5.断じて良い雰囲気になってないから!!
駅前で良さそげなお菓子の詰め合わせが売っていたから、それを買って、アンドリュー君の家へと向かう。周りはのどかな住宅街で、太い幹の街路樹が並んでいた。古いけど、道が広くて綺麗。薄いベージュ色と白のレンガ道がまっすぐ続いていて、途中、古めの図書館や銀行を見かけた。スーパーもどことなく古い。
でも、緑がいっぱいの公園や小さな川があって、穏やかな雰囲気。アンドリュー君が職場から離れていても、ここを選んだ理由が何となく分かった。歩きながら、紙袋の中を覗き込む。さっきまで強く降り注いでいた陽射しは、湧き上がってきた雲に遮られ、柔らかくなっていた。
「好きなお菓子が分からなかったからこれにしたんですけど、良かったんですかね……?」
「いいんじゃないか? 別にそれで。無難な焼き菓子の詰め合わせだし」
「ですよね~。喜んでくれるといいんですけど。あーっ、焼きたてパン、楽しみ! 以前食べたことがあるんですけど、本当に美味しかったんですよ。焼きたてだと、もっと美味しいんでしょうね~。あっ、でも、ちゃんと、アンドリュー君と先輩の仲を取り持つの、忘れていませんからね!?」
「いや、忘れてくれていて全然構わないんだが? 張り切るな。フィオナが張り切ると、嫌な予感しかしねぇんだよ……」
「ひどい! もー、私だって頑張れるのに」
「頑張らなくてもいいから。何もするな、頼むから何もするな」
「先輩……!!」
そんなにアンドリュー君と仲良くしたいんだ、先輩。そうだよね? 私が余計なことしちゃったら、拗れるかもしれないし。さりげなく応援しよう。陰でアンドリュー君に先輩の良さをプレゼンしよう。
「よしっ! 頑張りますね!」
「頼むからやめてくれ……!! フィオナがよしって言っているのを聞くと、嫌な予感しかしない! この前もそう言って、何をやっても溶けないアメーバ状の物体を大量発生させただろ!?」
「す、すみません。あれで万引き犯を捕まえられると思ったんですけど……」
「とにかく、フィオナはよし! って言ったあとに問題を起こしてるんだ。頼むから張り切らないでくれ。休みの日ぐらい、ゆっくりさせてくれよ……」
「すみません! やっぱり会う回数、減らした方がいいですよね? さっき、一緒に美術館に行く約束しちゃいましたけど」
「それとこれとは別の話だからいい」
「本当に!? ねえ、本当に別の話なんですか!?」
「別の話だ。何もフィオナに会いたくないとは言ってない!」
やけにきっぱりと言うなぁ。ん~、本当に大丈夫なの? 喋りながら歩いていると、あっという間についた。ルーフバルコニー付きの低層マンションで、住人が植えた緑や花が、広めのバルコニーからこぼれ落ちていた。年季が入ったエントランスだけど、隅々まで掃除されていて綺麗。
そういえば、外壁はくすんだ白色だったけど、黒い汚れがこびりついてなかった。きちんとお手入れされてる証拠だ。茶色いマーブル模様のタイルの上を歩いて、何の臭いも漂ってこない、古くて狭いエレべーターの中へ入る。ブーンという重低音が響いたあと、動いた。
「えーっと、五階か。最上階だな」
「なんか興奮してきました! 観葉植物がいっぱいある素敵なお部屋なんですよ~」
「楽しみだな、見るのが」
「はい! アンドリュー君らしい、素敵なお部屋なんでしょうね」
わくわくしている私を見て、先輩がふっと微笑んだ。ま、また母のような目をしている……!! にへらっと笑い返せば、満足そうに微笑みを深めた。あっ、ああ、これで耳と尻尾がついていたら完璧だったのに!
耳と尻尾が無い先輩も素敵なんだけど、やっぱりあの、よだれが出ちゃいそうなぐらい魅力的な雰囲気と色気は、銀色のふんわりした尻尾と、丸っこくて可愛い両耳から出てると思うんだよね……。なんかこう、女遊びを平気でしてますって顏した先輩に、耳がぴょこんとついていて、ぴこぴこ動くのがたまらないのであって、耳と尻尾が無かったら、ただの超絶イケメンになっちゃう!
