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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
一章 私が自分史上最高のイケメンを見つけて、転職した話
23/78

22.そうだ、パンツの話でもしよう

 



「それでさ、先輩が着実に私のことを好きになってきちゃってるんだよね……。まだ一週間ぐらいしか経ってないんだよ? 早くない? 展開が」


 アイスコーヒーをからころと、ストローでかき混ぜながら言えば、向かいに座ったステラちゃんがいたずらっぽく笑う。今日も相変わらず美少女。短く切り揃えられた金髪が可愛い。前髪も丁寧に切り揃えているからか、人形めいた美しさを漂わせている。星が散ったような青い瞳を細め、顎に白い指を添えた。


「まあ、あいつは獣人だし、しょうがないんじゃない? もう付き合っちゃえば? フィオナちゃん」

「えーっ!? 無理無理、恋愛はあと一年ぐらい無理っ! だってさ、一目惚れして付き合ったのに別れたんだよ? 無理だったんだよ!? その前はイケメン元彼に刺されかけてるし、私、もうそろそろ懲りるべきなんじゃない!?」

「私はさ、あいつの顔にキャーキャー言っておきながら、秒で他のイケメンに惚れて、猛アタックして付き合うフィオナちゃんのメンタル、すごいなって思ってる~」

「ええっ? だって、今度こそは上手くいくと思ってたんだもん~。あと、先輩の顔って劇薬に指定されてるから。付き合って毎日見たい顔じゃないし、絶対負けるでしょ! こっちが好き好き状態で付き合ったとしても、軽く扱われるだけって知ってる!!」

「わぁ、力説するね~。フィオナちゃん。まあ、気持ちは分かるけど」

「でしょでしょ、舐められるだけだもん~」


 魚介類たっぷりカレーを掬い上げて食べながら、ステラちゃんを見てみると、にこにこ楽しげに笑っていた。こんなに可愛い笑顔なのに、先輩はいつも嫌そうな顔をして「腹黒い笑顔!」と言っている。可愛い笑顔に見惚れていれば、海老とバジルのパスタをくるくるっと、フォークで巻き取った。今日の食堂は空いていて、周囲に人があまりいない。思う存分喋れる!


「でもさ? あいつ獣人だし、彼女にはけっこう尽くすタイプだよ。まあ、このまま、フィオナちゃんに報われない片想いをし続けている様子も、見ていて面白いからいいんだけどね~」

「いやいや! 先輩は私のこと好きじゃないから、ぜんっぜん! でさ、ステラちゃん? パンツの話をしてみない?」

「パンツの話を!?」

「そう。別に先輩が脇までちゃんとカバーされている汗取りインナーを着ているかどうかの話でもいいし、どれぐらいの頻度でトイレ掃除をしているのかとか、なんなら、缶コーヒーを飲み干す時にズッと音を立てて、最後の一滴までちゃんと飲み干すのか、それとも喉をそらして、一気にコーヒーを飲み干すかどうかの話でもいいんだけどさ……」

「マニアックすぎない? てか、真面目な顔して言ってるのが超ウケる」

「とにかくも、先輩をドン引きさせる話がしたい! こっちに来てるからさ」

「……あ、本当だ~。よく分かったね。後ろに目でもついてるの?」

「私にはイケメンセンサーが搭載されているから、振り返らなくても分かるのよ。ふふふ」


 後ろを振り返らなくても分かる。先輩が今日のお昼ご飯をトレイに載せて、こっちにやって来るのが……!! 念のために後ろを振り返ってみると、いた。私が笑顔でぶんぶんと手を振れば、困ったように笑う。あ~、かっこいい。筋肉質の体と深紅の制服の組み合わせって最高すぎない? 十年見ても見飽きない自信がある。


 あの制服姿を見ていると、先輩の脇に鼻を埋めて、ふんふんと嗅ぎまくりたい欲求に駆られちゃう。それするとセクハラなんだけど、一瞬で幻滅して貰えるかも。今度、私の腰に尻尾を巻きつけてきた時、「セクハラですよ! お返しです!!」って叫んで、脇の匂いを嗅ぎまくろうかなあ……。


