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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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4.私、気が利く後輩を目指します!

コロナになったので、治るまで更新休みます

 


 待って。今日も昨日も先輩と会うって、私、かなり先輩と会ってない……? いや、気付いてたんだけど。改めて考えてみると、昨日スイーツブッフェに行って、今日アンドリュー君の家に遊びに行って、明日は仕事でずっと一緒ってこと? おまけにカフェで勉強する。先輩尽くしだ~! ベージュと白のタイルが張られた歩道を歩いて、待ち合わせ場所の駅へと向かう。


 強くなってきた陽射しを、街路樹の茂った枝葉が遮っていた。ちらちらと、枝葉の間から光が降り注いできて綺麗。今日は白いシャツワンピースを着てきたけど、どうかな? 白と言ってもこっくりした色合い。ウエストのリボンベルトがお気に入り。袖はぽんわり膨らんでいて可愛い。ご機嫌で歩いてたけど、はっと気が付く。


(私、このまま距離を縮めていったらだめなんじゃ!? 先輩に好きだって誤解されるんじゃ……あれ? でも、スイーツブッフェに誘ってきたのは先輩だし、ついてくるって言ったのも先輩じゃん)


 そうだ、今日は先輩とアンドリュー君の仲を邪魔しないように気を付けないと! 私がアンドリュー君の家に遊びに行くって言ったら、絶対ついて行くって言うぐらいだから、かなり仲良くしたいんだなぁ。大丈夫ですよ、先輩! 私、今日は気を利かせますから。


 仕事が出来る女にはなれないけど、気が利く後輩にならなれる。もう鈍い私は卒業! 今後はアンドリュー君との仲を取り持って、会う回数を減らしてって、そうだ、写真を撮るのもやめよう。かなり溜まってきたし、昨日の素敵なスーツ姿の写真を見るだけで、幸せな気分になれるし……。


(ふふふ、デコレーションしてベッドに飾ろうかなぁ? 前までテーブルに飾って、先輩の写真立てと一緒にご飯食べてたけど、遺影感が強くなっちゃったから……)


 だからやめた。でも、真顔ピースの先輩が可愛い~!! あれとスーツ姿の先輩を並べよう、そうしよう。げっそりした顏で、ポーズを取っている先輩の写真と、真顔ピースの写真、両方ベッドに並べる。絶対に並べる! 遺影も遺影で素敵なんだけどね。先輩が交通事故で亡くなった私の恋人って妄想をして、ご飯食べるのも楽しかったんだけど、さすがに不謹慎すぎてやめた……。先輩に申し訳ない。


 色々と妄想しながら歩いて、最近リニューアルされたばかりの駅構内に入ったら、私のイケメンセンサーがすぐに先輩を見つけ出した。黒地に白が混じってるジャケットに、少し胸元が開いた白シャツ。もう、セクシーな鎖骨を覗き見るための白シャツと言っても過言じゃなくて、程良く開いていた。下はすらりとした足に、ぴったりと密着しているジーンズ。あのジーンズになりたい! なったら、常時先輩の足に頬ずりしてるようなものだよね? 


 魔術でなんとかならないかなぁ。猫に変身出来る高度な魔術があるのなら、私だって先輩のズボンになれるはず。今度教えて貰おうっと。それから日に焼けた手首には、黒くていかつめの腕時計が巻かれていた。銀髪はラフに搔き上げている。普段から前髪があるわけじゃないんだけど、動いた時に銀髪がはらりと、煽情的に美しい額へとかかってる時があるから……。これはこれで素敵すぎる!! 昨日も思ったけど! 近付いてきた先輩が私を見て、軽く笑った。


「よう、フィオナ。昨日は、」

「ぎゃーっ!! 先輩、先輩! 昨日のスーツ姿もセクシーで素敵でしたけど、今日のこのラフ? カジュアルな感じもまた素敵ですね!? そっ、そう、この腕時計が! いえ、袖が! 袖がたくしあげてるの何ですか!? 袖が、袖が!!」

