6.沢山のプレゼントとお土産のマフィン
「はーっ、お腹いっぱい! ありがとう、アンドリュー君。楽しかったよー!」
「あ、はい……」
私が玄関先でアンドリュー君の手を掴み、ぶんぶん振り回していると、困惑した顏になった。しまった、またやっちゃった。慌てて手を放してから、トートバッグを持ち直す。隣で先輩が不機嫌オーラをまき散らしていた。アンドリュー君のことになると、過激になるなぁ。気を付けないと。
「じゃ、じゃあ、お邪魔しました! ごめんね、お休みの日に。ありがとう!」
「いえ、楽しかったので……。それとこれ」
「ん? 何これ」
手渡された保冷バッグを受け取る。なんてことない、どこにでもありそうな黒い保冷バッグだった。ちょっと小さめの。アンドリュー君を見てみると、照れ臭そうに視線を逸らした。
「ほ、褒めて貰えて嬉しかったので……。お土産です、マフィンを焼きました」
「マフィン! ありがとう~! えっ、いいの? 貰っちゃって」
「はい。それと、アディントンさんにはこれを。チーズとワインの詰め合わせです」
「ありがとう。良かったのに、わざわざ」
えっ? ワイン? 先輩、こう見えてお酒飲めないんだけどな……。そっか、あんまり交流無いから知らないんだ。え、どうしよう? 私、いける口だから貰おうかなぁ。でも、アンドリュー君が先輩に渡したものなんだし、私が横から奪っちゃうのってどうよ? だめでしょ、それは……したら。悶々と思い悩んでいると、紙袋を受け取った先輩が「じゃ、帰るか。フィオナ」って言ってきた。
「あっ、はい! じゃあ、また明日職場で」
「はい。また良かったら、マフィンの感想を聞かせてください」
「もっちろん! 楽しみ~、食べるのが! じゃあね、また明日」
「また明日」
先輩と一緒にマンションを出て、のんびりと歩き、列車に乗る。二人掛けの席が空いていたから、そこにした。行きとは違って、シートは赤茶色。座り心地が良い。そわそわしながら、膝の上に載せた保冷バッグを覗き込んでいると、先輩が苦笑した。日当たりが良い窓際の席に座っていて、銀髪が煌めいている。
「随分と嬉しそうだな、フィオナ」
「はい、すっごく嬉しいです! どんな感じなんだろ、楽しみ~。あ、そうだ。ワイン、飲めないでしょう? わ、私が貰うとか……?」
「いや、大丈夫だ。さして多くないし、料理に使う」
「りょ、料理に……」
「煮込み料理でも作るか。チーズと合いそうだしな」
「にっ、煮込み料理……!! 先輩の煮込み料理!」
先輩が作る煮込み料理、食べたくて食べたくてたまらない!! で、でも、我慢我慢。アンドリュー君があげたワインなんだし。というか、ほいほい何でも口にするべきじゃないし。我慢して、ぷるぷる震えていると、先輩がおかしそうに笑った。見てみると、目が潰れそうになっちゃった。逆光の中で微笑む先輩、美しすぎる……!!
