。気は進まないが」

「いいですよ、別に。誰かから聞いた先輩の話なんて、信用しないつもりですから」

「……そうか? でも」

「大丈夫ですって! 無理に話したくないんでしょう? それに友達でも恋人でもないんだし、過去に何をしていようが気になりません。あ、私に被害がくるのなら別ですけど、そういうわけじゃないみたいだし」

「上げてから落とす、か……。俺もされたことがあるぞ、ヒュー君。気の毒にな」

「ルーカスさんはちょっと黙ってて貰えませんか」


 苛立った様子で、銀色の毛に包まれた耳をぴこぴこと動かしている。あっ、ああ、可愛い!! 心なしか、尻尾も不機嫌そうに揺れ動いてるー! ぱったんぱったんと、くねらせながら、左右に動かしていた。思わず掴みそうになったけど、我慢我慢。


「かっ、可愛い~!! やっぱり先輩は耳がある方が良いですよ、可愛い~! 喋ってて緊張しないし、マスコットらしい可愛さを演出しているのが、このぴこんぴこんって動く耳と尻尾なんですよ! 分かりますか!? 触るのがだめなら、匂いを嗅がせて欲しいんですけど!?」

「おっ、おい、お前、こんな朝っぱらから刺激的なことを言うなよ! ここ、職場だぞ!? 分かってんのか!?」

「刺激的なこと!? えっ、匂いを、尻尾と耳の匂いを嗅ぐのが……?」


 先輩が若干頬を赤く染めて、そっぽ向いた。えっ、ええ~、本気で照れ臭い顏してるんだけど……。耳が挙動不審になっちゃってる。後ろになったり、前になったりと忙しない。


「これだから人間は分かっちゃいない! よく考えてみろ。ケツの匂いを嗅がせてくれって言ってるのと同じだぞ? それ」

「……でも、獣人って、本来の姿でお尻を嗅ぎ合ったりしますよね?」

「人間はしないだろ? 良い例えが思いつかなかっただけで、」

「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待ってください!! 誰かにお尻を嗅がれたことが!? か、嗅いだことが!? わっ、私に黙ってそんなことを!?」

「落ち着け、フィオナはただの後輩だろうが!」


 思わず立ち上がって、肩を揺さぶれば、ものすごく困惑した顏になった。そ、そうだよね? 私の知らない一面ぐらい、あるよね? でも、私と知り合う前に、そうっ、そうやって、お尻を嗅ぎ合ったりとか……。


「もう早退したくなってきた」

「おい。始まってすらいないのにか?」

「な、なんでしょう? 先輩が、先輩がそんな、可愛らしい女性のわんちゃんを追いかけ回して、お尻の匂いを嗅いでいたのかと思うと、心置きなく推せない気分になってしまいまして……」

「決めつけるなよ! したことねぇって、そんなこと!!」

「じゃ、じゃあ、同意の上で嗅ぎ合っていたんですか!?」

「泣きそうな顏で言うことか? それ。でも、まあ、ただの挨拶だし……」

「あるんですね!? 私も獣人に生まれたかった、先輩のお尻を嗅げる存在になりたかったーっ!!」

「はあ!?」

「朝っぱらから、すごいこと言ってるなぁ……。そんなこと言っちゃだめだよ、フィオナちゃん」


 ルーカスさんを振り返ってみると、紙コップ入りのコーヒーを飲んでいた。い、いつの間に!? あ、手に持ってたのかな。先輩の顏しか見てないから、分からなかったけど……。唖然としていれば、ルーカスさんがふっと気障な笑みを浮かべ、茶髪を払いのける。


「分かるぞ、俺にはヒュー君の気持ちが。つらいよなぁ、情緒をジェットコースターに乗せられて、振り回されてる気分になるよなぁ」

「は? また何を言って……」

「でも、可愛いと思った時点で君の負けなんだ。そう、振り回されつつも、思い出せば、笑みがこぼれてしまう……。そうなったらもう、後戻りは出来ないんだ。苦しいよな~。分かるよ、分かる」

「はあ。やめて貰えませんか? 無理やり過去の自分と、俺を重ねるの」

「大丈夫、おじさんはいつでも君の味方だ。愚痴でも何でも付き合うぞ?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 先輩の愚痴を聞くのはこの私ですけど!?」

「そこで張り合うのかよ、ルーカスさんと」


 天を仰ぎ、芝居がかった表情を浮かべたルーカスさんに向かって、声を張り上げたら、先輩が脱力したように肩を落とす。何を言ってるのかよく分からないけど、私、だめじゃない!?