「先輩、耳と尻尾が無かったら魅力が半減しちゃいますよね……」
「なんだ? いきなり。ディスりやがって」
「だって、そうなんだもん~!! あれが可愛いのに! 明日はつけてきますよねっ? 耳と尻尾!」
「威嚇になるからな。つけてくる。こっちが猛獣系の獣人だって知ると、態度を変えてくるやつが多いからなぁ」
「あ~、いますよねえ。それまでイキっていたのに、先輩を見ると急に態度を変えて、へこへこし出す人」
「人間の男は弱いから。怖いんだろ、俺達のことが。ほら着いたぞ、降りろ」
「あっ、はい」
バカにした感じじゃなくて、あっさり言い放ってから、開けるボタンを押した。先輩はいつも紳士的。お店に入ったら、真っ先にメニュー表を渡してくるし、エレベーターに乗る時もこうやって気遣ってくれる。さすがは先輩、デート慣れしてる……。
しみじみしながら、爽やかな風が吹き抜ける廊下を歩いて、部屋へ向かう。角部屋だった。インターホンを押すと、すぐに出てきた。黒い半袖Tシャツの上から、生成りのエプロンを着ている。ごわついてるからリネンかな? 洗いざらしのリネンエプロンって感じで、すごく似合っていた。
「い、いらっしゃい……。いえ、こんにちは」
「わーっ、エプロン姿初めて見た! こんにちは、アンドリュー君! お邪魔しまーす。あ、そうだ。好きかどうか分からないんだけど、フィナンシェとクッキーとマドレーヌの詰め合わせ持ってきたよ! 好き? 大丈夫?」
「す、好きです。大丈夫です」
「良かった! あれ、もう良い匂いする! ていうか今日もかっこいいね!? エプロン姿が本当に似合ってる、すごい、かっこいい~!」
「ど、どうも……。とりあえず上がってください、ここで話すのも何ですし」
照れ臭そうにしながら、ドアを開け放した。先輩と一緒に「お邪魔します」と言ってから、上がる。壁は白くて、廊下は無垢床だった。木の良い香りと、焼きたてパンの香りが漂ってきて最高! 私がくんくん匂いを嗅いでいると、洗面所に案内しようとしていたアンドリュー君を引き止め、先輩が紙袋を差し出した。
「これ、手土産。好きなんだろ? ジェラート」
「あっ、ありがとうございます……。気を使わなくても良かったのに」
「そういうわけにもいかないからな。急に押しかけてごめん」
「ごっ、ごめんね!? 本当に! 私が焼きたてパン食べたいって言ったから……。そうだ、お姉さんとはどうだった!? 大丈夫だった!? 先輩から根掘り葉掘り聞くのはあれだから、やめておけって言われたし、確かにそうだなって思ったから聞かなかったんだけど、大丈夫だった? 上手くいった!?」
「ま、まあまあ……」
「だから、フィオナ? 近いって。もう少し離れる!」
「あうっ、す、すみません……」
先輩が私の首根っこを掴んで、戸惑うアンドリュー君から引き剥がした。だって、気になるんだもん~。何かと優しくしてくれていたお姉さんを助けるために、父親を殺したアンドリュー君。警察沙汰になってから、一度も会えてないって言ってたけど、誤解? わだかまり? は解けたのかな。どうなのかな……? ハラハラしながら見守っていると、無邪気にくしゃっと笑った。可愛い~! こういう顏も出来たんだ。
「大丈夫でしたよ、ありがとうございます」
「本当!? 良かった! 心配で心配でもう……。気になってたんだけど、職場で聞くのもあれだしって思ってさ」
「気にしてくださって、ありがとうございます。元気そうでしたよ。そ、れに、フィオナさんが言った通りで……。罪悪感を抱えていて。あの日、自分が余計なことをしなかったら、犯罪に手を染めることも無かったんじゃないかって、ずっと思い悩んでいたみたいで。だから、誤解を訂正しておきました。いずれ、父親のことは殺していただろうって」
「そっ、そっ、そっか~!!」
「フィオナ……。あーあ」
先輩が呆れたように溜め息を吐いて、額へと手を当てる。だ、だって、それ以外に何を言えばいいの? 言葉が死ぬほどヘビィ……。アンドリュー君が晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。あっ、イケメン。まあ、アンドリュー君がいいのならそれでいっか!
