生まれ直すなら私はロックバンドでシャウトしたい。(140年かかって気付いた幸せ)
「アニメイト」と「小説家になろう」のコラボ企画に応募した作品です。
「女性が朗読する物語」という企画テーマに沿って書いてみました。
入賞すれば映像化されるそうです。
窓からの風が私の体を優しく包む。
風に乗って桜の花びらが、ひとひら私の手の甲に降りてきた。
ここは、病院の一室。
ホスピスと呼ばれる場所よ。
私の名は百合恵、まもなくこの世を去るよう神様から催促されているの。
この世に来てからおよそ70年。
さしたる苦労もなく育ち、見合いで農家へ嫁ぎ、二男一女をさずかり孫も5人居るわ。
夫は平凡な男だけど、優しい心根の持ち主で、今まで大きな喧嘩もしなかったわ。
十分に幸せだったと思える人生よ。
神様の元へ招かれることにあまり抵抗はないわ。
人並みな人生を送り、家族に囲まれて神の元に召される。
生まれる前に居た場所に帰るだけのことですもの。
・・・・
でも、本当にこれでよかったのかしら、もっと違う人生があったのではないかしら。
そんなことを考えることすら、夫や家族に対する裏切りかも知れないわね。
それでも神様から『やり残したことはないか?』と尋ねられれば、即答できるわ。
『一つだけあります。』
と。
手の甲に乗った桜の花びらをつまみあげて見ていたら、夫が窓を閉めようとした。
「まだ寒いだろう?」
「いいえ、桜を見ていたいから、そのままにして。」
「そうか、それじゃ開けておくよ。」
「ええ、ありがとう。」
その夜、私は桜の花びらを握りしめたまま、この世にさよならを告げた。
夫は私の手を握っている
子供達はまだ来てなかったけれど、きっと駆けつけてくれているに違いない。
さぁ帰りましょう。生まれる前の場所へ
『百合恵』
誰かが私を呼んだ。
「はい。」
『この世にやり残したことはないか?』
え?誰なの?神様?
「・・・一つだけ、やり残したこと。というか、やってみたかったことはあります。」
『それは何かね?言ってみなさい。』
「でも、笑われてしまうかも・・・」
『笑いはしない。言ってみなさい。』
「貴方は神様ですか?」
『そうじゃよ。人の生死を司る者じゃ。現世の者は、わしのことを神と呼んでおるな。』
「そうですか、神様なら笑いはしないですよね。私、じつはロックバンドでボーカルをやってみたかったんです。華やかなステージに立って、おもいっきりシャウトしてみたかったんです。」
『うぷっ♪』
「・・・神様?笑いました?」
「いや、そんなことはないぞ、笑ってなんかいない。ウホン」
私は1950年代の生まれ。
結婚する前はビートルズに恋い焦がれ、結婚してからはキッスやクイーンに憧れ続けていたの。
学生時代には吹奏楽部で、そこそこの活躍をしていたし、自分で言うのもおこがましいけれど、音楽の才能はあったと思うの。
それでも私は農家の嫁。
どんなに音楽の才能があっても歌がうまくても、たとえマライヤキャリーのような美声をもっていたとしても、農家の嫁は農家の嫁なの。
農作業に不満があったわけじゃない。
作物を育てる喜びも知っていたわ。
それでも心のどこかに「ステージに立って思い切り歌ってみたい。喝采を浴びたい。」
という気持ちが居続けていたの。
『ウホン、それでは百合恵、お前の望みを叶えてやっても良いぞ。現世に戻ってバンド、やってみるかい?』
「え?本当ですか?でも生き返ってもホスピスに逆戻りでは何も出来ませんよ?」
『ああ、生き返らすということではない。もう一度はじめからやってみるかと言うことじゃ。
赤子からやり直してみる気は無いかね?』
「生まれ直すということですか?そんなこと出来るのでしょうか?」
『百合恵、ワシは誰かね?』
「神様・・・ですよね。」