「先輩の、先輩に一番可愛がられてる後輩は私なのに、一度も愚痴られたことが無いんですよ! あ、お姉さんについての愚痴は聞いたんですけどね? でも、今、本当にアンドリュー君という、先輩の庇護欲をそそるいたいけな存在に、地位を脅かされてる真っ最中なので……!!」

「フィオナ? 違うって言っただろ?」

「いーや! 誤魔化しても分かりますよ!? だ、だってこの間だって、しょっちゅうアンドリュー君を気にかけてたじゃないですか! あんまり近寄ってやるなよとか、迷惑になるだろうからいきなり電話かけるなよとか、毎日連絡したら負担になるだろうから、一週間に一回ぐらいにしておけよって! アンドリュー君、ずるい! 私、そこまで気にかけて貰ったことないのに!」


 いっ、いいんだけど! 腕時計とか、ハンカチとかいっぱい貰ったから……。私がぜいぜい息を荒げていれば、先輩がにっこりと優しく微笑んだ。母のような目をしていた。


「そうか。悪かったな、寂しい思いをさせて。じゃあ、夜寝る前、俺と毎日電話でもするか? アンドリューとは毎日しているんだ」

「えっ、えっ!? そうなんですか、酷い! アンドリュー君、私に嘘を吐いてたんですね……? そこまで先輩と仲良くないって言ってたのに、隠れてこそこそと、先輩と毎日電話を? 夜寝る前に!?」

「男に慣れたいって言うから、練習に付き合ってただけだ。別にアンドリューが特別な存在ってわけじゃない」

「本当ですか!? 先輩、アンドリュー君と私、どっちが好きですか!?」

「もちろん、フィオナだから安心してくれ。アンドリューとは何も無いからな?」

「あ、安心しました……。良かった!」


 私がひしっと先輩に抱きつけば、笑って背中を擦ってくれた。首をひねりながら、ルーカスさんが「おかしいなぁ、不思議な会話だなぁ、なんか」って呟き、コーヒーをすする。ん!? でも、これでよくない? 先輩がアンドリュー君をよーしよしって言って可愛がって、私は程良い距離を保つってことで、いいとは思うんだけど……。


「でも、やっぱり無理です! 可愛い後輩の地位をアンドリュー君に譲るだなんて!」

「……どっちかと言うと、アンドリューはそうだな? ちゃんと見てなきゃいけない後輩だなぁ」

「あっ、ああ、だから、やたらとアンドリュー君を見つめてたんですね!? 会うたびにいつも、熱心にアンドリュー君のことを見つめてるなぁって思ってたんですけど!」

「すまん、フィオナ。あいつは常に顔色が悪いし、どうしても気になっちゃってさ……」

「うわーんっ、羨ましい! 私も先輩に見つめられたぁーいっ!!」


 今日の晩、ううん、あとでもしも会ったら八つ当たりしようっと……。いいなぁ、アンドリュー君は先輩に見つめて貰えてって、しつこく言おう。落ち込んでいると、先輩がやたらと機嫌良さそうな笑顔を浮かべ、私の頭を撫でてきた。


「まあまあ、とりあえず今日の昼飯は俺と一緒に食おうぜ? アンドリューを誘う予定だったけど」

「あっ、はい! ぜひ!」

「俺、完全に置物になっちゃってるなぁ……」

「えっ、申し訳ありません。じゃあ、ルーカスさんはあとで先輩がどんなパンツを履いているのか教えてください。それと、出来たら先輩の胸筋と自撮りして貰えませんか?」

「絶対絶対、申し訳ないって思ってないよな!? あと、胸筋と自撮りって……」

「何も裸を盗撮してくださいって頼んでるわけじゃないんだし、それぐらい、ぶえっ!?」

「俺の目の前で言うことじゃねぇよな? セクハラだからやめろ、それ」

「ふぁい……」


 先輩に頬を掴まれた。気まずそうにもごもご口を動かせば、ふっとおかしそうに笑う。


「ほら、カーディガンしまってこい。赤い制服がちゃんと見えるようにしなきゃだめだからな?」

「はーい! そうだ、お、お尻を嗅いだことってあるんですか!?」

「……あると言えばある。死ぬほどフレンドリーな犬の獣人に囲まれて、しぶしぶ嗅いだ」

「男性ですか!? 男性ですか、それっ!」

「男だ。フィオナは知らないかもしれないが、男が女性の尻を嗅ぐとキレられる。でも、獣人の女性は嗅いでもいいことになってるんだ」

「獣人の世界って奥深いですね……」

「圧倒的に女が有利。対応をミスれば、血が出るまで噛まれる」

「き、厳しすぎる……!!」









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