「食べに来るか? 俺の家に」
「いっ、いえいえ! そ、そうだ! じゃあ、アンドリュー君も連れて行きましょうか!? 仲良くなりたいでしょう? あっ、私、天才的な発想しちゃったかも! アンドリュー君の手作りパンと、先輩の煮込み料理ってどうですか!? 相性抜群で最高じゃないですか!?」
「……ただ、俺の家だしなぁ。絶対あいつ、緊張するだろ」
「あー、ですよね。じゃあ、やめておきます。諦めます……」
「早いな、おい」
だよね~。今日かなり緊張しちゃってたし、「パン焼いて先輩の家に集合ね!」って言えない。私、酷すぎない? 自分のことしか考えてなかった。しょんぼり落ち込んでいると、先輩がまた笑った。
「フィオナだけでもさ、俺の家に来ればいいだろ?」
「いや~、それはちょっと」
「なんでだよ。アンドリューの家には一人で行くつもりだったろ?」
「ま、まあ、それはそうなんですけど! で、でも、いいんですか? あれだけ徹底的に住所を教えなかった先輩が!?」
「……前とは違うから」
「んっ、んん~、でも、やめておきますね! ほら、せっかくアンドリュー君から貰った念願のワインだから、一人で楽しんでください。私に気を使わなくてもいいんですよ?」
「念願のって何だよ。俺は別に、アンドリューから酒が貰いたいとか、一言も言ってないだろ?」
「それはそうなんですけど。二人の、仲良しの印なんで……」
「あっそ」
「突然の塩対応!! いいんですけどね!? 別に。おーい、せんぱーい……? もしもーし?」
急に目線が合わなくなった。そっぽを向いて、窓の景色を見ている。ええええっ? でも、ネコ科の獣人だしなぁ。そういう時もあるかも。それともやっぱり、私にどこに住んでいるのか、教えたくなくなっちゃったとか……? ありうる。冷静になったのかもしれない。
ぐるぐるとあれこれ考えていれば、先輩が急にジャケットのポケットに手を突っ込み、「ん」と言って、何かを差し出してきた。見てみると、赤いエナメルのバッグだった。でも、手のひらに乗るほど小さい。傾いてきた陽射しを受けて、赤く艶めいている。
「えっ? これって、持っとけって?」
「何でだよ。家に帰ったら、開けてみてくれ。大きく膨らむから」
「膨らむ!?」
「知らないか? 魔術仕掛けで、中に物が沢山入るようになっている。開けたら、普通のサイズに戻るバッグ。ようするにプレゼントボックスだよ」
「へ、へえ……。そ、そういえば聞いたことありますけど」
でも、かなり高くて、百貨店の手が出せないコーナーにずらりと並んでいるやつですよね!? え、いくらしたんだろう? これ。おそるおそる受け取って、赤い、小さなハンドバッグを手のひらに乗せてみる。か、可愛い……。でも、お値段が気になる。いくらしたんだろ?
「くれるってことですか?」
「ん。外装も、バッグの……何だ、外側? 外側か。外側のデザインが変えられるから」
「えっ、そうなんですか!?」
「おう。三種類ぐらいパターンがあって。まあ、また試してみてくれ。中に説明書が入ってるから」
「は、はい。でも、どうしたんですか? 急に」
「口止め料の残り。特に欲しいものが無かったから」
「口止め料の残り……? あっ」
虫が大量発生した時に、噂になるのを防ぐためにか、苦労してそうなお上品マダムに貰ったんだった! え、でも、いらないって言ったのに!? ぽんと渡そうとしてきたけど、けっこうな大金だったから断ったのに。
「いっ、い、いらないって言ったのにですか!?」
「……眠い。寝る」
「あからさま! ねえ、ちょっと先輩!? いらないって言いましたよね!? 嬉しいは嬉しいんですけど!」
「言い間違えた。別に口止め料の残りじゃない。俺が買ってきたくて、買ってきただけだ」
「先輩! だから、嘘があからさまで……」
私を無視して、頑なに両腕を組み、窓の景色をガン見している。きょっ、興味無いくせに、景色なんて! ええええ~……? 嬉しいは嬉しいけど、なんか申し訳ないなぁ。中身が気になる。どんなのが入ってるんだろ?