「落ち着け。俺の袖がどうした?」

「袖が! たくし上げられている!!」

「思ったよりも暑かったから……」

「ボッ、ボボボボタンが留められてるじゃないですか! 丁寧に! ていっ、丁寧に!」

「ジャケットにボタンを留めるところがあるからな。落ち着け、留めてるだけだから」


 先輩の腕をわし掴みにして、ひっくり返してみると、丁寧にボタンが留めてあって感動した。先輩は適当にぐちゃっと袖をたくし上げる人に見えるのに、丁寧にボタンを留めてる! しげしげとボタンを見下ろして、思わず息を吐いてしまった。


「わ~……。先輩は適当にぐちゃっと袖をたくし上げそうなのに、丁寧にボタンを留めてあるんですね? しかもこの、ジャケットの袖がシワにならないように引っ張って、ボタンを留めたっぽい痕跡が残ってるのがまた良い……!!」

「細かいな! 確かにそうだけど」

「だっ、だって、この筋肉質な腕を持ってる男性ですよ!? ぐちゃってするかと思うじゃないですか! でも、高そうなジャケットの袖をきちんとシワシワにせず、ボタンを留めて腕を露出させているところがもうっ、もう!!」

「分かったから落ち着け。毎回毎回、感動してる理由がよく分からん」

「ギャップ萌えってやつですよ!! だから、先輩の顏に尻尾と耳がついているのがって、ああ!? またお預け!? どっ、どうして尻尾と耳が無いんですか!? ねえ、どうしてですか!?」


 筋肉質の腕をぺたぺたと撫で回しながら聞くと、眉をひそめ、気まずそうな顏になる。視線をふいっと逸らした。ああっ、ちょっと拗ねてる感出てるのが可愛い! ただ、顔を逸らしただけで深い意味なんて無いんだろうけど。


「別に……。ただ、人の家に行くからな。嫌がるやつもいるし、配慮しておくべきだと思ってさ」

「へーっ! そんなに仲良くしたいんですねえ、アンドリュー君と! でも、アンドリュー君のこと、そこまで気にしなくても大丈夫だと思いますよ? 先輩の耳と尻尾について、特に何も言ってませんし」

「あー、うん。そうだな」

「薬の効果っていつ切れるんですか? ぴこぴこ動く先輩の耳と尻尾が見たいんですけど!」

「二十四時間で切れるタイプの薬飲んでる」

「二十四時間っ!? じゃあ、今日は見れないんですね~……。残念」


 でも、いっか。明日見れるから。先輩と歩いて、改札の方へ行く。駅構内には可愛い雑貨屋さんや、サンドイッチ専門店があって気分が上がる。また行ってみようっと。キャンパス地の花柄トートバッグから、白いふわふわの子犬ちゃんパスケースを取り出しておく。本物の子犬ちゃんにしか見えなくて可愛い。私が抱きかかえると、尻尾をぶんぶんと振って、顎の下を舐めてくれた。


「はいはい、改札通るから肉球出そうね~?」

「アンッ!」

「それ使ってるのか。可愛いな」

「でしょう!? めちゃくちゃ可愛いんですよ、これ! ほらっ! この肉球でタッチして通るんです! 鼻をちゅんってするタイプもあったんですけど、これにしました~」


 子犬ちゃんのふわふわな前足を持ち上げて、先輩を見上げてみると、すごく嬉しそうに笑った。あれ? 先輩、トラだから何となく猫派かなって思ってたんだけど、まさかの犬派? 話が合いそう。


「だな、すごく可愛い」

「でしょーっ! 良かった。こういうのって中高生までなのかなって思ってたから」

「いやいや、使ってていいと思うぞ? フィオナによく似合ってる」

「そ、そうですか? ありがとうございます……」


 良かった、子供っぽい趣味だと思われなくて。白いふわふわの子犬ちゃんがえいっと、肉球を読み取り部に載せた。残額が表示されるのと同時に、「わふっ!」と鳴く。ちなみにお金が残ってない時は「キューン、キューン」と鼻を鳴らすんだけど、それがたまらなく可愛い。お金が残っているかどうか知りたい時は、お腹に耳を当てたらきゅるきゅるって鳴るし、便利。エスカレーターに乗って、先輩のことを見上げる。


「これね、チャージする時はドックフードなんですよ! 毎月、ドックフードを家に届けてくれる雑貨屋さんがあるんですけど、そこに頼んでるんです。途中でお休みも出来るし……そうそう、最近になって、ドックフード以外にクッキーとかケーキが選べるようになりまして! おやつをあげている感覚になれるのがもう、楽しくてしょうがないんです」

