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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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2.高級ホテルのスイーツブッフェでも、彼女はいつも通り残念だった

 



 見たら思わず「うわぁ」と言ってしまうほど、豪奢なホテルが佇んでいた。相変わらずでっか! 歴史的な街並みの中に忽然と現れた、宮殿のような白亜のホテル。それがティターニアホテルだった。いつも眺めて通り過ぎるだけだから、新鮮。なんだか緊張してきた……。私が胸元を押さえ、立ち尽くしていると、先輩が慣れた様子で歩き出した。


「どうした? 行くぞ」

「はっ、はい!」

「あ、せっかくだからエスコートでもしようか? ほら」

「いやっ、おう、おうおうぉっ……!!」

「どこから声出してんだよ、フィオナ」


 素敵な白い柱と黒い門の前で、唸ってしまった。白と薄茶色の石が積まれた壁には、“ティターニアホテル”という文字が刻まれた、黒い看板が埋め込まれている。その前で先輩が苦笑しながら、腕を差し出してきた。こ、この腕に手を添えて入ったら、周りにカップルだって誤解されちゃうんじゃ!? そ、そ、そうしたい。本音を言えばそうしたいよ!! 


 先輩にエスコートされながら、高級ホテルに入るのって夢みたいだし、そんなこと、妄想したことすらない……。喉の奥からくぐもった、変な声しか出てこなかった。幸いにも、周囲に人はいない。チェックアウトの時間帯は過ぎているし、お昼時じゃないからかも。


「おっ、おおぅ、ぐっ、ぐう、あうぐぅっ……!!」

「そんなに悩むようなことか? 嫌ならいいけど、別に」

「いっ、嫌だとは言ってません!! ただ!」

「ただ?」


 先輩が不思議そうな顔をして、見下ろしてくる。あっ、意識してるのって私だけか……。先輩からすれば、ここは都内屈指の超高級ホテルだし、私達二人とも着飾ってるし、エスコートしながら入るのが自然だなって思っただけなんですよね? ああ、意識してる自分が恥ずかしい。きょとんとした、銀の虹彩が美しい、青灰色の瞳に見つめられ、喉がぐっと詰まってしまう。


 本当は嫌だ。カップルに見られるのも、ときめいてしまうのも。わちゃわちゃ騒ぎながら、仕事している日々が一気に遠ざかってしまいそうで嫌だ。その喧騒から遠ざかりたくない。私は呑気に、気楽に先輩との日々を楽しんでいたいのに。震えながら手を伸ばして、先輩の腕に添える。今までふへふへ笑いながら、撫で回してきた腕なのに、いつもと違うような気がした。グレーのスーツ生地に包み込まれた腕は上品で、胸が高鳴ってしまう。


「じゃ、じゃあ、よ、よろしくお願いしますね……?」

「っぶふ、わ、分かった」

「なんで笑うんですか!? 酷くありません!?」

「か、顔を真っ赤にさせて言うからだろ……。それに涙目だし。精一杯って感じがするなぁ」

「うっ、え、お、思ってても言わないもんですよ!? そういうことは!」

「悪い悪い、ごめんごめん。っぶふ」

「絶対思ってないでしょう? 先輩ってば、まったくもー!」


 口元を押さえて笑いながら、歩き出した。うん、良い雰囲気になってないんじゃない? これ! 良かったー、ほっとした。わくわくしながら、ホテルの正面玄関へと続いている、白いタイル張りの道を歩く。左脇には青々と茂ったローズマリー、ラベンダー、それと、葉が白くてこんもりとした低木、もけもけが沢山ついた植物が植わっている。


 白亜のホテルの目の前には、見事な妖精の彫刻が六体ほど、台座の上でポーズを取っている噴水が置いてあった。綺麗に刈り込まれた芝生が目に眩しい。のどかなんだけど、背筋が伸びるような緊張感が漂っている。自然と、先輩の腕に添えた手に力が入った。