「先輩、ちょっと開けてみてもいいですか?」
「そっと丁寧に開けろよ。いきなり膨らむみたいだから」
「はい。じゃあ一旦、ちょっと保冷バッグを持っていて欲しいんですけど、いけますか?」
「ああ、持ってるから見てみろ。んで、いらなかったら捨てろ」
「捨てませんよ! 先輩から貰ったものですし、大事にしますよ……!!」
言われた通りそーっと、ファスナーを動かしてみたら、急にぼんっと膨らんだ。普通の大きいハンドバッグになる。仕立てが上等。持ち手も裁縫も、なんかこう、しっかりしてる。エナメルだし、可愛い~。
「こういう赤いバッグが一個あると、ぐんとおしゃれが引き締まるんですよね! プレゼントボックスって言ってましたけど、普通のバッグとしても使えるんですか?」
「使える。それと、中に色々入ってるから」
「色々と!? じゃ、じゃあ、見てみますね……」
色々ってなんだろう、ケーキとか? それはさすがに無いか、生ものだしね。手を突っ込んで広げ、バッグの中を覗き込んでみる。内側には、赤白チェック柄の布地が張られていた。おお、凝っている。さすがはお高めのバッグ。肝心の中身は、包まれていてよく分からなかった。どうやら、雑貨っぽいものを沢山包んで、バッグに詰め込んだ感じ……? 手を突っ込んで、がさごそと探ってみる。
「えーっ、なんかいっぱい入ってる! あ、これ、服ですかね? 一番大きい包みは」
「開けてみたら分かるから」
「それはそうなんですけど! この小さい包みがいっぱい入ってるの、気になる……」
服、服、服! なんだろう? すっごく気になる。興奮して、一番大きい包みを取り出すと、何故か先輩が笑い出した。それを訝しげな目で眺めつつも、包みを開けてみる。店名が入った、ビニール袋に包まれていた。手に触れたのは、柔らかい生地。薄い! 引きずり出してみたら、胸元に綺麗な草花柄の刺繡が入った、グレージュ色のカーディガンだった。
「おしゃれ! 色合いがすっごく可愛い……!! えっ、何ですか!? これっ」
「UVカットカーディガン。これからの季節、何枚あってもいいだろ? もう持ってるだろうけど」
「先輩、分かってる~!! そうなんですよ、UVカーディガンほど使い勝手のいいものは無いんで! ありがとうございます、買い替えようと思っていたところなんですよ。さすがは、暴君のお姉様がいる弟くんですね……」
「まぁな。それを言うなよ」
「ふふふふ、ごめんなさい! わ~、嬉しいなぁ。ちょうど買い足さなくちゃなぁと思ってて! よれてきてたんですよ、嬉しい~。冷房対策にちょうど良さそうな分厚さ!」
広げて確認してみたら、二つポケットがついていた。あっ、助かる。けっこう深めだし、リップとかハンカチとか色々入りそう。分厚すぎず、薄すぎず、何よりもこの胸元の刺繍が可愛い! ビーズまでついていて、凝っている。
「ビーズがきらきらしてて可愛い~! ん? あれ、この香りは……」
「店の香りじゃないぞ? 刺繍が香ってるんだ。香る糸を使った刺繍で、」
「うっそ!! 高いやつじゃないですか、すごい! そ、それに、この嗅ぎ慣れた香りはもしっ、もしかして!? 私の記憶が正しければ、先輩がトラ姿に変身して、ひったくり犯を追いかけてくれたおかげで美しい背筋を拝めた日と、先輩が珍しく階段でつまずいた日と、チキンのトマト煮込みを頼んだ日に使っていたコロンと同じ香りですよね!? ねっ!?」
「細かすぎて怖い。なんでいちいち覚えているんだよ……」
「うわーっ! ねえ、本当ですか!? 本当ですか!? 先輩の香りがするんですけど、このカーディガンからっ」
「まあ、当たってはいる。いつもコロンを買っている店が、そのカーディガンを出してな。元々雑貨も売り出してたけど、本格的に力を入れていくことにしたみたいで、」
「わーっ、どうしよう!? 嬉しい! 羽織って、羽織ってみても!?」
「どうぞ?」
くちびるの端を持ち上げて、にっと笑う。陽に照らされ、銀色に見えるアーモンド形の瞳が細められていた。セ、セ、セクシィー!! 相変わらず、セクシーさが爆発してる! 心臓に悪いから、さっと顔をそむけちゃった。慌ててカーディガンを広げ、袖に腕を通してみる。羽織った瞬間、ふわりと先輩の香りが立ち昇った。甘くて優しい、ライムとバニラの香り。後ろから優しく、先輩に抱き締められているような────……。
「っう、あ、ほっ、ほんのり、ほんのり香ってきますね……!?」
「欲しいって言ってただろ? 俺が使ってるコロン。売り切れてたけど、それならあったから」
「ど、どうも……。調べてみたんですけど、あれ、期間限定の数量限定ですよね? 永遠に手に入らないかも」
「調べたのかよ」
「はい、調べました。レディース向けの香水は売ってたんですけどね。ベースは同じだけど、ちょっと違う香りを加えたやつ」
「なんだ。妥協してそれにすれば良かったのに」
「したくありません!! もうっ、先輩の真顔ピース写真が入った、銀色のフォトフレームにそのコロンをふりかけようと思ってたんですよ!」
「意味が分からん……。それをして、一体何の意味がある?」
「ふふふ、ベッドサイドにずらーっと並べるんです」
「こわ。儀式かよ」
「儀式じゃありません! 先輩の顔を毎晩愛でるんですぅーっ!!」
腕をぱたぱたと動かしたら、生地がさらふわで、柔らかくてびっくりした。すごい、質が良い! 刺繍も綺麗だし、これ、高いんじゃ……?
