20.仕事ができる女になって、心配かけない作戦始動!
つまりは、私が仕事のできる女になったらいいってこと? そう、誰にも迷惑をかけず、心配されず、どんなに難しい魔術でも、さらっと使いこなせちゃう女になれば、先輩の庇護欲を刺激せず、恋愛フラグも立たなくて、いい感じのバディになれるんじゃ……?
(……うん。いけるんじゃない!? 完壁な計画じゃない!? これ!)
まずはもっともっと本腰を入れて、魔術の勉強をしないと。今、ようやく覚えた術語が九個しかないけど、大丈夫大丈夫……。これからどんどん覚えていけばいいだけの話だし! とりあえず、道路にアヒル柄をプリントしたりしないで、着実に仕事をこなして、先輩に安心して貰おう。
そうしていけばきっと、先輩がほっとしたように笑って「よし、もう俺が色々と教えなくても大丈夫だな。頼りになるな、フィオナは!」って、言ってくれるはず……。ふふふ。完壁な計画に酔いしれながら歩いていると、うっかり転びそうになった。とっさに先輩が腕を伸ばし、私の体を支える。
「うおっ!? とと、すみません。転びそうになっちゃって」
「……お前は何も無いところでも、転びそうになるのか」
(ああっ、心配度が上がっちゃった!?)
先輩がごくりと唾を飲み込み、不安そうに尻尾を揺らす。お、大げさ! 先輩、ちょっと大げさ! あれ? トラの獣人だから? とにかくも心配させないようにと思って、笑いながら離れたら、足首にずきっと嫌な痛みが走った。……うそ~、大丈夫だよね? ちょっと、足首が変な方向に曲がったような気がするけど、たかだか今、少し転んだぐらいで捻挫してないよね? 私の考えすぎかも。
「だっ、大丈夫ですよ! いつもは転んだりなんかしませんから。ただ、ちょっと今、考えごとをしていたせいで転びそうになっちゃって」
「……この前は階段で転びそうになっただろ?」
「あ、あれは酔っ払ってたからで! ステラちゃんと飲みに行った時の話ですよね? ねっ?」
「いいや、違う。お前が来て三日目の話だ。センターの階段から落ちそうになったし、その前は店のドアに指を挟みかけたし、その前は俺の顔を見ていて、ぼーっとしていて、車に轢かれかけてたよな……?」
「あっ、あれは全部偶然です! それに轢かれかけたなんて大げさですよ~、先輩! ただ、離れたところから先輩を見ようと思って動いたら、強烈にクラクションを鳴らされただけで、」
「いいや、あれは間違いなく轢かれかけていた。心配になるんだよ。頼むから、ぼーっとせずに歩いてくれ。まあ、俺がもうちょい見守ってるべきなんだろうけど」
あああああああーっ、だめだ! 失敗しちゃってる! 普通の人間なら「こいつ、面倒臭いな」って思ったりするのに、先輩はトラの獣人だからか、「俺がちゃんと見守ってやらないと」って思い込んじゃってる。
ああ、私の完壁な計画が音を立てて、崩れていくような気が……。術語を覚えるよりも何よりも、ぼーっとしないで歩くようにしなきゃ。店のドアにも気をつけないと。
「だ、大丈夫ですよ! 先輩。これからは気をつけますから。それに私、先輩の頼れるバディになりたいんです!」
「頼れる……バディだって?」
「待ってください!! どうしてそこで、ぞっとした顔になるんですか!? 普通は喜ぶ場面ですよね!?」
「いやぁ~、フィオナが張り切っているところを見ると不安になる……。頼むから変なことは考えないで、普通に仕事をしてくれ。嫌な予感しかしない」
「先輩~……!! 私だって、仕事ができる女になりたいんですよ!」
「そういうのは、仕事の基本を覚えてから言うもんだ。何もできていないやつが、必要以上に何かしようとするな。尻拭いするのは俺なんだぞ? 分かってるか?」
「ううう~、今日も顔が良い! 素敵!!」
「おい、俺の話聞いてるか? 聞いてないだろ、絶対……」
口数が多くなってきたような気がする、先輩。私のお喋りが移った? そういえば、友達にお喋りが移るって言われたことあるな~。
それにしても、顔が良い……。話が頭に入ってこない。さっぱり側頭部を刈り上げた銀髪と、深紅の制服の相性が良すぎて、見ていると頭がバカになりそうなんですけど? かっこいい~、かっこいいな~。食い入るように見つめながら歩いていると、先輩が気まずそうに呟いた。
「だから、前見て歩けって……。ここはガードレールがあるからいいけど、何もない歩道ではちゃんと、前見て歩けよ?」
「私、幼稚園児ですか? そう心配しなくても大丈夫ですよ~! 先輩ったら、大げさなんだから」
「……不安しかない」
「どうして!?」
