21.食人植物のせいで、恋愛フラグ乱立状態……。
「……そうか、なるほど。俺が昨日、散々怪我をしたら隠すなよって言ってたのに、隠したのか」
「す、すす、すみません!! 私、気のせい、気のせいかと思っていて」
「説教するのはあとでだ。まずは足を見せろ」
「えっ?」
「捻挫してるんだろ? 治すから」
お、怒ってない? 先輩が真面目な顔でじっと見つめてきた。何も言えないでいると、黙ってベンチから腰を上げ、地面にしゃがみ込む。まるで割れたコップに触れるみたいに、私の足首に触れてきた。銀が混じった青灰色の瞳が真っ直ぐ、こちらを見上げてくる。
「どっちの足だ? フィオナ」
「か、顔が綺麗……!!」
「……どっちの足だ? 左か? 右か?」
「あ、そっちです。今、せ、先輩が触ってるほう」
「左か。今度からは隠すなよ。心臓が止まるかと思った」
「心臓が……」
首絞められてたからかなぁ? でも、そうだよね。早く言って治して貰っていたら、あの時、逃げそびれることもなかったのに……。落ち込んでうつむけば、足首を確認して、考えるように首を傾げていた先輩が言う。
「そうだ。一瞬、死んだかと思った……。俺、フィオナの家族にどういう顔して会えばいいんだよ? こんな、住宅街で死にでもしたら」
「そっ、そうですよね!? すみませんでした!」
「まあ、俺も悪かったけど。判断をミスった」
「あ、き、気になってたんですけど、私が怖がるからどうのこうのって……」
「だって、いきなり燃やしたらビビるだろ? 鉢植えさえ、割ればいい話だったから、剣を使ってこう、叩き割ればいいかと思って……」
「はい!? も、燃やせるのなら、最初から燃やせばいいんじゃ!?」
「……次からはそうする」
「はいっ!? えっ、本気で? 私、私が怖がるから?」
先輩が気まずそうな顔で黙り込む。え、嘘でしょ。ほ、本当に私のため!? 嘘でしょ、さすがに。じぃーっと見つめていれば、気まずそうに顔を逸らす。治している最中なのか、掴まれている足首がじんわりと温かくなってきた。
「いや、いきなり、だって、いきなり燃やしたら火事かって疑われるだろうし、フィオナだって怖いだろ?」
「はいーっ!? 怖くありませんけど!? たかだかそんな理由で躊躇していたんですか!? それに公園だし、私達がいるのを見たら何かしてるんだなって、理解してくれますよね!? そのための目立つ、真っ赤な制服でしょう!?」
「あー、うん。でもなぁ」
「分かりました! じゃあ、こうしましょう。私は今度から怪我を隠さない、先輩は躊躇せずに魔術を使うこと! それでどうですか?」
「うん。まあ、じゃあ、それで」
「歯切れ悪っ……」
なんで不満そうというか、それでいいのかなぁって顔してんの? おかしくない? これも先輩が獣人だからなのかな。私が心配をかけちゃってるから? ふいに、首を絞められた恐怖が蘇ってくる。喉が少しつらい。私が黙って、喉に手を添えていたら、急に慌て出した。
「大丈夫か? 苦しいのか!?」
「……今度から私が怪我しないためにも、すぐに魔術を使ってください」
「あ、ああ、悪かった。でも、怖くないか? 大丈夫か?」
「先輩が何をしたって怖くありませんから! 大丈夫ですよ? そこまで気にしなくても。そうだ、会った時から先輩は、色々と気を使ってくれてますよね?」
「……母親から散々言われてきたからな。知っての通り、俺は獣人だ。それも猛獣系の」
私の足首から手を放して、先輩が立ち上がる。ベンチに座ったまま、足をぷらぷらさせてみると、ぜんぜん痛くなかった。うん、治ってる。治癒魔術はけっこう難しくて、私は指先の切り傷ぐらいしか治せないんだけど、さすがは先輩。すごい。見上げてみると、思い詰めた表情になっていた。拳を握り締め、私のことを見下ろしてくる。なんだろう? 熱量がすごい……。
「俺がよかれと思ってやったことでも、相手にとっちゃ、迷惑な行為だったってこともある。気を付けて、自分を律して、精神がすり減るぐらい自制しろと言われてきた」