「いっ、いいんですかねえ? これ。というか、どうして買ってきたんですか?」
「喜ぶ顔が見たかったから。以上」
「……先輩」
窓の景色を見ながら、すごいことをあっさり言った。ん? 本当にどういう気持ちで言ってる? コーヒーを飲みたかったから頼んだ、って言ってるみたいなトーン。淡々としすぎて、困惑した。先輩、どういう気持ちで言ってるんだろう? 顏を見てみたい。耳と尻尾がついてたら、分かったのに。手を伸ばして、腕に触れてみたら、ゆっくりと振り返った。意外にも、真剣な表情を浮かべていた。
「どうした? フィオナ。嬉しくなかったか?」
「……先輩、どういう気持ちで言ってるんですか? それ」
「どういう気持ちでって、お前な」
「だ、だって、今日は耳と尻尾がついてないから分からないんですよ! あれが可愛くて、感情が分かりやすくてすっごくいいのに!」
「あー、うん」
「どうでもよさそう! あと、申し訳ないからお金、いらないって言いましたよね? う、嬉しいは嬉しいんですけど……」
「なら良かった。それが一番だ」
「一番って!」
「どうせはした金だし、いらねぇよ。こういう物に替えて、フィオナに渡した方がいい」
「せ、先輩……。またはした金って言った!!」
「なんだ、やけにこだわるな? 金額に」
何も言えなかった。貧乏暮らしを味わってきた身としては、先輩がぽんぽんお金を使ってるの見るの、ちょっとつらい……。食うに困るほどじゃなかったんだけど。もっともっと困窮している人だっているんだろうけど、私からすれば貧乏暮らしだった。色んなことを我慢しなくちゃいけなかった。嬉しいは嬉しい。でも、住んでいる世界が違うんだと思い知らされる。ゆっくりと、先輩の腕から手を離したら、訝しげな顔で「フィオナ?」と聞いてきた。
「すみません。私、お金持ちのお嬢様じゃないし、一時期、ちょっとだけお金に困っていたので……。だから、簡単に使っている先輩を見ると、やるせなくなるんですよ。すみません」
「いや、俺もはした金って言って悪かった。無神経だった」
「はい……。すみません」
「別にフィオナは謝らなくていい、俺が全部悪いんだから」
「こだわり、こだわりすぎなんじゃないかな? と思いまして……。あんまりお金の話をしたくないんですけど」
「……悪かった! 突き返されると思ってたんだ」
「えっ!? しませんよ、もったいない!」
「フィオナ」
あ、誤解されたかも。先輩が少しだけ苦しそうな顏になる。言葉が足りなかった、しまった!!
