16.顔の良さとプールに流されるだけの女
とにかく、先輩の水着姿に集中しよう。私が騒いでたら鬱陶しいって思うみたいだし、恋愛フラグを土台から根こそぎ引っこ抜くには、アホなことを言いまくって奇行に走るしかない……!! 真顔で黙々と、ワンピース水着に着替える。これで良かったのかなぁ。可愛いって、期待してるって言ってたし。
(ん? でも、可愛いとは言ってなかったよね? 水着姿、期待してるとだけ言ってたよね? それに先輩のことだから、からかって期待させるだけ期待させておいて、水着姿についてはノーコメントなんじゃ!?)
ありうる! 最近、どうもからかわれてるような気がしてたし……きっとせいぜい、似合ってるなぐらい? うんうん、きっとそうに違いないって! 期待しないでおこう。それにしても、この水着で良かったのかなー。ベージュ色のフリルがついたワンピース水着。甘さが足りないような気がする……。どことなく落ち着かない気持ちで着替え、黒髪を後ろでまとめたあと、自分のミスに気付いた。
「これ、胸元にハートの穴が開いたやつだった……!!」
衝撃的すぎて、打ち震えながら呟いちゃった。嘘でしょ!? そうだ、これ、前の前の前の彼氏とプール行った時に買ったやつ! どうしよう、胸元隠しながら行く? いや、無理か。変だし、どうせ泳ぐ時にばれるって。なんて言おう? もう素直に「確認せず、これを着てきちゃいました~」って言うしかないか……。
かなり落ち込みながら更衣室を出て、親子連れと一緒にシャワーを浴びたあと、先輩の姿を探す。あ~、待ち合わせ場所をちゃんと決めておいた方が良かったかも? と思ったけど、私のイケメンセンサーが働き、瞬時に先輩を見つけた。気怠げにたたずみ、プールの方を見つめている。刈り上げた銀髪から滴り落ちる水、程よく鍛え上げられた浅黒い体に、バキバキに割れてる腹筋。太陽が眩しいからなんだろうけど、不機嫌そうに細められた銀色の瞳……。
「あああああああああっ、先輩! 先輩!! どうしてカメラ持込み禁止のプールにしちゃったんですか!? 見せるだけ見せて終わりって、生殺しの拷問なんですけど!?」
「だから落ち着けって。走り方えぐかったな、今」
「はっ、はっ、はっ、もーっ、息が止まりましたよ! 今っ! 写真、写真……ああっ、もう、脳内の記憶を写真にする魔術式の機械でも買おうかな!? これはもう世界の損失、私、今、人生を無駄にしてしまっている……!!」
「落ち着けって、顔が酷いことになってるから。それにフィオナ? 水着……」
「あっ」
わっ、わっ、忘れてた……!! ハート形の穴が空いてるんだった、胸元に! ささっと両手で、ぷるんとした谷間を隠す。これ、結構きわどいワンピース水着なんだよね。胸のすぐ下も開いていて、布がクロスしてるし、裾がフリルになってるけど、丈が超絶短いし。当時付き合ってた彼氏にも、「気持ちは嬉しいけど、さすがにその露出はちょっと」って言われたぐらいだし……。どうしよう? 首の裏が熱い、顔が見れない。
「あ、あの、これ……ま、間違って着ちゃって。こ、こういう穴が開いていることをすっかり忘れちゃってて」
「ん」
「えっ?」
ふわりと、肩に黒いパーカーをかけられる。ど、どこから出したの!? もしかしてあれ? 私が狙ってた、めちゃくちゃ小さくなってポケットに入るパーカー!? 見上げてみると、先輩が優しい苦笑を浮かべていた。そういう顔になると、本当に穏やかで優しい人に見える。
「まあ、そんなことだろうと思ってた。着とけ、それ。返さなくていいから、今日一日」
「あ、ありがとうございます……」
「ファスナー上げろよ。後ろ向いてるから」
「あっ、はい」
くるりと、銀色の尻尾を揺らしながら背中を向ける。あ~、優しい! かっこいい!! さりげなくプールで泳いでいる人達から見えないよう、壁になってくれてるし。というかそんなことよりも、鍛え上げた背筋が美しすぎて、手がぶるっぶる震えちゃうんですけど! 先輩の背筋を見て、ファスナー見てを何度か繰り返したのち、ようやくファスナーを全部上げる。その間、先輩は少しも急かしてこなかった。かなりもたついてたんだけど、私。