「えっ? そ、そうなんですか……?」
「ああ。人間の男と俺とじゃ、話が違う。同じことをしても、獣人はより責められる。これだから動物は、とかなんとか言われる」
「で、でも、そんなこと言うの、一部の人だけで私は言いませんよ!?」
「知ってる。でも、気を付けるのに越したことはないんだ。鬱陶しいかもしれんが、耐えてくれ。今日みたいに間違える時があっても、最大限気を配っていく。そのつもりでいてくれ」
「あ、はい……」
「まあ、俺も気をつけるから。フィオナが怪我しないのが一番だしな」
くるりと背を向けて、銀髪頭を掻く。そっか、先輩が優しいのってそういうことだったんだ。私はちっとも怖くないけど、この見た目だけで怖がる女性って、けっこういそうだしなぁ~……。ベンチから立ち上がって、焼け跡へ向かった先輩の下に行く。しゃがみ込み、焼け跡に残された、鉢植えの破片をつまみあげていた。
「どうするんですか? それ。辿れましたか?」
「ああ、これから辿る。破片に案内をさせる」
「破片に案内を……!?」
「おう。所有者の住所を表示させるよりも、こっちの方が楽でいい。ほら行け、案内しろ。あっ」
「あっ!」
手の上で破片がふわっと浮かび上がり、公園の出入り口に立っていた、おじさんの下へ行く。先輩と二人でぽかんとしていると、おじさんの頭上で破片がひゅんひゅん回り出した。慌てふためき、「なんだ!?」と叫んでいる。
「……いた。あれだな」
「早くありません!? 見つかるの!」
「心配になって戻ってきたんだろ。行くぞ!」
「えっ、はい。ええっ!? はや!」
先輩が引くほど猛ダッシュして、逃げようとしていたおじさんの首根っこを掴み、止まった。慌てて駆け寄ってみると、相手はトレンチコートを羽織った、四十代後半ぐらいの男性だった。痩せている。黒縁眼鏡をかけていて、濃い茶色の髪と目を持っていた。
「かっ、かか勘弁してください! に、逃げ、逃げないので……!!」
「困るんですよ、ああいうのをぽいっと捨てられたら。俺のバディが食われそうになったんですけど、一体どうしてくれるんですか!?」
「す、すみません! さ、さっき、人を食わないように豚を食わせたんですけど……」
「豚を?」
怖いなぁ。あれ、豚まで食べちゃうんだ~……。というか、どうやって調達したんだろう? 豚。憔悴しきったおじさんを問い詰め、話を聞き出す。この人は去年離婚したうえにリストラされ、転職活動も上手くいっていないらしい。そんな中、出会ったのが食虫植物。
最初は家にはびこる害虫をどうにかしようと思って、購入したものの、色鮮やかな茎や花弁、植物とは思えない動きとスピードにすっかり惚れこみ、その手の愛好会に顔を出すようになったという。おじさんがかぶっていた紺色の帽子を、ぐしゃっと両手で潰した。
「で、それで、じょ、徐々に、動物を食べる植物にも、興味が湧いてきまして……」
「一部の種類は売買を禁止されているはずですが。犬や猫を食べる種類じゃないですよね?」
「も、もちろんです! 最初は、ペットショップで買ってきたネズミを食べさせるだけで、満足できていました……。だ、だけど、あなたもストレスが溜まれば分かると思うんですけど、捕食シーンから目が離せなくなるんですよ。ばりばりと、大きなキバを使ってネズミや鳥を食べる。それを見ているとすっきりするというか、なんか、命って呆気ないなぁと」
「そうですか」
やばい、言ってることが微妙に怖くて分からない……。先輩は慣れているようで、素知らぬふりをしながら話を聞いていた。否定されなかったことでほっとしたのか、大きく息を吐き出す。
「そ、それで、可愛い植物に食わせるために、転職活動にも精を出したりして……日々に張り合いが出てきたんです。そんな矢先、とある愛好会で一人の男性と知り合いまして」
「なるほど。その男性から、今回燃え尽きた食人植物を?」