『それがわかっておるなら、今のは愚問といえるじゃろうな。』
「では、本当に生まれ直させていただけると。それはうれしいです。でもどうして私にそんな幸運を与えて下さるのですか?」
『百合恵だけではない。ワシの元へ来る者全てに生まれ直す機会を与えておる。しかし生まれ直すことが出来るのは、ワシがその生まれ変わった人生を見てみたい。と思った者だけじゃ。お前がステージでシャウトする姿を見てみたい。そういうことじゃ。』
「はい。ありがとうございます。」
『では、もう一度人生を楽しんできなさい。』
「はい。」
私は生まれ直した。
目の前の男女が私を見て、溶けそうな程の笑顔を振りまいている。
「ねぇ貴方、名前は決めたの?」
「ああ、三日三晩考えた。この子は百合恵だ。百合の花のように、あでやかで清らかな女性に育ってもらいたい。そういう思いでつけた。」
「ええ、良い名前ね。」
(へー私の名前の由来、はじめて聞いたわ。それにしてもお父さん、お母さん若いわね。ウフフ)
私は母の胸のぬくもりを思いきり堪能したわ。
まさか、もう一度母に抱かれることが出来るなんて思いもしなかったもの。
何十年ぶりかで母の匂いと体温を感じたわ。
40代で亡くなった母の髪は、いつも花の香りをまとっていたの。
今も良い香りがしている。
(おかあさん・・)
こうして私は1955年に生まれ直したの。
1955年と言えばビートルズがレコードデビューする7年前ね。
私は、生まれ直しの人生だと言うことを誰にも悟られないよう、気を遣いながら成長したわ。
私が7歳の時にビートルズがレコードデビューした。
曲のタイトルは「Love Me Do」7年間待ち焦がれていたの、この日が来るのを。
私は父の膝で甘えながら言った。
「お父さん、お願いがあるの。」
「なんだ?ユリ」
「レコード買って。」
私の音楽的センスは父譲りかも知れない。
父はアコースティックギターで弾き語りをしていた。
父の弾く曲は、スタンド・バイミーやプリーズ・ミスター・ポストマンなどの洋楽だったわ。
だから自宅にはレコードプレイヤーがあったの。
「何のレコード?九ちゃん?」
その当時ラジオの音楽番組では常に坂本九さんの「上を向いて歩こう」が流れていたの。
「違うの。ビートルズっていうバンドの曲」
「え?ユリちゃん。洋楽聞きたいの?」
「うん。」
「すごいね。さすが俺の娘だ。音楽を聴くことは良いことだ。よし、買ってあげる。」
父は上機嫌でレコードを買ってくれた。
私は、「Love Me Do」を、それこそレコードの溝がすり減る程、何度も何度も聞いたわ。
そして父のアコースティックギターを借りてスタンドバイミーなどの曲を練習したわ。
その当時小学生の女の子がギターを弾くなんて「はしたない。」なんて言われるような時代だったけど、父は喜んでギターを教えてくれたの。
小学校を卒業する頃には、父のまねをしてスタンドバイミーやボブディランの風に吹かれてを演奏できるようになったわ。
でも私の目指している音楽は、それとは違うの。
私の目指す音楽は、もっと激しく、もっと軽快で、聞くだけで体が自然と動き出すような音楽なのよ。
具体例を言えばディープ・パープルのハイウェイスターやTレックスの20センチュリーボーイのような音。
そういえば20センチュリーボーイは邦画の主題歌にもなっていたわよね。
中学校へ入学してからすぐに吹奏楽部へ入ったの。
本当はヘビメタバンドに入りたかったけど、1960年代の私が住む街にはヘビメタなんてやっている人がいなかったわ。
吹奏楽部ではサックスの練習をするかたわら、音楽の基礎知識を吸収し、エレキギターも手に入れたの。
サックスは一度目の人生でも練習していたから、すぐに上手になったわ。