「そ、そうじゃなくてですね!? 先輩から貰うものなら、何だって嬉しいから、突き返したりしませんよってこと!」
「ならいいけど。嬉しいか? 素直に喜んで貰う方が断然嬉しい」
「あ、う、嬉しいですよ……。すみません、もう謝らないようにしますね? 謝っちゃってるけど」
「そうだな。まあ、ぼちぼちでいいから。それがフィオナの性格だろ? 別に気にならないし」
気にならない。あっさり言ってるけど、声が優しい。先輩がまた、窓の景色を熱心に見つめている。
「気に……なりませんか? 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だ」
「っ先輩、筋肉、腕の筋肉、触ってみてもいいですか……!?」
「なんでそうなった!?」
「だ、だ、だって、今の笑顔が最高に素敵で! 筋肉触りたいって思っちゃったんです! いいですか!? ねえ、いいですか!?」
「勢いが怖い! あと、車内だからもう少し静かにな……?」
「はいっ!!」
「聞いてねぇなぁ、人の話!」
先輩が呆れたように言いつつも、嬉しそうに笑う。これ、いけるかも! 今なら胸筋触っても怒られないかも!! 必死でふがふがと鼻息荒く、胸元を撫でくり回してみると、さすがに怒られた。手を掴まれる。
「腕の筋肉だけって言ってたよな? フィオナ」
「いや、腕の筋肉だけとは言ってませんよ? すみません、今なら触っても許されるかと思いまして……」
「目が怖いな、相変わらず」
「うっ、分かりました! じゃ、じゃあ、腕の筋肉だけにしますから……!!」
「苦渋の決断みたいな顏すんな。まあ、別にいいけど」
「腕! いいんですか!? くれるんですか!?」
「やりはしない。殺人鬼かよ」
そっぽを向きながら、無言で腕を差し出してきた。ありがたく撫で回しているうちに、駅に到着した。私だけ降りて、全力で手を振ってみたら、苦笑しながらも振り返してくれる。いいなー! 窓際の席に座ってこっちを見てくる先輩、彼氏感があって。こうやって疑似恋愛? を楽しんでいきたい。付き合ったって、良いことなんてなさそうだから。鼻歌を歌いながら、家に帰って、残りの包みを開けてみる。
「わーっ、可愛いイヤリング! 先輩、私の好みをきちんと把握しすぎじゃない? 可愛い……」
中に入っていたのは、ティーポットのイヤリング。片方は齧った跡がある、チョコがけのビスケットでたまらなく可愛い! 細かい、ちゃんと磁器製だ~。レトロな青色の地に、淡いピンク色の薔薇が描かれている。次は何かな? 楽しみ。わくわくしながら包みを開けてみると、黒くてシックな箱が出てきた。えっ、アクセサリーが入ってそうな箱なんだけど……?
中身は腕時計だった。銀色のクッションに横たわっている腕時計が、息を呑むほど美しい、コバルトブルーの文字盤を抱えている。夜の色だ、これ。それも透明感がある、深い夜の色……。文字盤の下の方は、誰かが砂でもまいたかのように、銀色に染まっている。中央には金の星が煌めいていた。時を刻む針は細く優美で、よーくよく見ていると、銀色になって、その次は金色に変わる。思わず、息を止めて見つめてしまった。
「き、れい~……!! え、綺麗すぎる! いいのかなぁ、こんなに貰っちゃって。は~、ベルトまで美しい。可愛い」
ダークブラウンの本革ベルトに、繊細なレースが重ねられていた。綺麗、可愛い。もう溜め息しか出てこない。他はアヒル柄のマグカップと、持ち手がさくらんぼ柄のフォークとスプーン。濃いピンク色のタオル地に、花柄レースが縫い付けられたハンカチ。それと華奢な金色の鎖に、小さなティーカップと角砂糖、ティースプーンと苺の豪勢なタルトが吊り下がった、死ぬっほど可愛くて私好みのネックレス!! 興奮して、つい電話をかけてしまった。
「もしもし!? 先輩!? 今喋れますか!?」
「喋れるが、どうした?」
「ティーカップ! ネックレス!! うっ、腕時計がっ!」
「単語の羅列だが、言いたいことはよく分かった。気に入ったんだな?」
「はっ、はい! 先輩の腕時計見て、欲しいって言ってたの、覚えててくれたんですね!? 嬉しかったです、すっごく!」
「なら良かった。やたらと俺の瞳をアホ臭く褒めるもんだから、好きなのかと思って。その色が」
「ア、アホ臭く!?」
「喜んで貰えて何より。ごめんな、さっきは無神経なこと言っちゃって」
「い、いえ……」
先輩の声が甘くて、戸惑ってしまう。いつもと、いつもと変わらないトーンなんだけど、甘さが滲み出てるような……? 一口飲んで、苦かったのに、舌の上に甘さだけが残るカフェオレを飲んじゃった気分。
(そっか。くせになるんだ、先輩の甘さが)
いけない傾向だ。頑張って思い出して、私!! 顏につられてイケメンと付き合って、浮気されまくって、そのうえ刺されかけて、また懲りずに一目惚れしたイケメンと付き合って、上手くいかなくって、ストーカー化しちゃって、何とか苦労して別れた末に、今の職場に転職して、先輩に惚れてってするつもり!? 上手くいかないやつじゃん、こんなの!
