人を動かすには
ナシヒトはサワギールから集めた情報をまとめた紙を、一心不乱に様々な書類を眺めてはまとめ書き写している若い男の机にわざとその作業ラインに割り込むように置く。
若い男は作業の手は止めないもののその紙を置いたナシヒトを嫌そうな顔で見上げる。
ナシヒトは意にも介さずニッコリと笑顔を自然に貫き通す。
「これ今日から担当してる宿賃未払い冒険者の情報だから。私が外でご飯食べ終わるまでによろしく」
「え~! 俺も切り上げてメシ食いたいっスよ~!」
「それなら目の前の仕事を終わらせないとね」
「仕事を増やす側の人が言っちゃダメなセリフッスよ! しかも締め切りがキツい!」
「じゃあなんか屋台で買ってきてあげるから」
「そうやって過酷な労働を食べ物で埋め合わせようとする所がダメなんすよ! 腸詰め! いつもの腸詰めとパンっスからね!!」
「じゃあご飯後にすぐ来るからよろしくね」
「パタスくんとの会話は終わったかね、じゃあ少しお話できるかなナシヒトくん」
「……なんですか受付長」
ナシヒトは露骨に嫌な態度を隠さないまま速足で上司の目の前に立つと一転、まるで訓練された兵士のように美しい体勢になり、受付長も長に相応しい机を挟んでニッコリと語り掛ける。
「つい先ほどの苦情受付のやりとり、こちらまで大きな声が聞こえてきたよ」
「はい、金銭的に追い詰められると皆やはり気が立っていますから」
「うんうんそうだね。でもね君とお昼前に応対した人は、ほぼみんな怒ってるんだよね。それはわかるかな」
「……うーん一時的な偏りじゃないですか?」
「君は無自覚なのかわざととぼけてるのかわかりづらいから本当に困るねぇ。昼食を前にすると仕事が雑って事を僕は言いたいわけ」
「ああなるほど、それはそこまで仕事の質の低下をわかっていながら昼前に応対させようという任命者、つまり受付長の責任ですね」
「……まあ確かにそれはあるけど、任命者としてはちゃんとお昼前だろうがなんだろうがキッチリと任命された事はこなして欲しいって事なの」
「嫌です」
「嫌です、じゃないよ。お昼食べないと気が立つという気持ちがあるという事は満たされていないと気が立つのは万人共通ってわけなんだから、冒険者が原因で満たされないそういった人々を最大限フォローするってのがこの組合の存在意義なの。もちろん別に僕も毎日常に感情を捨てて完璧に仕事しろってわけじゃなくて、お昼前になると突然仕事が雑になって外部に迷惑かける部下がいたら、お昼前でも君を指導しないといけないの。つまりわかってくれないとずーっと指導しなきゃいけないわけ。だからいい加減わかってくれたら長いお説教は終わるよ」
「わかりました」
「この前もこんな感じに指導したよね。わかったならもう行っていいよ。ちゃんと改善してね」
「わかりました」
呆れながら指導事実について書面に残して記録し始めた上司から逃れ、ナシヒトは素早く組合の外へと飛び出す。
ああ、お昼ご飯は目の前だ。