「はーっ、楽しみですね! 先輩! どんなケーキが並んでるのかなぁ」

「だな。けっこう種類があるみたいだぞ。セイボリーも充実してるってよ」

「セイボリーまで! はーっ、楽しみ! 豪華なんでしょうねえ。ふっ、ふふふ、先に何食べようかなぁ。あ、先輩は先に何を食べる予定なんですか?」

「……やっぱりか。そんな風に喜ぶと思ってた」

「へっ?」


 先輩がしみじみと嬉しさを噛み締めるような表情を浮かべ、呟いた。な、なんで? 母みたいな顏してるのなんで!? さすがにそんなことは言えずに、口をつぐむ。すると、不思議そうな顏で覗き込んできた。ちょ、ちょっとでも近くなるときつい!! まつ毛ばさばさだし、目の形が本当に綺麗。ついうっかり、青灰色の瞳に浮かんだ銀色の虹彩を見つめてしまって、一瞬だけ息が止まった。


「どうした? フィオナ。緊張してるのか?」

「い、あ、えっと、ち、近付かないで貰えます!?」

「えっ?」

「今日の先輩がちょっと、目に毒すぎて……!! それに、今日は耳と尻尾が無いじゃないですか。あれのお陰で普段、緊張せずに済んでるのに!」

「……今、何だって?」

「ですから! 尻尾と耳がついた先輩は可愛くて、そこまで緊張せずに済むんですよね~。でも、今って尻尾と耳が無いでしょ? だからいつもより緊張しちゃって。近寄らないでくださいね!」


 拒絶している感じを出さないように、満面の笑顔で言ってみたら、青灰色の瞳を見開き、絶句した。あ、だめだったかも。やっぱり。そりゃ、あんまり近付かないでって言われたら、誰だってショックを受けるよね!?


「す、すみません! あの、今日はほら、髪もばっちりセットしてるじゃないですか! だから、いつもよりかっこよく見えて……たっ、ただ、普段の先輩なら大丈夫なんですけどね!? 尻尾と耳がついていて可愛いし!」

「……そうか」

「すみません、すみません! あれっ!? そんなに落ち込むようなこと言っちゃいましたか、私!? もしもーし? 先輩?」


 ホテルのロビーに入るまで、頑なに前を向き、黙々と歩いていた。でも、さすがに人がいるロビー内では持ち直して、溜め息を吐いたあと、「悪かったな、無視して」と言ってくれた。


「大丈夫ですよ、先輩! わーっ、綺麗……。もうホテルが綺麗すぎて、先輩のことなんて気になりませんから! わあぁ、初めて入った、綺麗! 興奮しちゃう。あとで写真撮ろうかな~」

「フィオナ? お前のそういう、思ったこと何でもかんでも口に出すくせ、改めた方がいいぞ?」

「へっ? 今さらなんですか? そんなこと言って。あ、バカっぽいですかね!? きょろきょろしながら歩いてると」

「そうじゃなくてだな」


 吹き抜けの天井には、眩しく輝いている巨大なシャンデリアが吊り下がっていた。よくよく見てみると、虹色の光を放っている。それが白い柱に映っていて幻想的。床は磨き抜かれていて、黒と白の貝製タイルが敷き詰められていた。深紅色のソファーに、重厚なテーブルと椅子、余裕で寝そべれそうなカウチソファーと、品格のあるランプシェード。あちこちに新鮮な薔薇、百合といった花がふんだんに飾られていた。


 ひ、品が良い~! 豪華絢爛なんだけど、しつこくない。白磁の花瓶といい、壁に取り付けられた華奢なランプといい、全部質が良くて、あっと驚かせるような豪華さよりも、質で勝負! っていう意思が伝わってくる。エレベーターホールも素敵だった。


 艶やかな飴色の木と、金の植物柄が浮かんだ壁紙、ふかふかしてて踏み心地が良い絨毯。飾られているランプがアンティークで、漂うクラシカルな雰囲気にうっとりしちゃった。軽やかな音が鳴り響いて、エレベーターの扉が開くなり、先輩が私を先に乗せ、エスコートしてくれる。中には誰もいなかった。奥はガラス張りになっていて、金の手すりがついている。壁も木で出来ていて、テンションが上がった。


「あっ、あああ、先輩のエスコートも素敵だし、ホテルも素敵だし、私の興奮は一体どこへぶつければ!? どっ、どれもこれも素敵すぎて言葉が追いつかない!! じっくり鑑賞したい、楽しみたい!」

「落ち着けって、だから。でも、まあ、楽しそうで良かった」

「はい! すっごく楽しいです! ぎゃっ、ぎゃあああああ!!」

「……どうした? 人の顏見て叫んで。大体予想出来るけど」

「て、てっ、手すりにもたれた先輩がかっこよすぎて……!! 写真撮ってもいいですか!? あっ、景色! ねえ、先輩! 私、どうすればいいんでしょう!? て、手すり、景色、先輩の、先輩の胸鎖乳突(きょうさにゅうとつ)筋がっ!」