「それよりもパーン、パーン! 焼きたてパン! 洗面所ってこっちだっけ?」
「あ、はい。このドアです。隣はトイレ」
「分かった! じゃあ、先輩と手を洗ってから行くね~。リビングはあっち?」
「そうです。じゃあ、支度してきます……」
前よりもおどおどした雰囲気が無くなった。お姉さんと会えたから? それとも、イメチェンしてすっきりしたからかな? 良かった良かった。案内された洗面所は狭くて、落ち着いた雰囲気だった。床はダークブラウン。洗面ボウルは大きめのスクエア型で、青と白のモザイクタイルに彩られていた。私がふんふ、ふんふふんと鼻歌を歌いながら、手を洗っていれば、隣に立った先輩が苦々しい表情になる。鏡に映った先輩もかっこいいなぁ……。
「ああいうのどうかと思うぞ? フィオナ。もうちょい考えて発言しろ。それと何度も言ってるが、アンドリューとの距離が近い!」
「はぁーい……。本当に先輩って、アンドリュー君のことが好きですよね?」
「はあ? なんでそうなる」
「だって、この間からアンドリュー君のことばっかり気にしてるじゃないですか! バ、バ、バディの座を奪われたらどうしようって思ってるんですけど!?」
「まさか、そんな心配をしていたとはな……。無いから、絶対。安心しろ」
「なら良かったです。ほっとしました」
でも、捨てられないように魔術の勉強を頑張らなくちゃ……。先輩を置いて、先にリビングへ行く。ドアを開けると、真っ先に花と緑の匂いが漂ってきた。甘くて瑞々しい。高貴な花の香水って感じ。天井は吹き抜けで、木の梁が見えていた。黒いファンが吊り下がってる。それに、ロフトまである!
ロフトから観葉植物があふれんばかりに置いてあって、ちょっとしたジャングルになっていた。花弁が分厚くて黄色い花に、シダとよく似た植物。食虫植物らしき、グロテスクな見た目の植物も置いてある。そのロフトには、黒いスケルトン階段がかかっていた。ロフトの下には本棚と低いテーブル、ソファーとフロアランプが置いてある。こっ、こもれるやつじゃん、これ! この下! あの座り心地の良さそうなソファーに座って、冬にココアでも飲みながら読書がしたい~!
「秘密基地みたい~! すごい、予想以上! ねえ、なんでロフトがあるって教えてくれなかったの!? 観葉植物と天井しか映ってなかったじゃん、写真には!」
「えっ? あ、すみませんでした……」
「わーっ、眩しくて明るくて楽しい! 私、この家に住みたい! ねえ、あとでロフト上ってみてもいい!? 楽しそう!」
「ど、どうぞ……。いつもよりテンションが高いですね」
「ソファーに座っても!?」
ロフトの下、一番奥の壁際に座り心地が良さそうなソファーが置いてあった。座面はグレーで、幾何学模様のクッションが何個か置いてある。下には、黒いふわふわのシャギーラグが敷いてあった。ダイニングテーブルに、コップを載せたトレイを運んでいたアンドリュー君がこくりと、丁寧に頷いてくれる。
「はい、どうぞ。飲み物、そっちに持っていきましょうか?」
「申し訳ないからいい! あんまり好き勝手すると、先輩に怒られちゃいそうだし……。ねえ、知ってた? 先輩ってかなり育ちが良いの。絶対ボンボンだと思うな~。きっと、飲み物もソファーじゃなくてテーブルで飲むんだよ! それもダイニングテーブルで! ちゃんと座って!」
「立って缶コーヒー飲んでるところ、俺、見たことありますよ……」
「え~? そうじゃなくて、家で! 家で!!」
ばふんと、柔らかいソファーが体を受け止めてくれた。あー、何この癒し空間は……。イケメン二人を眺めることが出来るし、このあと焼きたてパンが食べられるし、もう最高じゃない? ソファーに座ってだらだらしていると、リビングのドアが開いて、先輩が入ってきた。ロフトの下から眺めるリビングは眩しくて、予想通り特別感があった。ふふふ、なんだかより素敵に見える。リビングが! 入ってきて、天井を見上げていた先輩が私を見つめ、苦笑する。ゆったりとした動きで近付いてきた。
「くつろいでるなぁ、フィオナ……。人の家で堂々と」
