第95話 魔王様、翻弄されてます
「エルフ……? アンタが本物のエルフだって!?」
俺はファルシュと名乗った男に詰め寄った。
「そうだとも。君たちが信じるかどうかは別だけどね」
俺が疑うような目を向けると、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。その表情はどこか自信にあふれており、俺はすぐに表情を取り繕った。
「いや、その長くて尖った耳は獣人とも違う。それにその人外じみた美貌も……エルフだからっていうんなら、納得もいく」
俺が魔王だった期間も含めて、こうして直接エルフを見るのは初めてだ。
恐ろしく顔が整っていて、魔法に長けている。世界樹を神と崇め、不老不死となった謎の多い種族……そう古びた書物に記述されていたぐらいの知識しかない。
そもそもエルフが魔族の土地から去って、すでに何百年も経っているらしい。その後、彼らを見たという噂は一度も聞いたことがない。
同じく不老不死である妖精女王のティターニアならば、何か事情を知っているかもしれないが……。
「まぁボクみたいなエルフが、こうしてキミたち魔族や人族の前に姿を現すことは、かなり珍しいかもね」
「いやいや、珍しいってレベルじゃないと思うが……」
「あはは、たしかにそう。ボクも普段はフードを被って顔を見られないようにしているしね。一部の人間は、ボクたちエルフの肉を食べれば同じく不老不死になれる……なぁんて眉唾を信じているし、会話をする前に襲い掛かってくることもあるから」
自虐的な笑みをこぼす彼に、俺たちは言葉を失くしていた。
生きてる奴の肉を食べようってヤバイ奴がいるのか……。またもや冗談かと思いきや、ファルシュの目が一切笑っていない。どうやらマジのようだ。
「でも、キミはボクが本物のエルフだろうと別にどうでもいいんだろう? 見たところ、村の脅威にならないかボクのことを確かめたかっただけみたいだし」
「……そうだな。俺はアンタが危険人物だったら、排除しようと思っていた」
「ふぅん、そうなんだ。で、どう? なんなら戦って試してみる?」
「いや、遠慮しておくよ。いくらエルフの魔法を見てみたいといっても、そんな血生臭いことはゴメンだね」
俺がそう言うと、彼は一瞬だけポカンとした顔を見せたあと、「あはは!」と嬉しそうに笑った。
「勇者は殺し合いにしか興味がないヤバイ奴、って噂はどうやら嘘だったみたいだね! キミからは微塵も悪意や殺気を感じないよ」
「そりゃそうだ。俺は根っからの平和主義だからな。争いなんてしないに越したことはないさ」
「ふふふ。そうだね、ボクも同意見さ。ねぇ、この後暇かい? よかったらボクに村の案内をしてほしいんだけど」
「はぁ……。俺はこれからドワーフの国へ旅に出るんだ。悪いが、また今度にしてくれ」
ファルシュの提案を断ると、彼は楽しそうに微笑んでみせた。
「へぇ、ドワーフの国にねぇ。なら仕方ないか……ボクは長生きだからね、キミとまた会える日を待ってるよ」
そう言い残すと、彼は俺たちに背を向けて去って行く。
「お、おいどこへ行くんだ?」
「うん? この村に立ち寄った用事は済んだからね。また旅に出るよ。あぁ、そうそう。別れの前に、これをキミにプレゼントしてあげよう」
再びこちらに戻ってくると、ファルシュはローブのポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。
「えぇっと。んー? あ、あったあった。はい、これ」
「……? ペンダント? 宝石みたいなのが嵌まってるみたいだが」
俺の右手にポンと渡されたのは、ガラス玉のような透き通った青い石が埋め込まれたペンダントだった。
「それはお守りだよ。旅の無事を祈っておくから、肌身離さず身に着けておくと良いよ」
「は? いや、こんなものを俺に渡されても困るんだが」
「まぁまぁ。いつか役立つ日が来るはずだからさ。それじゃあ元気で!」
彼はそれだけ言うと、今度こそ本当に立ち去った。そんな彼の様子を見て、リディカがはぁと息を吐いた。
「なんだか嵐みたいな方でしたね……」
「本当にな。言いたいことだけ言って、さっさといなくなっちまいやがった」
結局のところ、どうしてエルフがこの村に来たのか分からずじまいだった。用事は済んだとは言っていたが……温泉にでも入りたかったのか?
「まぁいいや。このお守りも悪いモンじゃなさそうだし。これ以上のんびりしていると、出発がどんどん遅れちまいそうだ」
「私としては、もう少し貴方とゆっくりしたかったんですが……でも寂しさが募っちゃいそうですし、仕方がないですね」
リディカは気合を入れたのか、拳を握りしめて笑顔を見せる。そんな彼女を見ていると、少しだけ申し訳なさが湧いてくる。彼女のためにも、さっさとドワーフの国を救って戻ってこないとな。
「それじゃあ行ってくるよ」
「お気を付けて。お土産、楽しみにしていますね?」
全ての用事を済ませ、村を出ていく瞬間、リディカは笑顔で小さく手を振った。
そんな彼女の見送りを受けながら……俺はドワーフの国へ向かって出発したのだった。