「落ち着け。とりあえず、景色でも撮ったらどうだ? 俺の写真は後ででも撮れるだろ」


 ぐいっと親指で、後ろの景色を指し示した。かっ、かっこいい!! 普段よりも色気が増してる。ライトの関係で先輩の色気が際立っていた。ガラスの向こうには、都内の景色が広がっている。でも、でも、一言言わせて貰いたい!! 一歩近付いて、先輩の腕を掴んでみれば、少し焦ったような表情で見つめ返してきた。


「分かってないですね、先輩は! この優雅な超高級ホテルのエレベーター内にて、佇む先輩を私は撮りたいんですよ!! いいですか!? 今が重要なんですよ、今が! 帰る頃になったら人が沢山いて、堂々と撮れないでしょう!?」

「分かったから落ち着け! もう着いたぞ」

「あ、閉じます」

「はあっ!? ちょ、ちょっと待て!」


 ポーンと軽い音が響いて、最上階に到着するなり、閉じるボタンを押して閉じた。私達を出迎えようとしていたホテルマンが、呆気に取られた表情でこっちを見ていた。でも、すぐにドアが閉まって見えなくなる。バッグから、小さめのカメラを取り出して、「ふっ、ふふ、うふふふ」と笑えば、先輩がぞっとした顏になる。


「さあ! 撮りますよ、先輩! 大丈夫! もう一回最上階に着いたとしても、閉じればいいだけの話ですから! 今のこの時間帯は人が少ないし、他のエレベーターに乗るでしょ!」

「おい、乗せないつもりだな? 他人を」

「はいっ! ほら、引いた顔をしてないで笑ってー! じゃないと、いつまで経っても食べに行けませんよ!? それでいいんですか!?」

「俺は……一体、何をしに来たんだろうなぁ。フィオナもせっかくそうやって、綺麗な格好してるのになぁ」

「はああああんっ、憂いを帯びたお顔がまた素敵! もういいですよ、それで! 先輩、もっと思い悩んでくださいよ! 先輩には悩んで疲れた表情がよくお似合いですよ! かっこいい~! そうそう、もっと私を見て引いてーっ! 素敵ーっ、先輩最高!」


 結局、一階から最上階まで三往復した。カメラを持って、誰も乗ってきて欲しくないんですけど? という顔をして、ゆっくり振り返ってみたら、乗ろうとしていたお客さんがぎこちない微笑みを浮かべ、後ろへ一歩下がってくれた。誰も乗せないために、閉じるボタンをきつく押す必要は無かった。先輩はひたすら外の景色を見て、物憂げな表情を浮かべていた。


「はーっ、お腹ぺこぺこ! 私、朝ご飯抜いてきたんですよね~。楽しみですね、先輩!」

「さっきまでの奇行が嘘のように、可愛いな……」

「奇行なんてそんな、大げさな! 先輩の美しさは罪ですよね。さあ、どんなのがあるかな? 楽しみ、楽しみ~」


 遠い目をする先輩の腕に、腕を絡めて歩く。おっと、距離が近くなった。まあ、いっか! 先輩は虚ろな表情で歩いてるし、良い雰囲気になんてなってないから。スイーツブッフェをしているレストランに足を踏み入れたとたん、広がっている景色に息を呑み込んでしまった。すごい、さすがは最上階。あの時計塔が近い! 


 天井まである窓ガラスの向こうに、首都のリオルネが広がっている。歴史的建築物と、現代ビルが混ざった景色は綺麗で、歩きながら見惚れてしまった。眩しいほどの陽射しが降り注いでいる。絨毯はピスタチオグリーンで、並べられている椅子やソファーは、可愛らしいピンクとミントグリーンのストライプ柄。すっごく可愛い、心が踊る。


 華やかな空間の中心には、見上げるほど高いチョコレートファウンテン、芸術的な見た目のケーキやマフィン、ミルフィーユやタルトがこれでもかというほど、美しく並んでいて発狂しそうになった。ど、どうするの!? これ! 食べきれない……。全種類制覇しようと思ってたのに! じ、時間配分を間違えると悲惨なことになっちゃう。