「お待たせしました。先輩の背筋が美しすぎて、鑑賞しながらの作業だったので遅くなってしまい、誠に申し訳ありません……」
「そんな真面目な顔して言うなよ。……まあ、次からはパーカーいらずの水着を着てきてくれ。心臓に悪かったから」
「はいっ」
声が掠れた。し、心臓に悪かったって、その台詞が私の心臓に悪いんですけど!? 微妙に甘い台詞と行動で、視界がぐわんと揺れた。普段の態度はコーヒーゼリーのくせに、たまにアフォガートになる! この絶妙な甘さにはまったら終わりのような気が……。でも、大丈夫大丈夫。
刺されかけてから反省せずに、一目惚れして付き合って上手くいかなかったんだから、もう顔で選ぶべきじゃない! 葛藤しながら歩いていると、大きなプールに辿り着いた。先輩の顔と腹筋にしか目がいってなかったけど、言葉通り、意外と大きくて綺麗。浜辺を再現した巨大プールに、水がじゃばじゃばと流れ落ちている遊具と広場、横には獣人専用の流れるプールがあった。
「わーっ、綺麗……。でも、ここって先輩入れないんですよね!?」
「うん。でも、ガチめに泳ぎたいのならここだぞ? 解散するか?」
「待ってください、一緒にプール来た意味が! ガチで泳ぐ気なんて無いので、流れるプールの方へ行きましょうよ……。私と一緒にのんびり流されましょうよ」
「分かった。でも、そう言うと思ってた。浮き輪レンタルするか」
「えっ!? 浮き輪……まあ、あった方が楽しいですよね?」
「好きなの選べ。金は俺が払うから」
「んんんっ、申し訳ない! 分かった、それじゃあ、先輩の腹筋をじっくり鑑賞出来たのでお金払いますよ? 先輩の腹筋にお金払います! あと、追加料金を支払うので触らせて貰えませんか?」
「アホか! それに毎回、なんでキリッとした顔で頼んでくるんだよ? おかしいだろ」
先輩がやたらと無邪気に笑って、こっちを見下ろしてくる。はあああああっ、目の保養を通り越してもはや毒! 角膜に負担がかかっちゃう系のイケメン! も~、先輩の顔をずっと見ていたら、ドキドキしすぎて寿命まで縮んじゃうんじゃないかな? 真のイケメンってごりっごりに、寿命と角膜を削ってくるのかも……。目をらんらんと輝かせながら見つめていたら、先輩がちょっとだけ引いた。戸惑ってる。
「フィオナって本当、分かりやすいよな。考えてることがすぐ顔に出る……」
「えっ? じゃあ、私が何を考えていたのか、当てて貰えません?」
「変すぎて当たる気がしない」
「失礼な!! ただただ、先輩の美しく整った顔立ちと、鍛え抜かれて色気が滴り落ちている悩殺ボディを見ていると、寿命が縮みそうだなって思ってただけですよ!」
「あっそ。ほら、お前の好きそうな貝殻型の浮き輪もあるぞ?」
「ん~、デートの時にはいいんですけどねえ。普通の浮き輪でいいや! あの青いやつにしてください」
「……分かった。じゃあ、それにするか」
「はい! じゃぶじゃぶ流されるのって久しぶりです」
プールの隅にあったレンタル屋さんから、ごくごく普通の青い浮き輪を借りる。入館の時に手渡された、リストバンドで支払っていた。あとでまとめてお会計するらしい。他にも子供が好きそうな、魔術仕掛けの水鉄砲や泳ぐイルカの浮き輪、パラソルとテーブルのセットなど、色々なアイテムを借し出ししていた。早速ぽんっと膨らんだ浮き輪を、いそいそとつけている私を見て、先輩が笑う。
「早いな~、つけるの。まだまだ先だぞ? プールは。恥ずかしくないのか?」
「ふっふっふ~、大丈夫です! 先輩がいるし! 一人だったらこういうこと、恥ずかしくて出来ないんですけどね~。あ、そうだ、腹筋触らせて貰えませんか?」
「あとでな。プール入ってから」
「えええええええっ!? それと先輩が今日、普通の水着だったことにがっかりしてるんですけど? ビキニを着て欲しかったんですけど!?」
