絶対に許さない
「そうだ。その怒りだ」
するとドラゴンは、そんな僕に対して慈悲深い微笑みのようなものを讃えて言った。
「それが本来のお前なのだ。お前は今までの人生、自分の心にずっと嘘を吐き続けてきた。自分ばかり憎んでいるなどと欺くのはよくない。ちゃんと他人に対しても怒っていると言うべきなのだ。それがお前の本心なのだから」
「……!?」
僕は戸惑っていた。
ドラゴンが急に手のひら返しをしたような気がしたから。
なんだこいつ……!
わざと僕を怒らせたのか……!?
自分にウソを吐く人間は、不幸になるとでも言いたげに聞こえるけれど……!
「お前が許せないのは誰だ。我か?」
……。
僕が許せないのは……!
目の前のこいつも勿論だけど……!!
僕の脳裏に浮かんだのは家族。
そして大臣や兵士。
ロートリアの民衆たち。
「お前だけじゃない……! みんなもだ! 母さんも、ユリウスも、リアーナも、大臣たちも民衆も兵士も、みんなが僕を虐めたんだ!! 絶対に許さない!!!」
「なぜ許せない?」
「だって僕は悪くない!!! やることやってきたんだ!!! 一生懸命勉強した!!! 出来が悪いなりに頑張ろうって!! 剣の稽古だってしたし、筋力を付けるためのトレーニングだってしたさ!! 僕は僕なりに頑張った!!! なのになんだよこれ!? 頑張ったご褒美が死ぬことか!? みんなからバカにされて!! ドラゴンからもバカにされて!! それで死ぬのか僕は!!? そんなの許されないだろう絶対に!!!」
僕は心のままに吼えた。
ドラゴンがそれにウム、と頷く。
「そうだな。先には敢えて否定したが、お前が頑張った事もまた事実。お前の努力を顧みなかった家族にも大いに非があるからな。それで、どうする?」
「何があっても絶対にあいつらを許さない!!!!」
僕は拳を天に向かって高く振り上げ、その場で力強く足踏みして叫んだ。
腹の底から出た怒りに全身が奮い立つ。
「その意気だ。長年家族から虐げられたせいで、お前の性格は醜く歪んでしまっていた。それが今、本心と向き合ったことで表に出てきたというわけだな。
お前の本性は怒りだ。
自らを虐げ、無能だと蔑んできた者たちに対する怒り。
それをまずは自覚しろ。
そして自分の為すべきことをなせ」
「僕が……為すべき、こと……?」
「お前は自らの有能さを世に知らしめたいのであろう。自らの有能さを世に知らしめた時、お前は初めて幸福となる」
ドラゴンにそう言われた時、僕はハッとした。
僕の……幸福……!?
そんな事は今までの人生で、一度だって考えたことはなかった。
毎日、ただ母さんやユリウスたちのご機嫌を伺い、少しでも自分に降りかかる厄災から逃れようとするだけのそんな日々だった。
だから、自分の幸福が何かなんて考える余裕はなかった。
でも、今なら思う。
僕が最強となって、僕の事を無能と蔑んだ母さんやユリウスやリアーナたちを見返し、優秀な大臣や兵士や民衆たちを従えて全世界に覇を唱える王となる姿を。
それこそが僕の幸せだった。
「ああ……!」
いつしか僕は感動に打ち震えていた。
光が眩しい。
さっきまで暗かった世界が、急に明るくなったような感じがする。
この森も空も大地も空気さえも、全てが僕の事を讃えているような気がした。
これが生きるという事なのか……!
これこそが僕の人生……!
そんな風に僕が感動していると、
「だが残念だ。それに気付けたお前は今日この場で喰い殺される」
ドラゴンが言った。
ついさっきまで翡翠色だった目が炉心のように赤々と光っている。
「っ!?」
次の瞬間だった。
僕の脳裏に電撃のようなものが走る。
それは何か根源的な恐怖と焦燥感が入り混じったようなもので、僕はその感覚に従って咄嗟に横に飛んだ。
腕の骨が折れていたから、上手く着地できない。
まるでイモムシのように鼻から地面に衝突する。
痛い痛い痛い痛いいいい……っ!
最も痛むのは衝突した鼻じゃない!
右足の感覚が鈍いんだ!
見返すと、僕の右腿の一部がズボンごとごっそり削り取られている。
立ち上がる事すらできない……!
「……!!」
咄嗟に身を捻り躱さなければ、確実に死んでいただろう。
それをやったのはドラゴンだった。ドラゴンが大きな口を開けて、僕を噛み砕こうとしたのだ。
ドラゴンはゆらりと頭を持ち上げ、再び僕を見下ろす。
く……!?
今日この場で死ぬ……!?
やっと自分がやるべき事に気付けたっていうのに……!!
それなのに僕は死ななければならないと言うのか……!!
「悔しいだろう。だがそれが道理だ。今日までお前は自分を欺き続けてきた。その結果追放され、我の前にエサとして存在している。これに関してはお前自身のせいだ。お前が自らを欺き努力してこなかったツケでお前は死ぬのだ」
ドラゴンがその洞穴のような喉を鳴らして言った。
「ちくしょう……!! ちくしょおおおおおおお!!!!」
僕は叫んだ。
「一年あれば!! いや一日でいい!!! あと一日あれば!!! 僕は必ず僕をバカにした連中を見返してやったのに!!!!! 母さんもユリウスもリアーナも!!! 大臣も有力者も兵士も!!! 民衆たちも!!! ドラゴン!!! お前だって倒してやった!!!! 僕は強くなれたんだ!!!! ちくしょおおおおおお!!!!!」
悔しかった。
悔しくて悔しくて吼えた。
やっとやるべき事が解って、これから幾らでも成長できたのに!
それなのに、僕の復讐を邪魔されてたまるものか!!
僕はもう何者にも止められないんだ!!!
「ほう。一日で我を倒すか」
するとドラゴンが言った。
その嘲るような口調に腹が立った僕は、再度怒鳴り散らす。
「当たり前だっ!!! 倒すっ!!!!!! 倒して見せる!!!! 相手がどんな奴だって構うものか!!!! 僕を無能呼ばわりする奴は全員ブチ倒して見せる!!!!!!」
僕は叫んだ。
足の感覚が無くても、意地で立ち上がる。
両腕で近くの木にしがみ付くと、真っ向からドラゴンを睨みつけた。
例えどれほどの力の差があろうとも!!
僕はこいつを倒す!
僕を酷い目に遭わせた連中、母さんやユリウスやリアーナも絶対に許さん!!!
全員ブチのめして僕と同じ目に遭わせてやるんだ!!!!
「絶対に許さないからなぁああああああああああああ!!!!!」
僕は叫びながら、ドラゴンに向かって突進した。
全身全霊、乾坤一擲の拳をぶつける。
だが拳はドラゴンの皮膚の表面にぶつかって止まる。
ドラゴンの鱗は鉄板のような硬さだった。
殴った僕の拳の方が砕ける始末。
ドラゴンは勿論、そよ風が吹いた程にも感じていない。
だがそれでも僕は拳を握り直す。
絶対に負けない……っ!!
「では一日やろう」
僕が再度殴りかかったその時、ドラゴンが言った。
そして僕を噛み砕くのではなく、僕の上着に鋭いキバに引っかけて自身の背中へと放り投げた。