プロローグ
はぁ、はぁ、はぁと、やけに自分の息がうるさく聞こえる。早く逃げなきゃ。でも、どこに? どうやって? 走って逃げる? でも、逆上して殺されない? 強い風に吹かれて、黒髪がぐしゃぐしゃになってゆく。慌てて路地裏の角を曲がり、暗い階段を駆け上った。トレンチコートが足にまとわりついてきて、邪魔! こんなの着てくるんじゃなかった、早く人のいる方へ逃げなきゃ!
静かな白い光を放つ街灯が、永遠に続いているんじゃないかと思うぐらい、長くて暗い階段を照らしていた。すぐ近くには雑木林がある。肩にかけたトートバッグの持ち手を握り締め、上り続ける。心臓が爆発してしまいそう。冷たい夜の空気が入り込んできて、気管を凍てつかせる。
(バカだ、私。メイベルちゃんと一緒に帰れば良かった!)
でも、優しくて可愛い同僚を巻き込みたくはない。勤務先の雑貨店から帰る途中、近道しようと思って、公園の横の道に入ったら元彼と出くわした。足がもつれる、息が苦しい。
(イケメンなんだから、次探せばいいじゃん!! 私のこと、重たいとか面倒臭いとか散々言ってたくせに!)
重たいのも、束縛してるのも自覚してたけど、変えられなかった。変えようがなかった。相手は私好みの超絶イケメンで、女友達も多い。ついでに言うと、元カノも多い。だから不安になっちゃって、「本当に男友達と飲み会?」とか、「何してる?」とかしつこくメッセージ送ったりしちゃって……。ふと、私のことを可愛いねと言っていた元彼の顔が浮かぶ。そうだ、私の目を綺麗なミントグリーンだって褒めてくれてたっけ?
(ははは。今、そんなことを思い出したって無意味なのに……)
傷付いて、足がにぶるだけだ。そんなことを考えていたからか、足がもつれた。思わず転びそうになって、階段の手すりにしがみつく。額には汗が浮かんでいた。体が熱い、外はこんなにも寒いというのに。
(遠い、てっぺん……どうしよう? この階段がここまで長いなんて)
どうする? 引き返す? でも、相手はストーカーした元彼だしなぁ~……。目がイッちゃってるし、刃物を持っていてもおかしくない。早く、早く、立ち上がれ! 上を目指して駆け上らないと! 手すりを握り締め、立ち上がった瞬間、がっと後ろから肩を掴まれた。心臓が飛び出るかと思った。
「ひゃああああっ!?」
「待てよ、フィオナ! ちょっとぐらい、話を聞いてくれたって……!!」
「で、でも、だって! あんなところで待ち伏せされて、追いかけられたら誰だって怖いって!! そ、れに……何それ?」
声がかすれて上手く出ない。赤茶色の髪に、薄いグリーンの瞳を持った、私好みのイケメンの元彼が、手にナイフを持っていた。わぁ、綺麗。現実離れしてる。刃の銀色がやたらと目に痛い。私と目が合うと、グリーンの瞳をゆっくり見開いていった。自分がどうして、こんなのを持っているのかよく分からない、なぁんて、言いそうな虚ろな顔をしていて────……。
「うわっ、うわああああああ!? 殺す気満々じゃん!! 話なんて出来るわけないよおおおおっ!」
「フィオナ!? 待てって!」
「ここで待ったら殺されるから嫌だ! 意味分かんない、意味分かんない!! 私と別れた時、せいせいするって言ってたくせに!!」
なんで今さら? どうして!? 別れてから二ヶ月経ってるし、というか未練タラタラだし、「一緒に飯でも食いに行かね?」って誘われてご飯食べに行ったのが悪かったの!? でも、向こうによりを戻す気なんてあるとは思ってなかったし、俺のわがままを聞いてくれたのはお前だけだった、なんて言われるとは思ってなかったし! わ~い! やった~! って言って、よりを戻すとでも!?
(嫌だなぁ、死にたくないなぁ! お母さん、ほんっとうにごめん! ごめんなさい!! あれだけ、男を顔で選んじゃだめよって言われてたのに、選んじゃって! ごめんなさい、面食いで!!)
