26.彼女に気付かれないように、邪魔者を排除する
あんぐりと、開いた口が塞がらなかった。少し見ない内にアンドリュー君が劇的に変わっていた。伸び放題だった黒髪は綺麗に整えられ、爽やかな好青年風になっている。つるんとしたお肌に、鼻の下だけ残された黒いちょびヒゲ。
おどおどとした表情を浮かべているんだけど、ぜんぜんいつもと違う。上に羽織っていたパーカーを脱ぎ捨てて、背筋をしゃんと伸ばして、深紅の制服を身にまとったアンドリュー君は、自信のある微笑みさえ浮かべたら、セクシーなイケメンに見えそう。でも、優しいし、穏やかで余裕たっぷりなイケメンに見えるかも!?
「わっ、わああ、すごい!! すごいよ、アンドリュー君! かっこいい!! どうしちゃったの!? あ、もしかして私がおすすめしたから!?」
「あ、はい……。れ、連絡、お姉さんと連絡を取ったら会うことになっちゃって、それで……。あんまり汚い格好で会いたくないので。気遣わせてしまうかもしれないし」
「いいねーっ! かっこいいよ、かっこいい! お姉さんも惚れちゃうんじゃない!?」
「む、向こう、子持ちの既婚者なので……」
「あー、そっか。残念! でも、喜ぶんじゃない!?」
「ですかね……」
私が大はしゃぎしている横で、何故かステラちゃんが頬を膨らませ、ぷるぷると肩を震わせていた。必死で笑いをこらえているように見える。あれ? アンドリュー君が私の言う通り、変身したのが面白いのかな? とりあえず、この興奮を先輩と分かち合おうと思って振り返ってみたら、微妙な表情を浮かべていた。んん!? あ、早くお昼ご飯食べに行きたいのかも……。
「ねっ、ねえ、先輩!? アンドリュー君がすごくかっこよくなってるんですけど……!! すごくないですか!? これっ! 私のアドバイス通りにしてくれたんですよ!?」
「……ああ、すごいな。でも、アンドリューがお前の勢いに引いてるからやめてやれ。もう少し離れてやってくれ」
「あっ、ごめーん! というか私、ついつい手を握り締めちゃってたね!? ご、ごめんね……」
「い、いえ、大丈夫です」
褒められて嬉しいのか、顔を真っ赤にさせていた。いいな~、ピュアなイケメンって感じで! 純朴そうなイケメンもこれまたいい。ヒゲが生えていてちょっとセクシーなのに、ピュアさもある優しげなイケメンってどういうこと? 美味しすぎない!?
なかなか街で見かけないタイプのイケメンが爆誕すると、死ぬほど嬉しい……!! イケメンを育ててるって感じがする。あー、幸せ! ほれぼれ見惚れていると、先輩が私の勢いを止めるためなのか、肩に手を回してきた。
「悪いな、俺のバディが迷惑かけちゃって」
「い、いえ、だい、大丈夫ですよ……」
「本当に似合ってる、その髪型も制服も全部。フィオナのアドバイスを取り入れたのか?」
「は、い、あの、その、仕方なく……」
「仕方なく!? ごめんね!?」
「いえ、つ、ついでですから。どうせ、会う時に綺麗にしていかなくちゃいけないし」
なら良かったんだけど。それにしても、先輩の声が優しくて穏やか~! あれだよね? アンドリュー君に気を使って喋ってるんだよね!? 先輩、優しくて好き! 本当にアンドリュー君と距離を縮めたいんだなぁ。でも、男性は苦手だからか、アンドリュー君の声がいつもより小さい。
震えながら、パーカーのフードを握り締める代わりに、おろした黒い前髪を握り締めた。ああっ、もったいない! それすると神経質な感じが出ちゃう!! でも、そろそろ潮時かな? いくら人通りのない廊下とはいえども、外は外。パーカーを着たいのかもしれない。
「アンドリュー君、もうパーカー着ても大丈夫だよ! もったいない、もったいないんだけどね……!! そのかっこいい顔が隠れちゃうから!」
「へ、変じゃないですかね?」
