第97話 遭遇
ここはラスランド伯爵の屋敷。
その玄関前に、ポチャリーヌとリリエルが転移して来た。
「直接中に出なくてよかったのですか?」
リリエルが不思議そうに尋ねた。
「いきなり使徒と一緒に伯爵の前に行ったら、警戒させてしまうだろう? だから玄関から訪問するのだ。邪神を操っている奴を、探さねばならないからな」
そう言うとポチャリーヌは、自らの収納空間からリュックを取り出した。そしてリリエルの前に置いて、フタを開けた。
「お主は姿を見せない方がいいな。ホラ、この中に入っておれ」
「わ~~い、リュックですぅ~~」
リリエルは喜んでリュックに入った。
「あっ、ここから外が見えるですぅ」
「そうであろう、このリュックはリリエルの為に作った物だからな」
「わ~~い、ありがとうですぅ」
「喜ぶのはいいが、今日は静かにしておれ」
「ハイですぅ」
いつまで静かに出来るのか心配しながら、ポチャリーヌは館に入った。
「伯爵、ショゴスが王都に向かっていると報告が来ています」
ラスランド伯爵の部下の一人が報告した。
「おおそうか、計画は順調に進んでいるな。これもイチモクレン殿のおかげだ」
伯爵は、部屋の隅に浮かんでいるイチモクレンに声を掛けた。
「単純な命令で動かしてるだけだで、そんな大した事あらせんよ」
「いやいや、こんなに離れた場所から操れるなど、凄い事です」
一緒にいるテイマーが感心して言った。彼は面ダコのジャイロのテイマーである。
「それは『影』を中継してるから可能なんだわ。ちなみに『影』とは、わしの分身体のひとつだがね」
「まあ何にせよ、これで王家はお終いだな」
「これからは伯爵の時代ですね」
などと皮算用している伯爵達を見ながら、イチモクレンは(そんなに上手く行きますかいな……)なんて考えていた。
一同が浮かれていると、ドアをノックする音がした。
「伯爵様、お客様がみえています」
それは執事長だった。
「客だと? そんな予定は無かったはずだ。誰だ?」
伯爵は不機嫌に答えた。
「リュウテリア公国のアリエンティ侯爵家の三女ポチャリーヌ様とおっしゃる方です。ここにお通ししますか?」
「待て、ここはまずい、上の客間の方に通せ」
「ハイ」
「……侯爵家の娘が何の用だ?」
そう言うと伯爵は部屋を出て、執事長と一緒に客間に向かった。
「へぇ、外国の貴族のお嬢さんですか? どら、どんなお顔で……」
イチモクレンは部屋の中から玄関の方を透視してみた。この部屋には二重の結界が施してあるが、彼の能力ならば、結界を通して離れた場所の映像が見れるのだ。
玄関の前には、執事と話をしている小さな女の子が居た。
その姿を見たイチモクレンは驚愕した。
「なっ!!」(ありゃあ魔王じゃないかね! なんでこんな所におるん? ああそうか、ショゴス討伐に来てたんだったな)
イチモクレンは思わず声に出しかけたが、すんでの所で声を押し止めた。
(いやそれより、伯爵が黒幕だって気付いたんか? なら伯爵が直接会うのはまずいんじゃないかね……)
「っていうか、さっき出て行ったばっかじゃないか!」
「うわっ、なんですかイチモクレン様?」
イチモクレンが突然騒いだので、ビックリする伯爵の部下達。
「独り言なんで、気にせんといて」
「はあ……」
(まあ、ここは二重の結界に守られてるんで、わしの事はばれやしないやろ)
イチモクレンは、楽観的な事を考えるのだった。
「リュウテリアとは、かなり遠い所から来たようだが、ここには観光かね?」
ラスランド伯爵は、目の前に座るポチャリーヌに尋ねた。
貴族の娘と言えど、こんな年端も行かない少女に伯爵家当主が相手をしているのは、ポチャリーヌが格上の侯爵家の者だからである。
「ええ、ここには珍しいモノがあるらしいので。それにぜひ伯爵様のお話も伺いたいものですわ」
床に降ろしたリュックがプルプル震えているので、ポチャリーヌが足で小突いた。リュックの中でリリエルが、吹き出しそうになっていたようだ。ポチャリーヌのお嬢様口調は、リリエルの笑いのツボなのだ。
「珍しいモノ?」
「なんでもこの国には、変わった魔物が居るとか。それは大きなヒトデみたいな姿をしているそうな……」
その話を聞いて伯爵はドキっとした。
(まさかショゴスの事を知っているのか?)