美女とイケメンは免罪符を握りしめて、生まれてきた。そんなことを平気でのたまっちゃうような、超がつく面食いのバカが私。顔が良ければ許される。顔が醜いと許されないことだって、美形なら許される。少なくとも、私はそう思っている。人は中身がどうのとか言うけど、外見と中身が美しい人、外見が醜くて中身が美しい人、みんなどっちを好きになる? 私は俗物で、ミーハーで、面食いだから、前者を選ぶ。前者を好きになってしまう! でも、実際は顔が綺麗で性格が最悪な人ばっかり、好きになってしまう。だめだって、頭では分かっているのに!
(で、でも、これはさすがにちょっと……!! あれ? 私の死因、面食いなの? 面食い過ぎて、男を見る目がなくて、刺されて死ぬ的な!?)
ぜえぜえ、はあはあと、みっともなく息を荒げて、ようやく階段を上りきった。後ろを振り返ってみれば、体力ないくせに、頑張って階段を上って、私のことを追いかけてくる。
(ああっ、もう! 後ろは振り返らないっ! 後ろを振り返ったら死ぬと思え、私!!)
死ぬのなら最後にもう一度、お父さんに会いたい。あーあ、バカだ。私。考えないようにしないと! 人がいそうな方角を目指して、暗い路地裏をひたすら走る。大通りに出たい! でも、どうする? 悲鳴をあげて助けを呼ぶ? 誰か、一人ぐらいは気が付いて警察に通報してくれるかもしれない……。一か八かで、大声をあげて助けを呼ぼうと思いながら、角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。目に星が飛ぶ。いったい!
「あっ、ぶ、ぶ……!!」
「すみません、大丈夫ですか?」
「はっ、はっ、だ、大丈夫じゃないです!! わ、私っ!」
相手に「私の後ろに刃物を持った元彼がいるんですよ、助けてください!!」と伝えようとして、硬直する。私を見下ろしてきたのは、銀が混じった青灰色の瞳。煌いている。眩しい。でも、明るくはなくて、夜の砂漠の月みたいな美しさ。肌は浅黒い。街灯に照らされている中でも分かる。美肌、まろやか! そして、ゆるやかに肩まで流れ落ちた銀髪。がっしりとした筋肉質の体は、軍服のような、深紅色の制服をまとっていた。彫刻めいた鼻梁に、薄いくちびる。そのうえ、そのうえ、素敵な銀髪頭にはぴょこんと二つ、白いトラの耳がついていた。
「かっわ!! かっこ、いやっ、違う!! 正気、正気に戻れっ! 私! 目先のイケメンに惑わされるんじゃないっ!」
「は? 大丈夫ですか? ああ、大丈夫じゃないって言ってましたよね……」
「声良っ! 声聞くだけで筋肉痛が治りそう、私!! いやいや、追いかけられていて! ナイフ、ナイフ持った元彼がいて! どうしよう!? あなたも刺されるかもしれない……!!」
このイケメンがゴミ元彼に刺されて死ぬなんて、神様が許しても私が許さない!! かばうつもりで抱きつけば(決して下心はない)、彼が「ああ」と呟き、私の肩に手を回した。えっ、好き……。冷静。
「大丈夫ですよ。俺、一応警察みたいなものなので」
「警察みたいなもの……!?」
「バカが。俺ごと刺す気か」
足音が近付いてくる。怖い怖い怖い!! 信じていいの? 大丈夫!? 私、どうすればいい!? 一体どうすれば────……。ふいに私を抱き寄せながら、一歩踏み出し、拳を振るった。どうっと、元彼が倒れた。それはもう、見事に呆気なく。
「……え? ええっ!?」
「あ~、バカみたいに突っ込んでくるから、正面から殴ればいけるかと思ったけど、その通りだったな。やっべ、頭から倒れたぞ。こいつ。もしもーし? 生きてますかー?」
私からすっと離れ、倒れた元彼の近くにしゃがみ込み、おそらくはぺちぺちと頬を叩き出した。えっ、か、かっこいい……!! というか背中がやばい! 後ろから飛びついて、むしゃぶりつきたくなるほど美しい筋繊維の塊っ!