 あと、いつも制汗剤っぽい良い香りがするんだけど、それ、本当にいらないから。先輩の汗臭くて男臭い匂いを嗅ぎたいんですって、一度言ってみてもいいかもしれない。死ぬ前に一度は嗅ぎたい、先輩の汗の匂い。真剣な顔して、先輩を見つめたあと、ステラちゃんに向き直る。


「私ね? ステラちゃん。頭の後ろに目がついているんじゃないかな? って思うレベルで、近くにいるイケメンが分かるの。イケメンからはほら、オーラが出てるからさ……。そのオーラを察知して振り返れば、常にイケメンがそこにいる」

「殺気的な?」

「ちょっと違う!! そう、それでパンツの話に戻るんだけど」

「……どうでもいいかもしれないけどフィオナちゃん、そういう変態的な話する時、いっつも真剣な顔しているのが笑える」

「えっ? だって真剣な話でしょ? 先輩に幻滅して欲しくてさ~……。今のままだと、先輩が私のことを好きになっちゃうかもしれない! 絶対絶対付き合いたくないし、このまま可愛い後輩でいたいのっ!」

「うふふ、可愛い後輩になったつもりでいるんだ?」

「だっ、だって先輩、私のこと可愛いって言ってたし!! じゃ、スタートね? 私から語らせて貰うね? 先輩のパンツについて」

「あっ、うん。だと思ってた~」


 一旦、語るために息を吸い込む。ステラちゃんがちょっとだけ死んだ魚の目をしながら、パスタを口に入れた。


「私的にはぜんっぜん、先輩がブリーフを履いていたとしてもいける! むしろ履いていて欲しいかもしれない。先輩は多分、青チェック柄のトランクスとか、普通のをさらっと履いているんだろうけど、私は布面積が少ない、真っ赤なブリーフを履いていて欲しいなって思ってる! セクシーなやつ!」

「ええ~? 真っ赤なブリーフってださくない? あと、絶対に履いてないでしょ。あいつ」

「ださくないよ、ださくない!! だって先輩、赤い制服を着こなしてるでしょ!? 真っ赤なブリーフだって絶対絶対、先輩は完壁に着こなせるんだからっ!」

「でっかい声で叫ぶな! ったく、昼間の食堂でそんな話をしやがって!」

「いたっ!?」


 普通にチョップされた。頭を押さえながら振り返ってみると、先輩が溜め息を吐きながら、トレイをテーブルの上に置く。そのあと、ナチュラルに隣へ座ってきた。ふんふん、今日の先輩のお昼ご飯は肉! 昨日「たまには魚にするか」って言って、白身魚のソテー的なやつを頼んでいたけど、しまった、頼むんじゃなかったか……って言いたそうな顔して、黙々と食べている姿にきゅんとした。


 昨日の反省を生かしてか、分厚いステーキと山盛りの皮付きポテト、ローストビーフサンド三個とオニオンスープ、ベーコン入りのサラダを頼んでいた。量が多い! 獣人男性だからこれが当たり前なんだろうけど、いつ見ても驚いちゃう。


「フィオナ? 俺の話、聞いてるか? 周囲がぎょっとしてたからやめろ。俺がどういうパンツを履いているかの話なんてするなよ……」

「えっへへ、聞こえちゃいましたか? それで? 今日は一体どんなパンツを履いているんですか?」

「あっ、ひょっとしてノーパンとか?」

「ステラ! 茶化すなよ、やめろ。それより違う話をしようぜ。連続殺人事件の話、どうなった?」

「うわぁ~、それする? 今、お昼ご飯食べてる最中なんだけど?」

「お前らがくだらねえ話ばっかりするからだろ」


 苛立った様子でステーキにナイフを入れ、切り分けてゆく。うーん、横顔がかっこいい……。横から見たトラ耳、ふわっふわしてて可愛いし最強。眺めていると、落ち着きなく、トラ耳がぴこぴこと動き出した。昨日の照れ臭そうな表情の先輩を思い出せば、一気に体温が上がるような気がした。し、尻尾、尻尾を巻きつけてくるのって、構って欲しいとか、俺を見て欲しいっていうサインなんだよね……?


