第99話 王都騒乱
地面に激突したショゴスは、しばらくピクピクしていました。すぐに回復しないのは何でだろう?
「倒したのかな?」
あたしはラビエルに聞いてみた。
「いや、まだ生きているぞ……」
そう答えるラビエル。姿が変わったからか、声の感じも変わって、ちょっとかっこよくなってる。
おっと、今はそんな事を考えてる場合じゃないね。奴が復活する前に倒さないと。
「じゃあ、みんなで一斉にこうげ……き……」
そう言い掛けた時、ショゴスからどす黒い魔力が溢れて来て、一瞬で周りに黒い霧が掛かったようになった。
すると、見る間にショゴスの損傷が回復して行きました。
「まずいよ、これってショゴスが復活するんじゃないの?」
あたしは不安で、ラビエルの腕にすがり付いた。
「だ……大丈夫である、我が輩が七美を守って……」
ラビエルが言い終わらないうちに、ショゴスの魔力が爆発的に放射されたのです。
「クソ! こいつ暴走状態にあるんじゃないのか? 魔力を溜め込み過ぎて、知能に影響が出ておるぞこれは。操っていた奴が、コントロールを手放したのか?」
「どうするラビエル? これ以上放っとくと、周りがヤバイよ」
そうなのだ、あの黒い霧のおかげで、草原の植物が枯れていってるのだ。あれは命を奪う効果があるのだろうか?
「あの霧って、触れると死ぬ呪いでもあるの?」
あたしはラビエルに聞いてみた。
「いや、単に高熱を発しているだけであろう」
「熱いだけかっ」
「熱いと言っても、せいぜい300度ぐらいだろう」
「それなら大丈夫かな」
ドラゴンのあたしは、300度ぐらいなら何とか耐えられますしね。
「いやいや、我が輩達は無理だから……」
「ですよねえ……」
あたしは、ばつが悪そうに言った。
「よ~~し! フルパワーまで魔力チャージ完了だ!」
そう言ってラビエルは両手を前に差し出し、あたしはラビエルを後ろから抱きしめて、自分の魔力を流し込みました。なんか、あたしがラビエルに魔力を流すと、さらにパワーアップするみたいだ。どういう仕組みなんだろう?
バハムートも魔力を高めて、ドラゴンブレスの準備をしてます。
そしてついに、ショゴスが動き出しました。
40mを超える巨体を重たそうに浮かし、こちらに迫って来ます。触手を伸ばしてあたし達を捕まえようとしてる。
「奴め、我が輩らを捕まえて、魔力を奪おうとしておるな。あの巨体では魔力の消費が激しくて、すぐに尽きてしまうのであろうな」
「では攻撃した時の魔力で、パワーアップしませんか?」
バハムートが心配そうに聞きました。確かにそれはやばいよ。
「大丈夫だ。奴が体で吸収出来るのは熱エネルギーだけだし、魔力は触手で捕まえるか食べるかしないと吸収出来ん。純粋な魔力の攻撃なら効くぞ」
「それならブレスじゃなくて、魔力弾の方がいいですね」
「そんな事より先輩、早く攻撃しなくちゃ」
「そうよラビエル、アタックだ!」
ラビエルとバハムートは迫り来るショゴスをかわし、左右に飛び退きました。
そして一斉に、魔力弾による攻撃!