「感動で涙が出てきました、私……!!」
「良かったですね。怪我はないですか?」
「ありません!! でも、強いて言えば心に怪我を負いました……。本当に、女性につきまとって、ストーカー化するような人には見えなかったんですけど」
かっこいいし、コミュ力あるんだし、探せば次の女性なんていくらでもいただろうに。こんなところで、こんなことして、人生を棒に振るなんてもったいない。私があなたの顔面を持っていたら、もうちょっと楽しく生きてるのになぁ……。気絶している元彼を見下ろしながら、溜め息を吐く。しゃがみこんでいた彼も溜め息を吐きながら、立ち上がった。
「俺が見てきた限り、容姿関係なくプライドが高くて、素直に人の意見が聞けないやつがストーカー化していますよ。分かっていても、軌道修正できないんでしょうね。一人で殻に閉じこもってやがる。それしか見えない」
「あ~、なるほど。確かにプライドが高い人でした……」
「まあ、おおごとにならなくて良かった。こいつにDVされてたとか、そんなくちですか?」
「いっ、いえいえ! せいぜいゴミ箱を蹴ったり、私の前でコップを叩き割ったりするぐらいで」
「十分、DVを受けていたような気もしますがね……。まあ、いいや。ついてきてください。今から警察署に行って、こいつの記憶からあなたのことを消すんで」
「あっ、はい! お願いします」
このエオストール王国では男女問わず、ストーカーは警察に捕まったら、被害者にまつわる記憶だけを消される。見せしめというか、再発防止のため、記憶を消したら家族と職場に通達がいく。……あっという間に解雇されて終わるだろうなぁ、お堅い企業だもん。それなのに、元カノである私に付きまとうって。言葉が出てこなかった。その間に彼は「鼻血だけでも止めておくか」と言って、しゃがみ込む。
「あの~、やっぱり警察に突き出すのはやめておこうかなぁって」
「はい? ……一体どうしてですか?」
「彼、女性向けのコスメを販売している大手企業勤めなんですよね。コンプライアンスもかなり厳しいみたいだし、ここで捕まって通達がいったら、やめさせられちゃうので」
「まだ、自分が殺されかけたっていう実感が湧いていないんですか?」
「はい?」
「それにこれ、あなただけの問題じゃないんですよ。偶然ぶつかったのが俺だったから良かったものの、これが女子中学生とか、お年寄りだったらどうなってました?」
「あ……」
追いつかれて、私もその人も殺されていたかも。現にぶつかってすぐ、走ってやってきたし。何も言えずに手を組んでいると、その人がうんざりした様子で立ち上がり、私を見下ろしてきた。せ、背が高い。私、一応百六十二センチあるんだけどな~……。でも、首が痛くなるほど見上げなくちゃ、その尊いお顔が見れない。
(さっきは余裕が無くてじっくり見れなかったけど、本当に綺麗……美しい!)
まろやかな浅黒い肌に、銀が散った青灰色の瞳。ああ、好き。特に、瞳が綺麗なアーモンド形を描いているところが好き! ワイルドで、色気があって、ううん、蟲惑的!! そう、蟲惑的でタバコが似合いそうで、こう、倦厭感て言うの? 世の中のごたごたを嫌ってそうな雰囲気を漂わせているのに、ウェーブがかった銀髪の上にぴょこんと、トラ耳がのっているところがまた、よだれが出そうなぐらい好きっ……!!
しかも筋肉質で、トラの尻尾もゆらゆら、揺らめいている。深紅色の軍服っぽい制服がこれまたよく似合っているし、見ているだけで女性ホルモンが出そうなワイルド系イケメン! あまりにも私の好みドンピシャすぎて、泣きそうになった。
「あのですね? 大体、あなたは何も悪くないじゃないですか。こうやってよく、大したことはされていないんだしとか、冷静に考えてみると私も悪かったかもしれないって言う女性がたまにいるんですけど!」
「あっ、はい。そうだ、お名前なんですか? 私はフィオナ・ハートリーです」
「えっ!? こ、ここで今自己紹介を……!?」
「よく考えたら、元彼が職を失おうと、路頭に迷おうとどうだっていいです。私、あなたのことがもっと知りたいです!」
「えっ?」
戸惑って、何故か後退った。え、悲しい。一歩距離を縮めると、そのワイルド系のお顔立ちに警戒心と困惑を滲ませる。あああああっ、眉をひそめていても美しい! そのシワを見てるだけで一日が潰せそう!
「なんて名前ですか!? 教えてください!」
「ヒュー・アディントン……」
「ぴったりのお名前!! もし良かったら連絡先を教えてください! あなたは私の命の恩人です、ご飯でも奢ります!」
「いや、いらないです。これも業務の一環なので」
「えっ!? まあまあ、そう言わずに!」
やだ、つれなくてかっこいい……!! どこからどう見ても真顔だった。完全に拒否されていた。女性と一夜限りの関係を持ってそうに見えるんですけど、ひょっとして、意外と硬派だったり!?