 先輩もいるし、お腹がはちきれそうになるぐらい、食べたくはない。あ、ああ、でも、スイーツを食べる先輩を見て、楽しみたいんですけど!? 私はどのタイミングで、カメラを取り出せば!? はあはあと息を荒げてしまった。先輩が苦笑しながら、「どうどう、落ち着け」と言ってくれる。


「す、すみません。テンションがつい、爆上がりしてしまって……!! 先輩、連れてきてくださってありがとうございます。一緒に楽しみましょうね!」

「ん。フィオナは……ずっとそうだったらいいのになぁ」

「わーっ、シャーベットもある! どうしよう? ぜんぜん食べきれないですよね? ちゃんと考えて食べなきゃ~」


 ラッキーなことに、案内して貰えたのは窓際の席だった。やったー! バッグを隣の椅子に置いて、店員さんの説明を笑顔で聞いたあと、立ち上がる。残された時間はあと九十分しかない。


「さあ、先輩! 早速取りに行ってきますね」

「勇ましい顔してんなぁ……。じゃあ、フィオナはケーキを取るのに集中してくれ。俺は飲み物とかフォークとか持ってくるから」

「せ、先輩! 頼もしすぎませんか!? ありがとうございます!」

「そうか? 飲み物、何がいい? 紅茶でいいか?」

「うーん、ジュースでお願いします! 無かったら氷水で」

「分かった。じゃあ、取りに行くか」


 がたんと、先輩が優雅に立ち上がる。あ~、本当はスリーピースを着こなしてる先輩を舐めるように見たいんだけどな~、無理そうだな~! ちょっと息切れ、動悸がしてきた。先輩を見てると脈が狂う。興奮しすぎて頭がくらくらする。


 ぼんやりしながら取りに行くと、さすがは高級ホテルのスイーツブッフェ。みんな、私と同じようにドレス? って言いたくなるワンピースや、高そうなスーツに身を包んでいた。最初はどうかなと思ったけど、綺麗な格好してきて良かった。浮いてない。白いデザート皿を持って、まずは人があんまり集まってないケーキを見に行く。


 いかにもパティシエが丹精込めて作りましたという雰囲気が漂っている、薄くスライスされたオレンジが載ったチョコレートケーキに、艶やかな苺に生クリームが絞られたタルト、真っ赤なラズベリームースのミラーケーキに、お酒に漬け込んだレーズンと胡桃のパウンドケーキ、メレンゲが載ったレモンタルト、苺のミルフィーユ、材料がチョコということしか分からない、芸術的な見た目のケーキがあくまでも美しく並べられていた。銀色のトレイが目に眩しい。


「うわぁ~、どうしようかなぁ? どれにしようかなぁ」


 独り言を言ってしまうほど、綺麗で美味しそう! え、まずはミルフィーユにする? でも、食べにくいしなぁ。最初に食べるケーキは吟味したい。迷った末に、ふわふわで美味しそうなシフォンケーキにした。近くにはブルーベリーシロップとメープルシロップ、苺のシロップなどが並べられていて、かけ放題だった。普通のケーキにシロップをかけている人もいる! それから、苺タルトと丸い形が素敵な、ラズベリーのミラーケーキ、しぶしぶミルフィーユとレモンタルトを選んだ。


(うわ、ぎっちり載せちゃった……。欲張ってシフォンケーキを二つも取ったから?)


 だって、シロップがあると思ってなかったんだもん。苺もブルーベリーのシロップもかけたい。さすがにカシスシロップには手を出さなかったし、私えらい! 手元にケーキがあるのに、他のケーキがどうしても気になっちゃって、辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていると、パティシエが目の前でクレープを焼いているのを発見してしまった。


 クレープ! そ、それにパンケーキまで! 好きな具材を目の前で載せてくれるみたい。五人ほど並んでいた。あっ、ああ、羨ましい。すぐに食べて、取りに行かなきゃ! 焦りながら席に戻ると、先輩が座って先に食べていた。ちゃんと、オレンジジュースとフォークとナイフが並んでる。


「あっ、すみません! ありがとうございます……。ねっ、ねえ、先輩! ここ、種類が多くてすごいですよ! チョコレートファウンテン、あとで一緒に行って、フルーツをチョコに浸しませんか!?」

「いいぞ。そうするか」


 お肉のキッシュを食べていた先輩が、私を見て満足げに笑う。良かった、もう疲れが取れてるみたい。引かれてるって分かってたけど、私の面食い魂が暴走しちゃって止められなかった……。


 反省しつつ、椅子に腰掛ける。オレンジジュース、好きだってこと、覚えてくれてたんだ。嬉しいなぁ。まずフォークを手に取って、甘酸っぱそうなラズベリーケーキを口へと運ぶ。予想通り甘酸っぱいんだけど、恍惚とするほどなめらかで、甘さ控えめだった。ホテルの喫茶店で食べてるみたい、贅沢!


