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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
一章 私が自分史上最高のイケメンを見つけて、転職した話
25/81

24.先輩が何を考えているのか、ほんっとうによく分からないんですけど!!

 



 先輩が「たまに胸糞悪い案件に当たる」って言ってたけど、こういうことなのかな? 積み重ねられた衣服に男物の下着、古い雑誌とコップと、ぬいぐるみに本、ダンベルと謎の金具、あちこちに散乱しているレシートにマットレス。古新聞と歯ブラシ、それに、飲みかけのペットボトルが数十本ほど散乱している……。


 どこからどう見ても、立派なゴミ屋敷。足の踏み場もないほど、リビングが散らかっていた。ぼうぼうに伸びた草が見える窓辺には、マゼンタピンクのカーテンがかかってる。


(怖い! なんでマゼンタピンクなの!? 他にもっともっと良い色が絶対にあったよね!? まあ、ここまで散らかってたら、どんな色のカーテンでも似合わなさそうだけど……)


 ぶすっと不貞腐れた男から、私を隠すようにして、間に立っていた先輩が大きな溜め息を吐いた。さすがは先輩、何も動じていない……。先輩の後ろから覗き込み、視線を走らせると、制服を着ている女の子が、無表情で座り込んでいるのが見えた。


 白い頬が真っ赤に腫れ上がり、くちびるの端は切れている。滲んだ血が痛々しい。誰かにはさみで適当に切られたような、長さがバラバラの茶髪と焦げ茶色の瞳を持っていた。生気がない。それに、痩せすぎてる……。感情を押し殺しすぎて、感情を失くしてしまったような顔をしていた。先輩が苛立って、片手で銀髪頭を掻きむしる。


「困るんですよ、こういうの。殴るのがしつけの一環なんですか?」

「……獣人のあんたになら、分かるだろ?」

「あ? 俺は母親にも父親にも、殴られてしつけられたことなんて一度もありませんけど? やめて貰えませんかね。古臭いんですよ、そういう考えはもう。獣人だからと言って、子供を殴ってしつけたりなんかしませんから」


 先輩は苛立つと口数が増えるし、ちょっと口調が速くなる。先輩の凄みに負けず、男が睨みつけてきた。よれよれの黒いTシャツだけ着てる。いきなり踏み込んだんだから、仕方ないとは思うんだけど、でも、ズボンぐらい履いて欲しかったな~。


「そーかよ。あんたのところじゃ、そうだったのかもしれねぇが、俺の家ではこうなんだよ! 他人の教育方針に口を出さないで貰えるか?」

「教育じゃなくて虐待ですね、これは。他にご家族は?」

「……女房なら、数年前に病気で死んだ。俺にはこの娘だけだ」

「なるほど。親戚は? 親戚付き合いしていますか?」

「話が合わない連中ばっかでしてない。何だよ、これ。そんなこと聞いてどうすんだ?」

「娘さんはもう、あなたと一緒に住まない方がいいと思いまして。身元を引き受けてくれるような方がいたらいいんですが」

「っああ!? そんなこと、勝手に決め……!!」

「決める権利はある」


 銀色の尻尾を揺らしながら、先輩がぐしゃっと、足元に転がっていたペットボトルを踏み潰した。意外と大きな音が響いて、男が怯む。女の子は表情一つ変えずに、うつむいていた。可哀相に、大丈夫かな……。私達が味方だって分かってくれたらいいんだけど。


「それと、虐待で現行犯逮捕ですね。……もしも娘さんが、あなたから自分にまつわる記憶を全部消して欲しいと希望したら、」

「けっ、消してください! 今すぐに!」


 それまで、人形のようにじっとしていた女の子が立ち上がって、悲痛な声を上げた。初めて聞いた声は掠れていて、胸が痛い。私達がいるのを忘れたのか、それとも、頭に血が上ってそれどころじゃないのか、男が急に立ち上がって、娘さんの髪の毛を引っ張った。


「きゃあっ!?」

「こいつ! このっ、この! 親不孝者め!! 今まで俺が必死で育ててやったのを忘れたのか!?」

「よりにもよって、俺の前でそんなことをしやがって!」

「ぐっ!?」

「先輩ーっ!? 死んじゃうから程々にしてくださいね!?」


 思いっきり、先輩が男の腹に蹴りを入れてしまった……。どうっと後ろへ倒れ込み、服の山がそれを受け止める。えっ、どうしよう!? とりあえず、先輩を止めるのが先だよね? 後ろから、先輩のセクシーな腰を掴む。だめだ、欲が出ちゃった!! こんな時にまで、私ったらもう!