「連絡先は交換しません。そんなことよりも、あなたの元彼をさっさと交番に連れて行って、記憶を消さないと……」
「そんなこと、どうでもいいので!」
「はあ!? 今の状況、分かってますか!? あなたを刺し殺そうとして追いかけてきた元彼が気絶しているんですよ!? どうでもよくはないでしょうが!」
「どうでもいいです! 連絡先を、連絡先を、それか職場を教えてください!! 菓子折り持って会いに行きます!」
「いらないです! 仕事の一環で助けただけなので……あと、また過剰正当防衛だってゴチャゴチャ言われるのが嫌なんで、警察官にはこいつが刃物振り回して、襲いかかってきたって言って貰えませんか? それだけでいいです」
「分かりました……」
これ以上、しつこく言うと鬱陶しがられちゃいそうだな~。しぶしぶ口をつぐんでいると、ぐったりした顔をして「あーあ」とぼやき、しゃがみ込んでから、何かを取り出す。何をしているんだろう? と思っていたら、急にピカッと光って、彼の手に一体の人形が現われた。誰かがちくちくと、手縫いで作ったみたいな人形。でも、目を閉じているし、鼻の辺りは血まみれだし、元彼そっくりだし、どう考えても子供には渡せないようなシロモノ……。
「じゃあ、行きましょうか」
「あの~、それは? 何ですか?」
「あなたの元彼です。警察の関係者は全員、犯人をこうやって魔術で人形化して、運ぶことが許されているんですよ」
「へーっ、知りませんでした! いつもそうやって逮捕してるんですか?」
「いや、相手が気絶している時だけ使える技なので、これ。普段はちゃんと手錠にかけて逮捕しますよ」
「なるほど! 魔術って便利ですね」
「不便なことも多いですけどね。万能じゃない」
「なるほど……?」
万能だと思ってたけど、違うみたい。魔術なんて、上流階級の人達が使うものだしなぁ。馴染みがない。難しい顔をしていると、アディントンさんがこちらを振り返って、「じゃあ、行きましょうか」と言ってくれた。
「あ~、また? 困るんですよ、こういうの。後始末係だと思っていません? 警察のことを」
「すみません。さっき、お世話になったばかりなのに」
「大体、魔術師なんだからぱぱっと、魔術で何とか出来ないんですか? あなた、トラの獣人なんだし、相手が犯罪者だからって憂さ晴らしで殴ったり、蹴ったりとか、」
「はい!? アディントンさんはそんなことする人じゃありませんから!!」
とうとう耐え切れずに、椅子から立ち上がって叫ぶと、警察官が怯んだ。隣に座っていた彼が慌てて立ち上がり、私の肩を掴む。
「俺のために怒ってくれるのは嬉しいんですが、落ち着いてください。しょうがないですよ。いつまでも時代錯誤な獣人差別をするってやつは、どこにでもはびこっているんですから」
「お、おおう……」
ひたすら静かに「すみません」とか、「いいえ、そんなことは無いです」って言ってたんだけど、ひそかにキレてたっぽい。さっきまで普通の瞳だったのに、瞳孔が開いて、トラみたいになってる。それにもしかして、手の爪が伸びてる? なんか違和感がある。肩を見てみると、爪が伸びて鋭くなっていた。
「ぐだぐだ文句を言っていないで、さっさと許可証にサインしてください。殺されかけたばかりなんですよ、この女性は。精神的にダメージ食らってるし、早く家まで送り届けたいんですよ」
「あ、はい……」
嘘ぉ! さっきまでの勢いはどこへいったのやら、蚊の鳴くような小さい声で「すみませんでした」と謝ったあと、許可証にサインする。加害者と言えども、勝手に記憶を消しちゃいけないことになっているから、警察官のサインが必須らしい。これで記憶が消せる。ほっとしていると、アディントンさんがふーっと息を吐き出して、乱暴に座り直した。私もそれに合わせ、椅子に座り直す。
(どうしよう? 余計なことしちゃった? でもな~、腹が立ったしな~)
普段から交流があるっぽいし、関係にヒビが入って、気まずくなったら私のせいだよね……? おそるおそる見てみると、ちょうど私を見つめているところだった。ま、まじまじと見られている! 気まずくなってへらりと笑えば、青と銀が混じった瞳を細め、ささやいた。
「……ありがとうございます。助かりました」
「うっ、おっ、め、めめめめめっそうもありません……!!」
「家まで送って行くので。それとも、最寄り駅までの方がいいですか?」