「あ、先輩も隣に座ります? もうここ、住みたいぐらい気に入りました! は~、幸せ。この秘密基地感がたまらないです!」
「……そうか。じゃあ、俺も座ってみるか」
「やっぱり飲み物、そっちに持って行きますね~」
アンドリュー君が声を張り上げる。申し訳ない。でも、申し訳ないと思ったのも束の間。横へ移動して、先輩が座る場所を作った瞬間、容赦なく腰かけてきた。みちっとなる。腕と肩が触れた。さっきまで嗅いでいた、柑橘系のハンドソープの香りがふわっと漂う。
「本当だ。これ、いいな。秘密基地めいていて」
「でっ、で、ですよね!? 私、申し訳ないからあっちで飲んできます!!」
すかさず立ち上がれば、喉を鳴らして低く笑った。か、考えてなかった。近い。先輩が大きいから、広いソファーでもみちっとなる……。慌ててダイニングテーブルの方へ行けば、アンドリュー君がちょっと不思議そうな顔をしていた。淹れてくれたのはレモンティーで、グラスのふちに輪切りのレモンが挿してある。琥珀色に透き通った紅茶に、無数の氷が浮かんでいて、窓からの陽射しに煌めいていた。
「良かったのに、持って行くから」
「いやいや……。あっ、パン! 早い! もう並んでる。こっちは先輩のでしょ? すぐに分かるな~、お肉がたっぷりだから」
木のカッティングボードの上に、ベーコンとハンバーグが挟まった、ハンバーガーとポテトが載せられている。バンズに重厚感があって美味しそう! ポテトは分厚い皮つきで、横にパセリ入りのチーズソースとケチャップが添えられている。
私のは細長いパンに、生のバジルと海老、トマトとレタスが挟まれたサンドイッチだった。それと、先輩と同じポテトにコールスローサラダ、白磁のマグカップに入ったオニオンスープ。テーブルの中央には、小さめのオレンジピールが練り込まれた丸パンとクロワッサン、チョコチップ入りのパンが並べられていた。青と白のナプキンが敷かれた、木かごに盛られている。
「うわーっ、美味しそう! お店のみたい~……。ねえねえ、先輩! すごいですよ、アンドリュー君の手作りご飯の数々!」
「本当だな。疲れただろ? 随分と張り切って作ったようだし」
「いえ、これぐらいは平気ですよ。趣味なので」
「んーっ、レモンティー美味しい! ほんのり甘い~。このストローも可愛いね! 青と白のドット柄だ、こういうの大好き」
ストローが可愛くてテンションが上がる。ご機嫌でからからと、氷とレモンの輪切りをかき混ぜていたら、アンドリュー君が嬉しそうに笑った。
「ざ、雑貨屋で見つけて……。フィオナさん、喜ぶだろうなと思っていました」
「えっ、私のためにわざわざ!? 嬉しいなぁ、ありがとう!」
「いえ……」
照れ臭そうに、歯を見せて笑う。ああ、うんうん! 良かった、本当に来て。かっこいいなぁ、目の保養。このピュアな感じがたまらない。伸び放題だった黒髪を切ったから、表情がよく見えるし。にへにへ笑いながら、アンドリュー君を見つめていると、先輩が口を開いた。いつの間にか隣に座ってる。
「さて。じゃあ、食べてもいいか? アンドリュー。せっかく作ってくれたんだし、冷ましたくない」
「あっ、ど、どうぞ……」
「やっぱり先輩はまだ怖い感じ? アンドリュー君」
「で、ですね。慣れてきましたけど」
「大丈夫だよ、先輩は優しいから! 他の男性とは一味違うから!」
「ああ、はい。でしょうね……」
ちらりと、アンドリュー君が先輩を見つめる。苦笑して「なんだ、その返事は」と言っていた。アンドリュー君が焦って立ち上がり、早口で「俺、自分の分を取ってきます!」と言う。
「うーん……。まだまだ慣れてないって感じですね! でも、大丈夫ですよ。先輩! きっとこれからなので」
「だろうな。まあ、もう、俺とアンドリューのことは気にしなくてもいいから」
「そういうわけにもいきません!! 気を利かせるって誓ったんですから、私!」
「迷惑な誓いを立てやがって……」
「ひどい! で、でも、仲良くしたいでしょう? アンドリュー君と」
