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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
一章 私が自分史上最高のイケメンを見つけて、転職した話
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27.大量の虫とさりげないスキンシップ

 


 アンドリュー君に可愛い後輩の地位を奪われないよう、というか忘れちゃってたけど、仕事ができる女作戦を改めて実行して、先輩のヒヨコから脱却したい! このまま先輩と良い雰囲気にならず、可愛い後輩になって、好きなだけ騒ぐためにも、仕事ができる女にならなくちゃ……。そう思っていたのに、早くも挫折しそうになった。


「ぎゃっ、うわっ、うわあああああっ!! 気持ち悪い、気持ち悪い!! 無理無理無理無理っ、うわああああああん!!」

「わ、分かったから静かにしろって! 耳が痛い」

「だっ、えっ、へい、平気なんですか!? 無理無理無理、無理無理っ……!!」


 先輩の背中にしがみついて騒いでいたら、まいったようにトラ耳を押さえ、首を傾げる。目の前の書庫には、うぞうぞと大量の虫が這っていた。私が大嫌いな、黒い足が沢山ついていて、背中に目玉が並んでいる虫と、赤と白のドットが浮かんだ巨大クモ、紫色の粘液をまといながら、ぐねぐねと床を這っている大きなイモ虫、ギジュギジュギジュと、謎の音を立てて歩いている、赤と黒のムカデに、黒いマフラーがもぞもぞ動いているようにしか見えない、巨大な毛虫……。


 見ているだけで気絶しそうなぐらい、気持ち悪い虫達がひしめいていた。今日の仕事はこれの駆除なんだけど、絶対に無理無理!! 今すぐ逃げ出したい! 今は先輩がバリアを張ってるから、安全なんだけど……。せっ、せせせ、背中についてたらどうしよう!? 背後の、背後の階段にもいたらどうしようと思って、確認してみたら、ほっとすることに何もいなかった。コンクリートの床には、本のしおりが一枚だけ落ちている。


「せっ、せせせっ、先輩? 無理ですって! 帰りましょう!? 呪いを解くのなんて、私達の専門じゃありませんし……!!」

「だけどなぁ。この呪いをかけてきたやつを特定して、罰金を払わせないと……」

「もっ、ももももう無理です! こいつらが書庫から出てこないっていう保証は、どこにも無いじゃないですか! わ、わわわわっ、私の足元にいたらどうしよう!? ねえっ、いません!? いませんか!?」


 もう怖い怖い怖い! 早く逃げ出したい、それしか考えられない! ぎゅうっと先輩の制服を握り締めれば、平然とした顔で見下ろしてきた。


「大丈夫だ。虫が入ってこれないよう、設定してるから。ただこのままだと、魔力消費量がどんどん増えていくだけだし……」

「うわっ、うわああああんん!! これを解いたら死にます! 気絶して死にます!!」

「まだ解くとは言っていない。でも、そろそろ騒ぐのをやめて、あいつらの駆除を、」

「むっ、無理です! 絶対に無理!! たとえっ、たとえ、あとで先輩がお姫様抱っこしてくれるとしても無理です!!」

「そんな冗談が言えるのなら、まだまだ余裕はありそうだな……」

「無いです!! ちっともありません、無いです! ありませんからね!?」


 先輩は虫が平気なのか、動じてない。わっ、私はもう無理だよ、無理……!! 虫がいない、平和な空間へと逃げ込みたいっ! 無性にカフェが恋しい。ううん、今は虫が一匹も存在していなさそうな美術館か博物館に行きたい。床が、床がちゃんと見えてるところ……。がたがたと震えながら、先輩の腕にしがみついていると、静かに溜め息を吐いた。分かってるんだけど、無理!