「は、はい。そろそろ、動物を食わせるだけじゃ物足りなくなってきたんじゃないか? と言われまして……。金さえ出せば、俺が密輸入してやると。なんなら、気に食わない人間を食わせればいい、死体なんか残らないんだからと言われまして」
こわっ! でも、実際は鉢植えの中から骨が出てくるんだよね……。食人植物が食べ切れなかった分を根っこの近くに置いて、そこから、養分を吸い取って成長する。学校で習わなかったのかな~。それとも、忘れちゃっているとか? 先輩が呆れたように溜め息を吐き、無言で続きを促す。怯えて足元を見つめながらも、話し出した。
「さ、酒が入っているのもあって、その見知らぬ男の言う通り、全額、金を払ってしまったんです……。あ、で、でも、俺以外の会員も購入していました! みんなで金を出しあって買ったんです」
「……その辺りの詳しい話は警察署でしてください」
「つ、捕まりますよね? やっぱり」
「はい。でも、人を食わせてなきゃ罪は軽くなりますよ。どうですか? 食わせたんですか?」
「い、いえ、それが、家で介護していた母を食ったきりです……」
「あー、だめですね。殺人ということで、現行犯逮捕です」
「えっ!?」
先輩が流れるような動きでかしゃんと、相手の手首に手錠をかける。覚悟をしていたようで、静かにうなだれるだけだった。てか、初めて見たけど便利! 輪っか状の銀色の物体が、手首に触れるなり、はまって手錠へと変わった。しげしげ眺めていれば、もう一度先輩が溜め息を吐く。
「それで? あと他に被害者は?」
「お、俺の家に行くと言っていた姪っ子が、突然姿を消したみたいで……鍵は開いていました。へ、部屋のドアも。だ、だから、食われたんじゃないかと思って、怖くなってしまって」
「……だから、公園に不法投棄を?」
「あっ、あの男が悪いんですよ!! 犬なり猫なり食わせていたら、人間は食わないって言ってたのに!」
「落ち着いてください。人が二人も死んでいるんだ、ここからは俺達の管轄じゃない。俺達はあくまでも軽犯罪を取り締まる、警察官のような魔術師なんです」
「け、警察官のような魔術師……?」
「はい。人が死ねば、事件から手を引かなくちゃいけない。まあ、警察に要請されて、手を貸すこともありますけど」
へー、そうだったんだ。私が「うんうん、なるほど?」と言って頷いていれば、先輩がものすごく嫌そうな顔で見てきた。このおっさんに教えるよりも先に、まずはフィオナに教えるべきだったか……って、顔に書いてある。ふふふ、嫌そうな顔の先輩、大好き! 両手を組んで、うっとり見惚れていれば、不自然に顔を逸らした。
「ま、まあ、というわけで行きましょうか。詳しくは警察署で」
「はい……。でも、ほっとしましたよ。捕まって良かった。エサ代はかさむし、何度か食われかけるしで最悪でしたよ。今までした買い物の中で、一番最悪な買い物でした」
ほっとする? 意外な言葉が出てきて、目が丸くなる。……でも、確かに自分のお母さんと姪っ子を丸呑みにした食人植物が家にあって、いつばれるんだろうって、びくびくしながら暮らすのはきついかも。おじさんの腕を掴んで、歩き出した先輩が眉をひそめた。
「食人植物なんかに手を出すからですよ。それにしても、公園を選んだ理由は? こんな真昼間に捨てなくても」
「……ほら、この辺、金持ちの子がよく遊んでいるじゃないですか。だからですよ」
「あー、なるほど? ようするに嫉妬ですか」
「そうですね、将来が約束されているも同然ですから。あんただって魔術師なんだ。獣人とはいえども、エリートの金持ちなんでしょうね……」
「親が厳しくて、自由に金を使えた試しなんかありませんが。俺が初任給で買ったもの、なんだと思います?」
「えっ?」
おじさんと同時に顔を上げて、先輩のことを見つめる。どこか悪戯っぽく笑っていた。雲が太陽を遮っている中では、青灰色に見える瞳をゆっくりと、細めてゆく。おじさんが首を傾げ、低くうなった。
「うーん……。なんでしょう? さっぱり検討がつきません。そうだ、俺は背伸びして、ちょっといいネックレスを母親に贈ったんだっけなぁ」