「うん、変じゃないよ! すっごくかっこいいよ、大丈夫!」
安心して欲しくて、両手の親指をぐっと立てたら、嬉しそうに笑ってくれた。うんうん、いいね~! その笑顔! 笑顔が眩しいアンドリュー君の隣に立ったステラちゃんが、耐えきれなくなったようで「ぶふっ!」と、お腹を抱えて噴き出した。
「え、大丈夫!? どうしたの、ステラちゃん? そんなに面白いことでも……?」
「う、うん。ふふっ、分かりやすいなと思ってさぁ」
「ステラ。今日、アンドリューと一緒に飯を食いに行くのか?」
「ううん、違うけど~?」
「じゃあ、ちょうどいい。アンドリュー、良かったら俺達と一緒に食いに行こうぜ。ただし、ステラ抜きで」
「え~、徹底的に排除するじゃん。別にいいんだけど? 私はあんたの味方だからね。ふっ、うふふっ」
「ステラちゃん……?」
味方って一体どういうこと? 二人とも、仲悪いよね? 戸惑って先輩を見てみたら、苦笑してた。い、苛立ってる! 顏は穏やかなんだけど、びったんびったんと尻尾が揺れ動いていた。時々、私の背中にも当たる。
「そうか、ありがとう。助かる。じゃ、フィオナ。行くか。俺とだけだったら、アンドリューは緊張するだろうし、できればついて来て欲しい」
「あっ、いいですね~! じゃあ、良かったら一緒にご飯食べに行かない? アンドリュー君」
「お、れは……」
「いいじゃん、行ってきなよ! 今日は食堂かお店で食べるつもりだったんでしょ?」
「はい……」
というわけで、先輩とアンドリュー君と一緒に、ご飯を食べに行くことになった。センターからほど近いところにある、赤茶色レンガと白い塗り壁の組み合わせがおしゃれなステーキ店で、運良く席が空いていた。床にはモカベージュ色のタイルが張られ、ところどころ、絵や観葉植物が飾られている。
雰囲気が良くて、店内はカップルや家族連れで賑わっていた。ボックス席に案内されるなり、アンドリュー君と先輩が、同時にこっちを見てきたから、なんだか恥ずかしかったけど、遠慮なく窓際を選んで座る。しれっとした顏ですぐに、先輩が隣へ腰かけてきた。アンドリュー君は遠慮がちに、向かいの赤茶色のソファー席に腰かける。
「いいですね、ここ! 雰囲気が良くて」
「だろ? ここならフィオナもいけるかと思って」
「私が?」
「おう。小汚い店に連れて行くのはちょっとな。俺一人ならそれでいいけど。がっつり肉が食えて、居心地良さそうな店がここしか無かったから、まあ、気に入ってくれて良かった」
「はい、気に入りました! それにしても先輩、気配り上手ですね……」
「何頼む? 先に決めていいぞ」
先輩が笑いながら、メニュー表を差し出してきた。いつも先に決めていいぞって言って、優先してくれるんだけど申し訳ない……。私、決めるの遅いのに。さっさと決めちゃおうっと。真剣にメニュー表を見ていたら、期間限定メニューが載っている、薄いメニュー表をアンドリュー君に差し出した。
「俺が奢るから。ほい」
「えっ? で、でも……」
「いいから。それに、電話で色々と相談に乗って貰ったしな。ありがとう、感謝してる」
「は、はい……」
「えーっ? 相談? 先輩がアンドリュー君に!? どうして私に相談してくれなかったんですか!?」
「男同士でしたい話だったから。色々とあるんだよ」
「えっ、ええええ~、羨ましいっ! あとで相談内容教えて!? アンドリュー君!」
「おい。本人の目の前でそういうこと言うなって……」
先輩がアンドリュー君に相談を? 仲良しだなぁ、気になる。随分とイケメンになったんだけど、まだ頬のこけが気になるし、げっそりと、やつれた表情が痛々しいアンドリュー君を見てみれば、私と絶対に目を合わせず、熱心にメニュー表を見始めた。あ~、だめだ。これ。聞き出せなさそう。がっかり。溜め息を吐くと、先輩が覗き込んできた。きょっり!! 先輩、距離が近い!
