第96話 凄くヤバイことに
小さいショゴスは、スピード特化型なんだろうか?
フルスピードのボートでも追い付きません。
かなり陸が迫って来ています。
「あっ! 見てあそこ、港の所に奴がいるよ!」
あたしがさっそく発見しました。港のある漁村に、ショゴスが2匹とも上陸していた。放っとけば、村人が襲われてしまいます。
大変だ~~!
「ねぇ、あの小さいのを討伐してから、大きい方を対処してたら間に合わないんじゃないの?」
「むぅ……ミミエルの言う通りだな。じゃあ我が輩が先に大きい方を倒してこよう」
そう言ってラビエルが、ボートから飛び立とうとした。
「待って先輩、ナナミィも連れて行った方がいいわよ」
あたしが指名されたよ。
「え? 七美をであるか?」
「だって先輩って、ナナミィが一緒だとハリキって、とんでもないパワーを出すじゃないの」
と言う訳で、あたしもラビエルと一緒に行く事になった。それにミミエルも。
「あんたも来るの?」
「先輩達だけじゃ心配だからね……」
「まあ、こちらは妾達に任せておけ」
「頑張ってねナナミィちゃん」
「ナナミィさん、ガンバですぅ」
ポチャリーヌとムート君とリリエルちゃんが応援してくれます。
「我が輩は無視なのか?」
ラビエルがむくれてるよ。
あたしは不満げなラビエルを抱えて、魔法陣がある方向に戻って行きました。
使徒なんだから、転移を使えば楽に移動出来そうですが、けっこう魔力を使うそうで、魔力節約のためにあたしが抱えて飛んで行きます。ミミエルはあたしの腕に掴まってるよ。
魔法陣がある場所まであと1kmほどですが、実はさっきから嫌な気配がしています。むろん邪神がいるからですが、ショゴスの気配をたくさん感じます。
3匹どころじゃない、10匹はいそうな感じです。
1匹1匹はそんなに強くなさそうですが、これだけ集まるとヤバイです。
強くないと言っても、全てSランクを超える、EXランクの化け物なんですが……
見えて来ました。
でっかいショゴスがいます。
いや、でかすぎる?
さっき見た時より、倍ぐらいになってます。見間違いかな?
「何だあれは? さっきより大きくなっておるぞ」
ラビエルにも大きく見えてるって事は、本当に大きくなってるんだ!
「ちょっとあれ見て。触手で何か掴んでるわよ」
ミミエルがあたしの腕を叩きながら、前方を指差しています。
よく見たら、大ショゴスが小ショゴスを掴んでる。そして胴体の上に開いた口に押し込んでます。口なんてあったの?
「うげぇ! 食べてるっ! あれって共食いなの!?」
あたしは思わず叫びました。
周りにいる小さいショゴスを、次々に捕まえて食べてます。
「そうだ、奴らは魔獣や魔物、同族を喰らって力を付けるのだ」
「え? じゃあパワーアップしちゃうって事? それにあんなに沢山のショゴスは、どこから来たのよ?」
「例の魔法陣が稼働状態で、わいて出て来るんじゃないの?」
ミミエルが冷静に分析してるけど、それっておおごとじゃない。
食べられちゃたまらないと、小さなショゴスが逃げてる。それを大きなショゴスが、触手を伸ばして片っ端から捕まえてる。そして体の天辺の口にイン。噛まないで飲み込んでるけど、1匹食べるたびに体が大きくなってます。
もうすでに、最初に見た時より6倍以上のサイズだよ。
まるで小さな島だ、胴体だけで30mはある。でも触手の長さは変わらないので、おかしなバランスになってます。
「まずいわね、こいつの魔力値は20000もあるじゃない!」
ミミエルがブレスレットの機能を使って、魔力値を測定したようです。
「ラビエル、なんとかなりそう……かな?」
「我が輩が元の姿に戻っても、最大攻撃力は15000も無いのだぞ。一瞬で葬るには全然足りないのである」
「えぇ~~~っ! た~~~いへんだ~~!!」
大慌てのあたしは、頭を抱えて叫びました。
「落ち着きなさいナナミィ。攻撃するのに、魔力値を上回らなければならない訳じゃないのよ」
そう言ってミミエルに、鼻先を掴んで無理やり口を塞がれたよ。
「ムゥ~~~!」
さらに大きいショゴスは共食いをして、最終的には24000にまでなった。
もう品切れになったのか、新しいショゴスは現れなくなりました。
すでに大きなショゴスは40mぐらいになっていた。
「とは言え、これはまずいわね。これ以上大きくならないみたいだから、今の内にポチャリーヌ達と合流しましょ」
「うむ、陸地に向かった奴を討伐した頃合いであろう。さあ行くぞ七美」
「ムググ~~」
行くと言われても、ミミエルに鼻先を掴まれてしゃべれないんですけど~。
「あ、ごめんね」
ようやく鼻先を解放されたあたしは、ラビとミミを抱えてダッシュで飛んで行きました。遠くにリリエルちゃんの気配を感じるので、そこに向けて一直線です。
フルスピードで飛びます。
高速を出すために、翼をジェット機のように後ろに傾けて羽ばたいてます。こうすればマッハでも出せそうです。出せそうな気がします。
なぜそうまでして急いでるかと言えば、他のみんなが心配というのもありますが、今凄い勢いでショゴスに追われています。
しかも、ショゴス飛んでます。
コイツ、海の邪神じゃなかったの?