「へー、凝ってるな」

「でしょう!? ただ、豪華なケーキは金額が大きくなっちゃうんですよ。私はそんなに使わないし、今のところクッキーのアソートセットにしているんですか、いつかケーキを頼みたいなって。ああ、そうそう! 買った日をお誕生日に設定して、お誕生日ケーキを頼んだりなんてことも出来るんですよ! すごくないですか? 去年やってみたんですけど、美味しそうに食べてくれました~。ケーキもデコレーションされていて、すっごく可愛かったし!」

「なるほど。フィオナは色んなことしてんなぁ」


 こんな話を聞いていても楽しくないだろうに、先輩がわざわざ振り返って、嬉しそうに笑ってくれた。エスカレーターのベルトに掴まってるの、なんだか新鮮。職場とはぜんぜん違う。


「あっ、そうだ! 忘れてました! 私、もう先輩の写真撮るのやめますね~」

「……えっ? 急にどうした? 明日は槍の雨でも降ってきそうだな」

「もーっ、私だってそろそろ気が付いてますよ! 先輩と付き合ってるんじゃないかって誤解されるのも、先輩が好かれてるんじゃないかって勘違いしちゃうのも、私がしょっちゅう写真を撮っているせいですよね!? 思い出を残していると思われたのかもしれません」

「は?」


 今まで見たことがないぐらい、冷ややかな表情を浮かべた。つ、冷たい! 体感温度が一気に下がった。


「そ、そんな顏しなくても……!! だって、そうですよね? きっと職場でイチャイチャしてるって思われたんですよ! とっさにカメラを取り出して、先輩の写真を撮ってしまわないようにするため、もう封印します。ただこれからもっと露出が増えてきて、たとえば、先輩がお腹チラ見せTシャツを着てくるなんてことがあれば、写真を撮らせて貰うつもりではいるんですけどね?」

「申し訳なさそうな顏で言うな! 着るつもりねぇし、そんな服。というか持ってねーよ」

「ですよね!? 先輩はタンクトップ派ですよね!?」

「……それに、間違えられてる原因はそれじゃないだろ? フィオナ」


 先輩がエスカレーターから降りて、一瞬だけ振り返った。でも、間違えられてる原因ってそれだと思うんですけど……? 黙ってすたすたと歩く先輩について行ったら、急に立ち止まった。列車に水をかけられたくないのか、後ろへ三歩ほど下がる。ちゃぷんちゃぷんと、薄暗い駅のホームに水の揺れる音が響き渡っていた。


「せ、先輩? なんか怒ってますか……?」

「いや? ただ、急にまた変なこと言い出したなとは思ってる」

「変なこと……。すみません、私、気が使える後輩になろうと思いまして!」

「はあ? 無理だろ。絶対に無理無理。無理」

「傷付きますよ、それ! その反応は!」

「……まあ、デリカシーが無くてぽんぽん、ぽんぽん思っていること何でも口に出すフィオナだけどなぁ。そのままでもいいんじゃないか?」

「えーっ!? 変えた方が良いって思いますよね? ねっ? ねっ?」

「良いところと言えば良いところだから、別に無理して変える必要は無いだろ。そのままでいいよ、フィオナは。余計なことすんな」

「先輩……」


 そんなこと、初めて言われた。けっこうみんなからは「もう少しオブラートに包もう!? フィオナ!」って言われがちだから。先輩が苦笑して、軽く頷いた。尻尾が無いのが寂しい。いつもなら尻尾がたしんたしんと、私の背中を叩いてたりしてるんだけど。


(あっ、だめだめ! 尻尾を恋しく思ったりしちゃ!)