「ほう、そんな魔物が我が国に居るのかな? 聞いた事はないがね」
と言って伯爵は、ハハハと笑った。
「そうですか、わざわざ来ましたのに、残念ですわ……」
さも残念そうにガッカリするポチャリーヌ。しかし目は周りの様子を伺っていた。
(今だリリエル。伯爵の注意が妾に集中している隙に移動だ)
(ハイですぅ)
ガッカリした感じで手を口元に持って来て、ブレスレットでリリエルにこっそりと指示をしたのだった。リリエルはリュックから顔を出すと、ぱっと転移した。
そして廊下に出ると、ささっと走って行った。
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ポチャリーヌに言われるままに、王都の手前に転移して来ました。ここがイズモ王国の王都ムサシノ。実際に目にすると、かなり大きな都市です。とは言え、東京と比べたら、ずっと小さいのですがね。
さっきの街から遠く離れているのか、ショゴスの気配はまだ感じません。
「ショゴスを迎撃するのは、もう少し離れた雑木林の上がいいだろう。全員すみやかに移動だ。フワエル様は万一の時の為に、王都の防衛を頼みます」
ラビエルがテキパキと指示を出していた。
「そう言えば、ここの王様に知らせないでいいの? 王都が襲われるんでしょ。フワエル様に伝言を頼めばいいんじゃないの?」
あたしが提案してみた。
「おお、さすが七美だ。では国王に今の状況を知らせてもらえますか?」
「ええ、いいのですよ」
フワエル様はそう言うと、ふわりと転移して行きました。
誰も何も言わないけど、フワエル様に伝言を頼んだのは、彼女を戦いから遠ざけるためです。なにせフワエル様には、レオンという彼氏がいますからね。
「今ショゴスの魔力値を測定したら、27000になってるわね」
などと事も無げに言うミミエル。
「ふ……ふふん、我らが何とかしてみせようぞ……」
「後ろの王都にはフワエル様もいる事だし、こりゃあ負けられないよね」
あたしはラビエルの頭をパシンと叩いた。
覚悟が決まったからだろうか、不思議に恐くは無かった。
それともラビエルやムート君やポチャリーヌと一緒だからかな?
「ナナミィと先輩とムートは、今の内に元の姿に変身していて。もう見えて来る頃よ」と、ミミエル。
「あんたは元の姿に戻らないの?」
あたしはミミエルに聞いてみた。この子は魔神だったそうなので、強いんじゃないの?
「私が昔の姿に戻っても、バハムートより弱いからね。私は指揮に専念するわよ」
「……ふ~~ん」
まあ、ラビエルとケンカして泣いてるぐらいだし、戦闘に参加しない方がいいのでしょう。
「さあ、そんな事より、早くしないとすぐ来るわよ」
「そうね。じゃあ、魔法少女に変身よ!」
バシッとポーズを取るあたし。
「七美は何を言っているのだ……?」
呆れるラビエル。
「うるさいなあ、気合いよ気合い」
そう言ってあたしは、ブレスレットからワンピースを取り出したのでした。
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リリエルは、ラスランド伯爵の屋敷の天井裏に居た。
「フフフ、こういうのは私の得意技なのです。ショゴスを操っていた奴を探すのですぅ!」
彼女は天井から廊下に飛び降りると、テテテと走って行った。
「あ~~……ショゴスの奴め、魔力を溜め込み過ぎてコントロールし辛いがね」
イチモクレンはぶつくさ言いながら、邪神を操っていた。
(姉御は取り敢えず王都まで送れば、後は何とかするって言うとったけど、大丈夫なんかな?)
