第88話 海の底へ
朝になりました。
あたし達全員寝不足になってます。
原因は夜中まで騒いでいたプレシエル様。
自分がどれだけルカエルさんを好きかとか、ルカエルさんがどれだけ素晴らしい使徒かを、延々と一人でしゃべってたからです。
男性陣はすぐに脱落、リリエルちゃんもグースカ寝てた。女性陣はしばらく付き合ってたけど、あたしは2時間ぐらいで脱落。ミミエル達はさらに1時間ぐらい頑張っていたそうです。結局最後までプレシエル様の話に付き合ってたのは、ルカエルさんでした。
さすがルカエルさん、と思ったら、イルカの脳味噌は半分づつ寝る事が出来るので、話を聞きながら寝ていたのです。っていう事を、さっき教えてもらいました。
なにそれ、ズルい。
朝食の後は、パンジーに事情聴取。じゃなくて、彼女にお友達の事を聞きます。
ちなみに朝食はパンでした。
日本からの異世界転生者は、和食を残さなかったんだね。残念。
さて、みんなでパンジーの話を聞きます。
「あの……あの……、そんなに見られると恥ずかしいです……」
と言ってパンジーは、マーガレットの後ろに隠れてしまいました。ごめんなさい、一番見てたのはあたしです。
「七美は圧が凄いので、話を聞くのは可愛いウサギの我が輩が適役なのだ~」
ラビエルがしゃしゃり出て来たけど、あたしはさっさと片付けます。
「さ~~ラビは引っ込んでてね~。その役目は、リップの方がいいでしょ?」
同じシードラゴンの方が話し易いに決まってます。ここはリップの出番ですよ。ラビエルは何かブツブツ文句を言ってたけど、リリエルちゃんに頭を撫でられてた。
「え~~と……、なんか私が聞く事になっちゃったけど、パンジーのお友達が困っているって?」
「ええ。私の友達は、面ダコのジャイロって言います。3日ぐらい前から、彼の縄張りにクラーケンが現れるようになったのです」
クラーケンと言えば、この前見た巨大なタコの魔獣ですね。面ダコって、あの足が短くてぽってりして、ヒレがピコピコの可愛いタコさんの事ですか?
「ジャイロはかなり深い海底に住んでいるのですが、そこでクラーケンが怪しい事をしているらしいのです。おかげで、獲物になっている魚が居なくなってしまったんです……」
「なるほど~。それでクラーケンを退治してほしいってコト?」
「退治と言うより、追い払ってくれればいいんですけど……」
「よ~~~し分かった、取り敢えずそのクラーケンを確認するのだ。そやつはどこに居る?」
魔獣関係の依頼なので、後はラビエルが引き継ぎました。
「ええと……、凄く深い所に居るそうです。1000mぐらいあると、ジャイロが言ってました」
1000mと言えば、深海と言われる海の底です。それだけ深いと、シードラゴンでも潜る事が出来ないんだって。
それって使徒様でも無理なんじゃ……
そう思ってあたしは、ルカエルさんを見た。
「うん、そうだね、ボクでは精々100mぐらいだからね~」
「私も同じくらいだよ~~」
ルカエルさんとプレシエル様でも無理そうです。
「大丈夫だ、妾なら1000でも2000でも潜れるぞ! 魔法でな!」
「「「「おお~~~~!」」」」
ポチャリーヌのドヤ顔に、一同ビックリ。
「ちょっとォ。1000mもの深海は凄い水圧なのよ、どれくらいかと言えば……え~~と……、とにかく凄いのよ。ちゃんと理解してるの?」
とミミエルが、ポチャリーヌに突っ掛かっていた。
ちなみに、10m潜るたびに1気圧上昇するので、1000mで100気圧ですね。1平方センチに100kgも掛かるのです! こんなの、ドラゴンだって潰れてしまいます。
まあ、ポチャリーヌが行くから、あたしには関係無いけどね。
「フフン、妾に不可能は無い! それと、ナナミィは助手として同行するのだ」
関係あった! あたしも行く事になったのでした。
マジで?
あたしを始め、討伐隊のメンバーはボートに乗って、問題の場所の上までやって来ました。ルカエルさんとプレシエル様は泳いで付いて来てもらってます。問題の場所までは、面ダコのジャイロが案内してくれるそうです。
あたしとポチャリーヌは、海底まで行くために、海面に浮かんだ直径2mほどの透明な球体の中に入っています。これが潜水艇の代わりだそうです。
ポチャリーヌの体が小さいといえ、二人も入るとギッチギチなので、あたしがポチャリーヌを、後ろから抱きかかえるように座っています。
「ナナミィさん頑張ってですぅ~~」
リリエルちゃんがボートの上で手を振ってくれてます。ラビエル達も何か言ってるけど、完全に海中に入ったので、声は聞こえなくなりました。
「では、潜るぞ。息を止めろよ」
「えっ? これ水が入って来るの?」
「冗談だ、本気にするな」
くだらない冗談を言うポチャ子の頭に噛み付いてやった。
『君らがパンジーの言っていた、助っ人かね?』
100mぐらい潜った所で、頭の中に声が聞こえて来ました。いわゆるテレパシーってやつですね。
これが、面ダコのジャイロさんの声なの?