あ、若干足首が痛くなってきたような気がする。面倒臭がって、履きやすいローファーに買い替えてないし、余計痛みが……。やめよう、考えるの。歩いてたらそのうち忘れるって! 気をまぎらわせるために、先輩以外のものを見る。平日の午後だからか、辺りに人はいなかった。
というか、この辺りはちょっと高級なマンションが立ち並んでいるエリアで、のんびり歩いているおじいちゃんぐらいしかいない。歩道のベージュタイルも綺麗で、植えられている街路樹はよく手入れされている。見上げてみると、小さくて白い花を沢山つけている街路樹が、優しい風に揺らされていた。瑞々しい葉と白い花が、陽に照らされていて綺麗。思わず目が奪われる。ひらひらと、白い花弁が舞い落ちてきた。
「ねえ、先輩! 綺麗ですね~、この花。なんて名前なんですかね?」
私が指を差して笑えば、先輩も笑う。びっくりするぐらい、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。風が吹いて、先輩の銀髪を少し揺らしていく。
「ん、綺麗だな。俺もどういう名前の花か知らん」
「は、はい。えー、こっ、ここ、不審者がいるって話でしたけど、ぜんぜんいませんね!?」
「目撃情報が相次いでるマンションはあれだぞ。まだ遠い」
「はいっ! こうやってパトロールしていて、何か意味は……」
「一応ある。それと今朝、この辺りをうろついているらしい指名手配犯が、」
「ちょっと待ってください。この辺りを指名手配犯が……!?」
いきなり物騒な単語が飛び出てきた。先輩が頷き、ポケットの中から、赤い手帳を取り出す。私がまだ見せて貰えない、なんか重要な手帳ってことだけは覚えているんだけど、あれなんだっけ……? 呆気に取られていると、歩道に膝をついた。手帳から赤いボールペンを取り出して、地面へ突き刺す。
固いタイルのはずなのに、もにゅっと、柔らかくなったバターに沈みこんでいくみたいに、ペン先がタイルに埋まった。足元を見てみれば、ぼんやり黒い靴跡が浮かんでくる。真っ直ぐ歩道を歩いていって、その先にある、横断歩道を渡って歩いていった……? なんか不気味。点々と、靴跡が道の向こうまで続いている。
「……やっぱりな。指名手配犯の実家がこの近くにあるんだ。懐かしくなって帰ってきたのか、もう逃げ疲れたのか」
「ええっ!? そのペン、どうなっているんですか!?」
「俺達はみんな、魔術師資格を取得した時に登録されるだろ? 氏名と住所、それから、家族の名前と実家が。魔力登録もする。なんで、ここまで徹底的に個人情報を登録するかって言うと、犯罪を犯した時にこうやって、すぐ捕まえられるようにだよ。このペンを地面に突き刺すと、その時登録された情報が反応して、歩いた跡が浮かび上がるんだ」
先輩が赤いボールペンを回収し、こっちを見上げながら振る。かっこいい……。ぶっちゃけ話とかどうでもよくて、ずっとずっと眺めていたい気持ちでいっぱいだったけど、仕事ができる女作戦実行中だったから、先輩をガン見しつつ、意識を現実に引き戻した。
「えっ、ええええ~……!! それじゃあ、手帳の中身は?」
「指名手配犯の個人情報が満載。ただ、軽犯罪者のしか載ってないけどな。こいつは四日前、女性の下着を盗んで警察に通報されたんだよ」
「逃げ疲れたとか言ってるから、何十年も経っていると思ったのにたったの四日ですか!? しかも、下着泥棒って!」
「普通、逃げないんだよ。あっという間に捕まるから。その被害女性と知り合いで、勤め先も家もばれてるって言うのに。まったく」
先輩が眉間にシワを寄せながら、ぱたんと手帳を閉じて立ち上がる。鑑賞していると、手帳の下から数字が並んだキーボードを引き出す。て、手帳から電卓が出ているように見えるんですけど……!? 先輩の目のふちに並んでいるまつげと、すっと通った、綺麗な鼻筋を眺めていたら、どこかに電話をかけだした。人間で言えば、耳がある辺りに手帳を添えている。それで十分聞こえるらしい。
「……もしもし? すみません、急に。実は今、下着泥棒の足跡を発見しまして。そうです、実家付近です。色の濃さからして大体、一時間から二時間前かと」
ふんふん、なるほど。色の濃さで時間を判断するんだ。残っている靴跡は真っ黒だった。面白くて眺めていると、靴跡がすぅっと、徐々に消えていく。
「そうですね。これからバディと向かってもいいんですけど、そちらの管轄ですよね? 手出ししない方がいい感じですか。あ、はい。分かりました。いいえ、大丈夫です。俺達も仕事があるので。それじゃ、失礼します」
先輩が腰に手を当てながら喋ったあと、電話を切る。あれかなー、近くの市の魔術犯罪防止課の人と喋ってたのかな? 一応交流会とかあるみたいなんだけど、毎年酷い騒ぎになるって言ってた。楽しそ~!