「でっ、でででも、殺人事件の話、いいですよね!!」

「き、急にどうした? おい」

「あ、私は今日パスタだし、バラバラ殺人事件の話をしてもいいけど~?」

「さっきは嫌がってたくせに……」

「捜査はね~、ちっとも進展してないかな! でも、アンドリューが捕まえるって息巻いてるから、そのうち捕まるんじゃない?」

「お前のやる気がゼロだということだけが分かった……。暴走させるなよ、面倒臭いから」

「分かってるって~」

「暴走? あのアンドリュー君が?」

「……は?」

「んっ?」


 先輩が戸惑い気味にこっちを振り返る。口の端にステーキソースがついていて可愛い。それにしても私、変なこと聞いたかな? だって、あのアンドリュー君だよ? 夏場でもパーカーが手放せなくて、びくびく怯えているような子だよ? カレーのじゃがいもを掬い上げて食べていると、先輩が微妙な顔をした。ステラちゃんが笑いをこらえ、肩を震わせている。


「先輩、どうかしたんですか? だって、あのアンドリュー君ですよね? 暴走なんかするんですか?」

「……する」

「ちょっと、あの? 微妙な顔してる理由は!? 私、何か変なこと言いましたか!?」

「いや、別に。ただ、前はスタージェスさんって呼んでただろ? あいつ人見知りなのに、距離縮めるの早いなと思ってさ。無理させんなよ、あんまり」

「大丈夫大丈夫! 連絡先聞いたら、快く教えてくれましたし!」

「はあ!? 俺、いまだにあいつの連絡先知らないのにか!?」


 ステーキを食べようとしていた先輩が振り返って、ぎょっとした顔になる。えっ? まだしてないんだ。何年務めているかどうか分からないけど、私が先に交換しちゃって申し訳ないな……。


「あっ、はい。絆創膏貰ったし、自動販売機から紅茶缶が出てこなかった時に、魔術で出してくれたりとか、色々お世話になったんで、お礼したいからって言って連絡先交換しました」

「え~? 早いねえ、フィオナちゃん! どうする? ヒュー。うかうかしていると、他の男に取られちゃいそうだけど?」

「付き合う気はねぇから。そういうことじゃないし」

「えっ? なに? じゃあ、どういうことなの? ねえねえ」

「……」


 先輩が苛立った表情を浮かべ、黙り込む。こういう時は黙っていた方が勝ち、と言わんばかりにステーキを食べ始めた。トラ耳がちょっと後ろになっているのが可愛い! 先輩、困った時や微妙な空気になった時、いつも耳が後ろになるんだよね~。にまにま笑いながら見ていると、笑顔のステラちゃんが話しかけてきた。


「アンドリューと順調に仲良くなってるみたいだけど、どう? いつもどんなやり取りしてるの?」

「いつもどんなやり取りって、うーん……。あ、都民に嫌なことを言われた時の対処法とか、それから、支給されてるアイテムがけっこうあるじゃん? それの使い方とか、お手入れ方法とか」

「その辺りは俺に聞けよ。わざわざ、人見知りのアンドリューに聞かなくても」

「いやぁ、ははは……先輩に聞くのはちょっと気が引けるので。その点、アンドリュー君なら親切に教えてくれるし! あ、そうだ。晩ご飯の話もしてますね~」

「へー、晩飯の話なんてするのか。あいつと」


 けっこう返信が早くて、どんな質問にも答えてくれる。字が綺麗だし、何気なくメッセージ送っちゃうんだよね~。人慣れしたいみたいだし、喜んでくれてるっぽい。


「はい! アンドリュー君、パン作りが趣味なんですよ。お皿にも凝っていて素敵でって、そうだ! 部屋に観葉植物が沢山置いてあって、癒されるんですよ~。やっぱあれですかね? 人見知りで仕事のストレスが多いから、部屋を居心地よく整えているんですかね?」