直撃したけど、前程のダメージを与えてないみたいな……
ショゴスがラビエルに触手を伸ばして来たので、あたしがラビエルの後ろから手を出して、魔力弾を浴びせました。ラビエルが魔力を一気に放出して、しばらく攻撃出来ないからね。
あまり効いてないけど、いやがって触手を引っ込めたよ。ショゴスの体を見ると、さっきの攻撃で負ったダメージがじわじわ回復していく。これじゃあ、いつまで経っても倒せない。
「どうする? 攻撃してもすぐ復活しちゃうよ」
あたしは焦って、ラビエルに言った。
「いいえナナミィ、復活のたびに奴の魔力が減っていってるわよ。このまま魔力を削って行けば、必ず倒せるはず!」
「そうか! ラビエル、もっと攻撃……は無理か、それじゃあたしとミミエルでやりましょう」
「私も?」とミミエル。
「そうよ、ラビエルとバハムートは魔力を使い切ったんだもん、あたし達でやらなきゃ」
と言う訳で、あたしとミミエルで攻撃を続けます。
魔力弾や魔操弾、水魔法や風魔法で攻撃するけど、全然効いてない。ミミエルの攻撃も、普段より威力があるけど、こちらもあまりダメージを与えられない。
でも、確実に奴の魔力は減っているはず。
「ねえミミエル、今ショゴスの魔力値はどれぐらい?」
「ちょっと待って……、ええと、24000ぐらいね」
「あれだけやっても3000しか減らないわけか。先は長いなぁ……」
「ショゴスは再生だけにしか魔力を使ってないからね。攻撃に魔力を使えば、すぐに減るはずよ」
なんてミミエルが言ったからだろうか、ショゴスが触手を鞭のように振り回して、あたし達を攻撃して来ました。
「きゃ~~~! あ、あぶな~~~い」
狙われるあたしとミミエル。ラビエルとバハムートは、魔力値が小さくなったからか、無視されてます。
「ポチャリーヌ早く来て! ショゴスの攻撃を受けてるのよ! 私達だけじゃ手に負えないわ!」
慌てたミミエルが、ブレスレットでポチャリーヌに助けを求めてた。
「こっちはショゴスを操っている奴を見付けたぞ。そいつを倒すから、それまでお主らで何とかしろ」プチッ。
ポチャリーヌは一方的にしゃべって通信を切った。
「な……! なんとか出来るわけないでしょ~~~!」
「もう聞こえてないよ」
そんな事をやってる間も、ショゴスは攻撃を続けてます。あたしはミミエルを抱えて、右往左往するだけです。
するとミミエルのブレスレットに着信がありました。
「ミミエルさん、今王都が……」
「ちょっと忙しいのよ、また後で!」
と言ってあっさり通信を切るミミエル。
「あれ? 今のって、フワエル様じゃなかった?」
「え?」
「なんで切っちゃうんですか~~~?」
「「うひゃぁ!」」
突然あたしとミミエルの前にフワエル様が現れた。
「ななな、なにしてんですかぁ~?」
「だから大変なのですよ」
「危な~~~い!」
ショゴスの触手がフワエル様に迫って来たので、あたしは空いてる方の腕でフワエル様を突き飛ばした。
「ぷぎゃん!」
すんでの所で触手をかわせました。セーフ。
それにフワエル様の悲鳴が、何気に可愛かったよ。
「なにをするのですか~~?」
憤慨するフワエル様。
「ごめんなさ~~い!」
謝るあたし。
フワエル様の顔面に、張り手をかましていました。
「何してんのよ? そんな事やってるヒマはないわよ」
正論を言うミミエル。ごもっとも。
「しょうがないですね……」
フワエル様がそう言うと、あたし達全員転移させられました。
転移先は王都ムサシノの上空です。真下には王宮があり、そこを中心に街が広がっています。
フワエル様は大変だと言いますが、いったい何があったと言うんでしょうか?
大変なのは、倒す方法が無いショゴスの方ですよ。
でもあたしは、すぐに『大変』の意味を知る事になったのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラスランド伯爵の屋敷に戻ったポチャリーヌとリリエルは、認識妨害魔法で姿を見えないようにして正面玄関から侵入した。
玄関には警備員が4人居たが、もちろん二人には気付かず、ポチャリーヌ達は素早く通過した。
しかし、廊下を歩いていると、違和感を感じ始めていた。
「おかしいのう。警備隊やメイドは居るが、こんなに人が少なかったか?」
「そうですねぇ、お出かけしているのでしょうか」
ラスランド伯爵の執務室をのぞいてみると、伯爵は居なかった。
次に、例の地下室にも行ってみたが、そこにも誰も居なかった。
「イチモクレンさんの気配もありませんね」
「クソ、逃げられたか。それに何故、誰も居ないのだ?」
ポチャリーヌ達は、手懸かりがないか室内を調べる事にした。
「燃やされた書類らしき物があるが、これは反乱計画の証拠隠滅の跡らしいな……」
ポチャリーヌはゴミ箱から焼けた紙の束を取り出し、机の上に放り投げた。
「ポチャリーヌったら、汚しちゃダメですよぉ」
「フフン、あの伯爵も、心は真っ黒に汚れているがな」
「うまい事言いますね~~。おや? これは」
リリエルが本棚の隙間から、1枚の紙を見付けた。
「これは地図ですぅ」
「見せてみろ……、これは王都の市街地の地図か? ふむ、色々印が付いておるが、王都の重要拠点みたいだな……」
ポチャリーヌは少し考えて、はたと気が付いた。
「そうか、奴ら王都を制圧するつもりだな! では王宮に通報だな。証拠もあるし、フワエル様に連絡してもらって、国王に会いに行くぞ」
その時リリエルのブレスレットに着信があった。
「あ、フワエル様からの通信ですぅ」
「おお、それはちょうどいいな。フワエル様か? ちょっと王宮に……」
「それどころじゃありませんですよ」
それだけ言うと、一方的に通信が切れた。
「ちょっ……!」
戸惑う二人の前に、いきなりフワエルが転移して来た。
「リリエルさん、ポチャリーヌさん。早くこちらに来てください! 大変なのですよ」
「え? 何?」
ポチャリーヌとリリエルは、有無を言わせずに連れられて行ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あたし達は呆然と街を見下ろしています。
なぜなら街は大混乱、パニックになっているからです。通りは逃げ惑う人々で溢れかえっています。
「急げ! 早く王都から離れなきゃ」
「どけどけ! ノロノロすんじゃねぇ!」
「ママ~~どこ~~」
あちこちから火の手も上がって、まったく収拾がつかない感じだ。
「どうなっておるのだ?」
「警備隊も出て事態の沈静化をしているようですが、まったく役に立ってないですね」
ラビエルとバハムートが冷静に見てるけど、かなりマズイ状況よね?