「おっ、落ち着いてください、先輩! いきなり蹴りを入れるのはまずいですよ!?」

「離せ、フィオナ。こいつの毛を数十本ほど、むしったって許されるはずだ!」

「だめです、だめですって! おっ、落ち着いてください。じゃないと、後ろから腹筋を触っちゃいますよ!? いいんですか!?」

「もう触ってるじゃねぇか! 分かった、俺が悪かったから離れろ。フィオナ? 離れろって、おい!?」


 先輩を正気に戻すべく、後ろから真剣にさわさわさわと、腹筋を撫で回していたら手首を掴まれた。こんな時でも、私の手首を掴む手は優しい。ちっとも痛くない。


「聞いてるか!? 俺の話!」

「す、すみません……。正気に戻すため、たとえセクハラだと糾弾(きゅうだん)されようとも、私は先輩の腹筋を触ります」

「ただのセクハラだよ!! 真剣な顔して言うな、かこつけて俺の腹筋に触りたいだけだろ?」 

「大丈夫だったー? ごめんね、放置してて!」

「分かりやすく逃げたな……」


 気絶してるっぽい男の前を通り過ぎて、呆然と座り込んでいる女の子の下へ駆け寄る。目線を合わせるため、ゆっくりとしゃがんだら、びくっと肩を揺らした。良かった、さっきよりは表情がある。


「大丈夫? 髪の毛。痛かったでしょう? あとは私達が何とかするからね~、安心してね~」

「あっ、はい。あ、ありがとうございます……。家、住まない方がいいって。ど、どうなるんですか?」

「んーと、まずはお父さんからあなたの記憶を消すでしょ? そのあとは親戚の人を探して、」

「お、叔母さんがいまして。助けてくれそうな」

「叔母さんが?」

「はい。なので、そ、その人の家に行けたらなって……」


 人と喋り慣れていないのか、おどおどと、目を彷徨わせながら話す。うーん、アンドリュー君を思い出すなぁ。でも、こういう環境なら、そうなってもおかしくないか。あんまり触らない方がいいと分かりつつも、さっき引っ張られて、ぐしゃぐしゃになってしまった茶髪を見ると、胸が痛くて、ついつい触ってしまった。案の定、びっくりして体を強張らせる。


「あっ、ごっ、ごめん! 言えば良かったね!? か、髪が、気の毒で……ごめん、私の悪いくせだ! あ~、どうしよ。考えずに動いちゃった、本当にごめんねっ!?」

「あ、は、はい……」

「フィオナー、距離詰めすぎんなよ。良いところだけど、悪いところでもあるな」

「分かってます! すみません」


 少し離れたところで、男の様子を見ている先輩が声をかけてきた。でも、先輩も暴走したよね? あとできっちり話し合わなきゃ、この辺。女の子に向き直れば、ぱちぱちと、焦げ茶色の瞳をまたたかせていた。可愛い。素直そうだし、手こずりはしないかな……。触れたもの、すべてを引き裂くぜ! って感じの子じゃなくて良かった。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったよね? 私はフィオナ。フィオナ・ハートリーだよ。あなたのお名前は?」

「あっ、えっと、デイジーです。デイジーって呼んでください」

「分かった! デイジーちゃん、とりあえず怪我を治そうか」

「えっ? は、はい……」


 治癒魔術をろくに使ったことがないけど、多分、大丈夫……。くちびるの端がちょっと切れてるだけだし。あ、ほっぺたも腫れてる。ここも治さなきゃ。先輩に言って治して貰っても、別にいいんだけど、父親に殴られていたんだし、男性のことが怖いかもしれない。私が「触るね?」と言いながら、手を伸ばせば、こくんと控えめに頷いた。可愛い~。


(意識を集中させよう。何だっけ? そうだ、治癒魔術は失敗したらどうしようっていう不安よりも、相手を治したいって気持ちの方が大事なんだっけ)


 失敗したらどうしようっていう不安を、治してあげたいという使命感で打ち消せば、成功するって先輩が言ってた。でも、不安があって揺らげば、魔術は失敗する。この子のほっぺたに、アヒル柄をプリントしちゃったらどうしよう……。