「どうだ? 決まったか?」
「まっ、まままままだに決まってるでしょう……!? お、遅いの、私が決めるの遅いって知ってるくせに!」
「悪い悪い、腹が減ってつい」
「じゃあ、はいっ! 先に決めてください!!」
開いたメニュー表をそのまま渡そうとしたら、にっと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。うわっ、うわああああああ!! アンドリュー君、ううん、他のどんなイケメンにも勝る超絶イケメン、それが先輩……。私好みのイケメン、距離、距離が近いの、一向に慣れない……。
口から魂が出そうになっていたところ、素早く私からメニュー表を奪い取って、さらに距離を縮めてきた。かった!! 肩が当たってるんですけど!? あと、アンドリュー君から見えないのかもしれないけどさ、尻尾が、ふさふさの尻尾がしゅるりと、私の腰に巻き付いている。え? えっ!?
「じゃあ、俺と一緒に選ぼう。フィオナ?」
「だっ、あ、えっ?」
「へー、チキンステーキもあるのか。ここ。じゃがいもとローズマリーの、」
「じゃあ、じゃあ、それでもう……。それにします!!」
「まだまだ他にもあるぞ? 見なくてもいいのか?」
「い、いいです。それよりも距離が近くて……」
「ん? 何だって? よく聞こえない」
「うっ、おうっ!?」
今日の先輩、なんだか攻めすぎじゃない!? 最近、平穏だと思ってたのに……。今日だって近所の騒音トラブルとか、貸したお金を返して貰えないとか、友達が家の物を盗んでいったとか、比較的平穏な事件ばっかで安心してたのに! ここにきて距離詰める? なんで? なんでだろう。
全力で先輩から離れて、アンドリュー君を見てみると、複雑な表情になっていた。だよねー? ごめんね、メニューを選びもせずにイチャついてて……。
「あー、ご、ごめん。アンドリュー君! 気にせずどうぞ!」
「いや、気になりますよ……。フィオナさんが嫌がってるから、やめたらどうですか?」
「だな。悪い、フィオナ。からかいすぎた」
「い、いえ……」
やっぱり、思いっきりからかわれてる。先輩のペースに乗せられないようにしなくちゃ。結局、チキンステーキにした。他のはどれも油っこそうだったし、量が多いから。先輩は喋らない小型のドラゴン肉のステーキと、スープとパンのセット、アンドリュー君はボロネーゼとサラダのセットを頼んでいた。水を飲んで、からりと氷を揺らがせながら、先輩が口にする。
「それにしても、驚いたな。ちょっと気を付けただけで、こうも変わるとは」
「どう、どうも……」
「ねえねえ、そのお姉さんに会う日っていつ!? どうだったか教えてね!」
「あ、明日です。俺の気が変わらないうちにって、強引に決めちゃって」
「へー。過去話だったか? それをフィオナにした結果か」
「ま、前から、連絡を取ろうとは思っていたので、別にフィオナさんにしたからじゃ……。背中を押して貰ったのは事実ですけど」
パーカーを着ていないからか、居心地悪そうにもぞもぞと動いている。ああっ、もったいない! せっかくのイケメンが台無し! でも、傷付くだろうから言うのはやめておこう……。私のアドバイスを聞いてくれただけで、嬉しいし。
「は~、それにしてもアンドリュー君はイケメンだよねえ! ありがとう、私のアドバイスを聞いてくれて~!」
「い、いえ、俺も暑かったから、そろそろ髪を切ろうと思っていたところですし」
「あとは服だけだな。どういう服装で行くんだ? 明日」
「シ、シンプルにもう、Tシャツとジャケットで行こうと思ってます……。ステラさんにも聞いて決めました」
「なんだ、俺に相談してくれたら良かったのに。色々と話を聞いて貰ってるんだし、気にせず、次からは俺に相談してくれよ」
先輩が苦笑しながら、残念そうに言う。乗り気だなぁ。ステラちゃんは「別にあいつと仲良くしたいわけじゃないと思うけど?」って言ってたけど、先輩はやっぱり、アンドリュー君と仲良くしたいんだよ! 残念そう。珍しい表情の先輩をガン見していたら、おもむろにコップを置いた。