「スポーツブランドのスニーカーですよ。獣人用の大きいサイズは本当に高くて、買って貰えなくて、ずっとずっと憧れていたんです」
「はあ、なるほど。ケチですねえ。金、持ってるんでしょう?」
「持っていますよ。でも、買って貰えなかったんですよ。擦り切れるまで靴を履くというのが、両親の主義でして。……ぼろぼろの靴を履くのが恥ずかしくて、嫌で嫌で仕方ありませんでした」
「ああ~……。そういう親もいるんですねえ、使えばいいのに」
「金持ちの家に生まれたからといって、贅沢できるとは限りません。現に俺は小さい頃から、路頭に迷うか、結婚するか、死ぬ以外では金を渡さないと言われています」
先輩のご両親、厳しすぎない!? 手錠をかけられたまま、歩いていたおじさんがぷっと吹き出した。
「金持ちのくせにドケチだな……。いや、ケチだから金持ちなのか」
「それに、金を持っている人間はくせが強い。俺の家の近くに住んでいた、同じ年の子供が自殺してましたよ。原因は親からの虐待でした」
「……分かっているんですけどねえ。金があるからって、幸せじゃないってことは」
「まあ、分かってるのならいいです。うっかり、金持ちの気の毒な子供を殺さないようにしてくださいね?」
「ああ、そうするよ。生きてたらの話だけど」
「死にたくなったら、いつでも言ってください。俺のバディが食われかけたお礼に殺してあげますよ」
いっ、いきなり怖いこと言い出した! おじさんと二人で硬直する。先輩はうっすらと、社交用の笑みを浮かべていた。
「冗談です」
「す、すみませんでした……!! お、お嬢ちゃんもごめん。悪かった!」
「い、いえ」
先輩がそれきり、警察署に着くまで黙りこんじゃったから、余計に怖かった。すっかり萎縮してしまったおじさんを警察に引き渡したあと、先輩が溜め息を吐き、腕時計を見る。
「……もうこんな時間か。でも、まだ時間に余裕があるぞ。休んでいくか?」
「えっ? や、休んでいくって?」
「どっかその辺のベンチに座って休むとか。足首は? 絞められた首は? 何ともないか?」
「だ、大丈夫です……。すっかり元気になったので、心配しなくても大丈夫ですよ!」
「信用ならねぇな……」
「先輩! 大丈夫ですってば」
疑り深くこっちを見てくる先輩に笑いかけ、背中をばしばしと叩きながら歩く。もう、心配性だな~。足首もすっかり良くなったし、首だって苦しくないのに! 先輩の色気ある横顔を見ながら、歩いていたら、ふと気がついた。
「私、今日、首とつく部位ばっかり怪我してますね……。あ、怪我じゃないか。捻挫と、首絞められただけですもんね~」
「だけって言うなよ。本当に大丈夫か? 何か飲んでいくか?」
「のん……?」
「いや、そこの広場にジューススタンドが来てるから」
「本当だーっ! で、でも、仕事中……」
「無理してぶっ倒れたら、そっちの方が効率悪いだろ。あと、俺達は連続して魔術を使うから、魔術を使ったあと、少しだけなら休んでもいいことになってる」
「あれ? そうなんですか? 初耳です」
「十分程度な。あいつらは三十分ぐらい休んでるけど」
「あ、ああ……。ステラちゃんとか、がっつり休みそうですよね」
「本当にそうなんだよ……」
苦労しているなぁ、先輩! あまり触れないでおこうっと。深い溜め息を吐く先輩と一緒に、小さなモザイクタイルが敷き詰められた広場へ行くと、肌寒い風が吹き渡った。そろそろ夕方だから、冷え込んできた。昼間は暖かいけど、夜になるとジャケットが必要になるんだよね……。早く夏にならないかなぁ。夏大好き!
わくわくしながら、白い車体にカラフルなペイントがしてあるジュース屋さんに行って、立て看板を眺める。マンゴーの果肉と炭酸ゼリーが入ったマンゴージュースに、パイナップルとココナッツのジュース、正統派なオレンジのスライスが入ったオレンジジュースに、バナナとキウイのスムージー、それに、スパイスたっぷり本格コーラまで! 写真が可愛くて、見ているだけでも楽しい。美味しそう!
