第92話 帰ったり帰れなかったり
フレール村に戻ると、待っていたのはペギエル様だった。
相変わらずの渋い顔だった。
「プレシエルさんの報告を聞いて来てみれば、大変な事になってますね……」
そう言ってペギエル様は、一同を見回しました。
ミミエルどころか、ルカエルさんまで緊張してるよ。ペギエル様は、あたしに抱かれているラビエルを見て、ハァ~とため息をつかれました。
「まあ、未曾有の危機を回避出来たのは、ラビエルさんのおかげですね。そこは素直に感謝しましょう」
それを聞いて、一同ほっとしました。
「でも、アレは何ですか? 各方面から問い合わせが来て、神殿は対応に追われていますよ」
ペギエル様の視線の先には、例のキノコ雲があります。
もうすでに形が崩れて消えそうですが、まだハッキリと見えています。
「え~~……、アレは先輩がちょ~~っと力を入れ過ぎちゃって、ドカーンと……」
ミミエルの下手な説明じゃ、よく分からないよ。
「ドカ~~ン……ですか?」
「ドカ~~~ン……ですわ……」
ズイっと迫るペギエル様のジト目に睨まれて、ミミエル涙目。
「そうミミエルをいじめないでくれないか。ショゴスは普通の攻撃では、すぐに元に戻ってしまうのだ。一気に吹き飛ばさないと倒せなかったのだ」
珍しく、ポチャリーヌがミミエルを庇っていた。
「しょうがないのよ、周辺諸国の貴族連中から、地面が揺れて屋敷が壊れたとか、魔動機械の調子が悪くなったとか、牛の乳の出が悪くなったとか言って来たのよ。おかげで、カドゥエルさんが一人で対応していて大変なのです」
「カドゥエル様なら、一人で二人分働けるんじゃ……」
ミミエルがなんか言いかけたけど、ペギエル様に睨まれて黙っちゃった。っていうか、二人分ってどういう事?
それにカドゥエル様って、まだ会った事無い使徒様だよね?
「別にあなた達に文句がある訳じゃないのよ。取り敢えず確認に来ただけです。うるさく言って来る貴族連中は、私が黙らせておきますよ」
ニッコリと微笑んで言うペギエル様。……恐いっす。
魔動機械や牛に影響が出たのは、爆発で放出された魔力の所為なんでしょう。それってもう強さの次元が違うよね? あたしに抱かれているウサギがそんなに強いなんて、今だに信じられない。
こんなに可愛いのにね……
「今回は僕の出番が無かったよ……」
なんてムート君が言い出した。確かに、活躍の場がありませんでしたね。
「バハムートになれば、僕でも倒せたかも……、いや、無理か~……」
落ち込んじゃったよ、ムート君。
「しょうがないよ、あたしだって何も役に立たなかったんだから」
「でも……」
と言って、あたしとラビエルを見た。
「ラビエル様があそこまで頑張ってくれたのは、ナナミィちゃんのおかげだろうし、やっぱり君はすごいよ」
「え~~~~~? 照れるなぁ~~~」
褒められて嬉しくて、体がクネクネしちゃうよ。
「キモイぞナナミィ」
「そうね、キモイわねナナミィ」
「ナナミィさんは、相変わらずなのですぅ」
ポチャリーヌ達に酷い事言われた!
でも、強く否定出来ないのが辛いところです。
「大丈夫だぞ、七美はキモくても可愛いからな……うげげ!」
気が付いたラビエルがウザイ事言い出したので、抱いている腕に力を入れて締めてやったよ。
「……超高密度に圧縮された魔力により、高熱と衝撃波が発生し、あのキノコ雲が出来たと言う訳なのだ。ちなみに妾ならガトロニウムを使い、魔力による核反応で、同じ位の破壊力を出せるぞ」
「あぁ~……よく分かりませんが、ディアナ様にはそう報告しておきます」
向こうでは、ポチャリーヌがペギエル様相手に解説していた。
ペギエル様は、よく分からなかったみたい。あたしもさっぱり分からないけど。
「高熱が発生したのに、あなた達はよく無事だったですね?」
「高熱と言っても700度ほどだったし、離れていたので平気だ。ちなみに妾のやり方なら、1万度の熱が発生するがな」
「それはお止めなさい」
さすがにペギエル様も止めた。
「そうそう、ガトロニウムとは、ナナミィの居た世界ではプルトニウムと呼ばれる物質だな。心配せずとも、妾の力をもってしても作れぬわ」
なんてポチャリーヌは言うけど、この子なら作ってしまいそうで心配です。
「ルカエル様、ただいま帰りました~~~! あら? ペギエル様も今日は~~」
避難していたプレシエル様達が戻って来ました。
彼女はペギエル様にペコリと挨拶した後、そのままルカエルさんの元に飛んで行き、抱き付いていました。
「ああ、プレシエル様は平常運転ですね」
「なんですかそれは?」
あたしの気の抜けた言葉に、ペギエル様が呆れていました。
「ナナミィ~~、よかったぁ~~、無事だったのね~~」
呼ばれて声のする方を見ると、リップが急いでやって来ました。あたしはしゃがんで、リップをハグしました。リップの隣にいたパンジーもついでにハグ。
よく見たら、シードラゴンのお世話係の人間の女性が、二人しかいなかった。それはツバキさんとアヤメさんで、サクラさんの姿が見えません。
「あれ? サクラさんは帰って来なかったの?」