「えっ? なになに? ヒューがショックを受けて硬直してるから、代わりに聞くけど、もう家に行ったの?」

「硬直してねぇって。訳分からんこと言うな……」


 先輩がものすっごく嫌そうな顔をして、ステラちゃんを睨みつける。ステラちゃんはおかしそうに笑って、「え~? だってさぁ~」と言うだけだった。メンタル強いな~。先輩のガチ睨み、かなり怖いんだけど。


「家に行ったことはないよ、さすがに~。いつか行ってみたいなとは思ってるけど。天井から観葉植物が吊り下がってるし! ああ、そうそう。写真写真。写真を送って貰ったの、家の中の」

「フィオナちゃん、展開が早すぎない? 距離縮めるの上手すぎない? 私でさえ、家の中なんて知らないんだけどな~」

「趣味何? って聞いたら、パン作りと観葉植物の世話って言ってきたから。えー! 見せて見せてー、ついでに家の中の写真も送ってよって、冗談で送ったら、本気で送ってきてくれてさ」

「っぶふ、冗談だったんだ?」

「そうそう。さすがに会って、間もない人の家の写真をねだったりしないよ……」


 私、そこまで無神経じゃない。でも、そういう風に見えたのかな? いやぁ、まさか本気で送ってくるとは思わなかった……。綺麗だったな、フローリングの上にいっぱい観葉植物が置いてあるの。天井に窓があるらしく、さんさんと陽が射し込んでいた。送って貰った写真を思い出していると、先輩が不機嫌そうにかちゃかちゃと、音を立てながらステーキを切り分ける。


「言うなよ、最初から。冗談でも」

「えっ? ふふふ。冗談でも言ったら、応えてくれる時がありますし! そうだ、先輩、アンドリュー君の連絡先を教えてあげましょうか? それでさっきから不機嫌なんでしょう?」

「えっ!? い、いや、無断ではさすがにちょっと……」

「じゃ、聞きますね~」

「早いな!? 即行動かよ」

「早いよね、本当にフィオナちゃんって。行動が」


 制服のポケットから魔術手帳を取り出し、アンドリュー君に電話をかける。先輩がびっくりして、「それも、いきなり電話を!?」と叫んだ。


「ええっ? だって、メッセージ書くのって面倒臭いし……あ、もしもし? 急にごめんね? いやさ、先輩が私とアンドリュー君が連絡取ってるの見て、寂しがっててさ~。俺もまだしてないのに! って言ってて」

「いや、寂しがっては、別に……」

「えっ? じゃあ、どうしてさっきから不機嫌なんですか? それ以外の理由があるんですか?」


 絆創膏を貰ったって聞いた時から、ちょくちょくアンドリュー君のことを気にして「あいつ、フィオナになんて話しかけてるんだ?」とか、「俺が話しかけたら逃げるんだけどな」とか言ってるから、てっきり仲良くしたいのかと……。私が魔術手帳を耳に当てたまま、不思議そうな顔をしているのを見て、ぐっと言葉に詰まる。


「と、特には無いが……」

「ですよね! 先輩、自分で気が付いてないだけで、本当はアンドリュー君と仲良くしたいんですよ! 私がアンドリュー君と仲良くしているのを見て、嫉妬しちゃってるんですよ~! だって、さっきからアンドリュー君のことばっか気にしてるし! それでどう? 連絡先教えてもいい? 迷惑? ……うんうん、ありがとう! じゃ、先輩にも家の中の写真送ってあげてね~。やたらと気にしてたから。それじゃっ、食べてる最中なのに邪魔しちゃってごめんね? ありがとう~!」

「どこで息継ぎしてんだ……?」

「フィオナちゃんって最強だね~。ふふふふ」


 私がぱたんと魔術手帳を閉じて、「よしっ!」と呟けば、どうしてか先輩が怯えたような顔をする。えっ? でも、やたらと気にしてたよね? アンドリュー君のこと。以前、ぶつぶつと「俺とは半年間、目すら合わせなかったのに、フィオナには絆創膏を……?」って呟いてたし。不思議そうに見ていれば、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……じゃあ、アンドリューの連絡先を教えてくれ。そろそろ、距離を縮めたいと思っていたところなんだ」