「お前は俺の傍にいてくれたら、もうそれでいいから。現場には、常に二人の魔術師がいなくちゃいけない。もう少し我慢してくれ」

「うっ、うう、すみません、役立たずで! 私……!!」

「いや、大丈夫だ。期待してないから」

「期待してないっ!?」

「うん。さて、どうするか……。俺の精神が乱れるようなことはするなよ? バリアが消えて、あっという間に虫がたかってくるぞ」

「分かりました! 静かにしています!!」


 これ以上騒がないよう、両手で口を塞いでおく。先輩がふっと笑って、前を向いた。どうして虫が平気なんだろう? 先輩は……。私も虫が平気な人になりたかったなぁ! 女友達にも虫が平気な子がいるけど、改めて、理由でも聞いてみようかな? この仕事が終わったら愚痴ろうっと。


 なるべく目の前の光景を見ないようして、口を塞いでいたら、先輩が一歩前に進んだ。今日の依頼は害虫駆除と、どうして害虫が湧いて出てきているのか、その原因の特定。依頼主から呪われる心当たりがあるって聞いたけど、それ以上は教えて貰えなかった。


(どうするんだろう? この害虫の山! 殺しても、死体が残って最悪なことになるだろうし……。貴重な魔術書がいっぱいあるから、燃やすわけにもいかない)


 どんな魔術を使うんだろう、先輩は。私はこの虫全部を殺して、死体を物か何かに変える方法しか思い浮かばないけど……。あっ、それもやだ。元は虫の死体って! やだやだやだ!! あ、そういえば旦那さんに、虫の死体を料理に変えたものを食べさせ続けて、殺したって奥さんがいたなぁ。あれ、何年前の事件だったっけ? 忘れた。現実逃避をしていれば、先輩が首を傾げ、「うーん」と言う。


「魔術書に影響を及ぼさずにって、案外難しいな……」

「だっ、大丈夫ですか? あ、もういっそのこと全部、私がイケメンにしてみましょうか!?」

「うわぁ……。やめろよ。それでも虫だろ? お前、なんでそんな変わった発想ばっかするんだよ」

「ほ、本気で呆れないでくださいよ!? えいっ!」

「はあっ!? おい!」

「す、すみません、かなり限界で……って、うわああああ!? 気持ち悪い!」


 精神も安定してきたことだし、早く先輩に認められたいし、何よりも限界で! 大量にうぞうぞとうごめいている虫を、可愛い女の子にする魔術をかけてみた。それまで床や本棚を這っていた虫が、空中に浮かび上がって、どんどん集まり、黒い塊になる。ひ、人になろうとしてるみたい……。


「うっ、うわあああああんん!! 気持ち悪いよ、吐く吐く! 吐くぅーっ!」

「おいっ、途中でやめるなよ!? 最悪、爆発するぞ!?」

「いやああああああっ!! 虫爆弾なんて嫌っ! えいっ!」

「ちょっ、もうやめろ! 落ち着け、フィオナ!!」


 先輩の悲痛な叫び声が響き渡った。ごめんなさい、先輩。私、もうこの空間から早く逃げ出したいんです! 両目をぎゅっとつむりながら、必死で虫を可愛い女の子に変えていく。おそるおそる目を開けてみると、書庫いっぱいに女の子が詰まっていた。


 みんな、目が虚ろだった。ファッション雑誌に出てくるような可愛い女の子で、白いブラウスやレーススカート、花柄のワンピースを着ているのに、元が虫だからか、人間になっても同じ動きをしようとして、床に這いつくばっていた。モデル級の可愛い女の子達が、ギチギチギチと音を立てながら、手足をうごめかせ、折り重なりながらも、這ってどこかへ行こうとしてる……。


「うわああああああっ! ごめんなさい、先輩! 気持ち悪いです!! どうにかしてください、先輩ーっ!」

「だから、何もしなくてもいいって言ったのに! またこのパターンかよ!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!! あっ、でも、マネキンにならできるかも!」

「もういい、黙ってろ! 何もするな!」


 あきらかに人間じゃない、手足の動かし方をしている女の子達に向かって、先輩が手をかざした。ぴかっと眩しい光が炸裂して、一瞬、目が開けれなくなる。こ、怖いけど見なきゃ、ちゃんと……。吐き気をこらえながら見てみると、全員氷漬けにされていた。えっ、すごい! 綺麗に女の子達が凍っている。本棚には多分、何の影響もない……。