「いえ、じゃあ、家までお願いします……」
れ、れ、れ、連絡先が知りたい!! お礼がしたい! というか、食べている最中の仕草とか表情とかつぶさに観察して堪能したい、歩いているところが見たい、知りたい。もっともっと顔が! 見たい!! 出来れば、横顔をガン見したい……!! あまりにも顔が見たすぎて、両手が震えてきた。気が付けば記憶消去とかもろもろ、全部終わっていた。呆然としていると、何も無かったかのように私を見て、「じゃあ、行きましょうか」と言ってきた。
「あっ、はい。お礼がしたいので、出来れば連絡先を教えて欲しいんですが……」
「いらないです。仕事の内なんで、これも」
「そっ、そっ、そっ、そう言わずに! このままじゃ私の気が済みません!!」
「俺の気は済んでいるので。あと、仕事は何をしていますか?」
「えっ? ざ、雑貨屋の店員なんですけど……」
「なるほど、らしいですね。じゃあ、例えばお客さんに物を売っただけで、お礼をと言われたらどうしますか」
「喜んで! とお答えして連絡先を交換して、一緒にご飯を食べに行きます!!」
「はあ!? 嘘でしょう!?」
「はっ、はい! 嘘です! もう何でもいいから連絡先、教えて貰えませんか……!? 元彼に刺されかけたこととかどうでもよくなるぐらい、あなたの顔が好みで、もう少しだけ見ていたくて!!」
ごめん、お母さん! 私、筋金入りの面食いだったよ! 死んだらどうなるか分からないけど、少なくとも元彼に刺されかけたぐらいでは、面食いは直らないみたい……。自分に嫌気が差してきたけど、でも、だって、超絶ドタイプ! 私が取り出した魔術手帳を握り締めて、震えていれば、呆然と口を開けていた。ああっ、素敵! そんな表情もさまになるだなんて!
(……でも、あれ? ちょっと待って? 私、告白しちゃってない? 誤解されそう!!)
だっ、だめだ、だめだ! こんな、見ただけで心臓がドカンと爆発してしまいそうな自分好みの超絶イケメンとは付き合えない! 別れた時のダメージが大きすぎる! それにどうせまた束縛しちゃうんだろうし、ちょっとメイクが失敗しただけで泣きそうになるんだろうし、服とか体型とか死ぬほど気にしちゃうし、そんな本、買ったって幸せな恋愛なんてできっこないのに、愛される女になるためにはみたいな本をどっさり買って、思い悩んでってする未来しか見えてこない!!
「あのっ! 違うんです、私! 別にあなたのことを異性として意識しているわけじゃないんです!!」
「えっ? じゃあなんで、」
「ただ、あなたの顔が好きなんです! あなたがたとえ、救いようのないクズだったとしてもいいです! 一ヶ月間お風呂に入らない主義でも、女性をティッシュ扱いするような人でも、詐欺師でも、何をしていたって顔が良ければそれでいいんです!! だって、付き合いたいとは思っていないので……」
顔色が一気に悪くなり、軽くよろめいた。ああああ、呆れられちゃってる!? でも、付き合いたくはない。絶対に。はらはらしながら見守っていると、頭が痛そうな表情を浮かべ、額に手を当てた。
「言いたいことは……言いたいことは沢山ありますが、とにかくも俺はクズじゃありません!! それに連絡先は交換しません。帰りますよ、ほら」
「えっ、え~? じゃ、じゃあ、もう二度と会えないってことですか!?」
「同じ街に住んでいるのなら、偶然ばったり会う可能性はあるんじゃないですかね」
「ものすごくどうでもよさそう!! あなたの顔が好きなんですけど! せめて写真ぐらいっ、写真ぐらい撮らせて、」
「嫌です。あと、近所迷惑になるので騒がないでください」
「そ、そんな……!! 連絡先、どうしても知りたいんですけど、だめですかね?」
「職場の規定で定められているので。私的な交流は禁止されているんですよ」
「そっ、そう言わずに、そう言わずに何とか……!!」
「なりません。諦めてください」
つ、冷たい! 女好きじゃないのかも、遊んでそうな見た目をしてるのになぁ……。私がいくら泣いてすがっても、頑なに連絡先を交換してくれなかった。必死で頼み込めば、男性は基本的に何でもしてくれると思っていただけに、すごく衝撃的だった。こうして、自分好みのイケメンに出会ったにも関わらず、連絡先交換どころか、写真の一枚すら撮れず、家に帰ってむせび泣きながら眠った。