「嘘でしょ? ヒュー。あんた、今まで一度も私のバディを気にかけなかったよね!?」

「いや、言わなかっただけで、実はそうで……。今度、アンドリューの家に行くことになったら、俺に教えてくれ。俺もついて行くから」

「分かりました! 一緒に行きましょうね~。あ、ステラちゃんも一緒に行く? 誘おうか?」

「面白そうだからついて行かなーい! 後日、アンドリューにどうだったか聞くだけにするね~」

「えっ!? そこは面白そうだから、ついて行くの間違いなんじゃ!?」


 とりあえず一旦、先輩にアンドリュー君の連絡先を教える。きちんとお礼メッセージを送っていてきゅんとした。先輩、不良やマフィアっぽい見た目なのに、育ちがいいことばっかしていて好き……。


(そうだ、ステラちゃんがいるからかな? ぜんぜん良い雰囲気になってない。落ち着く!)


 尻尾が巻きついてきたことで動揺しちゃったけど、大丈夫そう。パンツ話効果が出ているのかもしれない。そうだ、もう少しドン引きされるようなことを話しておかなくちゃ……。


「先輩、トイレ掃除ってどれぐらいの頻度でしますか?」

「どっ、どれぐらい!? トイレ!?」

「はい。あと、キッチンのコンロは毎日拭くタイプですか?」

「それを聞いてどうするんだよ……。真面目な顔して、聞かれても困るんだが?」

「本当は汗の匂いを嗅がせてくださいって言おうと思ったんですけど、それはちょっと、さすがに恥ずかしくて……。なので、まずは先輩の家事に対する姿勢を聞こうかと!」

「全部言ってるぞ。大丈夫か? 頭」

「先輩! 酷い!!」


 よしよし、先輩が順調にドン引きしてる。そんな私達のやり取りを、ステラちゃんがにこにこと笑いながら見守っていた。


「あれだって~。フィオナちゃん、ヒューなんかとは絶対に死んでも付き合いたくないから、引かれるように頑張るんだって~!」

「ステラちゃん!? そこまでは言ってない! 付き合いたくないっていうのは事実だけど!」

「……心配かけて悪かったな。言い寄ったりしないから安心しろ」

「いっ、いえいえ……。たっ、ただ、先輩が獣人の特性で優しくしてくれるといえども、あー、うー、何でもないです。何が言いたいのか、よく分からなくなっちゃったので……」


 冷や汗やばい! ステラちゃんんんんん!! 必死でステラちゃんを見つめていれば、さらに嬉しそうに笑みを深めた。先輩の邪魔がしたいの? それとも私の邪魔がしたいの? どっち!?


「でも、彼氏欲しくなったら言ってね? フィオナちゃん。いつでも紹介してあげる~」

「あっ、うん。ありがとう。ただ、恋愛はもうしばらくいいかなぁ……。一年ぐらいは休みたい。今年は先輩の顔を見て、キャーキャー言うだけにするよ」

「……」

「そっかぁ~。ヒュー、残念だったね? 乗り気だったみたいだけど」

「別に乗り気じゃない。あと、フィオナのことは変態だと思ってる」

「またまた、そんなこと言って! アンドリューに嫉妬してたくせに。バレバレなんだよ。取り繕うとしてるの、だっさ!」

「ステラちゃんん!? 本当に先輩と仲悪いね!?」

「大丈夫大丈夫、ふふふ。こいつ、こういう時は絶対に黙るから。キレたりしないから~」


 ええっ? でも、さすがの先輩も怒るんじゃ……。振り返って見てみると、無表情でステーキを食べていた。す、すごい。平常心だ、多分。ステーキ肉をよく噛んで飲み込み、一気に水を飲み干した。


 手の甲でぐいっと水を拭ってくれないかな~、どうかな~と思って眺めていたら、予想通りの仕草をしてくれた。かっこいい~!! このために水って存在してるよね。ありがとう、ありがとう、これこそまさに恵みの水……!!