声を潜めて話しかけたら、嬉しそうに笑って「まぁな」と言った。やっぱり~!! ここは可愛い後輩として頑張らなきゃ。腕の見せどころだよね……。自分の分のサンドイッチ────シンプルなハムときゅうりのサンドイッチだった────を持って来たアンドリュー君が、椅子に座るなり、話し出した。先輩の良さをアピールするタイミングを逃した。
「それで? 昨日はどうだったんですか? スイーツブッフェ、行ってきたんですよね?」
「あっ、そうなの! 行ってきたんだ~。よく覚えてるね、先輩の予定を!」
「えっ? うん。はい……」
「ふふふ、エレべーター内で遠い目をしている先輩の素敵な写真が撮れたんだ~! アルバム持ってきたから、あとで見せてあげるね」
「ア、アルバムを!?」
「おい、いつの間にそんなものを……」
「昨日、睡眠時間を削って作ったんです! でも、やっぱり尻尾と耳がある方が素敵なんですよ。先輩のチャームポイントなのに、あれ!」
あ、素敵素敵って言ったら、アンドリュー君に誤解されちゃうかもしれない。ちゃんと言っておかなきゃ、異性として意識してるわけじゃないって! 先輩はアンドリュー君と仲良くなりたいんだし、アンドリュー君から「フィオナさん、絶対にアディントンさんのことが好きですよね」とか、「本当に付き合ってないんですか?」って聞かれるの、居心地が悪いよね……。
「あ、ごめん。紛らわしいこと言った! 私ね、先輩のことが好きでかっこいい、かっこいいって言ってるわけじゃないから安心して!? ちょっともう、ここらへんで本格的に誤解を解いておこうと思ってさ~」
「ご、誤解を?」
「そう! みんな、私が先輩の写真を撮っているからか、誤解しちゃってるでしょ? でも、一ミリも先輩に魅力を感じていないっていうことと、あ、異性としてね!? 異性としての魅力を感じたことがないっていうのを、強く力説していこうかと思ってさ~」
「そ、そんなことを始めるんですか……」
「うん! 絶対に付き合えないから、無理無理、無理無理~! 付き合いたいわけじゃないんだよね、付き合いたいわけじゃ。ただ、耳と尻尾があるからマスコット的な……? とにかく、可愛いから! 付き合いたいかっこいい男性としてじゃなくて、可愛い動物園のアイドル的な存在として見てるだけだから~」
よし、ここまで力説すれば大丈夫じゃない? 何故か、アンドリュー君がしきりに先輩を見て、青ざめていた。つられて見てみたけど、また始まったな、という顔をしてハンバーガーを頬張っているだけだった。
「あっ、ずるい! 私も食べたい! じゃあ、アンドリュー君。頂くね~」
「あ、ど、どうぞ……。それと、フィオナさんは本当にせんぱ、アディントンさんのことが好きじゃないんですか?」
「え~? 前も言ったけどなぁ。それ何回目?」
「……しょっちゅう、二人で遊びに行ってるみたいですし」
「えっ? ははは、しょっちゅうじゃないよ~! 昨日スイーツブッフェに行って、今日アンドリュー君の家に遊びに来ただけだし。それにねえ、好きだったらこんなこと言わないって! 本人の目の前で! ははは! 本当に好きじゃないから。付き合いたいとか微塵も思ってないし、異性として意識したことないし、絶対無いから。無い無い、無い無い~! 無理だよ、絶対に無理」
笑いながら手を振ったら、アンドリュー君がぞっとした顏になった。あれ? 先輩のこと、否定してると思ってる……!? 難しいなぁ、さじ加減が! とりあえず無視して、ポテトをぱくっと食べてみる。我慢出来なかった。美味しい、熱々だ~。ほくほくしてて甘い。チーズソースにつけて食べると、これまた絶品だった。
「香りが良くて美味しい~! あ、クロワッサン。先にクロワッサン食べてみてもいい!?」
「ど、どうぞ……。好きなように食べてください。フィオナさんのために作ったものなので」
「うまいぞ、これ。ケチャップも市販品じゃないな?」
「あ、えーっと、よく分かりましたね。そ、そうです。ケチャップも作ったもので、」
「えっ!? すごい、天才だね! 美味しい~」
「よ、良かったです……」