先輩は浮き輪と同じく、ごくごく普通の青色の水着を着ていた。あーあ、がっかり。引き締まった腕の筋肉と、顔を交互に眺めていたら、呆れた表情を浮かべ、溜め息を吐く。
「んなもん、着るわけねぇだろ……。ビキニといや、フィオナはビキニ着てくるかと思ってた」
「ふぉいっ!? 着てくるわけないでしょう、デートじゃないし。先輩の中で私、一体どういうイメージなんですか?」
「夏にへそ出して、街歩いてそう」
「しっ、したことあるけど最近はしてませんよ!? 去年はしてません!」
「ほら、みてみろ。してるじゃねぇか。イメージ通りだった」
「ぐぬぬぬ……!! そんなこと言ってると、腕の筋肉べたべた触りますよ!? いいんですか?」
「別に? ほら」
「フェッ!?」
「変な声出たな、今。一瞬ヤギかと思った」
先輩がなんてことない顔をして、私に腕を差し出してきた。えっ、うそ。この水に濡れて光っている、垂涎物の素晴らしい腕の筋肉に触っちゃっていいの? 大丈夫!? 昨日覚えた術語が三十個ぐらい、まとめて吹っ飛びそうな衝撃だった。呆然としながらも頭を空っぽにして、おそるおそる、腕の筋肉を掴んでみる。た、逞しい~。あと獣人だから? 体温が高い。ちょっと触っただけでも、じんわりと熱が手のひらに伝わってくる。
「ふぉうわあぁ~……!! えっ、ちょっ、かっこいい、かっこいい! 先輩、腕の筋肉までかっこいい!! ここだけ写真に撮りたいんですけど!?」
「だめだ。見て触るだけにしとけ」
「あああああああっ、私にご褒美与えすぎじゃないですかね!? だめですよ、そんなことしてたら付け上がっちゃうから! こうやって腹筋触っちゃうから! ほらほらっ」
「おい! 遠慮がねぇな!?」
ついつい興奮して、腹筋を両手でしゅばばばっと、撫で回していたらくすぐったそうに笑う。はーっ、最高! 転職して良かった! 絶対絶対、福利厚生の一つに先輩の腹筋に触れるっていうのが入ってる……。感動しつつ、皮膚の下にある硬い腹筋をじっくり撫で回していたら、おもむろに手首を掴まれた。
「はい、おしまい」
「ええええっ!? そんなぁ! あとちょっとだけ! ちょびっとだけですから!!」
「……あのな? 今の俺達、傍から見たらイチャついてるカップルにしか見えないぞ?」
私の両手首を優しく掴みながら、引き寄せ、耳元で甘く囁いた。一気に心拍数が上がる。で、でも、これって私を黙らせるための作戦だよね!? まっ、負けないし! 勇気を出して見上げてみたら、ふっと、余裕のある笑みを浮かべた。もうそれでだめになった。慌てて体を引けば、すぐに手を放してくれる。あーっ、辛い! 瞬殺だった、よっわ……。全力で顔を背け、口元を押さえていると、愉快そうに笑う。
「す、すみませんでした……。もう騒ぎませんから!!」
「意外と弱いよな? フィオナって。恋愛経験豊富なくせに」
「先輩の顔に弱いんですよ、私……。他の人だったらここまで緊張しないんですけど、ヴァーッ!! で、でも、他の人でも一緒かな!? べっ、別に、先輩が特別ってわけじゃありませんからね!?」
「そうか。今の叫び声、どうした?」
「な、何でもありませんよ、はははは……」
し、しまったしまった、恋愛フラグを自分で立ててどうするんだろう……。でも、今ので潰しておいたから大丈夫! デートじゃない発言も二回してるし、特別じゃないってことを今みたいにアピールしていけば、おのずとただ、仲が良い先輩と後輩になれるはず! 私が張り切って、握り拳を作っていると、先輩が前方の流れるプールを指差した。
「あれだぞ? ここへ来る前も言ったが、騒ぐなよ? くれぐれも他の獣人に、尻尾触らせてくださいとか言うなよ?」
「言いませんよ、そんなこと! 信用低いなぁ、私」
「前科があるからな……。よし。じゃあ、入るか」
「おおっ!?」
プールに辿り着くなり、ざっと勢い良く飛び込んだ。結構深いし、わりと流れが速い……。えっ? こんな感じだったっけ、流れるプールって。怯えながら見ていると、濡れた銀髪を掻き上げた先輩が、私に手を差し出してきた。キラキラ光ってる~、かっこいい~!!