私が期待に満ちた目で見つめていたら、ちょっとだけたじろぎ、手帳を胸ポケットにしまう。今の仕草、色気があって好き!! 程よい胸筋で盛り上がった深紅色の制服に、真っ赤な手帳をしまっている時の先輩って、色気があるうえに品もあって永遠に見ていられる……。
「また目がおかしくなってるって、だから。ヤク中かよ」
「ヤク中って! 素面だし、違法薬物に手を染めたことなんてありませんけど!?」
「だろうな。とにかく行くぞ。下着泥棒に関しては、前から被害女性の相談を受けている職員が担当することになったから」
「へー、なるほど。前から下着が無くなっていたんですかね?」
「……いや、ストーカー。一方的に好意を寄せられていたみたいで」
「なるほど。相談して発覚と」
「ああ。女性職員が送り迎えしてたんだが、職場から家まで。張っている最中に盗んで逃走した」
「ふぅーん。個人情報ばっちり国に握られているのに、どうしてそんなことするんでしょうねえ」
「普通、逃げないんだけどなぁ。ちょこまか逃げまくって、四日もかかった」
「四日目で捕まるのなら、早い方だと思うんですけど……」
でも、魔術師二人が動いて四日はちょっと遅いかも? 唸っていると、先輩が話題を変えた。
「で? あの本、どうだった? 全部読んだか」
「……急にそれ、聞きますぅっ!?」
「声が裏返ってる、裏返ってる。まあ、酔っ払って購入してたもんなぁ」
「す、すみません……。でも、本当にお金返したいんですけど。実質あれ、先輩の本じゃないですか!」
「お前が持っているのなら、たとえ、俺が金を払ったとしてもお前の本だろ……。俺があの本、持っていて何が楽しいんだよ。何の役にも立たない」
「ですよね!! 獣人ですもんね!」
「……それで? どうだった? 嫌なことが書いてあっただろ」
嫌なこと。あれ? 付き合っていた女性を殺しがちって? それとも、力づくで手に入れるうんぬんの話かな……。気まずくなって黙り込んでいると、はっと笑った。自嘲気味で乾いた笑みだった。
「全部が全部、間違っちゃいない。俺も恋愛で死ぬほど失敗してきたしな」
「えっ?」
「……怖がらせたこともある。トラウマを植えつけたことだって」
「トラウマ」
先輩とかけ離れた単語のような気がするんだけど……。まじまじと、美しい横顔を見ていたら、苦しそうに眉をひそめた。え、綺麗。先輩が余裕たっぷりの笑みを浮かべているところも素敵なんだけど、こうやって静かに、過去の自分の行動を悔いて、物憂げな顔をしているところも素敵!! こう、静かに苦悩している感じがたまらない。根掘り葉掘り聞き出して、先輩の落ち込んでる顔が見たい……。はあはあと息を荒げて、見つめていたら、先輩がおそるおそる振り返った。
「聞いてるか? 人の話」
「すみません。正直言って苦悩している先輩が美しすぎて、話の内容がぜんっぜん頭に入ってきませんでした……。でも、恋愛で失敗しちゃった~、どうしよう? って話ですよね?」
「フィオナ……」
「ああっ、そんなに呆れないでくださいよ!? でも、浮気したことないんでしょう?」
「え? それは無いが」
「ならいいです、大丈夫です。軽犯罪なら許せるんですけど、浮気は何が何でも絶対に許せません……」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないです、本当です。結婚詐欺と殺人と……ん~、殺人も場合によっては大丈夫です。被害者側があきらかに悪い場合は許せるかも! ただし反省していて、私のことをめちゃくちゃ大事にしてくれるイケメンに限る!!」
「ぶれねぇな……」
先輩が呆れたように笑って、足元に視線を落とした。あああああっ、かっこいい! それに絶対絶対、先輩には非がないと思う。トラウマだとか何とか言ってるけど、先輩から見た話かもしれないし、トラウマを植えつけてしまったことを後悔しているし……。浮気男なんて後悔しないから。浮気して悪かったなんて、あいつら絶対に思わないから。
「でも、先輩は後悔しているじゃないですか! それってすごいことだと思いますよ? 私の歴代の元彼、み~んな反省なんてしていませんから!」