思わず、先にケチャップをつけてポテトを食べてしまった。コクが深くて、瑞々しくて美味しい。トマト! って感じがする。トマト感、半端ない。次に食べた、本命のクロワッサンは市販のものよりあっさりしているのに、香りが良かった。ふわぁ~って、バターの香りが口いっぱいに広がる。甘くなくて美味しい……。サンドイッチに合わせて、砂糖を抜きにしてくれたのかな? あっという間に口の中で消えた。もう一個食べて、その香りの良さと食感をうっとり堪能する。
「ふぁ~、美味しい……!! 先輩も食べてみてくださいね!? かなり美味しいですよ、これっ! 最高。もうこの家の子になりたい~」
「……そんなに食ってたら太るぞ? フィオナ」
「嫌なこと言う~!! でも、確かにそうなんですよね。昨日もたらふく食べたから、制限しなくちゃ」
「あ、どうでしたか? し、しきりに緊張してたみたいですけど……」
「楽しかったよ~、大丈夫大丈夫! いかに短い制限時間の中で、目当てのケーキを胃袋に詰めるかのサバイバルゲームになっていたけど。途中から」
「……原価率とか、考えずに食べた方が楽しいですよ」
「そっ、そこまで考えてないもん!!」
「図星かよ。ある程度は考えてただろうが」
「あ、ある程度、ある程度だけですからね……!?」
サンドイッチのパンがふわふわ、もっちりで美味しい! 途中から、チーズと生海老とバジルという黄金の組み合わせにはまってしまって、無言で食べちゃった。ひたすらがつがつ食べてると、優雅にハンバーガーを食べている先輩が呆れ、「よく食うなぁ」って呟く。
「お、おいひくてつい……。すごいね、アンドリュー君! どれもこれも美味しいよ、ありがとう~」
「いえ、フィオナさんの食べっぷりは見ていて気持ち良いです。作った甲斐があります」
「なっ、なら良かった! アンドリュー君の彼女になる人って幸せだろうなぁ。美味しい~。お家デートとか、かなり楽しそう」
「そ、そうですかね……?」
「うん! 絶対そうだと思う。ガチガチに男性を毎回束縛しちゃうんだけど、とびっきり可愛い女の子がいるから、いつでも言ってね! 紹介するよ~」
「……俺は、と、とりあえず、フィオナさんが美味しそうに食べてくれたらそれでいいです。嬉しいから、すごく」
意外なことに、真剣な目で見つめてきた。ごっくんと、ろくに噛まないまま飲み込んじゃった。薄茶色の、透明な瞳に囚われる。動きを止めていたら、先輩が口を開いた。
「まあ、フィオナが食べているところは確かに可愛いよな。分かる」
「わぅっ!? せ、先輩、可愛いって! そういうことをさらっと言うから、みんなに誤解されるんですよ!」
「大丈夫だろ。悪質なからかいをしてくるステラはいないわけだし。あ、ここ、口についてるぞ?」
「えっ、はっ」
反射的にぎゅっと、目をつむってしまった。でも、何も起こらない……? おそるおそる目を開けてみれば、くすりと笑い、指先でとんとんと自分の口元を叩いた。色気のある仕草で、心臓が爆発しそうになった。
「ここだよ、ここ。それとも、俺が取ってやった方が良かったか?」
「い、いいえっ、そんなことありませんけど!?」
「なんだ、期待してるのかと思ったのに」
「そういう、そういうところなんですよね、先輩……!! 好きっ!」
テーブルに勢いよく突っ伏してしまった。ああ、もう無理かも。だめかも。誤解されちゃうかも……。食べる気力、というか恥ずかしくて顏が見れなくて、突っ伏したまま、ぷるぷる震えていたら、先輩が愉快そうに笑った。
「いいのか? 残り食わなくて」
「っ先輩は、そういう、そういうところなんですよ……!! 分かりますか!?」
「きちんと言葉にしてくれなきゃ、分からないな。アンドリュー、ポテトのおかわりってあるか? うまい」
「あ、ありますよ……。取ってきますね」
イケメンはもう無理。付き合いたくない、付き合わない……!! 何十回か心の中で唱えて、浮気された時のことや、死ぬほどむかつくことを言われた時のことを思い出して、頬の熱を冷ました。あー、もうだめだ。気持ちが傾きつつある。ちょろくない? 私。先輩はただ、からかってるだけなのに。
(痛い目見るの、私じゃん!? 先輩のバカ、先輩のバカ……!!)