「そうだ、フィオナ。アンドリューの家に遊びに行くんだろ? もうここで予定を決めるか」
「あっ、そうだった! そうだった! ねね、先輩と私の二人で遊びに行ってもいい? 焼きたてパンが食べた、うんんん! 教えて欲しいし!」
「お、教える方がハードル高いし、パン作ってお出ししますよ……」
「じゃあ、いつ空いている? 再来週辺りがいいかな?」
「再来週は俺が空いてないな。どうせ、フィオナのことだから暴走するんだろうし、俺がストッパーとして、」
「えーっ、酷い! 暴走なんかしませんけど!?」
「どうだかな。するだろ? ごめんな、いつも俺のバディが迷惑かけちゃって」
「い、いえ、大丈夫です……」
先輩が呆れたように笑いながら、スケジュール帳を取り出す。それも黒い本革のカバーにかけられていた。先輩、魔術手帳も財布も、キーホルダーもスケジュール帳も全部、黒い本革で揃えてるんだ! へー。
ハンカチは青と白のストライプ柄だったけど。薄手のサテン生地のハンカチ。先輩は何となくタオル地のハンカチを使ってそうだなと思っていたんだけど、意外や意外、薄いハンカチを使っていた。でも、雨の日は紺色のタオルハンカチを使って、バッグとか拭いてたな……。しみじみ、先輩の持ち物に思いを馳せていると、急に話しかけられた。
「フィオナ? じゃあ、俺とスイーツブッフェに行く翌日で大丈夫か?」
「あっ、はい! 私も空いてますよ、その日」
やっぱりアンソニーさんと会うのはやめておこう。嫌だなー、会いたくないなぁと思いながら「すみません、その日は無理で」って言ったら、間髪入れずに「じゃあ、その翌日で」って言ってきた。もういいや。どうせ半分血が繋がったお兄ちゃんなんだし、キャンセルしたって。
「スイーツブッフェって……? ふ、二人で行くんですか?」
「ああ、そうなんだよ。良かったらアンドリューも来るか? 株主優待券を貰ってさ、姉から」
「い、いえ……。でも、どこですか? 気にはなります」
「……ティターニアホテル」
「ええええええっ!? 高級ホテルじゃないですか! そこの!? スイーツブッフェ!? ごっ、ごごごご豪華って噂の!」
「ああ。安くならなきゃ行かないって、俺も。どうだ? 金は出すから、アンドリューも来ないか?」
「い、いえ、遠慮します……。緊張しそうですし、そんな高級ホテル」
「そうか、残念だ。まあ、また俺と二人で飲みにでも行くか」
「はい……」
先輩が残念そうな顔をしながら、コップを持ち上げ、また水を飲む。し、尻尾が相変わらず私にちょっかいをかけてくるというか、何というか、腰に巻き付いたり、背中を叩いたりと忙しい。でも、最近指摘したって、平然と「嫌だったか?」って聞いてくるだけだからどうしようもない!!
い、嫌じゃないんだけど、嫌じゃないんだけど、恥ずかしい。きっちり人目がないところでしてくるし! 今だって、アンドリュー君からは見えないわけで……。
「フィオナ? 料理がきたぞ、食わないのか?」
「あっ、た、食べます……」
「楽しみだな、アンドリューの家に行くの。二人で」
「あっ、はい。先輩、ずっと行きたいって言ってましたもんね!」
「そうだ、楽しみにしてたんだ。ごめんな、アンドリュー。なんか俺とフィオナの二人で押しかけることになっちゃって」
「だっ、だ、大丈夫です……」
それしか言わない。先輩も頑張ってるんだけどなぁ。一向に縮まらないな、距離が……。でも、ここで私が余計なことをしたら、ますます距離が離れるかもしれないし、我慢我慢! 余計なことしがちだから気を付けないと。ゆっくりと真剣に、運ばれてきたチキンステーキを切り分けていると、先輩が身を乗り出して、アンドリュー君に話しかけた。
「アンドリューはどんなパンが作れるんだ?」
「えっ? えっと、クロワッサンとかベーグルとか、み、店に並んでるものは一通り作れます」