「すっ、すごい! 先輩! すごいですね!?」

「あとはこれ、小さくして移動させたいんだが……」

「あっ、はい。そのあと、どこに呪具があるのかを確認、」

「そうじゃなくてだ! お前、これを何だと思ってる? 指定ができない」

「えっ、えーっと、可愛い女の子だから……」


 指定ができないということは、小さくできないということ。確か、椅子なら家具のカテゴリーに分類されているから、椅子を小さくする場合は、家具を示す術語を思い浮かべなくちゃいけない。ん? でも、これって……。


「これ、どこからどう見ても人間ですよね?」

「……人形じゃなくてか!?」

「あっ、はい。人間です。生きた人間に指定して貰うと……あっ、でも、出す時どんな術語を使ったっけ? 思い出せないです」

「人形って指定しても、消せねぇんだが? お前、これを何だと思ってる?」

「うーん……。すみません、早く思い出します!」

「くそ、早くしろよ? なんでいつも、俺はお前の魔術が分析できねぇんだろうなぁ……」

「す、すみません! ちょっと待ってくださいね!?」


 先輩は分析が得意じゃないうえに、私の魔術はややこしくて、読み取りづらいみたい。普通はよく考えて、術語を組み立てているから、解析した時に文字化けしないみたいなんだけど、私はパニックになって、適当に術語を組み合わせてるから、文字化けしてるみたい。この女の子達が何の術語から生まれたのか、早く突き止めないと!


「うーん……。あ、マネキン?」

「それは試した。この元虫の女性は人間でもなく、マネキンでもなく、人形でもないらしいぞ。よく思い出せ、フィオナ。お前、これを何に変えたんだ? そこが分からねぇと、どうしようもねぇだろうが!!」

「わーっ、すみません!! あ、虫? じゃないか。ちょっと待ってください、私にとって可愛い女の子とは何かを考えます」

「そこからかよ……。思い出せないんだな?」


 先輩がすべてを諦めきったような顔をして、溜め息を吐く。うわ、うわああああ! 嫌われちゃう! アンドリュー君に取って代わられちゃう!!


「そ、そうだ、写真!」

「は? 写真……?」

「はい! この間見た雑誌のモデルさんなんですよ、全員。だから、三人分の顏しかないでしょ?」

「ああ。言われてみれば、同じ服装の女性がちらほらいるな……。写真? これがか?」

「はい。でも、雑誌に出てくる女の子になぁれと思って、かけたので……。つまり、妄想。うーん、でもなぁ。そっ、そうだ! 娯楽品です!」

「娯楽品!?」

「はい。私にとって可愛い女の子って娯楽品で……うーん、ちょっと違うかも! 美術品? でもなぁ。夢みたいな空間を思い描いて、使ったので、幻想魔術かもしれません!」

「幻想魔術か。じゃあ、それと美術品指定でやってみる」


 先輩がすうっと息を吸い込み、手をかざした。見る見るうちに、氷漬けにされた女の子達が小さくなってゆく。やった! 私、あれを美術品だと思ってたんだ!


「わーい、良かったぁ! すみません、先輩。迷惑をかけちゃって……あれ?」


 ものすごく顔が怒っていた。で、でも、かっこいい! 鋭い銀色の眼差しに、浅く刻まれた眉間のしわ。な、なんてかっこいいの! 彫刻みたい! やっぱり、イケメンと可愛い女の子は、私にとって娯楽品かもしれない……。うっとり見惚れていれば、怒った表情を浮かべ、近付いてきた。


「あれが……? あれが幻想魔術っておかしいだろうが!! 幻想魔術っていうのはその名の通り、もっとロマンチックで美しいもんだろうが!」

「すっ、すみません! でも、夢みたいな空間じゃないですか!? 可愛い女の子がいっぱい詰まってるのって!」

「普通、幻想魔術だったらこう、透けてたり、この世のものじゃないみたいな空気をまとってるもんなのにか? でも、リアルだったぞ!? しっかりしていた、動きと質感が!」

「えっ? はい。よりリアルな感じで生み出したので……」

「よく分からん。そういう使い方もできるのか……。おかしいだろ? 普通はもっとこう、透けて見えたりするはずなのに。いや、幻想魔術を使えば、どんなものだってそうなるはずなのに。おかしい、おかしいな……」