下を見ると、群青色の海底から、丸い物が浮かんで来ました。耳のようなヒレを動かして泳ぐ姿は、テレビで見た事のある『面蛸』だった。
面ダコと言えば可愛いオメメですが、この魔物にはつぶらな瞳の代わりに、お面が付いていたのです。まさに面ダコだ!
しかも体のサイズが違う、幅が3mぐらいあります。
「でかっっ」
「まあ、魔物だしのう……」
『我が面ダコのジャイロだ、よろしく頼む。それで、その「泡」みたいなので、大丈夫なのかな?』
「泡」とは、あたし達が入っている、この球体の事ですね。
「問題は無い、この球体は1000気圧まで耐えられるのだからな。理論上は」
『きあつ……とな?』
ジャイロさんには、気圧が理解出来ませんでした。
「え~~と、水深1万mまでは大丈夫だそうですよ。理論上は」
『なるほど、それは凄い』
今度は分かったようだ。
「この球体の中には、妾の魔力を充満させており、外部の圧力に抵抗する為の術式を組み込んでおるのだ。それは球体の表面に、1cm間隔で並んでいて……」
……うん、分からん。
ポチャリーヌの小難しい説明を聞きつつ、あたし達は海底1000mを目指して潜って行きました。
そして10分後、あたし達は海底に到着しました。
そこは真っ暗で光の無い世界。
ですが、球体自体がぼんやり光っているので、一応周りは見えています。
「では、『ライト』の魔法を起動するぞ」
ポチャリーヌがそう言うと、球体の周りに4個の光の玉が現れました。光に照らされて周りがよく見えるようになると、岩みたいな生き物が何匹も動いていました。クラーケンの影響なのか、魚はいないようです。
「で、奴はどこなのだ?」
ポチャリーヌがジャイロさんに尋ねた。
『もう少し向こうだな』
ジャイロさんが足の一本を伸ばして、指し示しました。
光が届かない闇の中に動く、大きな影が見えます。あれがクラーケンのようです。
「ふむ、奴の足が届かない距離まで近付いてみるか……」
ポチャリーヌがそう言うと、球体は20mほど浮かんで、クラーケンに向かって進んで行った。
近付くとクラーケンの様子が分かるようになって来ました。
「あれだね、なんか海底に線を描いてる」
「……魔法陣のようだな、あれは……召喚魔法陣か?」
「こんな深海で悪魔でも呼び出すの? 出て来た瞬間に溺れちゃうよ?」
「だよなぁ……、まさか水棲の魔神でも呼び出すのか? いや、そもそも魔獣に、そんな事が出来る知性があるのか?」
「これは、ウラに黒幕がいる!」
あたしはビシっと決めた。
「なるほど、そうだな、何者かがクラーケンを使役しているのかも」
あれ? 冗談のつもりだったのに、ポチャリーヌが食い付いたよ?
「よしっ! ではボートに戻るぞ」
ポチャリーヌは、魔法陣をスケッチしていた手を止めて言った。
「え? 今クラーケンを倒して、召喚を阻止しなくて良いの?」
「お主……過激な事を言うのう。今の段階では、我らに討伐の権限は無いぞ」
「……う、その通りだ……」
あたし達は海面まで浮上して行きました。
「クラーケンは妾達を無視して、一心不乱に魔法陣を描いておったぞ」
ボートに戻り、ポチャリーヌがラビエル達に説明をしました。
「そしてほれ、このような図形を描いておったのじゃ。誰かこれが何か知っておる者はおらんか?」
そう言ってポチャリーヌは、魔法陣を書き写した紙を、みんなに見せました。
「あんたでも知らない事があるのね。これは……知らないわねぇ」
と、ミミエル。
「我が輩にも見せてみるのだ。ふむふむ。う~~ん……これは……」
ラビエルがミミエルから紙をひったくって、じーっと見ていた。1分ぐらいすると、ラビの腕がプルプル震えだしたのです。
「……いや、まさか……有り得るのか?」
などと、震える声でつぶやいていた。
あたしはラビエルの頭を掴んで持ち上げた。
「はっきり言いなさいよ。それが何か知っているのね?」
「こ……これは、ショゴスを呼び出す魔法陣なのだ……」
「なんですってぇ~~~~~!!」
「ショゴスってナニ?」
あたしの一言に、みんなはガックリ。
「知らんで驚いてたのか~~い」ミミエルに突っ込まれた。
「ショゴスとは、異次元の邪神の事だ」
「……え? でも、邪神なんて、いないんじゃなかったの?」
あたしは以前に、この世界には邪神はいないと聞いていたのだ。
「そうだ、この世界にはな。だが、別の次元には存在するのだ。かつて七美が出会ったクトゥルフと違って、こいつは本物の邪神なのだ」
……あまりの事に、みんな言葉を失ってしまいました。
「それって……大変な事じゃないのですかぁ?」
沈黙を破って、リリエルちゃんがポツリと言いました。
「そうだなぁ、世界が滅ぶかもしれんなぁ」
ちょっと待ってよ!
それって超大変なコトよ!
いきなり、世界滅亡の危機がやって来たよ!!