「あーっ、美味しい! そうだ、しょっぱいものは他に何がありましたか!? あと、遠目でちらっと見ただけなんですけど、ソフトクリームとかフルーツとか、シャーベットまでありましたよね!?」

「落ち着け、フィオナ。そうだなぁ。このキッシュとミートパイ? か。あれは。一口サイズのパイやサンドイッチが並んでたぞ。何故かグラタンまであった」

「豪華~!! でも、ケーキも食べたいなぁ。どうしようっかなぁ。うっ、うう、欲にまみれて上手く行動できない、どうしよう……!!」

「また来ればいいだけの話だろ」

「えっ!?」


 さらっとすごいこと言った。ここのスイーツブッフェ、かなりお高いんですけど!? あんぐりと口を開けて見つめていたら、先輩がふっと笑った。


「ほら、そんな顔してないでさっさと食え。あとでチョコレートファウンテンに、フルーツを浸しに行くんだろ?」

「あっ、は、はい! そうしますね……」

「でも、スイーツブッフェを選んだのは失敗だったか。フィオナとゆっくり話せないうえに、顏がおかしい」

「かっ、顏が!?」

「ああ。目がというべきか。すっかりハンターの目になりやがって」


 先輩がしみじみと落ち込みながら、キッシュを口へと運んだ。耳と尻尾が無いから新鮮だなぁ。だっ、だめでしょ、私! 先輩の顏に見惚れてちゃ! せっかくのティターニアホテルのスイーツブッフェなのに……。


 味わう暇も無いまま、ぱくぱくとケーキを食べ進める。どっ、どれもこれも美味しいのに、出来立てのパンケーキとクレープを提供しているところを見てから、落ち着かない! ソフトクリームを小さいグラスに盛って、ブラウニーと生クリームを載せて、上からソースをかけて、パフェ風にしてる人もいたし。


「あっ、そうだ。ここ、パフェが作れるんですよ! もうわざわざ海の近くの店に行かなくても、自作のパフェが作れるからやめに、」

「だめだ、絶対にやめたりしない」

「えっ?」


 先輩がいつになく強い口調で遮ってきた。言ってから、しまったという顔をする。そんな、先輩。気付きませんでしたよ、私……。


「すみません、よく考えたらそうですよね? 絶対に行きたいですよね!?」

「えっ? ま、まあな」

「この間のプールだってそうだったし!」

「ちょっと待て、お前は何の話をするつもりなんだ!?」

「何の話って、先輩が水辺大好きの話ですよね? パフェのお店近くに海があるじゃないですか! そこで思いっきり遊びたいんですよね!? すみませんでした! それなのに、私の一存でやめようとして……あれ?」


 先輩が大げさな溜め息を吐いて、額に手を当てる。わあ、かっこいい。なんで悩んでるか分からないけど、そうやって思い悩む姿が素敵! そうだ、写真に撮ろう。フォークを一旦置いて、先輩をバシャバシャ撮っていたら、通りすがりの人に奇異な目で見られた。い、いや、私は真の面食いだから、こんなことでめげたりしないもん!! 私が十一回目のシャッターを切ったところ、先輩がようやく顔を上げた。


「撮りすぎだろ、フィオナ。一旦やめろ!」

「は、はい……。すみません、つい。悩んでいる先輩が素敵でして」

「他の発想は……無いんだろうな。さっさと食え」

「他の発想? 紙に描くとか!?」

「いいから食え! カメラを置け、カメラを!」


 急に先輩が怒り出した。でも、確かに高級ホテルのスイーツブッフェでカメラを取り出した私が悪い。どうなるかと思ってたけど、いつも通りの雰囲気になって良かった。安心した~! 心置きなく、ゆっくりと楽しめそう。








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