 先輩が混乱した様子で、顎に手を添えた。あ~、かっこいいなぁ。悩んでる先輩もかっこいい。というか、先輩は思い悩んでいる表情が一番素敵でかっこいい~! もっともっと、私のことで悩んでるところが見たいなぁ。にこにこ笑いながら観察していると、おもむろに溜め息を吐いた。


「まあいい。考えたって無駄だ。でも、あれか? 昔から魔術の勉強を受けていないからか? 発想が違う」

「あれですよ! 皆さん、エリートでごちゃごちゃ考えすぎなんですよ。あれですかね? のんびり育てられたお嬢様、お坊ちゃんだから、工夫しようっていう気が無いんですかね~」

「いや、教えられた通りに使うのは当たり前で……」

「お嬢様育ちじゃない私からすれば、その発想がなんか、育ちが良いです」

「育ちが良い」

「はい! だって、先輩は幻想的なものを生み出す時にしか、幻想魔術を使ってこなかったんでしょう? でも、普通に物を変身させる魔術よりかは、幻想魔術の方がぐっと、魔力消費量が減りますし、そのうえ、相手がなかなか魔術を消せないというメリットがあります!」


 魔術を解くには、まず相手がどんな術語を使ったのかを、特定する必要がある。でも、私が変な感じで魔術を使えば、相手は特定できずに悩む! 結果、魔術が解けない。ナイスアイディアだと思ったんだけど、先輩が微妙な顔になった。


「でもなぁ~……。戦闘になった時にしか役に立たねぇぞ、これ。普通は誰かがかけた魔術を解こうとなんてしないからな!?」

「うっ! そ、それはそうなんですけど……。あ、私もステラちゃんみたいにハードな現場に行くとか?」

「そんな危ないことはさせられん。ついでに、俺の命も危険にさらされそうで嫌だ!」


 先輩が二の腕を組み、きっぱりと宣言する。動揺しているのか、トラの耳が忙しなくぴこぴこと動いていた。可愛い~、後ろになってる。


「えっ!? まあ、私がやらかして、それで先輩がピンチに陥る想像しかできませんけど……。でも、やってみなきゃ分からないじゃないですか! 私と一緒に危険な現場に行ってみません?」

「お前なぁ! もうちょいよく考えて行動しろ! 今回だって俺がやるっつってんのに、勝手に魔術を発動させやがって! 尻ぬぐいするのは俺だって、何回言えば分かるんだよ!?」

「いだだだ!? ごめんなさい! 今日も尻ぬぐいさせてしまって、すみませんでしたっ!」


 先輩に拳で頭をぐりぐりされちゃった。い、痛い……。こめかみを擦っていると、先輩の足元がぴきんと、音を立てて凍った。不思議に思って見下ろせば、すぐ近くに、巨大なムカデがいて死にそうになった。


「ぎゃっ、ぎゃあああああっ!? まだっ、まだいる! なんで、どうして!?」

「そりゃ、呪具を突き止めて破壊してないからだろうな……。お前はここで待ってろ、俺が探してくるから」

「まっ、待って!! 一人にしないでください! こんな、こんな、どこから虫が湧いてくのるかよく分かんないところなのに、置いていかないでくださいよ!? 死ぬーっ!!」

「分かった分かった。じゃあ、担ぐか」

「担ぐ……?」

「ああ。俺が担いで移動すればいい話だろ。フィオナさえ良ければの話だけど」


 ちらりと足元に視線を落としながら、じわじわと凍らせていった。床から湧き出てきたクモやイモ虫が、出てくるなり凍っている。た、確かに、氷漬けになった虫の上を歩くのは嫌だな……。


「じゃ、じゃあ、お願いします! 今、先輩の傍以外に安全な場所はないという気持ちでいっぱいです! 虫、嫌だ、怖い、気持ち悪い……!! 吐きそう!」

「へいへい。ほら」

「わっ!?」


 先輩がごく自然に両腕を伸ばして、私のことをひょいっと抱き上げた。えっ、軽々とこういうことが出来ちゃうの? すごい! 筋肉量が違うんだろうなぁ……。感動しながら見下ろしていると、ものすごく渋い顔つきになった。