「いっぱいあるなぁ~、先輩はどれにします?」
「え? フィオナが先に決めろ」
「そうじゃなくて!! 分かってないなぁ、もう! 先輩が頼む予定のものを見てから、頼みたいんですよ! 分かります!?」
「まったくもって分からん。好きなの頼めよ、奢ってやるからさ……」
「面倒臭そう! え~、先輩と同じものにしようかなぁ」
「俺は……種類が沢山あるな。どれにするか」
種類の多さに圧倒されたのか、眉間にぎゅっとシワを寄せ、メニュー表を眺め始めた。ああ、可愛い! 真剣に見て、顎に手を添えながら悩んでいる先輩が眼福すぎる~!! にこにこ笑いながら鑑賞していると、おもむろにこっちを見てきた。
「俺はコーラにする。フィオナは?」
「えっ? うーん、どうしよう……」
「こういう時、さっさと決めそうなのに案外迷うよなぁ」
「そうなんですよね~。いっつもメニュー迷って、お待たせちゃってすみません。早く決めますから」
「別に。十五分以内に決めてくれたら、それでいいから」
「さ、さすがにそこまでかかりませんよ……。うーん」
炭酸ゼリー入りのマンゴージュースが気になってたんだけど、苺とバナナのアイスが入った、パフェ風ジュースっていうのが気になる。中にアーモンドスライスや、キウイとバナナがごろごろ入っていて、食べて楽しむジュースらしい……。
最後は溶けてどろどろになるみたいだけど、それもまた美味しいって書いてある。でも、高い。高いし、食べきれるかどうか分からない量だし、さっき、お昼ご飯食べたばっかりだよね? まだ五時にもなってないよ? 私。一応働いている最中なんだし、こ、ここは無難にマンゴージュースで……。
「じ、じゃあ、マンゴージュースにしようかな?」
「……本当は、他に何が頼みたいんだ?」
「は、はい?」
「ここ最近、見ていたらなんとなく分かるようになってきた。顔が引き攣ってるぞ」
「えっ!? そ、そんなはずは……」
「どれだ? そうだな、フィオナのことだから、この高いメニュー辺りか?」
思いっきりばれてる!! 硬直していれば、ふっとおかしそうに笑った。先輩、観察眼鋭すぎません? あ、本に“獣人は人の気持ちを読むのに長けています”って書いてあったな……。先輩がカウンターテーブルの上にあるメニュー表を見て、とんとんと指で叩く。
「これのどれかなんだろ? 気にせず、好きなもん頼め」
「えっ? うーん……いいですよ、別に! マンゴージュースで。これも美味しそうだし」
「さっき、指でこの写真を触っていたな。これか? パフェ風ジュース」
「ばっ、ば、ばれてる!! 先輩、私のことよく見すぎじゃありませんか!?」
「……気のせいだろ。どれにする? 苺とバナナ味か、パイナップルとマンゴー味か」
有無を言わせない様子で、私のことをじっと見てきた。ああああーっ、圧が強い! かっこいい! 後ろからキラキラと光が出てるみたい。銀が含まれた、青灰色の瞳は美しいアーモンド形。すっと通った鼻筋に、彫刻のような小鼻。日に焼けたまろやかな肌に、薄いくちびる。完壁に私好みの顔立ちから、色気が滲み出ている……。結局、顔の良さと圧に負けた。
「い、苺とバナナにします……」
「了解。じゃあ、苺とバナナのパフェ風ジュース一つとコーラ一つ、お願いします」
「かしこまりました!」
先輩、注文する時にちゃんと「お願いします」とか、「ありがとうございます」って言うところが丁寧で好き! ズボンのポケットから使い倒していそうな、くったりとした黒の革財布を取り出す。このくったりした革財布を愛用しているところがもう、また……あっ、店員さんが意外とイケメン! 茶髪に青い瞳の爽やかなイケメン。
でも、先輩が財布を開き、うつむきながら「あるか? ぴったり」って言って、お金を探している姿に目が釘付けになる。忙しい、私! イケメンを見るので忙しい。筋肉質の背中がちょっとだけ曲がっていて、はらりと、短い銀髪が落ちていた。い、色っぽい! お会計している時の先輩が妙にリアルというか、日常を生きているイケメンという感じがしてすごく好き!! ガン見していると、支払い終えた先輩が振り向いた。
「じゃ、端に寄って待つか。……フィオナ? どうした? また目がやばいぞ。いつものことだけど」
「先輩~! ありがとうございます、その顔に生まれてきてくださって。この世界に、私好みの体と顔の先輩を生みだしてくださったお母様に感謝……!!」
「そこは買ってくれてありがとう、だろ? 別にいいけど」
「いいんですね……?」
「ああ、お前の変な言動に慣れてきた」
「先輩!!」
「嫌なら慎め。本当に、黙っていると可愛いのになぁ……」
「しっ、しみじみ言わないでください! 傷付くから!」
他愛もない話をしながら待っていると、ジュースが出来上がった。先輩から手渡されたパフェ風ジュースは写真通り、苺とバナナのアイスに、フルーツがてんこ盛りで美味しそうだった。歩きながら長いスプーンで食べ、センターを目指す。あとは部署に帰って、書類を作成するだけ~。多分!