「すごいな! ベーグルまで作れるのか」
「ベーグルは意外と簡単で……く、来る時、何が食べたいですか? 食べれない食材とかありますか?」
「ん~、そうだな。野菜は食いすぎると腹を壊すから、少なめで……でも、パンだし、そんな心配はいらないか。基本的に死ぬほど甘ったるいものと、激辛以外は何でも食える」
「じゃ、じゃあ、色々と作れますね。ローストビーフサンドとか、ああ、ハンバーガーとかでもいいかもしれませんね」
先輩がけっこう食べれると知って、ぱっと、嬉しそうに顔を輝かせた。うんうん、良かった。そろそろ男性とも、ちゃんと喋れるようになりたいなって言ってたし、先輩もにこにこ笑顔で友好的だし、うん。良かったんじゃないかな? チキンステーキは皮がぱりっとしていて、美味しかった。ふんわりとバターの香りが漂う。
「ハンバーガーか、いいな。食いたいな。でも、面倒臭くないか? パティ作るの。あ、それか市販品?」
「い、いえ、せっかくなら作った方が美味しいので……。味にまとまりが出るんですよ。手作りに市販品混ぜると、どうしても分かっちゃうので」
「なるほどな。あ、食材費は出すし、なんなら当日手伝うから。急に押しかけることになって申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。そろそろ克服したいなと思っていたところなので……そ、れに、お客さんですから。そんなことはさせられないです、気にせず来てください」
うつむいているけど、だいぶはっきりと喋れるようになってきた。あれかな? 先輩が優しい感じだからかな? 良かったね、アンドリュー君。私は微妙に疎外感を感じちゃってるけど……だめだめ! アンドリュー君に嫉妬してどうすんの!? でも、私があれだけ散々聞いても教えてくれなかったのに、食べれないものをあっさりと教えたりして……。一旦、ナイフとフォークを持った手を止める。
(ひょっとして、可愛い後輩の地位が脅かされちゃってない!? 嫌だな~。このままどんどん、先輩とアンドリュー君が仲良くなっていったら)
ある日突然、先輩が笑顔で「今日からアンドリューとも一緒に仕事しようぜ! 三人で行動しような」って、言ってきたらどうしよう? ありうる、ありうる、ありうる……!! だって、アンドリュー君は、私とは違って魔術のベテランだし、道路にアヒル柄をプリントしたりもしないし、優秀な人材だもんね。このままだと私、追い払われちゃうんじゃ!?
(だ、だめだ! 存在感をアピールしていかないと! 黙って食べている場合じゃない!!)
まだ二人に料理が来てないから、余計疎外感を感じちゃうんだよ! 早く料理が来ないかなと思っていたら、ちょうどよく料理が運ばれてきた。店員さん、ナイス!
「わっ、わぁ~、先輩のすごいですね! ごっついですね!」
「ああ、だな。一口食べるか?」
「ふぉっ!?」
出た、最近の「一口食べるか?」発言!! 先輩いわく、私は庇護対象だから、どうしても何か食べさせたくなるらしいんだけど……。真剣にじっと見つめたら、不思議そうな顔をする。あれ? 冗談じゃなくて本気? やっぱり、先輩が獣人だからかな? 距離が近いって思ってたけど、これが普通なのかも。
「ひ、一口食べます! でも、いいんですか? 貰っちゃっても」
「別に。これだけの量あるしな。ちょっと待ってろ」
「あ、はい」
じゅうじゅうと音を立てている、真っ黒いお肉にナイフとフォークを入れた。あれ? 最初? 最初に貰えるのかな? それにしても、どういう味なの!? いつも「うわぁ~、お肉って感じ!」って言うだけ言って、頼んだことがないから、どういう味なのかよく分からない。
食べ盛りの高校性とか、よく食べる男友達が頼んでるイメージしかない、ドラゴンのお肉。先輩が丁寧に、小さめの一口サイズに切ってくれた。オニオンソースを絡めて、「ん、ほら」と言いつつ、差し出してくる。んっ!?