 それに、精神が安定してる状態って何!? ほんのり失敗しちゃったらどうしようっていう不安があったら、失敗しちゃうわけ!? 定義がよく分からないんだよね。決めて欲しい! デイジーちゃんの怪我に触れながら、両目を閉じれば、夜のカフェにいた先輩のことを思い出す。


『不安があったら、何が何でも成功させたいという気持ちに変えればいい。とにかく、そのことだけに集中するんだ。成功させたいって強く思え、フィオナ』


 黒いジャケット姿の先輩がかっこよすぎて、あんまり話を聞いてなかったんだけど、思い出せて良かった~! 教えて貰った術語を脳内で唱えれば、指先が熱くなった。うっ、まだ慣れない。これ。魔力が放出されてる証なんだろうけど……。おそるおそる目を開けてみれば、それまで、腫れていた頬が綺麗に治っていた。うん、よし。大丈夫! くちびるの端も綺麗に治ってる。


「治ったよ~、本当に良かった! せっかく可愛い顔してるのに、もったいない」

「えっ?」

「良かった、無事に治ったか」

「うっ、うわあああ!? 先輩、いつからそこに立ってたんですか!?」

「いつからって、お前があー……デイジーちゃん? に治そうかって言ってる時から」

「結構前から! そうだ、あのお父さんは? 人形化したんですか?」

「した。骨が折れてたから、治したうえで」

「先輩、治せばいいってもんじゃないですからね……?」


 それに、いいのかなー? 娘さんの前でこういうこと言っちゃって。振り返ってみると、デイジーちゃんは無表情でぺたぺたと、自分の頬を触って確認していた。まあ、そうだよね! 自分に暴力を振るう父親がどうなろうと、どうでもいいよね! ちょっとだけほっとした。先輩に向き直れば、真顔でとんでもないことを言い出した。


「相手に怪我をさせて治した場合、申告しなくちゃいけないんだよ。過去に内臓を破裂させて、治したが、いまいち治りきっていなくて、急に大量の血を吐いて死んだ犯人がいて、」

「こっ、怖い! 何ですか!? それ!」

「だから、怪我をさせて治した場合、どんな怪我であろうとも申告しなくちゃいけない。正当防衛ってことで、あいつが暴れたことにしてくれないか?」

「あっ、そういう!? そういう話に繫がってくるんですね……。じゃあ、デイジーちゃん? 申し訳ないけど、警察署でお父さんが暴れたってことにしてくれないかなー? こう、派手に! 殴る蹴るをしてきたってことで」

「はい、分かりました」

「まあ、髪を掴むのは暴力行為だしね……」


 本当にあとでこの辺、ちゃんと話し合わなきゃ! 先輩、犯罪者になら何をしてもいいって思ってない? 獣人の本能をコントロールしきれていないのかも。ぐちゃぐちゃに散らかった家をあとにして、警察署に行こうという話が出た時、先輩がふいに手首を掴んできた。んっ!?


「悪い。えーっと、このお姉さんと少し話してくるから、ちょっとだけ待っていてくれないか?」

(先輩、可愛い!! お姉さんって、お姉さんって! 私、お姉さんですか!?)

「はい。どれぐらいかかりますか? ご、ご飯が食べたくて……」

「数分程度。でも、まあ、食べ終わるまで待ってるから。じゃ」

「はい」


 先輩、口下手すぎて可愛い!! 十三歳か十四歳の女の子相手に、戸惑っておろおろしてる、筋肉質のセクシーなイケメンって最高すぎない!? 写真、いや、動画を撮りたい! 先輩が戸惑った顔をして、「デイジー……ちゃん?」って呼んでいるところを動画に撮って、毎晩眠る前に見たい!! 良い夢が見れそう~。


 リビングを出て、ゴミ袋だらけの廊下を歩いていたところで、ようやく気が付いた。先輩、さりげなく私の手首を握ってない? 握る必要ってあったのかな。握られた手首を見下ろしていると、こっちを振り返った。