「……悪い、フィオナ。ここからどうしたらいいのかよく分からねぇから、横抱きに変えてもいいか?」

「あっ、はい。虫だらけの床から離れられるのなら、もう何でもいいですよ! って、ぎゃあああ!? 一旦降ろすんですか!?」

「すぐに抱き上げてやるから、安心しろ。うるさいな」


 先輩が私を降ろしたあと、言葉通り、すぐに抱き上げてくれた。でも、ちょっと待って? これって、お姫様抱っこじゃない!? 一気に目線が高くなる。先輩が虫を怖がらないのって、床からより離れていて、あのグロくて気持ち悪い外見がよく見えないからじゃないの……? と思ってしまうぐらい、高かった。天井の蛍光灯が近い。


「わっ、わああ、安心感がすごい!! って、顔が近いですね!?」

「嫌なら目を瞑ってろ。すぐに終わらせるから」

「はっ、はい……。ちょっと両手で目を覆っても!? せ、先輩の顔面から発せられている光で、両目が潰れてしまいそうです!!」

「へー、俺の顔からビームが出てるのか。それは知らなかった」

「出てます!! 確実に出てますっ! よっ、夜道を照らすヘッドライトのごとく!!」

「……恐怖心からか、いつもより変なことを言いやがって。まったく」


 待って、先輩の手が熱いんですけど……!! 脇腹に回された手が熱い。密着、密着、密着してるっ! あっ、でも、虫が怖い。足元にうようよいたらどうしよう? 怖くてドキドキしているのか、ときめきでドキドキしているのか、よく分からなくなってきた。両手で顔を覆い、必死で見ないようにしていたら、先輩が歩き出した。不安定な体勢だったからか、けっこう、しっかりめに抱き寄せてくる。


(うわっ、うわあああああんん……!! これ、こんな虫だらけの空間でやって欲しくなかった! 普通にやって欲しかったよ!!)


 変な汗が出てきた、つらい。先輩が逞しいっていうのは分かってたんだけど。いつも腹筋触ったり、背筋を触ったりしてるから! 頼み込めば、二の腕も触らせてくれるし。でも、密着すれば余計に分かる、筋肉と体温。脳みそがパンクしそうになった。ずんずんと、先輩は歩き回りつつ、「どこだ? 早く見つけなくちゃな」って呟いていた。


「うーっ……これ、早く終わって欲しいです!! 見つかりましたか!?」

「いや、まだだ。ひょっとすると、コンセントに隠されてるかもしれねぇし」

「コンセント!?」

「おう。少しだけ待ってろ、フィオナ。それとも、降ろそうか?」

「いっ、いいです、いいです……。大丈夫です! それにしてもこれ、虫だらけの空間じゃなかったら良かったのに!! もっ、もうちょっと安心安全な場所で、先輩にお姫様抱っこされたかったです……」

「じゃあ、今度してやるよ。安心安全な場所で」

「えっ? はい……」


 ん? 今、なんて言った? 先輩、なんて言った!? 私の空耳かもしれない、今の。だって、先輩が私を安心安全な場所で、お姫様抱っこするって言うわけないよね……? た、確かめる勇気が湧いて出てこなかった。結局、呪具は本棚の中にまぎれ込んでいた。先輩が私をお姫様抱っこしたまま、魔術で呼び出した、本型の呪具を睨みつける。赤茶色の表紙には、“メルヴィン・フォースと禁忌の魔術書について”と記されていた。


「これは……壊すと、こっちに被害がありそうだな。さて、どうするか。専門外なんだよなぁ」

「わっ、私が壊しましょうか? それ」

「なんでろくに魔術も使えねぇくせに、壊せると思ってんだ? 絶対に余計なことはするなよ!? いいな!?」

「あっ、はい。でも、私以外の人に壊して貰えればいいと思いまして」

「フィオナ以外の人に……?」

「はい。ま、魔術で人を出して、壊して貰ったらいいかなぁって……」


 せ、先輩の顔が近い! 神妙な顏でじっと、私のことを見下ろしてきた。うわっ、うわああああ!! 肩、肩に手を回してると、より密着度というか、しんみつ、親密な感じがしてつらい! オーバーヒートしそうになった時、先輩が正面の本に目を向けた。


