第98話 総攻撃
あたし達は王都から離れた雑木林の、さらに先にある草原にいます。
雑木林では王都からの距離が近くて、もっと離れた草原に来ました。王都から20kmぐらい手前の場所です。これぐらい離れていたら、大規模破壊魔法を使っても平気です。ただし、時間を節約するために、ミミエルが転移魔法を使ったので、彼女はフルパワーで戦えませんけどね。
あたしは人間の姿に、ムート君はバハムートになっております。ラビエルは例の大きなウサギの姿です。
この姿をあたしは、どこかで見た事があります。
あるはずなんです。
でも、どこでだったのか、思い出せません。
……今はそんな事を考えている場合じゃないか。
などと取り留めも無い事を考えてると、どんどんショゴスの気配が近付いてます。とんでもなく巨大な魔力で、圧し潰されてしまいそうです。ただ以前感じたより、邪悪な感じがしない。どういう事でしょうか?
「ショゴスの感じが、前と違うのはナゼ?」
「これはアレだな、ショゴスが自分の意志じゃなくて、操られているからだろう」
と、ラビエルが解説してくれた。なるほど、そうか。
「さて、これからどう戦おうかミミエル? 全員の魔力を合わせても、今のショゴスには敵わないよ」
バハムートが、背中に乗ってるミミエルに尋ねました。
「う~~~~~~ん……、今のショゴスなら、攻撃されてもキレたりしないだろうから、思い切りやっちゃおう。で、ポチャリーヌが戻って来てから総攻撃ね」
「やっちゃうって、何をやるの?」
「先輩とナナミィでダブルアタックよ。そしてバハムートは後方支援ね」
と言って、あたしとラビエルをグイグイ押した。
「ちょ……ちょっと待って、バハムートが後方ってどういうコト?」
「そうだよ、二人だけじゃ攻撃力が足りないよ?」
あたしとバハムートは、ミミエルに抗議した。
「大丈夫よ! 二人の愛の力があれば!」
「おお! そうであるな!」
「イヤイヤ、なにそんなフワっとした理由で戦わせようとするの?」
そしてラビエルは賛成すんな。ニヤニヤすんな。
バハムートが、ハァ~~っとため息をついて、大きな顔をミミエルとラビエルに近づけた。
「二人共、もうちょっと真面目に」
「「……ハイ……すみません……」」
「さて、すでにショゴスの姿が見えているわけだが、取り敢えずフルパワーで攻撃して、奴の魔力を削るぞ!」
「「「おお~~!」」」
あたしとバハムートとミミエルで気勢を上げた。
「ナナミィは先輩のサポートよ。あなたの魔力を先輩の体に流してあげて」
「わ……わかった」
あたしはラビエルの腕を掴んで、魔力を流す準備をした。でも、ちょっと考えて腕から手を離して、後ろから両手で抱き付くようにしました。これなら体をより密着出来ますね。
あれ? この姿のラビエルって、結構たくましいじゃない。いつもはフワモコのウサギなのに。……やだ、ちょっとドキドキしてきた。
「な……七美?」
「ほら、ちゃんと前を見て。あたしも恥ずかしいんだから……」
後ろからはバハムートの視線を感じるのよね。ドラゴンの姿だからなのか、かなりのプレッシャーだよ。人間の姿の時とは大違いだ。
「うう……、うらやましい……」
言ってる事は、いつものムート君と変わらないのはご愛嬌。
「よ~~し!いくぞぉ!」
ラビエルが気合いを入れました。
あたしもお腹の魔力を練って、どんどん高めて行きます。
もう少しでフルパワーだ。
ラビエルの魔力は凄い。こんなに近くにいると、弾かれそうになります。だから一生懸命にしがみついてます。
「もう行けるよ」
「よし、我が輩が合図したら魔力を流すのだ」
ラビエルは右手を前に差し出して手の平を開いた。そして少し離れた場所に光の玉が現れた。それが直径50cmぐらいあるけど、これで魔力値が1万を超えてるんだ。あたしの魔力弾なんて5cmぐらいなのにね。
「今だ! 我が輩に魔力を流すのだ!」
「よっしゃ!」
あたしはズドンと魔力をラビエルに叩き込んだ。
その瞬間、ラビエルの魔力弾の大きさが倍になった。
「さすが七美だな! 魔力弾発射なのだ!」
1mぐらいになった魔力弾が、ショゴスに向かって一直線に飛んで行きました。操られたショゴスは、避ける事も出来ずに直撃!