先輩は私のことをヒヨコだと思ってる。こんなに良くしてくれるのは、刺されかけたあの日に、庇護欲を刺激されたから。恋愛感情は断じてない、勘違いしちゃだめ!! た、たとえ、瞳の色と同じ腕時計を贈ってくれたとしても、深い意味なんて無くて……。
「フィオナ? ごめん、怒ってるよな?」
「いっ、いえいえ、怒ってませんよ! じゃっ、おやすみなさい!!」
「もう寝るのか……」
「あ、いや、えっと、マフィン食べて寝ます。マフィン食べて、お昼寝しようかなぁって」
「太るぞ?」
「そればっかり言う!!」
「っはは、ごめんごめん。それじゃ、おやすみ?」
「え? は、はい……」
こっ、こここここ声が甘すぎる! ニワトリになっちゃう、動揺しすぎて。魔術手帳を閉じてから、はーっと溜め息を吐く。
「さ、マフィン食べようっと……」
マフィンはものすごくおしゃれで、可愛くて、食べるのがもったいないぐらいだった。チョコ生地の上に苺チョコがかけられ、赤い薔薇が飾られている。あとは、ふかふかのピスタチオグリーンの生地に、ホワイトチョコがかけられ、クマちゃんクッキーが載せられたマフィンに、さくらんぼがごろごろ入ったマフィン。輪切りのオレンジが載った、爽やかなオレンジチョコマフィン。それぞれ、一個ずつ入っていた。早速、先輩がくれたさくらんぼ柄のフォークを洗い、それを使って食べてみる。
「うわっ、美味しい~! でも、一口だけ、一口だけだから……」
薔薇は食べてみると、ぱりんと割れて、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。ほのかな薔薇の香りがするチョコだった。生地がほろ苦くて、しっとりしていて美味しい。間には苺クリームが挟まっている。ピスタチオグリーンのマフィンには予想通り、ピスタチオが使われていた。独特の風味がたまらなく美味しい! 香りが良かった。間にはざくざくのチョコクランチとクリームが入っていて、ふわふわの生地と相性抜群。食べていて楽しいなぁ、これ。
さくらんぼのマフィンにクリームは入っていなくて、さくらんぼの甘さと風味が存分に楽しめた。うん、これはこれでいい。王道の美味しさ。上に飾られたアーモンドスライスがぱりぱりで、アクセントになっている。最後にオレンジの輪切りが載ったマフィンを食べてみたら、美味しさで悶絶しそうになった。さ、爽やか~! オレンジの風味がしっかり残ってる。しかも、間にホワイトチョコっぽい味がする、クリームが挟まっていた。
「はあ、美味しい! 全部食べちゃいそう……。あっ、そうだ! 感想、感想」
アンドリュー君に感想を送ったら、喜んで電話をかけてきてくれた。話しているうちに、ときめきが薄れていった。うん、こうやって他の人と交流するのが大事だよね? でも、次はパフェ作りに行くし、明日から毎日仕事で顔を合わせるし、そのうえ今日、美術館に行く約束しちゃったし……。
(あれ? 私ってバカ!? どうして先輩と話してると、いつの間にか、次会う約束をしちゃってるんだろ……。おっ、思いだせない! 次こそはちゃんと断る、次こそはちゃんと断る!!)