「サクラ様は今回の件を、領主様に報告に行かれました」
と、ツバキさんが教えてくれました。
「ああ、それはご苦労様ですね」
とペギエル様が、ねぎらっておられました。
お昼過ぎにプレシエル様に連れられて、サクラさんが帰って来ました。
村が無事なのと、あたし達が全員揃っていたのを見て、ホッとしていたよ。
「これはこれは、使徒筆頭のペギエル様までお出で下さるとは」
そう言って、ペギエル様の前で跪きました。
「他の使徒様がいらっしゃるという事は、邪神は討伐された訳ですね?」
「そうですよ。私はその確認の為に来ただけです。ここの領主といえば……イズモ王国のラスランドさんでしたね?」
「はい、ご存知でしたか。先ほど領主様に邪神の事を、報告してまいりました」
「ちなみに、どのレベルまで報告しましたか?」
ペギエル様の眼が、キラリと光った。
「ええと……、邪神が海底の魔法陣から呼び出され、何者かに操られて村に向かって来た。そして使徒様達が討伐に向かわれた……、というところですね。領主様は、魔法陣を調査すると言っておられましたが」
それを聞いたペギエル様が眼を閉じて、少し考えておられました。
「まあ……いいでしょう。あんな深い所を調べられる訳ありませんしね」
「?」
調べたら何かまずい事でもあるのだろうか。
「魔法陣を悪用する可能性があるからじゃないの?」
あたしがペギエル様の言う意味を理解出来ないでいると、ミミエルがそっと教えてくれました。
「まあ、人間なんかが手出し出来る場所じゃないし、もし悪用なんかしたら死罪だしね」
「そんなに恐い事に?」
「当たり前でしょう、世界の命運を左右する程の事だからね!」
「確かに」
「それに、ショゴスを召喚した者も分からないしね、この事件はまだ終わってないのよ。あんたも気を抜いちゃダメよ」
「た……確かに」
「さてと、一通り話も聞いたし、私はこれで帰りますね。ラビエルさん達も、すぐに空中神殿に戻って来なさい」
と言ってペギエル様は、ラビエルをチラっと見ました。ラビエルといえば、リリエルちゃん共々、まだ本調子じゃありません。
「……しょうがないですね、魔力が回復してからでかまいませんよ」
そう言い残すと、パッと転移して行かれました。
「で、魔力はどこまで回復してるのだ?」
ポチャリーヌがラビエルとリリエルちゃんに尋ねた。
「我が輩はまだ、3分の1といった所だ……」
「私はあと半分ぐらいですぅ」
「……うん、まだダメと言う訳だな。こりゃあ、まだまだ帰れそうにないな」
「え? ミミエルやルカエルさんがいるじゃないの。それにプレシエル様も。使徒3人の力があれば、ドラゴニアまで帰れるんでしょ?」
とあたしが反論すると、ポチャリーヌが頭を振って困った顔をした。
「ルカエル様とプレシエル様は一緒に行かないぞ」
「そうよ! 私だけじゃ無理だからね!」
ミミエルが自慢げに言うけど、そこは自慢げにするとこじゃない。
「まだ帰れないか……、ま・いっか、リップやパンジー達とイチャイチャしてよ」
あたしのちょっとおかしな発言はスルーされましたが、みんなで待つ事になりました。ムート君は、ラビエルとリリエルちゃんのお世話をしています。
ポチャリーヌはミミエルと一緒に、ショゴスが完全に死んだのかを確認に行くそうです。
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フレール村のある領地の主、ラスランド伯爵は執務室にて部下に指示を出していた。
「魔法陣のある海底まで行ける魔物はいるのか?」
彼の問い掛けに、壁際に並んだ部下の一人が答えた。
「それは大丈夫でございます。私の従魔の一匹に、深海でも活動出来る魔物がおります。そ奴を使えば、例の魔法陣を調べて来るのは容易いでしょう」
「よし、ではさっそく現場に向かわせよ。分かってるだろうが、他の領主や国王に知られる訳にはいかん。むろん、使徒様にもだ」
「心得ております」
そう言って部下の一人は退室していった。
「トリエステでは数百年に渡り、軍隊を持つ事は女神により禁止されていたが、魔物を使役してはいけない法は無かったからな」
ラスランド伯爵は野心家であった。
彼は国王を追い落として、自らが王位につこうと考えていた。
女神ディアナの世になり軍隊が廃止されてからは、国と国との争いや領主の反乱などの戦乱は無くなり、平和な世が800年も続いたのだった。
それでも権力の座を求める者はたびたび現れ、この伯爵も王の座を欲したのだ。
しかし軍隊を持つ事を禁止されている以上、それに代わる戦力が必要なのだが、警備隊しか持たない伯爵には、王位簒奪は不可能であった。
先ほどのサクラの報告を聞くまでは。
まさしく天啓だった。
軍隊が無ければ邪神を使えばいい。
報告によれば、邪神は使役する事が可能だという事だ。
「我が部下なら、必ずや成功することだろう」
「そうでございます。我ら一同、伯爵様の期待に応えられるよう、身命を賭す所存で御座います」
伯爵に答えるのは、右腕とも言うべき家令のキザルだ。
「ふむ、頼もしいのう」
伯爵はそう言うと、楽し気に笑うのであった。