本日のお悩み
「はぁ……それで宿賃を払ってくれないというわけなんですね」
「そうなんですぅ……。次の依頼が終わったら終わったらって先延ばしにされちゃって……」
ここは冒険者組合の応接室。事前に記入してもらったトラブルについての文面を見ながら、もうメシでも食いに行きたいなぁという態度が隠しきれていない小さな女性組合職員に、
デカい、という印象を目に入ったものに与える背の高い、一人の幸が薄そうな女性がそれすら気づいてなさそうに世界で一番不幸なのは私……と言わんばかりに悲しげに訴えかける。
机を境界に分かれている大小2人の温度差はまるで違う生物同士のように分かれている。
「ウチが発行している割引宿泊札も出さなかったというわけですね」
「はい……。最初は宿札を無くしたって言ってましたけどその後も持ってきてくれないままそのままズルズル……」
「あーそうなんですねー」
割引宿泊札は宿札と呼ばれ仕事の形式上後払いになりがちな冒険者達を補助するシステムである。
組合員は自分の登録と宿泊日数を申請すれば、いつでもそれに対応した札をタダ受け取る事が可能で、その札があれば組合公認の宿で宿泊する事ができ、宿屋側はその札を組合に出す事でいつでも換金する事が可能で、組合は札分の代金を冒険者から回収する、これにより管理を組合でコントロールし身内以外への評判低下を抑える思惑もあるシステムである。
「ウチも次の仕入れの時に現金が無いと仕事になりません……」
「そういうトラブルのために割引宿泊札があるんですけどねー」
冒険者は宿屋の太客であるが故に宿泊代のトラブルは古来から多く、かつていた実績等を盾に口八丁手八丁で信用させてツケで良いという約束を相手にさせて逃げてうやむやにしたりするのは可愛い方で、悪徳集団になると宿の現金を干上がらせる目的で長期後払いを集団で確約させた上で密かに宿に客がこないように悪評を流したり色んな工作を行い客を遠ざけて、現金を干上がらせたり廃業に追い込んだうえで迷惑料や退去料を出させる手口を計画的に行っていた者達までいたのである。
「まあ今日の所はとりあえず現金をお貸ししましょう。宿泊代はいくらになりますか?」
「え! 全額貰えないんですか!?」
「申し訳ないんですけどこのようなケースだと、調査とか色々ありますのでひとまず借用書で現金を出す形になりますね」
職員の女性は有無も言わさず借用書を取り出し机に置く。
「もちろん未払いの確認がとれ次第この借用書は破棄させて頂きますので、ここは私たちを信用して頂くという事で……。借りた金額は返す時と同じ金額で良いですし期限も5年ありますので」
「……組合は冷たいって噂は本当なんですね。自分の所の組合員の不始末も大して対応してくれないってみんな言ってます」
「……? じゃあ貸さなくても良い事ですか?」
「そうは言ってない! そういう所が冷たいって言ってるの!!」
相談者は悲劇のヒロインでいる事を忘れるほど激高し立ち上がり、職員を睨みつける。
しかし職員はまるで子供の同情を誘う駄々を放置する親のように意に介さず淡々と貨幣箱を開いての現金の準備をする。
「実は私がこの後すぐに調査に向かいますので、早くして頂けるとありがたいのですが……」
「……ふんっ! 私だってそんなに暇じゃないです!」
相談者は椅子に座り直し借用書をまじまじと眺め、渋々と言う態度は崩さず用意されていたペンで名前と金額を書きはじめる。
「お名前はサワギールというんですね、カラシュク亭のサワギールさん。これで間違いないですね?」
「そうです間違いないです。ところであなたの名前は何ですか? 人にばっかり色々書かせてますけど」
「ああ申し遅れました、冒険者組合苦情申出窓口ナシヒトです。何かありましたら受付の方で私の名前を出してください」
ナシヒトはニッコリと愛想笑いしながら貨幣箱から手早く鷲掴みにするように貨幣を取り出し机に置く。雑な仕草ではあるが、書かれた金額通りのお金を借用書の横に綺麗に数えやすく並ぶ。
「きちんと金額数えてくださいね、もし足りなくても後で補填などはしませんので」
「ええ、わかってるわ……!」
サワギールはゆっくりと必死な目つきで丁寧に数える。
「この金額で問題ないです」
「ああよかった、それではこの件は冒険者組合苦情申出窓口ナシヒトが承りました。調査結果をお待ちくださいね」
ナシヒトは借用書と貨幣箱を手にとり丁寧な仕草で立ち上がり、出口の側にたたずみサワギールが出ていくのを待つ。
「あなた、早く出ていけって態度が隠しきれてないわよ。もうちょっと接客の勉強した方が良いんじゃない?」
「ご忠告痛み入ります。実は上司にもよく怒られるんですよ、態度が明け透けすぎると」
「……私もその上司と同じ意見だわ、少しは否定しなさいよ」
サワギールは袋に貨幣を詰めると、ナシヒトの顔も見ず呆れながら入口を狭そうにかがんで部屋から出ていく。
「それではお気をつけて」
ナシヒトは表情を一つも変えずサワギールの後ろ姿を見送った。