 考えを切り替える。よし! じゃあ、私は昨日誓った通り、先輩を異性として見れない発言だけしてたらいいってこと? 良いところと言えば良いところだって、先輩も言ってくれたことだし、あまり気にしないでおこう。


「分かりました! じゃあ、私、とりあえず先輩のことを職場で撮らないようにしますね! それと、休みの日に会うのをやめましょうか!」

「そうきたか……」

「えっ?」

「とりあえず、パフェを作りには行くぞ? 海で泳ぎたいしな」

「えーっ? よっぽど楽しみにしてるんですね、先輩! そういう可愛らしいところが、んんん!! あれ? でも、まあいっか! 私、先輩のそういう無邪気なところが好きですよ。ギャップ萌え!」

「そうか」

「でも、安心してください! 異性として見てるわけじゃないんで! 私が先輩に向ける視線はそう、動物園のアイドル的存在に向ける視線とよく似てます!」

「……今、何だって?」

「先輩、急にガラが悪くなりましたね……」


 なんでかよく分からないけど、怒り出した。なんで? 眉間にぎゅっとシワを寄せ、冷たい眼差しで見下ろしてくる。は、迫力! でも、かっこいいなぁ。犯罪だからしちゃだめなんだけど、先輩が誰かを蹴り飛ばしたり、喧嘩してるところってかっこいいんだろうなぁ。あの時は夜だったし、よく観察出来なかった……。というか、顔が見れなかったから! 私が見惚れていれば、先輩がぐっと言葉に詰まって、深い溜め息を吐いた。


「……動物園のアイドル的存在って、一体どういう意味なんだ? フィオナ」

「だから、私にとって先輩ってマスコット的な存在なんですよ! 想像してみてください。可愛い子犬ちゃんに可愛い~って言ったり、写真撮っているところを! 私にとってそういう存在なんです、先輩は。ときめいたりも、そりゃあしますけど、可愛い子犬ちゃんがお腹を向けているところを見て、胸がきゅんってしちゃう時と同じなんです!」


 上手く説明が出来た、よし! 自分で言っていて、すとんと腑に落ちた。そう、私は先輩のことが別に好きじゃない。遠くからかっこいい、かっこいいって騒いで写真を撮りたいだけなの……。上手く説明出来た達成感に浸っていると、先輩が手を上げた。


「……そうか。もういい、分かったから、もう語らなくてもいいから」

「嫌です! 聞いてくださいよ、私の話! だから異性として意識してるわけじゃなくて、かっこいい、かっこいいってただ騒いでいるだけなんですよ~! ただ、みんなには誤解されちゃってるし、これからは会う回数を減らしましょうね」

「いや、言わなければいい話だろ? 会うって」

「それはそうなんですけど……。でも、好きじゃないから先輩に会いたいなとか特に思わないし、減らしましょうよ! 会う回数を。私も私で忙しいし、ニコ君とも飲みに行きたいし。それに週五で会ってるじゃないですか~。さすがに会いすぎだと思うんですよね。やめましょうか! あれ、先輩、聞いてます? もしもーし?」


 いつもなら相槌を打ってくれるのに、黙ってひたすら足元を見下ろしていた。見てみたけど、何も無い。ガムが張り付いているだけだった。あれかな? 拒絶してる感じが出ちゃってたかな? む、難しい……。ふいに昨日、微妙な雰囲気になったことを思い出す。わっ、忘れてた!! 先輩の私服姿見たら、全部吹っ飛んじゃってた。


「あ、あの~、昨日はすみませんでした。すっかり忘れてて今、ベラベラ喋っちゃってごめんなさい」

「はあ!? わ、忘れてたのかよ!」

「えっ? そんなに驚くようなことですか?」

「……」


 先輩が腕を組み、気まずそうな表情で黙り込む。あっ、やっちゃった。フォロー、フォロー!!


「すみません! そ、その、先輩の私服姿があまりにもかっこよくて、吹っ飛んじゃいまして……。ごめんなさい。私、やっぱりもう少し気を付けて喋りますね? ただ、受け入れて貰ったのが初めてなので、つい舞い上がってしまって」

「まあ、別にいいけど。ただなぁ、面と向かって会いたくないって言われたらちょっと。指導がきつすぎたのかなとか、」

「そっ、そんなことは無いです! ただ、先輩に俺って好かれてるかも? って勘違いされたくないだけなんですよ! 安心してくださいね? ぜんぜん怖くなんてありませんから。ねっ?」

「……」

「先輩?」


 だめだ、上手くいかなかったかもしれない。どうしよう? 心なしか、顔色が悪くなっちゃってる……。心配して、両手を彷徨わせていたら、先輩がもう一度深い溜め息を吐いた。