魔力弾が体に食い込むやいなや大爆発!
ショゴスの体は半分近く吹き飛んで、地面に墜落しました。
ドズゥゥ~~ン!
40mもある巨体が落ちたのだ。地面が陥没し亀裂が入り、土ぼこりが舞い上がった。しかも、ショゴスの破片が飛び散った。
肉片が落ちた地面からは煙が出てるけど、これって土が腐食してるのかな?
まさか、血液や体液が猛毒なの?
邪神は環境破壊がとんでもないぞ。
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「いやまあ……ワシも世界中を訪れてるもんだて、ここの伯爵とも知り合いなんだわ」
イチモクレンは、不思議そうな顔をしているリリエルに、何とか矛盾が出ないように説明をしていた。
「ああ、そうなんですか。さすがイチモクレンさん、お顔が広いですぅ」
「まあね」
チョロイと思うイチモクレンであった。
などと呑気にやっていた時、ショゴスのリンクが一瞬途絶えかけた。
(なぁっ? ヤバイがね、ショゴスの奴が攻撃されたんか?)
イチモクレンは慌てて、リンクを辿って現状を確認した。
(うわ。ショゴスが地面に落とされてまったがね。どんな攻撃をしたん? 早く飛び立たせなきゃ。いや、それよりダメージの回復が先か、酷くやられてるで……)
イチモクレンはショゴスに、体の再生を命じた。
「おや? どうしたのです? ケーキは食べないのですか?」
「へ?」
ショゴスに注意を向けた時に、リリエルから話し掛けられたので、集中が途切れてしまった。
「これは美味しいのですよ。どこで売っているケーキなのですか? ぜひ買って帰って、みんなにも食べてもらいたいですぅ」
「それは……どこかな……後で執事君に、聞いたってや」
ショゴスの操作に集中しようにも、リリエルの相手もしなければならず、イチモクレンは慌てていた。
操作の手を離れたショゴスは待機状態であり、コマンド入力待ちの状態だった。
このままではいつまで経っても、ショゴスは動かせないのだ。つまりショゴスは、攻撃され放題。
(このまま攻撃され続けたら、ショゴスの奴の防衛本能が発動してまうがね。そしたら、コッチのコントロールをはね除けて、無差別に周りを攻撃してまうがね。ちょっとそれはまずいな……。姉御に怒られてまうわ)
イチモクレンは目でリリエルを見つつ、考えを巡らせていた。
「むむ、イチモクレンさんは、何か上の空のようですね?」
「へ?」
気が付くと、リリエルが頬を膨らませて、むっとした顔をしていた。
「空の上に行っちゃったのですか? あまりに高くて私が見えないですかぁ?」
「なに言ってんの???」
訳の分からない事を言うリリエルに、イラっとしてきた。
(あかん……、なんか色々面倒くさくなってきた……)
ショゴスや伯爵の事も、みんな投げ出したくなってきたイチモクレンだった。
「ハッ! そうです、こんな事をしている場合じゃないのですぅ! 早く見付けなくちゃ。あ、ケーキ美味しかったのです。ありがとうございますです。じゃあ私は急ぐので、さらばですぅ!」
などと一気に捲し立てて、リリエルは部屋を出て行った。
「あのおちびちゃん、結局ケーキの事を聞かないで行ってまったがね……」
呆れるイチモクレンだった。
ラスランド伯爵は、目の前でニコニコ笑っている、獣人の少女の扱いに困っていた。
ショゴスの事を知っているような口振りなのだが、他国の者とは言え、侯爵令嬢を拘束して尋問など出来ないので、ここは誤摩化すしかないのである。
「それよりどうかな、この街を観光してみては。王都ほどでは無いが、ここも見所は多いよ」
当たり障りの無い話題を振ってみた。
「そうですわねぇ……、せっかく来たのだから、少し観光してみますわ。それから王都の方にも。実は私のお友達が先に行っていまして、後から合流しますのよ」
「え? それはやめておいた方が……」
そこまで言って、伯爵は慌てて口を閉じた。王都に邪神が向かっている事を知らないはずの自分が、王都に行くのを止めるのは不自然であり、邪神を知っていると白状したも同然だからである。
しかし、それを聞き逃すほど、ポチャリーヌは甘くなかった。
「おや? 王都に行ってはダメでしょうか?」
「いや、ホラ……、大都市にお嬢さん達だけで出歩くのは危ないだろう……」
「まあ。イズモ王国の国王トクダ様のお膝元の王都ムサシノは、たいへん治安が良いと聞いてますわよ。それとも、何か別の危険がおありなのでしょうか?」
ポチャリーヌはかまをかけてみた。
その時、ポチャリーヌのブレスレットが振動して、着信を知らせた。彼女は頭に付けたリボンを直すフリをしながら、ブレスレットを耳のそばに持って来た。
(どうだ、見付かったか?)
