第90話 邪神ショゴス
深海に広がるどす黒い魔力。
1000mもの距離があるのに、凄いプレッシャーを感じます。並みの人間なら、とっくに気絶してる程のパワーですよ。
ズゴゴゴゴ……って、音が聞こえるようです。
『魔法陣から、クラゲかヒトデのような魔物が出て来ましたぞ。かなり大きくて、胴体部分には沢山の目らしき物が付いておりますな』
「ジャイロさんがまだ説明してくれてるけど、逃げなくて大丈夫なの?」
あたしは心で話し掛けてみた。
『大丈夫だ、結界を張って見えなくしているからな』
大丈夫なようだ。
でも、ショゴスの魔力に変化を感じるんだけど……
「おや? ショゴスの魔力が増えているぞ」
「むう……、確かに魔力が増大しておるな……」
ポチャリーヌも気が付いたようだ。ラビエルもブレスレットを見て魔力の数値を確認してます。ブレスレットには、魔物の力を測定する機能があるんだ。あたしの持っている物には付いてないけどね。
「魔力レベルが16000だと! さっきより1000も上がっているじゃないか」
一万六千って聞き間違いじゃないよね? とんでもない数字なんだけど?
「そうか、クラーケンから魔力を吸収したんだな!」
『砂埃がおさまってクラーケンが見えて来たが、なんだか体が小さくなってるみたいだな……。魔力を奪われたと言っていたが、死にそうになっておるぞ』
「え~~? 魔力って無くなると、体がしぼむの? なにそれ恐い~~!」
そう言ってあたしは、ポチャリーヌにしがみつきました。
「落ち着けナナミィ。たぶん奴は魔力だけじゃなく、生体エネルギーも吸い取っておるのだろうて……」
「いや、それでも充分恐いよ!」
ポチャリーヌは、しがみつくあたしを引き離そうと、片手であたしの顔をグイグイ押してるけど、かまわず抱き付きます。
魔力が一万以上もあると、リップ達シードラゴンでも分かるそうです。
その巨大魔力の元、ショゴスが西に向かって移動をしています。それに浮き上がって来てる。
「ねえ、西に移動してるけど、これってアヤカシ様が行った方向だよね?」
あたしには嫌な予感がします。アヤカシ様の魔力に惹かれてるのかも?
「七美の言う通りだ。ショゴスの奴はアヤカシ様を狙っておるのだ!」
ラビエルも慌てていた。
「ねえ、ショゴスを召喚させた奴は、これが狙いだったのかしら? 下等な邪神と言っても、パワーが強くなり過ぎたら使役出来ないだろうし、暴走しちゃうんじゃないの? そうして魔物の魔力を奪い続けて、誰も倒せなくなり世界が滅亡しちゃうんじゃ……」
ミミエルが恐い事を言い出した! それにもっと恐いのは……
「ショゴスが、もう10mぐらいの深さまで来てるよ。どうすんの?」
あたしはミミエルに尋ねた。
「そうねえ……、取り敢えず私達で倒すしかないわね……」
「ちょっと待て、なぜ我が輩じゃなくて、ミミエルに尋ねるのだ?」
「え? だってあんたじゃ頼り無さそうだし……」
「何を言う、我が輩が本気を出せば」
「おい! そんな事を言ってる場合じゃ無いぞ。奴が出て来たぞ!」
ポチャリーヌに言われて海面を見れば、300mぐらい離れた場所に、黒い影が現れました。海中から出て来たそれは、赤いような黒いような固まりでした。たくさんの目が付いてるけど、目玉じゃなくて、昆虫の複眼のような眼です。海面から触手がうねうねと出ているけど、ヒトデのような形だそうだから、体の周りに放射状に付いてるのでしょう。
それにしても、恐ろしく邪悪な魔力を感じます。
こんなん倒せるの?
ショゴスはどういう訳か、その場を動かなかった。
みんな、すぐに攻撃出来るように、魔力を集中しています。
「奴め、あそこで何をしておる? アヤカシの方には行かぬのか?」
ポチャリーヌが忌々し気に言うけど、別にアヤカシ様の方に行かなくてもいいじゃない。あたし達の方にも襲って来ないようだし、ひとまず安心かな?
なんて油断してたら、ショゴスが動き出しました。
一瞬ビクっとなって、慌てたように泳ぎ出した。しかも、アヤカシ様でもあたし達でもなくて、陸地に向かって移動しています。
大きな魔力に反応しないで、何で陸の方に行くの? あっちには大きな魔力を持った魔物とかはいないよ?