「あ、このチョコレートケーキを、あと10個もらえんかね?」
イチモクレンは、部屋のすみに居る執事にケーキのおかわりを注文していた。
「は、はい」
執事は部屋を出て、厨房に向かって行った。
今この部屋には、イチモクレンと執事だけになっていた。ショゴスのコントロールの為に集中が必要と言う理由で、他の者達を追い出したのだ。むろん、いざという時には、こっそりと逃げ出せるようにという理由もあるのだが。
「あかん疲れた、ちょっとオートで操作しとこ」
魔物を操るには、それ相応の魔力と集中力が必要になるのだ。とは言え、ずっと集中している訳にはいかないので、単純な命令だけ与えて魔物を操作する方法があるのである。
「ここらで甘い物を補給しないと、やってられせんがね」
「ここには怪しいヒトは居ませんね~~。まあ、誰が怪しいのか、分かりませんのですけどね~~」
などと言いつつリリエルは、屋敷の中をウロウロしていた。
「怪しいより、何か術を使ってるヒトを探した方がいいのです。私って頭いいのですぅ~~~」
リリエルは楽しそうに、ピョンピョン飛び跳ねた。
「ああ、ダメです、真面目にやらなきゃ。ここはチェック完了なので、次の部屋なのですぅ」
そう言うとドアを少し開けて、廊下に誰も居ないのを確認した後、テテテと走って行った。
「ハッ! 誰か居るですぅ!」
リリエルはブレスレットから、廊下の壁と同じ色の布を出し、自分の前に広げて姿を隠した。
廊下を歩いて来たのは、伯爵の執事だった。手にはイチモクレンが頼んだケーキを持っていた。
「このお屋敷の執事さんですね、怪しくは無いです」
リリエルはそっと移動しようとした。
「……あれ? この甘い匂いは?」
彼女は鼻をくんくんさせて、執事の後ろをフラフラ付いて行った。
「イチモクレン様、ケーキお持ちいたしました」
執事はテーブルの上に、10個のチョコレートケーキをドンと置いた。それはイズモ王国でも、一二を争う名店のケーキであった。これだけで銀貨2枚、日本円では2万円ほどである。
「おお、待っとったがね。これで糖分を補給して、頭をスッキリさせんとね」
と言って、細い手でケーキを掴んで口に放り込んだ。
「やっぱり高いケーキは違うね~」
「な、なんですかぁ? 凄く美味しそうな匂いですぅ」
テーブルの下から声がした。イチモクレンがのぞくと、リスが居た。
そのリスが、ケーキをじ~っと見詰めていたのだ。
「……おや? このリスは……?」
「あっ! あなたは……、え~~と……イチモクレンさんだ! おひさですぅ」
リリエルはニッコリ微笑んで、イチモクレンを見上げていた。
(ちょっと待て、こいつは使徒のリリエルだがね。何でここに居るん? 結界があるはずじゃないんか? ……そうだった、今の結界は気配を隠せるけど、出入りは自由に出来るんだった……)
イチモクレンは、ばれたんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたが、動揺を顔に出さないようにした。
「あんたは確か使徒のリリエルはんじゃないかね。お嬢ちゃんもチョコレートケーキを食べるかね?」(こいつならケーキをやれば、誤摩化せるやろ)
イチモクレンは、ケーキの皿をリリエルの前に差し出した。
「わ~~~い。ありがとうですぅ」
リリエルはケーキをもらうと、喜んで食べ始めた。
「おや? あの執事さんは、疲れて眠ちゃったのですね?」
彼女は部屋のすみの椅子に座って、居眠りしている執事に気付いた。この執事はイチモクレンによって、余計な事をしないように、眠らされたのだった。
「まあ彼も魔物の相手をせにゃならんので、気疲れしたんだわ」
「は~~、そうなんですか、大変ですねぇ。それよりこのケーキ美味しいですぅ」
と言ってリリエルは、口一杯に頬張った。
「そりゃよかったがね」(クソ、このお嬢ちゃんが居たら、ショゴスの奴を操れせんがね。伯爵も魔王相手じゃ、いつまでも誤摩化しきれないかもしれせんし……。もういっそトンズラしたろか……)
イチモクレンはリリエルがケーキを食べるのを、ジト目で見ていた。ショゴスとリンクしている彼は、同時にリリエルとショゴスに対応しなければならないので、大変なのであった。王都に向かうショゴスの目を通して、空からの地上の風景を見ながら、目の前のリリエルの動きを監視しているのだ。
「え~~っと、イチモクレンさんはどうしてここに居るのですか? ここって貴族の人のおうちでしょう?」
リリエルが思い出したように尋ねた。
「え? ああ、それはなぁ……」
いきなり核心をつく質問に、イチモクレンは狼狽えた。
そのため、ショゴスがラビエル達と遭遇した場面を見落としてしまったのだ。