「妙案だな。でも、凝った作りのものだと困る」

「凝った作り……?」

「そうだ。誰かの魔術を帯びた物体が破壊した場合、魔力の残滓を辿って、突き止められたら困る。どちらにせよ、術者に呪いが跳ね返ってくる」

「なるほど。そ、それは大変なことになりそうですね……」

「……よく分かってないだろ、絶対」

「えっ? へへへ、すみません。よく分からないです」


 あれ? ようするに、なんかこう、魔術を使って動かした物体が壊したとしても、私に被害がいく的な話……? ちんぷんかんぷんでつらい。私、そんなに賢くないんだよなぁ。恥ずかしくなって唸っていると、おもむろに先輩が私のことを降ろした。


「一時的に停止させてるから、今。虫が湧いて出てくることはない」

「あっ、はい。ありがとうございます……。ええっと、これからどうするんですか? この本を持って、呪われた博物館(ミュージアム)に行くとか?」

「俺達の手に負えないものだったら、持ち込んで解呪して貰う。でもなぁ、何とか出来そうなんだよな。とりあえず解析するか。目を閉じてろ」

「えっ? どうしてですか? も、もしかして!」

「本の中から大量の虫が出てくるかもしれない。呪いそのものを引きずり出して、解析するからな」

「分かりました! 閉じています!!」

「おう。じゃ、終わったら言うから」


 先輩、気持ち悪くないのかなぁ……。私は気持ち悪い、無理無理無理。絶対に無理っ! 念のために、両手で目元を隠していたら、すぐに終わったようで「もういいぞ」と言ってくる。さっきまで空中に浮かんでいた本は、紺色の絨毯の上に落ちていた。


「よし。そこまで凝った作りじゃなかった。悪いが、あー……いつものアヒルでいい。それを出して、この本を破壊してくれないか?」

「ええっ!? 破壊? あっ、そうだ。こうしようっと」

「失敗したら、俺がフォローしてやるから……」


 どうせ失敗するんだろうな、こいつはと言いたげな表情。先輩、ひどくない? でも、魔術を使わないと上達しないから、こうやって、先輩に余裕がある時に使わせて貰ってる。まあ、大抵はさっきみたいにパニックになって、使って、怒られるの繰り返しなんだけどね……。てへぺろ! 本に向かって、手をかざす。物を動かすのは得意だから、いけるはず!


「いでよ、私のアヒルちゃん!」

「必要か? その呪文……」

「黙ってするのはつまらないですよ! いくら、一般人に術語を教えないためにとはいえども……。つまんなくないですか? 先輩はいつも」

「別に。慣れてるから」

「本当にクールですよね、先輩って……」


 夢もロマンもない! 振り返って見ていたら、先輩がちょっと引いた顏で「うわっ」と言う。おそるおそる見てみれば、そこには黄色い巨大なアヒルがいた。


「あれっ? そんなに大きくなくてもいいんだけど……。わっ、わぁ、強い!」

「すげぇな、お前のアヒル」


 黄色いアヒルが床の上に置いてあった本を、楽しそうに「グエ、ゲエッ、グワワーッ」と鳴きながら、どすんどすんと踏みつけていた。巨大な足に踏みつけられた本から、じゅわっと、赤黒い煙のようなものが出て、静かになる。アヒルが不思議そうに首を傾げ、そっと丁寧に、もう一度本を踏みしめていた。


「あいつ、呪いの影響を受けていないようだが……?」

「あっ、攻撃を食らったら、玉子を産み落とすように設定していて……。ほら、産みましたよ! 呪いの玉子を!」

「……どうすんだ、あれ。呪いの玉子の処分は?」

「あっ」


 ごろりんと産み落とされた、ムカデやクモ、イモ虫や毛虫の柄がプリントされた白い玉子を見て、先輩が大きな溜め息を吐く。ほ、ほら、失敗したら先輩がフォローしてくれるって言ってたし、お任せするしかないよね……。仕事ができる女になりたかったんだけど、ほど遠いみたい。ふふふ……。








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