第84話 魔王様、妖精女王と昔話をする
(……ふぅ)
誘われるままに、俺はティターニアの隣に腰掛けた。
彼女はベッドに寝そべったまま、ポツリポツリと話し始める。
「少し、昔話をさせて頂戴」
その言葉に、俺は何となく嫌な予感がした。
「私たち妖精族は永い時を生きる種族だからか、過去の記憶はどうしても朧げになっていくの……。大切な思い出はこうして誰かと共有し続けていかないと、なんだかその人が最初からこの世界に居なかったみたいに思えてきて……そんなの、あんまりにも寂しいじゃない?」
たかだか俺は数十年の人生しか歩んでいないが……彼女の言わんとすることは何となく理解できる。
死んでも誰かの心に残り続ける、とはよく言うが。どんな大岩も雨風で少しずつその姿を小さくさせていくように、年月というのは残酷にも思い出を色褪せさせていくものだ。
俺が魔王や勇者だったことも、いずれは誰の記憶からも消えていくことだろう。
「だから私ね、貴方にも妹の思い出を共有しておきたいの」
「ティターニアの妹……」
「そう。魔王と結ばれた、私の最愛の人……」
妖精族を束ねる女王にはその昔、可憐な妹が居た。
彼女は姉であるティターニアを慕い、どこへ行くにも姉の後ろを付いて歩いた。慈愛に満ちた性格の妹は民から愛され、魔族の王と婚約が決まったときは国中で祝福された。
しかし――。
「そんな幸せな時間も長くは続かなかったわ……。妹夫婦に娘のシャルンが誕生して間もなく、魔族内で政争が始まってしまった」
妖精族の王女から魔族の王妃となった妹。心優しい王妃は、魔族の国でも歓迎されたが……それは悪しき者からすれば、大きな隙だった。
「力では敵なしだった魔王にとって、妹の存在は最大の弱味となってしまった。あの子は玉座を狙う醜い争いに巻き込まれ……命を落とした」
それは幼かった頃の俺も、間近で見ていた。
俺にとっても彼女は母代わりだったから、シャルンと一緒に泣き続けた記憶がある。誰より強かった先代魔王も、その時ばかりは……。
「その時よ。私が他の種族を見限る、キッカケとなったのは」
ティターニアにとって、争いの発端や結末なんてどうでも良かった。妹を失ったという事実は、どう足掻いても変わらないから。
「だから私は同胞である妖精族を守るため、国を氷の壁で覆って外界と隔離した。辛い思いをする人を二度と生まない為に、民たちが安心して暮らせるように……」
愛する妹を失った悲しみや怒りから、ティターニアは他種族への恐怖心を抱いてしまった。こうして種族間の溝は、より深まっていったのだ。
「これが私の過去よ……つまらない話を聞かせてしまってごめんなさいね」
涙声の彼女は小さく鼻をすすると、何かを誤魔化すように微笑んだ。
「でも私の我が儘でみんなを閉じ込めるのは、もう止めるわ」
「……良いのか?」
「うん。国の外で温泉に浸かって、美味しいご飯とお酒を飲んでいたら、ようやく気分が落ち着いたわ。それに懐かしい人と会ったら、久々に姪っ子にも会いたくなっちゃったしね」
姪っ子……シャルンか。
義妹にとっても、血の繋がった家族はティターニアだけだ。アイツは寂しがりだし、伯母に会いたがっていることだろう。
「そういえば、ウィル君のお墓はあるのかしら」
「……さぁ。ていうか、ソイツを殺した勇者である俺に聞くか普通?」
「ふふっ、そうね。でも貴方だから聞いているの。その意味は分かってるでしょう?」
人の魂を見れるティターニアは、俺の中身が魔王ウィルクスであることを最初から気付いている。
だけどあえてそれを一度も口にしないということは、こっちの事情を考慮してくれているか、俺の口から直接聞けるのを待っているんだろう。
「……すまないが、俺からは何とも言えないな」
「良いのよ。ウィル君が自分の命を賭してまで、守りたかったもの……それは私も理解しているわ。だからこそ、私はこうして協力しているんだし」
「…………」
「でもあの子の方はたぶん、私とは違うわ。大事な人を奪った人間を、決して許しはしない」
分かっているさ……シャルンはきっと、勇者を殺したいほど憎んでいる。
交易で魔族領と関わりを持つ以上、俺もそろそろ、アイツとの問題に向き合わなくちゃいけない。
「はぁ……上に立つ者は、本当に苦労が絶えないな」
「ふふふ。そうよ、大変なの。この辛さを共感してくれて、嬉しいわ」
そうやって笑う彼女は、またいつもの悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべていた。
「ところで話は変わるけど、孫の顔はいつ見れるのかしら?」
「……俺は帰る」
「あっ、ちょっと――」
さぁて、今夜はシードルを寝酒に飲みながら一人酒を楽しもうっと。