いやもしかして、操られているのかな? だとしたらヤバイんじゃないの。
「あっちは村の方向だよ。このままじゃ私達の村が危ないよ~~!」
と言うパンジーの言葉に、あたし達はハッとしました。
そうだ、ショゴスの向かう先には、シードラゴンの暮らすフレール村があります。
「は……早く村の皆に知らせないと」
「そうだね、じゃあ村に戻るよ」
そうルカエルさんが言うと、パッと景色が変わって、村の港に着きました。
「リップとパンジーは、村のシードラゴン達と一緒に避難するんだ。プレシエルが大陸の方に連れて行ってくれ。ボクは討伐隊の皆と対策を考えるから」
ルカエルさんがテキパキと指示をされます。普段のゆるい感じとは大違いで、キリッとしてますよ。
そこに村でシードラゴンの世話をしている、人間のサクラさんがやって来ました。
「おや? 皆様もうお戻りで?」
「ああ、実は……」
今までの事をサクラさん達に説明しました。邪神の事はよく分からなかったようですが、大変な事態なのは理解出来たようです。
「分かりました。今すぐに皆を呼んで来ます」
サクラさんは慌てて走って行きました。
「では、ボクらは対策を考えようか。ショゴスがここに着くまで、だいたい20分ぐらいだね。作戦を考えるのは5分ほどしか無いか。誰か意見は?」
「奴を結界で封じている内に攻撃すればよいのではないか?」
ポチャリーヌが手を上げて言った。
「魔力が16000もある相手を、押さえておけるの?」
「ミミエルの言う事ももっともだ。一瞬でも動きを止めれば、攻撃は当たり易くなるだろう。結界妾とリリエルで張ろう」
「それ採用だね。で、攻撃は……」
そこまで言ってルカエルさんは、ラビエルを見ました。他のみんなもラビエルに注目した。
「君に頼めるかな?」
「う……しょうがないのである、我が輩がやってみよう……」
マジで? ラビエルで大丈夫なの? そしてなぜ、あたしの方を見てるの?
「じゃあ行ってみようか」
あたし達はルカエルさんに付いて、港まで戻りました。途中、プレシエル様がシードラゴンと人間を連れて、広場に集まっていました。
港でボートに乗り込んだあたし達は、ボートごと転移しました。
そして、再びショゴスの前にやって来ました。
海面をゆっくりと移動していたので、そんなに慌てる必要も無かったかな?
でも、これを倒せなかったら、世界が大変な事になるので、呑気にしてられませんよ。
「よし、行くぞリリエル!」
「はいですぅ!」
ポチャリーヌとリリエルちゃんが、勢い良く飛び出して行きました。
あたしは「頑張れ~~」と、心の中で応援した。さすがにここで大きな声を出すほど、迂闊じゃありませんからね。
とは言え、リリエルちゃんが恐ろしい邪神に近付くのを見てるのは心臓に悪い。
早くやっつけなきゃね。
「くらえ!」
ポチャリーヌがショゴスを攻撃しました。魔力弾が胴体に命中したけど、まったくダメージになっていなかった。でも攻撃された事で、ポチャリーヌを敵と思ったのか、その場にストップしました。
「今だ! AMGを投下しろ!」
AMGとは、アンチ・マジックフィールド・ジェネレーターの略ですね。昨日海底で見付けたやつでしょう。それをショゴスの周りに落としました。
浮きが付いてるみたいで、浮かんでいます。
「お次ぎは魔力を注げ!」
そう言うと二人は、AMGに自分の魔力を流し込んだ。
円筒が光るとドーム型の結界が出現し、ショゴスを包み込んだ。
「いいぞ! 奴を閉じ込めた!」
「ラビエルさん、やっちゃって下さいですぅ!」
ボートからラビエルが浮かび上がり、ポチャリーヌの方に飛んで行きました。
ラビエルは深呼吸をすると、さっと両手を広げました。
ラビエルの魔力が爆発的に上がり、体が縦に伸びて大きくなって行くよ……!
ぐんぐん大きくなって、2mぐらいの身長になり、人間のような姿になりました。それでも頭はウサギのままだった。足もケモノみたいだし、胸元や頭にはモフモフの毛が生えています。
あと、ウサギと違うのは、背中に妖精の羽が4枚付いている事です。
なんて言うか……すごく神聖な雰囲気がします……。
ラビなのに。
……でも……この姿……どこかで、見た事があるような気がする。
七美は我が輩が守ってみせる。
いつだったか、そんなコト言われたような……
「安心しろ七美、我が輩が守ってやるからな」
目の前にいるラビエルがそう言いました。
その瞬間、あたしの心の中に強烈なデジャヴが……!
『それがあなたの本当の姿なの、アルエル?』
『すまんな、こんな事になって。でも、七美は我が輩が守ってみせる』
その光景はデジャヴと言うより、フラッシュバックのように、あたしの心に蘇ったのでした。
『でも、アルエルが死んじゃうよ!』
『その時は、七美が生き返らせてくれよ?』
『すごいムチャ振りだ!』
確かにあたしは、ラビエルとこんな会話をしていました。
何で今まで忘れていたんだろう?
あたしが思い出したのはここまで。
あれは前世での事みたいです。
それに……アルエルって、名前が違う。まだまだあたしの記憶には、抜けてる部分があるみたい。
あたしはハッとして、現実に引き戻されました。
ラビエルの攻撃が炸裂していた。