「あ~、美味しい! ありがとうございます、買ってくださって」
「……この世界にどうのこうの言う前に、それを言うべきだったな」
「すみません、感動しちゃってつい。あ、コーラどうですか? 美味しいですか? そこまで本格的なの飲んだことがなくて、私」
先輩が頼んだコーラにはストローの代わりに、シナモンスティックが挿してあった。しゅわしゅわ弾けている茶色の液体を見ていると、飲みたくなってくる。
「なかなかうまい。あ、そうだ。一口飲んでみるか?」
「えっ!?」
「冗談だ」
「先輩! もーっ、私をからかうのは禁止ってあれほど言ったのに!」
「つい。悪い悪い」
ちっとも悪いと思っていない顔で謝りつつ、コーラを飲んでいた。まったくもう。だけど、いつも通りの雰囲気に戻ってるし、いっか。私の気にしすぎだったみたい。恋愛フラグを立てずに、今日はやり過ごせそう……。
その時、びったんびったんと、背中に何かが当たっていることに気がついた。振り返ってみると、先輩の尻尾だった。銀色の尻尾が制服に触れるか、触れないかの距離で揺れたあと、びたんっと、背中を叩いてくる。
「……先輩。あの、また尻尾が……」
「あっ!? わっ、悪い! 気が緩んで」
先輩が私の背中を叩こうとしている尻尾を掴んで、舌打ちした。え~、制御出来ないの? というか、それにどういう意味が……? 先輩のトラ耳が、おばさんを相手にしている時と同じように、びゃっと後ろを向いていた。眺めていれば、忙しなくぴこぴこと、銀色の耳が動き出す。尻尾も揺れて、挙動不審になっていた。
「かっ、か、可愛い!! 先輩、尻尾と耳どうしたんですか!? 可愛すぎるんですけど!」
「なっ……し、尻尾と耳のことについては触れるなよ! マナー違反だろ!? これだから人間は!」
「マナー違反!? えっ? どういうことですか? すみません!」
「……もういい。迂闊に尻尾を動かした俺が悪いんだし」
気まずそうな顔をしている先輩のトラ耳が、ぴこぴこと、前へ後ろへと不安げに動いていた。か、可愛い~……!! そのあと、いくら話しかけても返事してくれなかった。さすがに、仕事関連の質問には答えてくれたけど。家に帰って本を開いてみると、こう書いてあった。
獣人が尻尾を体に当ててくるのは、脈ありのサイン! 獣人男性は気になっている女性の関心を引くため、ついつい尻尾を体に当てがち。腰や手首に尻尾を巻きつけてくるようなら、脈ありの可能性大。ただし、無意識でやっている場合が多いです。
近くに好きな女性がいると、いてもたってもいられなくなり、自分の尻尾を巻きつけたくなるんだとか。獣人男性は本気で女性を好きになると、スキンシップが多くなります。なので、スキンシップが多い=チャラいではないのです。そこが人間の男性と違うところで……。
「だめじゃん、私!! 悪化、悪化させちゃってるじゃんっ!?」