「こ、このままですか……?」
「ほら、あーん。口開けろ」
「はいっ!」
ものすごく、ものすごく自然にあーんされてしまった……!! ど、どうしよう? ステーキ肉噛みたくない。だって、噛んで飲み込んだらあとは消化されるだけじゃん!? うんこになるだけじゃん!? 先輩に初あーんして貰った、先輩に初あーんして貰った……!! 感動しながら、両手で口元を押さえ、しばらくの間口の中に入れておく。先輩が訝しげな顔をしていた。アンドリュー君は何かを察して、微妙な顔をしていた。
「んぐんぐ、んぐんぐんぐ……!!」
「何言ってるか分からねぇから、飲み込んでから言え。熱かったか? 水飲むか?」
「んおー、いーんん」
私のお水を差し出してきた先輩に向かって、一生懸命首を横に振る。仕方ないから食べようっと。もう口に入っちゃったんだから、消化すべきだよね……? おそるおそるステーキ肉を噛んでみたら、がつんと肉! って感じの旨みがあふれ出した。
お、美味しい! 味が濃くて甘い。でも、お肉に塩気も感じる。一口噛むごとに、ちょっと硬めのお肉から、じゅわっと、岩塩に似た塩気と旨みが出てきた。よく噛んで食べていると、高級なお肉っぽい甘みも感じる。
「おいふぃーれふ、これっ! あれかな? 脂が甘いんですかね!? しょっぱいのに、ほのかに甘みがあって美味しいです……」
「気に入ったみたいで良かった。もう一口いるか?」
「いえっ、大丈夫です! 照れ臭いので! ねえねえ、アンドリュー君は食べたことあるの? ドラゴンのお肉!」
「ありますよ。俺はコンビーフみたいにして食べるのが好きです。時間が経つと、ドラゴンのお肉は硬くなっちゃうので」
「へー! そうなんだ、知らなかった」
「新鮮なものじゃないとまずいんだよな。すーぐ硬くなるから。ここの店のはうまい」
最初はガチガチに緊張していたアンドリュー君も、次第に打ち解けてきて、三人で和やかに喋れた。いいんだよ? うん。いいんだけど、いいんだけどさ、先輩とアンドリュー君が仲良さそうに喋ってたら、やっぱりちょっとモヤモヤしてしまう……!!
お店を出たあと、一緒にセンターには戻らず、別れることになった。少しほっとしながらも、アンドリュー君に向けて、笑顔で手を振ったら、照れ臭そうに振り返してくれた。わー、可愛い! かっこいいと可愛いを兼ね備えてるね、アンドリュー君!
(明日、パーカーが無くても喋れるといいんだけど……)
今日一日、練習するって言ってたけど大丈夫かなぁ。可愛い後輩の地位を脅かすアンドリュー君もいなくなったことだし、先輩と心置きなく喋ろうっと! 振り返ってみたら、私を見下ろしていたようで目が合った。何故か真剣な、銀混じりの青灰色の瞳に見つめられ、どきりとする。
「せ、先輩? 行きましょうか?」
「ああ、行くか」
なんだ、いつもの先輩だ。良かった。年甲斐もなく、ぶんぶんと手を振ってたから、呆れてるとか……? うーん、違うような気がする。尻尾の動きも元気がないというか、さっきまでの明るさが無いような?
「アンドリュー君、すごくかっこよく変身してましたね! びっくりしませんでした? 反応が薄かったけど、先輩の」
「そうか? 驚きすぎて一瞬、声が出なくて」
「分かります、分かります!! 私もかっこよすぎて、一瞬息が止まっちゃいました~! 楽しみですね、家に行くの!」
「その前にスイーツブッフェだけどな」
「あーっ、忘れてた! 超豪華ホテルですよね!? あそこって! お姉さん、株持ってるんですか?」
「うん。だろうな」
は、反応が薄い……!! アンドリュー君と喋ってた時の方が楽しそう。がっかりしつつ、お昼時で賑わっている歩道を歩いていたら、先輩が振り返った。
「どうした? また足でも痛いのか? それか、腹を壊したとか……?」
「急に何ですか!? もうっ! ただ、アンドリュー君と」
「アンドリューと? どうした?」
「いっ、いえ! 何でもありません! 仕事しましょう、仕事!」
こうなったらいち早く魔術を習得して、先輩に褒められる後輩にならなきゃ! アヒルしか出せない後輩はいらねぇよって、先輩にいつか言われちゃいそう。
(うん。嫉妬してる暇があったら、勉強しようっと。すぐには放り出されないだろうし、まだ間に合うはず!)