ある時サックスで「星のステージ」という曲を吹いたら、先輩や同級生が聞き惚れてくれたの。
同級生のキミカちゃんが
「ユリちゃん。素敵な曲ね。なんて言う曲?」
「これは、チエッカー・・・あ、いえ、今私が思いつきで吹いてみたの。そんなに良かった?」
「うん。すごく良かったわよ。ユリちゃん、才能あるわ。ホント、素敵だった。」
生まれ直してから、時々この失敗をしてしまう。
今、私が演奏した「星のステージ」は1980年代の超有名なバンドが演奏した曲。
前世で私が19歳の時に流行った歌だったから、当然、今の時代には知られていない曲なの。
同じように自宅でテレビを見ている時にオリンピック競技で優勝者を言い当ててしまったり、大きな災害や事故から家族を守るために、災害や事故の起こる場所へ家族を行かせなかったりと、家族が不思議がるようなことを何度もしてしまったわ。
私は二度目の人生だから今から起きること、今私の居る世界の未来を知っている。
それでも、そのことを利用して自分だけの利益にすれば神様に叱られそうな気がして悪用はしないことに決めているの。
中学生の今は、青春を楽しみ、音楽を勉強して、いつか大きなステージに立つことだけを考えているわ。
それでも、まもなく訪れる母の死だけは避けたかったの。
母は、私を25歳で産んで、私が16歳になる直前に胃がんで亡くなったの。
その時まであと1年。
私は母に、それとなく
「健康診断受けてね。健康でいてね。」
と話しかけていたわ。
母は
「ユリちゃんは優しいわね。大丈夫よ、お母さんどこも悪くないから。」
と答えるばかりで病院へ行こうとしなかった。
母の死まであと1年、私は決心した。
「お母さん、お願いだから、病院へ行って。私わかるの、お母さん胃がんよ。」
本当は未来のことを人に告げてはいけないのでしょう。
神様もおしかりになるかもしれないわ。
それでも母の死が目前に迫っているのに、手をこまねいて見ていることはできなかったの。
私は泣きながら母に訴えたわ。
私が未来のことを知っているというのは、秘密にしていたけど、家族は、なんとなく気がついていたわ。
未来予知とは思っていなかったでしょうけど「勘の鋭い子、ユリの勘は良く当たる。」程度には思っていたと思うの。
母は、私の根に負けて病院へ行った。
その結果は
「ステージ1の胃がん」
だったの。
母は余命を伸ばしたわ。
私が高校生になる頃には海外でABAやQueenも世の中に出てきたの。
日本でもLCセクションやキャロルンなど、私の好きだったバンドが活躍していたわ。
私は、高校生になってから意を決したの。
この世に生まれ直した目的を果たそうと。
私は最初、自分の身の回りでバンドを組んでくれる仲間を探したわ。
でも、まだまだ時代は追いついて無くて思うようにメンバーが集まらなかったの。
そこで、高校2年の時に、とあるバンドの真似をしてみたの。
「バンドメンバー募集。ギター、ドラムス、ベース。男女問わず。」
という張り紙を街中の電柱に貼り付けてバンド仲間を募集したの。
今の時代には携帯電話なんてないたから、自宅の固定電話の番号を書いたところ、何人かの人から連絡があったわ。
「バンド、やろうぜ」
と。
女性からの応募はなかったけど、主に男子高校生からの応募で何人かと面接して仲間を集めたの。
その中の一人に「トオル君」という男の子がいて
「ユリさんですか?僕、東高校の一年生です。バンドやりたいです。ドラム叩けます。仲間にして下さい。」
と初々しい声で参加を希望してきたのよ。
初めてトオル君と会った時、心がときめいたわ。
元の人生の言葉で言うならジャニーズ系のイケメン。
私は前の人生も合わせれば80歳過ぎのおばあちゃんだけど、生まれ直してからは、まだ17年。