「こういう時、色々言っても無駄だって、姉貴との関わりの中で学んできたからな……」

「先輩のお姉様って、一体どういう人なんですか?」

「メスライオンとゴリラと女帝をかけ合わせたような、トラの女……」

「先輩の遠くて虚ろな目を見て、どういう人か一瞬で理解できましたよ」

「どこもそんな感じなんだね~、姉弟って。私にも弟がいるんだ」

「ステラちゃんのところも、どういう感じか一瞬で理解できたよ!!」

「とにかくもまぁ、何か言われたら黙るようにしてる。倍になって返ってくるからな……。余計なことを言ったら事態が悪化するし、根に持たれる。黙っているのが一番だ」

「先輩……!!」


 先輩が何もかもすべてを分かりきったような顔をして、ローストビーフサンドを頬張っていた。ステラちゃんは「いい心がけだね~!」って言いながら、爆笑してた。


 先輩のストレスが相当溜まっちゃったみたいで心配。でも、まあ、ステラちゃんのおかげで良い雰囲気にならずに済んだから……。はっきりと、付き合いたくないって言えたんだし! センターの長い廊下を歩きながら、先輩を見てみると、まだ暗い表情を浮かべていた。


「先輩、大丈夫ですか? ステラちゃんの煽り、えぐかったですね……」

「いつものことだから慣れてる。でも、今度からお前らが二人きりで飯食ってたら、声をかけないようにするな」

「あっ、はい。それでいいですよ? ぜんぜん」

「それから、アンドリューにぐいぐい迫るなよ。あいつも一応前科持ちだし」

「あれ? そうなんですか? 知りませんでした」

「……九歳の時に父親を殺したんだ。ああ見えて、ぶっ飛んでいるところがあるから気をつけろ」

「えっ?」


 九歳の時に父親を? あのアンドリュー君が? 信じられない。ハエがたかってきたら、怯えて振り払っていたのに。声が出せないでいると、先輩がばつの悪そうな顔をした。


「人間、見た目じゃない。見ただけでは分からない。お前は面食いだからなぁ。気をつけろよ?」

「だっ、大丈夫ですって……。確かにアンドリュー君、イケメンでしたけど」

「……見たのか? 顔を」

「あっ、はい。見せてってお願いしたら見せてくれました」

「フィオナ……!!」

「あっ、だめでした!? す、すみません!」


 外見にコンプレックスでもあるのかなと思って聞いたら、違うって言うから、軽くノリで「じゃあ、顔見せてよー! 一度ちゃんと見てみたーい」って言ったら、見せてくれただけなんですけど……。でも、先輩に言ったら怒られそう。やめておこう。おそるおそる顔をうかがってみれば、ものすごく何か言いたげな顔してた。


「だめじゃないが、ほどほどにしろよ? 押しが強すぎる!」

「あっ、はい。気をつけますね。それにしても、暴走って? アンドリュー君、どんな風に暴走しちゃうんですか?」

「……男相手に、とは言っても、向こうが暴れたりした時限定の話だが、正気が吹っ飛んで気絶するまで殴る。無理矢理止めても、止まらなかった。最後はヘッドロックして止めた」

「えっ、えええええええ……? あのアンドリュー君が? 華奢めで気が弱いのに!?」

「ああ、フラッシュバックするんだとよ。じゃ、この話は終わり。ベラベラ喋っていい話じゃねぇからな」

「あっ、はい。分かりました。教えてくださってありがとうございます」


 そっか~。まあ、誰にだって色々とあるよね。私だって、愛人の子供には見えないんだろうし……。午後の陽が射し込んできている廊下の窓を見てみると、中庭の木が揺れていた。


「そうだ! 先輩、アンドリュー君と連絡先交換できて良かったですね! すみません、私が先に交換しちゃって」

「いや、まあ、うん……」

「今度、三人でアンドリュー君の手作りパンでも食べに行きましょうね~。楽しみ、楽しみ! せっかくだから、誰かに食べて貰いたいって言ってたし」

「だな」 






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