そしてあたしは気が付いたのだ。
「もしかして、ショゴスが向かって来てるのがばれたのかな?」
「そんな訳ないでしょ。ショゴスについては、秘密にしてたのに」
「でも、それ以外考えられないよ」
あたし達が事態を理解出来ないでいる所に、フワエル様がやって来ました。ポチャリーヌとリリエルちゃんを連れて。
ポチャリーヌは、妖精の羽の飛行魔法で空中に浮かんでいた。
「ほら見て下さい、大変な事になっているのですよ」
「どういう事なのだ、この騒ぎは?」
街の様子を見たポチャリーヌは戸惑っていた。
「それはですね……」
フワエル様によると……
彼女はトクダ王に、ショゴス襲来を説明に行ったのですが、話を聞いた国王は対応を協議するとかで、臣下のみなさんに箝口令を敷いたそうです。
そして王宮を出て、あたし達が来るまで王宮の上空で待機してました。そんな時、あちこちで騒ぎが起こり、あっという間に街中がパニックになってしまったのです。
こんなのあたし達だけじゃ、どうしようもないよ。
「取り敢えず誰か捕まえて、事情を聞いてみようか」
そう言ってポチャリーヌが下に降りて行った。
「う~~む……よし、お前でいい。この有様はどうしたわけじゃ?」
ポチャリーヌは、走っている男の人を捕まえて質問していた。
「なにすんだっ! 離せこのガキ!」
当たり前のように、逃げるのを邪魔された男の人はポチャ子に怒鳴った。
「ほう? 元気がいいな。ちょっと来い」
そして男の人は、ポチャリーヌに胸ぐらを掴まれ、そのままあたし達の所まで持ち上げられたのでした。
「で、この騒ぎは何じゃ?」
「うわわわ、お……恐ろしい邪神が攻めて来るって……、お……おろして~」
さっきまで威勢が良かったけど、さすがに30m以上も持ち上げられて、弱気になっちゃったよ。
でも、いったい誰が邪神の事をばらしたんでしょう?
「……そうか、そういう事か。ラスランド伯爵め、邪神のうわさを流して王都を混乱させたな。その隙に王宮を押さえるつもりか」
「だから屋敷に誰もいなかったのですね~~」
「ポチャリーヌが言う通りなら、これは伯爵がついに反乱を起こしたって事?」
あたしはポチャリーヌとリリエルちゃんに聞いた。
「そうだ、妾達が奴の屋敷を出た後に……、いや、その前から王都で工作員が動いていたんだろうて。次は王宮を落とすために、兵を送り込む事だな。よし、王宮の近くの転移陣を探すぞ。ラスランド伯爵は、そこから兵を送って来るだろう」
「それはいいけど、いいかげんその人を降ろしてあげたら?」
「おお、そうだな」
ポチャリーヌに持ち上げられた男の人は、バハムートを見てびびってたよ。
ポチャリーヌとリリエルちゃんとフワエル様は、王宮に向かいました。あたしとラビエル、バハムートとミミエルは、戻ってショゴスを倒すのです。
はたして魔力値24000なんて化け物を、あたし達だけで倒せるのでしょうか?
不安を胸に、邪神の元に転移して行きます。