80歳の私が誰かを恋するなんて、後ろめたい気持ちもあったけど、心と体は一つのものらしくて、長いこと忘れていた恋愛する心が勝手に湧いてきたの。
前世の夫に対しても、後ろめたい気持ちはあったわ。
それに前世の夫の間にできた子供達にも。
そういえば、あの人はどうしているかしら・・
前世の夫は私より3つ年上で、高校を卒業すると同時に家業を継いで農家になったの。
元夫の父親と私の父が同級生という縁で見合いをして私が27歳の時に結婚したの。
その当時27歳の女性と言えば行き遅れとまでは行かなくても結婚適齢期は過ぎているとみなされていたのよ。
そんなご時世だから父も少し焦って、見合い話を持ってきたのでしょうね。
私の夫に対する印象は可も無く不可も無い。
といった感じでした。
夫は勤勉で真面目、お酒も飲まず何を楽しみに生きているのかしらと思うこともあったわ。
若い頃はプロ野球選手を目指していたけれど父親が急に亡くなって、仕方なく家業をついだらしいの。
夫は何の取り柄もなかったけど妙に勘の鋭い人で、私の病気にいち早く気がついたのも夫だったわ。
結婚翌年には長男も生まれて、その長男を抱いた時の夫の笑顔が忘れられないわ。
でも、その子供達とは二度と会えないのね。
だって、私が元の夫と結婚しないなら、あの子達は生まれないのだから。
そう思うと心が苦しいわ。
私の募集にいち早く応募してくれたトオル君は、ドラムの技術も十分あったから即決でメンバーになってもらったの。
ベース担当もギター担当もすぐに見つかったわ。
楽曲は私の作詞作曲。
この時代にはまだまだヘビメタ風の曲は受け入れてもらうことが難しそうだったので、最初は湘南サウンド風の曲を中心に書いたわ。
私の見かけは17歳だけど、心の中は80歳、音楽経験も二度目の人生だから豊富なの。
年を重ねれば思考も年老いていくのかと思っていたけど、私の場合は違ったわ。
前世では60歳を過ぎた頃にも音楽に興味はあったし、作詞作曲も学生時代からしていたわ。
違ったのはフィーリング。
2020年代を実際に生きていた私は、今の1970年代の若者の音楽的感覚が、とても古くさく思えるの。
それは当たり前よね。
だから、私の感性は、この時代の人々よりもはるか先を歩んでいるの。
私の楽曲は、今の時代に大いに受け入れられたわ。
きっかけは、とあるバンドのコンテストだった。
そのコンテストには後に有名になるツイスターというバンドや陸援隊というフォークバンドも出ていたの。
ツイスターのボーカルが股を広げてマイクを両手で握り、
「あんたに~♪」
と歌い出したときは
「なつかし~」
と思わず口に出してしまいそうだったわよ。
ウフフ
私達のバンドはコンテストの地方予選を勝ち抜き、決勝は東京のテレビ局で行われたの。
対戦相手は、ツイスターと陸援隊。
私が元居た世界では、優勝者はツイスターだったけど、今のこの世界では私達が優勝したの。
ツイスターには悪いことをしたような気もするけど、私は誰の楽曲も盗んでいないし、バンドのメンバーも必死で練習してきたからこその優勝だと思うの。
私は、これから先に流行する楽曲のいくつかを知っているし、それを盗めば、もっと楽だったかもしれないけど、それは違うと思っていたの。
私が世に出るには私自身の力じゃないといけない。
というか他人の曲を盗んでステージで歌っても気持ちよくないと思うのよね。
コンテストで優勝し、主催者のバックアップでレコード会社に入り、正式デビューをしたわ。
デビュー曲のタイトルは
「桜」
曲のイメージは元居た世界のボーカロイドの曲「千本桜」に似ていると思う。
コード進行も含め、曲そのものは真似てはいないけど雰囲気は、ボカロ曲に近いと思うの。
え?80歳のばあさんが、ボカロのことわかるかですって?