(ダメですぅ、そんな人は居ないですぅ……)
(そうか、では妾はここを出るから、屋敷の外で合流だ)
そう言うとポチャリーヌは、通信を切った。
「いくら治安が良いと言っても、貴族の娘が護衛も付けないのは心配なのだよ」
伯爵はなんとか、ポチャリーヌの王都行きを阻止したかった。
「そうですわねぇ……、私も侯爵令嬢の身、浅慮な行動は慎まなくてはなりません。今回は諦めて、きちんと護衛を伴って再訪したいと思います……」
「そうかね、それがいい」
伯爵はほっとした。なかなか聞き分けが良いじゃないかと思い、ポチャリーヌが帰るのを見送った。こんな所に、他国の侯爵令嬢がいる不自然さに気付かぬまま。
(ようやっと魔王が帰ってくれたがね。使徒のおちびちゃんも行ったか。こんな所に来たという事は、伯爵の計画がバレたんじゃなかろか? ワシの存在も知られたし、伯爵に知らせて計画を中止した方がええと言っとこまいか)
結界の張って有る部屋で、イチモクレンが考えていた。
(いやまてよ、このままじゃ他の連中が攻めて来たら、ワシがヤバイがね。グズグズせんと、さっさとトンズラしよ。ショゴスの奴を解放すれば、勝手に暴れて王都がぶっこわれるから、伯爵の依頼達成できるでよ。ま、国が滅ぶかもしれんが……)
イチモクレンは窓を開けて、静かに出て行った。
その直後、ショゴスを支配していた服従の魔法が解除された。
解放されたショゴスから溢れ出るどす黒い魔力は、かなり離れた場所に居るイチモクレンでも感じる事が出来た。
「ドラ嬢ちゃんもラビエルはんも、死なんとってや~~」
そして姿と気配が、徐々に消えて行った。
ラスランド伯爵邸から出て来たポチャリーヌは、しばらく表通りを歩いてから、素早く路地に入った。
石造りの建物の間を抜けて裏道に出ると、認識妨害魔法を使って姿を消した。
「いいぞ」と言うと、魔法のフィールド内にリリエルが転移して来た。
「ただいまですぅ。ショゴスを操ってる人は見付からなかったです……」
「そんな馬鹿な、あの屋敷に居るはずだ。ちょうど屋敷内の魔力の様子を記録してあるので、それを調べてみよう」
ポチャリーヌはブレスレットから、屋敷の平面図を呼び出した。これはあらかじめ、入手していた物である。それをあれこれ調べてから彼女は言った。
「む。ここに不自然な魔力の空白部分があるぞ。魔力探知を妨害する結界があるんだな。この中に術者が隠れていたんだろうて」
「どれどれ。え~~っと、ここは私がイチモクレンさんと会ってた部屋ですね」
「待て。誰だそいつは?」
「ケーキをくれた、良い魔物さんですぅ」
「そいつだぁ!! クソ、結界内に隠れていたのか、不覚だったわ!」
「ええっ? そうなんですかぁ? でも、良い魔物さんですよ?」
「何者だそいつは……」
ポチャリーヌは、ブレスレットの魔獣図鑑で調べてみた。
【イチモクレン】
該当無し
もしかして:モクモクレン
「思いっきり怪しいじゃないか! 屋敷に引き返すぞ!」
認識妨害魔法を解除して、引き返そうとしたポチャリーヌのブレスレットに、着信があった。
「ポチャリーヌ早く来て! ショゴスの攻撃を受けてるのよ! 私達だけじゃ手に負えないわ!」
それはミミエルからだった。
イチモクレンの支配を離れたショゴスが、自分の意思で王都に進撃を始めたのだ。