「闇を感じる……」
「ふふふ。だから大丈夫ですよ、先輩。私は先輩が過去に何をしていてもす……まっ、まっ、まあまあ引きますけど! ドン引きですけど!?」
「おい。今いい感じに励ま、」
「ト、ト、トラウマを植えつけるなんて酷いですねーっ! 私は本当にそういう男性無理なので、こうやって楽しく顔だけを愛でていけたらなぁと!」
「っぶふ」
「わ、笑って、なんで……」
ああ、もう、仕事ができる女を目指しているのに! 台無しだよ、これじゃ……。先輩が口元を押さえて、ひとしきり笑ったあと、爽やかな笑顔でこっちを振り返った。あー、かっこいい。無邪気さと少年らしさと色気が混じった、素晴らしく爽やかで美味しい笑顔を浮かべることができるのは先輩だけ……。見惚れていると、子供にするみたいに、私の頭をぽんぽんと叩いてきた。
「分かった分かった、ありがとう」
「……バカにしてますよね!? 絶対に!」
「ん~」
「ちょっ、尻尾! えっ? 一体どういう……?」
「あっ」
先輩のしっとりふわふわな銀色の尻尾が、どういうわけか、私の腰に巻きついてきた。え? 制御不能な感じ? これって。慌てた先輩が自分の尻尾を掴んで、回収する。はーっと、照れ臭そうに溜め息を吐いた。
「……悪い。今のは忘れてくれ」
「えっ!? どういう意味なんですか!? これ! くせとかじゃないんですか?」
「いや、別にくせとかじゃ……ん?」
「んっ?」
先輩が私の背後を見て、硬直したから、後ろを振り返ってみる。高級マンションの隣にある公園に、なんかうねうねと動く物体がいた。花だ。真っ赤な花。でも、人みたいに立っていて、真紫色の茎をうねうねとくねらせながら、こっちを見つめている。
赤い花の中心には、ぎっちりと白いキバが生え揃った口があって、そこから、粘着質のよだれが滴り落ちていた。ねちゃあと、花が嫌な笑みを浮かべる。そういう風に見えた。
(……あれ? この花、教科書で見たことがあるような。確か人を食べる、)
私達が固まっていると、急につたを伸ばしてきた。目にも止まらぬ速さだった。とっさに先輩が「フィオナ!」と叫んで、腕を掴んできたけど、無意味だった。あっという間に絡め取られて、逆さ吊りになる。わっ、わぁ~、景色が逆転してる……。空が青いなぁ。というか、私の髪の毛が邪魔! ちゃんとまとめてくれば良かった。
後悔していると、すっかりトラの目になった先輩が動いて、花を叩き切る。いつの間に出したのか、銀色の剣を手にしていた。ばさっと落ちてきた私を受け止め、後ろの歩道へと下がる。
「わっ!? せ、先輩、あれ……」
「不法投棄だな」
「不法投棄ぃ!?」
「おう、下がってろ。こいつは確か獲物を殺してから食うタイプだから、捕まったとしても焦るな。少しは猶予があるから」
「な、なるほど!? あーあ、茎がまとわりついて……」
逃げたいんだけど、茎でギチギチに縛られていて動けない。困っていたら先輩が茎を掴み、それを砂にした。ぼろっと茎が崩れ落ち、銀色の砂に変わる。さらさらと、風に漂って消えていった。
「わっ、わ~! すごい! 魔術って便利ですね」
「言ってる場合か! じゃ、俺、あの花を処分してくるから。フィオナはこの辺りを封鎖して逃げてくれ」
「えっ? は、はい。分かりました!」
えーっと、何だっけ? 緊急事態が起きた場合は、配られている赤い指貫型のコーンを出して……考えながら走った瞬間、足首にずきっと、嫌な痛みが走った。あ、やば。走れない。うめきながら足首を押さえ、しゃがみ込んだとたん、また紫色のつたが伸びてきた。足首を絡め取って、ものすごい勢いで引き寄せる。
「うわっ!? わっ、わあああああっ!?」
「逃げろって言ったのに、くそ!」
で、でも、すぐには食べられないんだっけ? 目を開けたら、真紫色の茎が視界いっぱいに広がっていた。こ、怖いし、変な匂いがする。酸っぱい匂いがする! 体を動かそうと思ったら、ぎちっと両手首が縛られた。太ももやお腹にも、太い茎が絡みついてきて動けなくなる。あれ、ピンチ?