わかるわよ。それくらい。
年齢と音楽的思考は関係ないわよ。
だって私、畑仕事しながらブルーハートの曲を聞いていたもの。ウフフ
デビュー曲がミリオンヒットしてから、私の人生は大きく変わったの。
元居た世界では27歳で事務職を辞めて農家へ嫁ぎ、農作業のかたわら子育て。
子育てが一段落しても農作業は終わることなく、肉体労働の日々。
それが、この世界では毎日テレビやラジオに出演。
ライブ会場を飛び回って演奏。
私が楽曲を世に出すたびに、いずれもミリオンセラー、日本縦断ツアーもこなしたわ。
そして、ついにこの日が来たの。
日本武道館での単独ライブ。
前座のツイスターの演奏が終わって、いよいよ私達の出番。
いつものステージとは少し違う。
なれているはずのステージなのにメンバー全員が緊張している。
「さぁ、行くわよ。私達の晴れ舞台よ。」
「「「おう」」」
真っ暗なステージの中央に立つ。
暗闇の中、ドラムの音が響き渡り、私達のデビュー曲「桜」のイントロが始まる。
私がギターを手に歌い始める。
一斉に照明が灯り、舞台前方から花火が上がる。
観客席からは悲鳴に近い歓声。
私は張り裂けんばかりに歌う。
私の歌声は会場中に響き渡る。
私の歌声に応えるようにトオル君のドラムが鳴り響く。
ベースマンが私に体を寄せてシャウトする。
私の歌の間にリードギターが自己主張をする。
4人が一緒になって一つの曲「桜」を作り上げる。
それに観客が加わり、会場が熱気に包まれる。
会場全体が見えない炎に包まれているような気がする。
これよ。これなの。私が望んでいたもの。
この雰囲気に包まれたかったの。
生まれ直してよかったわ。
神様ありがとう。
『どういたしまして。』
どこからか神様の声がした。
武道館の成功をかわきりに私達のバンドは世界的に有名になったわ。
そして私とトオルは結婚したの。
でも、そこからの人生は私の想像と違っていた。
私達はスターになると共に、お金も名声も手に入れたの。
お金持ちになると、トオルの行状が変わってしまった。
いつも後輩や女性タレントを連れて飲み歩くようになり、浮気も何度したか数え切れない。
そしてトオルとの間には子もできなかったわ。
私はトオルと離婚したかった。
でもトオルは世間体をはばかって私の離婚の申し出を断り続けているの。
武道館の公演から10年を過ぎた頃、トオルと他のメンバーの不仲が原因でバンドは解散。
私はソロで活動していたけれど、バンド時代ほどの人気は出なかったし、トオルの私生活が私の生活にも悪影響を及ぼし、テレビ番組をすっぽかしたりして、次第に音楽界から遠のいたの。
お金は不自由しなかったけれど、世間は次第に私のことを忘れていったわ。
一度、前世の夫のことが気になって、前世の自宅近くで様子をうかがっていたところ、一人農作業をしていた。
亡くなる前の父に聞いたところ、元夫は一度プロ野球入りしたけど、活躍できず、今は独り身で農業をしているらしいわ。
音楽と離れ、いつしかトオルさえも私に近寄らなくなって、私は年老いていったの。
そして70歳になった今、私はホスピスに居る。
前世と同じ病で。
前世と違うのは、側に誰も居ないこと。
両親は10年ほど前に寿命で相次ぎ他界したわ。
トオルとの間に子供はなかったから今は私一人。
今から再び神様の元へいくつもりよ。
少し残念なことは、窓の外に桜がないこと。
季節は、あの時と同じだけど、この部屋からは桜が見えない。
今は、お金があるのでサービスが良いホスピスにいるのよ。
でも、窓の外はビル街
(ああ、あの時の桜が見たいわ・・・)
私は二度目の人生を終えた。
『百合恵』
「はい。」
『どうじゃった?シャウトできたかね?』
「はい。神様、望みは叶いました。ありがとうございました。」
『良かったな。それでは、もう思い残すことはないかな?』
「・・・一つだけ、心残りが・」
『何かね?』
「もう一度、あの桜を見たいです。そして・・そして、あの人に・・」
『いいよ。良い音楽を聴かせてもらったお礼に、もう一度あの桜を見せてあげよう。』
目が覚めた。
握っていた手を開くと、そこには桜の花びらが一つ
そして目の前にはあの人がいた。
いつも私に優しくしてくれたあの人。
農作業のかたわら歌う私の歌を褒めてくれた。
子供を授かった時、私の両親と同じように喜んでくれた。
私は二度目の人生でこの人を選ばなかった。
そのことがとても後ろめたい。
夫の側には3人の子供が居る。
私は力を振り絞って言った。
「ありがとう。貴方達のおかげで、とても幸せな人生だったわ。今は、心からそう思っているの。幸せだったと。貴方、ありがとう。そしてごめんなさい。私は二度目の・・」
夫は、私の言葉を遮って、そっと手を握ってくれた。
「いいんだよ。僕も二度目だから・・・」
さぁこれで思い残すことは何もないわ。
帰るわね。
生まれる前の、あの場所へ。
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