「フィオナ。見ていれば分かったと思うが、あの年頃の子にどう話しかけたらいいのか、ぜんっぜん分からん……。頼んだ」

「あっ、はい。えっ!? それだけなんですか? 言いたいことって。あと手、」

「いや、他にもまだある。姓を聞き出してくれ。呼び捨てにするわけにもいかないが、とは言っても、デイジーちゃんって呼ぶのも何だかなぁ」

「私がデイジーちゃんって呼んで、積極的に話しかけるから、別に気にしなくてもいいですよ……。あと、手。に、握ってるんですけど!?」

「あ、悪い。気付かなかった、すまん」

「き、気付かなかったって……?」


 そんなことある? 先輩が気まずそうな顔をして、ぱっと手を離した。もしかして、先輩って見た目通りチャラいとか……? いかにもなチャラさは無いんだけど、彼女が三人いますとか、面倒臭くて彼女作ってないけど、遊び相手は何人もいますって言ったとしても、何の驚きもないイケメン……。まあ、別にいいんだけどね? 付き合うつもりはないから。黙ってうつむいていると、先輩が気まずそうに身じろぎした。


「あー、本当に悪かった。そういや、フィオナは周りに獣人がいないんだっけか?」

「えっ? はい。友達も全員、人間と付き合ってます……」

「だから、分からないのかもしれないが、獣人はついスキンシップを取ってしまうようなところがあってな」

「えっ!? そうなんですか!?」


 驚いて見上げれば、先輩が生真面目な顔で頷いた。そっか、獣人だもんね。


「そうだ。犬の獣人とか見たことないか? あいつら全員距離が近いだろ? それだ」

「へ~、知りませんでした! じゃあ、今のも?」

「そうだ。守るべき対象にはつい、距離が近くなってしまいがちでな……。まあ、これからもうっかり手を繋いだり、頭を撫でてしまったりするかもしれないが、気にしないでくれ。別に恋愛対象として見ているわけじゃなくて、お前が俺の前で危険な目に遭ったから、守るべき対象になってしまって、それでつい距離が近くなるだけだから」

「なるほど、分かりました!」


 なんだ、良かった~。今までのもそうかも! 私の気にしすぎだったんだ。にこにこ笑いながら見上げると、先輩がほっとしたように笑う。


「分かってくれて良かった。目が離せない、そうだな、ヒヨコみたいなもんだ」

「ヒヨコみたいな!?」

「そう。嫌がるだろうから、絶対にしないが、フィオナの頭をつい撫でそうになる時もある」

「えっ、そうだったんですか? いいですよ、頭ぐらい! 別に凝った髪型をしているわけじゃないし」

「そうか、良かった。ありがとう、フィオナ」


 いつもより優しい笑顔で言ってきたから、かっと、首の裏が熱くなった。そっか、庇護欲が強いから。先輩は獣人だから……。黙って見上げていたら、先輩が手を伸ばして、私の頭を撫でてきた。わわわわ!! 先輩、異常に優しいの何!? 手、手を掴む時だってそうじゃん!? 触れてくる時、異常に優しい。髪の表面を撫でるように、優しく手を動かしていた先輩が、満足そうに微笑む。


「じゃ、行くか。あの子の叔母さんがまともだといいが」

「でっ、ですね! 行きましょうか!」


 デイジーちゃんがいてくれて助かった。警察署に向かっている最中、ずっと話しかけたら懐いてくれて、にこにこ笑うようになってくれた。何でも、デイジーちゃんの叔母さんは、亡くなったお母さんの妹で、ずっとデイジーちゃんを引き取りたいって言ってたんだけど、お父さんが頷いてくれなかったらしい。暴力を振るわれているのを知っていて、ちょくちょく会いに来てくれたり、遊びに連れて行ってくれたりする優しい叔母さんだと聞いて、ほっとした。


「じゃあ、ありがとうございました! お姉さん」

「どういたしまして~。また何か困ったことがあったら、センターに連絡してね?」

「はい、そうします」


 控えめだけど、嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。可愛い~! 涙ぐんで喜ぶ叔母さんと一緒に帰っていって、ほっとしたんだけど、なんで相談してくれなかったんだろ……。でも、私だって元彼にストーカーされた時、大げさかも? って思って相談できなかったんだし。単純に、前科がある人に相談したくかっただけかもしれないし。