ここで死ぬっていうことは、さすがに無いんだろうけど……。先輩が助けてくれるだろうし。呆気に取られていたら、首にしゅるしゅると茎が巻きついてきた。あ、やばい。首を絞められて殺されるパターンだ、これ。何の遠慮もなく、ぎゅっと私の首を絞め上げる。息ができなくなって、キーンと耳鳴りがした。あ、だめだ。死んじゃう。息ができない、視界が狭くなる。意識が遠のいてゆく。
「……フィオナ! まだ生きてるよな!?」
急に茎が切り開かれて、眩しい陽射しが目元を照らす。先輩がぐしゃっと顔を歪ませながら、必死で、私の首に巻きついた茎を掴んでいた。泣きそうな顔をしてる。すみません。もう、こんなことなら全力で逃げていれば良かった。ううん。足首のこと、ちゃんと話して治して貰うんだった……。後悔していると、先輩が歯を食い縛りながら、全力で茎を引き剥がした。
「頼む、返事してくれ!! フィオナ!」
「っう、ぐ」
ぶちっと嫌な音を立てて、茎が引き千切れる。じ、獣人の力ってすごい! 半端ない。咳き込んでいると、先輩が力強く抱き締めてきた。ど、どうなっているんだろう? 今。茎があるだけの空間に見えるんだけど……。
「悪い、フィオナ。怖がらせるかもしれないだなんだと考えて、動かなかった俺がバカだった。手段を選ばなくてもいいよな?」
「えっ? は、はい……」
「たかだか植物のくせに、舐めやがって! クソが!」
いつになく低い声で悪態をついたあと、魔術を行使した。分かる。ぞわっと肌が粟立つ。まばたきしている間に、銀色の剣が現われ、周りの茎に突き刺さった。ざんっという音が響いたのち、甲高い悲鳴が聞こえてくる。すごい。何十本もの剣が突き刺さっていて、まばゆく銀色に輝いている。そのまま、ゆっくりと剣が燃え始めた。突き刺さっているところから、銀色の炎が噴出している。
「あ、あの、これって……」
「逃げるぞ。まあ、この花はもう死ぬけど」
先輩が丁寧に私を抱きかかえ、飛び降りた。えっ!? 高いところから飛び降りるとは思っていなかったから、舌を噛みそうになる。かなりの衝撃がやってきた。頭がぐわんぐわんする。抱きかかえられたまま、額を押さえていると、先輩が覗き込んできた。
「大丈夫か? 悪い、言えば良かったな」
「い、いえ……。花は? どうなりましたか?」
「燃えて塵になった」
「早くないですか!? もうっ!?」
「一瞬で燃やし尽くしたから……」
見てみると、そこには黒焦げになった鉢植えが置いてあった。地面も黒く焦げている。鉢植えがぶすぶすと、奇妙な銀色の煙を上げて、燃え尽きようとしていた。
「あー……まあ、大丈夫か。辿れるか」
「えっ? 何の話ですか?」
「多分、ここら辺をうろついていた不審者があの花を不法投棄したんだ。鉢植えから、不法投棄したやつを辿る」
「そんなこともできるんですね……。あー、頭がくらくらする。気持ち悪い」
「大丈夫か? 一旦センターに戻って休むか?」
先輩がゆっくりと優しく、地面に降ろしてくれた。心配かけちゃったなぁ。これ以上庇護欲を刺激しないよう、仕事ができる女になって、心配をかけないようにして、恋愛フラグを立てない作戦が大失敗。ふふふふ……。またこれで、先輩にとって特別な女になっちゃった。もー、笑うしかない。ショックでよろめきながら、笑っていると、また足首に嫌な痛みが走った。
「っう!」
「どうした? 怪我でも?」
「い、いえ、あの、実はですね……」
「とりあえず、あのベンチにでも座って休むか」
先輩が公園の奥にある、木の下のベンチを指差した。ああ、先輩に怒られる予感しかしない……。