「ほら、手。ここ、獣人向けに流れを速くしてあるから、気をつけろよ?」
「かっ、かかかかかかかっこよすぎません!? もうこのプールに入った先輩、カレンダーの表紙にしたいんですけど!?」
「……で? どうする? 入るのやめておくか?」
「いいえ、入ります! 先輩と握手するチャンスですからっ!」
先輩の手を握り締め、ざぶんとプールに飛び込む。浮き輪をしていて良かった。あっという間に流されてびびった。私が硬直していると、楽しそうな先輩がすぐさま、浮き輪を掴んで泳ぎ出した。後ろにいるから、顔が見えないじゃん!!
「先輩、前! 前に来てください! 今日、私が何のために来たと思ってるんですか!? 水も滴る良い男な先輩を、じっくり鑑賞するためにじゃないですか!! それなのに先輩の顔が見えないって、寂しすぎます!」
「分かった、分かった。そっち行くから。ったく、筋金入りの面食いめ」
「すみません。私、初恋の相手が幼稚園のイケメン先生なんですよね……」
忘れもしない、あのイケメン先生。その影響で穏やか系イケメンが好きになり、次は飄々とした感じのイケメンにはまり、その次はメガネ男子にはまり、そこから徐々に、ワイルド系のイケメンが好きになっていった……。懐かしい。私がしみじみしていると、先輩が「ぷはっ」と言って、水面に顔を出した。ち、近い! 意外と近い! トラ耳濡れてるし、超可愛い……!! はあはあと息を荒げていれば、先輩が浮き輪の紐を掴み、無邪気に笑う。陽射しに照らされ、短い銀髪が光り輝いていた。
「お前、すごい顔してるな! じゃ、トラ姿になって泳ぐか」
「ええええっ!? もうですか!? もうちょっと私の浮き輪を引っ張ってくださいよ! それと、人の姿の先輩を満喫したい~……」
「分かった。それじゃ、そのあと泳いでくる」
「はーい、ありがとうございます! それにしても、はしゃいでます? いつもより楽しそう」
「そりゃ、仕事中と休日とじゃ顔つきが違うだろ」
「いやっ、それもそうなんですけど! なんか今日は無邪気というか、少年っぽいというか」
「少年ねえ……。まあ、フィオナといるからだな」
「はい!?」
唖然として口を開ければ、よりいっそう無邪気に笑う。ああああっ、鼻の奥の血管が切れてしまいそう!! 心臓がばっくんばっくんと、荒れ狂ってる。何も言えずに硬直していたら、浮き輪に掴まったまま、手を伸ばしてきた。息が止まる。濡れた手が私の頬に触れ、何かを払った。
「虫、ついてた。それと冗談だ」
「じょっ、冗談……!?」
「悪い。あまりにも分かりやすく真っ赤になるから、面白くて」
「うぁーっ!! からかってたんですね!? 私のこと! 酷い!」
「それと水着、かなり似合ってて可愛かった。これは冗談じゃなくて本気」
「……」
真剣な顔をして、そんなことを言う。もう頭が真っ白になっていた。ただただ、どんぶらこっこと流されるだけの女になった。フリーズしていたら背中を向け、浮き輪の紐を引っ張りながら、すいすいと泳ぎ出す。そんな私達のすぐ横を、犬の獣人カップルが楽しそうに流れていった。頬が熱い。水が冷たくて良かった、ぜんぜん熱は冷めそうにないけど。
「せっ、先輩? そういうこと言われると、頭がぐらっぐらして困るんですけど!? 優しいのか、冷たいのかどっちかにして欲しい……って、うわ!?」
「悪い。じゃ、泳いでくる」
「ええっ!? 私を置いて!?」
突然ぽんっとトラ姿になった先輩が、猛然と泳いで去っていった。す、すごい勢い。ああいうのを見ていると、獣人って楽しそうだなと思う。
(それにしても、うーん……。先輩って約束は守るタイプなのになぁ。ひょっとして、自分で言ってて恥ずかしくなったとか? ありうる! 先輩ってキザな台詞を言ったあと、照れそう~!)