「分かった。ややこしい性分なのに理解してくれてありがとうな、フィオナ」

「おおうっ!?」


 先輩がいきなり、私の両手を握り締めてきた。待って、ぎゅんって体温が上がった。今。ひ、庇護対象になってるのは嬉しい。でも、これ、油断すると私が先輩のこと好きになっちゃうやつ!! びっくりするほどちょろいから、私。どうしよう……。


 黙り込んでいると、さっきまでの不機嫌さを消して、にこやかに笑う。なんかいつもと違って、蠱惑的な笑みを浮かべていた。頬も耳も、握られた手も熱い。握られた手を通じて、鼓動が速くなっているのがばれそうで怖かった。手のひらに汗が滲み出す。


「今日も可愛いな、フィオナは。その服もよく似合ってる」

「ま、待ってください、ちょっと……」

「でも、よく考えるとずるくないか?」

「な、何がでしょう? あっ、ちょ、汗、汗がだくだくってなりそうなので……一旦、」

「いつも俺のことを褒めちぎってるだろ? かっこいい、かっこいいって。それなのに、俺はフィオナのことを褒めたらいけないのか」


 ものすごく真剣な表情で見つめられ、頭の中が真っ白になる。もう目の前の人物が先輩ってことを、脳みそが認識してくれなくて、私好みのイケメンに見つめられるって思っちゃう。オーバーヒート、応答不可能、ショート寸前、思考回路の一部が焼き切れそう……。


「フィオナ? ちゃんと聞いてるか?」

「えっ、だって、この状態で聞けって言われましても!!」

「……それに、他のやつらのことなんか気にしなくてもいいだろ? 気にせず遊びに行こうぜ、俺と二人きりで」

「わっ、えっ、です、ですね!? あそび、遊びに行きましょうねっ!?」

「悪いな。庇護対象のことを独占したくてたまらないんだ」


 とんでもなく色っぽくて、低い声が鼓膜に染み込んでいった。あ、もう無理。鳥肌が立った。銀が混じった青灰色の瞳が、ゆっくりと細められる。もう限界です。許してください、ごめんなさいって言いたかったんだけど、声が出てこなかった。やばい、つらい。汗がぶわっと、首の後ろと背筋に滲む。壊れそうなぐらい、ばくばくと心臓が脈打ってる。先輩の甘い匂いや手のひらを、必要以上に意識してしまう。


「せっ、先輩!! もう分かりました! もう分かったので放してください、また遊びに行きましょうねえええええっ!!」

「あっ」

「手、手、もちろん、嬉しいは嬉しいんですけど! 嫌ではないんですけど、控えて貰っていいですか!?」

「分かった、ごめん。っふ、ふふ」

「あっ、ひ、ひどい! またからかいましたね!? あれほどっ、あれほど言ったのに!」


 先輩が嬉しそうに笑って、「ごめんごめん。じゃあ、また二人きりで遊びに行こうな?」と言う。あれ? なんでこうなったんだっけ? 距離を縮めないでおこうと思ったのに……? 必死で思い出そうとしていると、列車がホームに入ってきた。


 プァーンと鳴きながら、黄色いライトにしか見えない目をチカチカと点滅させ、左右に揺れ動きながら迫ってくる。慌てて飛びのいたら、ぶしゅーっと疲れたように息を吐いて、赤い車体を振動させた。ドアの下や窓枠から、水が流れ落ちてくる。ドアが開いて、どっと大勢の人が降りてきた。すごい熱気。


「……とりあえず乗るか」

「あっ、はい。の、乗りましょうか」


 列車に乗り込んだら、運良く二人掛けの座席が空いていたからそこに座る。窓際の席を譲って貰った。座席は青地に白ストライプ柄で、座り心地が良い。まだどくんどくんとうるさい心臓を押さえて、先輩を見てみると、膝の上に白い紙袋を載せていた。んっ!? 持ってたんだ、そんな大きい紙袋……。外から車掌さんが「今日は機嫌が悪いので、数分早く出ると思いまーす。ご注意ください」と、言っているのが聞こえてきた。


「先輩、それって何ですか?」

「ああ、これか? 手土産。家に上がるんだし、これぐらいはと思って」

「ええーっ!? 私、忘れてました! どうしよう!?」

「……まあ、フィオナだし、いいんじゃないか?」

「フォローになってませんよ、先輩! まだ時間はあるし、駅前で買いましょうか」

「だな。そうするか」






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