飛ぶなんて、聞いて無いよ~~~!
「ちょっとナナミィ、追い付かれちゃうわよ。もっと飛ばしなさいよ!」
「話し掛けないで。集中が途切れちゃう」
魔力の大半を飛行に回しているので、体内の魔力の流れのコントロールに集中しなくちゃいけません。ひぃ~~~~。
「あ~~ダメだぁ~~、追い付かれる~~~!」
振り返ると、もう真上にショゴスの巨体があった。
ショゴスの裏側に口は無いけど、代わりに短い触手が無数にうごめいていた。
「「「キモっっ!!」」」
あたしとラビ・ミミは思わず叫んだ。
あ。キモイと言うと、ショゴスの奴は怒るかな?
「あの触手を使って、地面を移動するんだそうだ」
ラビエルが冷静に解説してるけど、空気を読めよ。
ここは急降下で回避しなくちゃ。横にくるっと回転して、そのまま落下するように高度を下げます。
「よしっ! 今だ!」
くるりん。
これで逃げられるぞ、と思ったら、ショゴスはあたし達を通り過ぎて行った。
「あれぇ?」
呆気に取られるあたしをよそに、ショゴスは陸地に向かって飛んで行ってしまいました。あたしはもう半回転してもとの体勢に戻しました。
「助かったの?」
「ちょっと待ってよ、あっちってポチャリーヌ達が行った方じゃないの?」
そうなのだ、ポチャリーヌ達が小さい方のショゴスを追い掛けてった方向なのだ。
「は……早く連絡しなくちゃ!」
あたしは焦って、ブレスレットの通話機能を操作しました。
「あ……、あれは小さいショゴスを追ってったんじゃないの、食べる為に」
「ああ、そうか。うん? じゃあまだショゴスを討伐出来てないってコト?」
「それはまずいぞ。ムート達じゃ元の姿に戻っても敵わないぞ。急げ七美!」
と言ってラビエルが、あたしの腕をペシペシ叩いてます。
「分かってるって! 急ぐよ!」
あたしは再びフルスピードでダッシュです。
それから少しして、ポチャリーヌ達に合流しました。先ほどの港から少し内陸に入った所に、ボートに乗って空中に浮かんでいました。
みんな無事だったけど、ぼーぜんとしてたよ。
「なんかすっごいでっかいのが、食べてったですぅ……」
「おい、何であんなに大きくなってるのだ?」
どうやら小さい方の討伐を失敗した所に、あの大きなショゴスが現れて、小さい2匹を食べて行ったみたいです。
「凄いスピードで向こうに飛んで行ったよ。確かあの方角には王都があるんじゃ……」
と言ってムート君が漁村から内陸のずっと先の方を指差しました。
「なに? ちょっと調べてやる」
ポチャリーヌはブレスレットから地図を呼び出して、あれこれ調べてた。
「フムフム、なるほどそうか……。ヨシ、この先40kmぐらいの所にかなり広い草原がある、そこで先回りしてショゴスを迎え撃とう」
「と言うわけで、フワエル様をお呼びしましたですぅ」
「移動はまかせるのですよ」
リリエルちゃんがいつの間にかフワエル様を呼んでいた。ポチャリーヌといい連携してるな。
フワエル様の力で、みんな40km先まで転移しました。
そこは広々とした草原でした。
「おや、あんな所に街があるよ?」
2kmぐらいの距離に、大きな城塞都市があります。城塞都市と言っても歴史は古そうで、戦争が無くなって800年も経っているからか、城壁の大門の扉は取り払われ、壁も所々無くなっています。壁のない所からは新たな道が出来ており、城壁の外にまで街が広がっています。
「ああ、あそこはラスランド伯爵の領地だな。やはり思った通り警備隊もハンターも出て来ておらんな。それに領民を避難させてもいないようだ」
あたしの言葉に答えるように、ポチャリーヌが望遠鏡をのぞきながら、楽しそうに言った。
「そうなんだ~~……って、やばくないのそれ? 邪神が来ちゃうんだよ!」
「たぶんショゴスはこの街を素通りするぞ。それが証拠に、かなり高い位置を飛んでおるだろう?」
確かに、言われてみると高い所にショゴスの気配を感じます。
「この前言った事を覚えているか? ラスランド伯爵がショゴスを召喚しようとしていると。どうやら伯爵は王都を攻撃しようと考えておるようだな」
恐ろしい話を事も無げに言うポチャリーヌ。
「それって反逆罪じゃないの? 重罪でしょ?」
ムート君がいぶかし気に言った。
「フフン、そうなるだろうな。だがまだ攻撃はされておらんから、罪には問えないだろう。では、お主らはこのまま王都の手前に移動して、ショゴスを迎え撃ってくれ。妾とリリエルは、ラスランド伯爵の所へ行って、色々探って来よう」
「あんた達だけで大丈夫なの?」
ミミエルが心配そうに尋ねた。
「任せておけぃ!」
「ですぅ!」
リリエルちゃんの鼻息が荒いぞ。ポチャリーヌは相変わらず笑顔が恐い。そしてボートの出番はここまで。ポチャリーヌがブレスレットに仕舞っていきました。
「では皆さん、参りますのですよ~」
フワエル様の呑気な口調は調子が狂います。人選ミスじゃないのかな?
そしてあたし達は、訳も分からず転移するのでした。