「全員が全員、前科者ってわけじゃないんですけどねえ」

「まあ、怖いんだろ。電話対応最悪だし、当たり外れが酷いって噂が広まってるし」

「あ~……そこは否定できませんけど」

「な。もう少し治安を良くしたいんだが、あいつらが聞くわけねぇしなぁ。どうしたもんか」


 日が傾いて、赤色が混じった陽射しが道路を照らしている。隣を歩く先輩が腕を組み、低く唸っていた。


「それにしても、今日は精神的に疲れましたね~……。女の子が虐待されている音を聞くのって初めてです。トラウマになりそう」

「大丈夫か? 今日は念のため、魔術の勉強はやめておくか」

「えっ!? 甘すぎません!? というか、今日は先輩に慰めて貰おうと思ってたのに!」

「慰め……?」

「はい! 一緒に晩ご飯食べに行きません? 別に奢り目当てじゃありませんからね~」

「……いや、それが目当てだろ」

「違いますって! ちゃんと言ったのに、も~」


 軽く笑いながら歩いていると、先輩がむっつりと黙り込んだ。分かりやすい。さらに笑って背中を叩けば、不機嫌そうに尻尾を揺らす。


「あーっ、そうだ! 少しは我慢してくださいね!? すぐ蹴りを入れちゃだめですよ?」

「……分かった。どうにも上手くいかなくて」

「まあ、そこが先輩の良いところでもあるんですけどね! 人のために怒れるところ」

「えっ?」

「ん?」


 あれ、何か変なこと言ったかな? 私がきょとんとしていれば、複雑そうな表情を浮かべる。


「でも、暴走しちゃだめだろ……」

「気を付ければいいじゃないですか、今度から」

「まあそうだけど。俺は獣人だからなぁ、どうかな」

「先輩なら大丈夫でしょ! 優しいから、ちゃんとコントロールできますよ」


 何故か驚いたあと、困惑が混じった、すごく嬉しそうな笑顔を浮かべた。わーっ、初めて見た! こんな表情。ちょっ、なんで私、先輩がものすごく良い表情をすることを察知して、カメラが出せなかったんだろう!? 自分を責めてしまうぐらい、良い表情だった。焦っていると、私を気にも留めず、前を向いた。


「じゃ、頑張るか。ありがとうな、フィオナ」

「はっ、はい! 今の素敵な笑顔、写真に撮りたいんですけど!? もう一度浮かべてください、早くっ!」

「……元気そうだな。奢ってやるから、今日もカフェに行って勉強しようぜ」

「そんな! そんなぁ!」

「つべこべ言わずに黙ってやれ!」

「はい……」


 落ち込むなぁ。今日は疲れてるのに。あれ? でも今、私、先輩と良い感じの関係になってない? 理想の関係じゃない!? これっ! じーんと一人で勝手に感動していれば、先輩がふと思い出したかのように「あ、そうだ」と呟く。


「さっきの距離が近くなる話だけど」

「はい、どうしました?」

「ステラとかに言うなよ。からかわれる」

「大丈夫ですよ~、言いませんってば! どうなるか、火を見るより明らかですもん……」

「なら良かった。……そうだ、本の内容もあまり信じるなよ? 俺は獣人らしくないって言われてるんだし」

「はーい! 分かりました」

「それじゃ、手を繋いで歩くか」

「は、はいっ!? あ、ああ、でも、ヒヨコでしたね? 私」

「だな。守るべき存在だから。人間の男とは違って下心なんてものは無いし、恋愛感情からくる行動じゃない」

「なるほど! じゃ、じゃあ、手を繋いで歩きましょうか……?」

「ん、ほら」


 理想の……関係? あれ!? 先輩が真面目な顔をして、差し出してきた手を握り締める。どうしてこうなったの!? よく思い出せない。数分が経って、限界を迎えた。


「す、すみません。恥ずかしいからもう、もう無理です、限界です……!!」

「そっか。静かになっていいと思ったんだが」

「そういう意図で!? あ、あと、手汗が酷くて、げ、げんかい、限界なんですけど!! 先輩も嫌でしょ!? 私の手汗!」

「いや、手汗も可愛いから大丈夫だ」

「嘘でしょ!? えっ、嘘!」

「本当、本当」

「えっ、え、ええええええ……!?」


 結局、センターに着くまで手を離して貰えなかった。こ、これは進んでるの? 下がってるのどっち!? よく分からなくて混乱する。でも、カフェではいつも通りスパルタだった。先輩が何を考えているのか、ほんっとうによく分かんない!!






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