第87話 フレール村
色々あって、お昼ご飯を食べ損ねてしまった。空腹に堪え兼ねて、あたしのお腹が鳴ってしまいました。
「だってしょうがない事なのよ。ドラゴンだもの」
思わず心の声が漏れちゃった。
「相変わらず本音がだだ漏れのナナミィだが、昼飯がまだだったな」
「ではこちらにどうぞ、ご馳走しますね」
そう言ってサクラさんが、あたし達を村の中に案内してくれました。
200年前に日本人がいたって言うけど、建物は和風ではありませんね。転生した人は、建築家ではなかったようです。まあ、あたしもこの世界に持ち込んだのって、オムライスぐらいだしね。
どうせならパソコンとかスマホがあればいいと思ってたけど、似たような物が腕にあるから不満は無いです。
討伐隊一行と使徒達は、村の中心に建つ建物に入りました。
ここは村の役場のような場所で、サクラさん達は、シードラゴンの保護官だそうです。全員女性なのは、間違いを起こさないようにですって。
さて、お楽しみの食事は……うどん?
洋風のスープの中にうどんが浸ってる。飲んでみたら野菜スープだった。
あれ? だし汁じゃないの?
ハッ! そうか、200年前の日本人なら、うどんぐらいしか知らないか。汁が野菜スープなのは、醤油は作れなかったんだな。
日本人なんて言うから、ラーメンやカツ丼やたこ焼きなんかを期待したのに、超ガッカリだよ。いや、そもそもラーメンなんて、近代以降の物だったか。
「なんか、ナナミィが落ち込んでウザイんですけど?」
「気落ちするな七美。現代の日本食なら、我が輩が再現してやるから」
うう……、ミミエルったら酷い。ラビエルの優しさに救われるよ。
「……じゃあ、カレーを作ってよ」
「え? それは無理なのだ。材料が分からないし……」
「ちょっと先輩! またナナミィが落ち込んだじゃない!」
しょうがないので、洋風野菜うどんをすすったよ……
遅めの昼食を終えて、リップとルカエルさんが、シードラゴンに関する改正された法律を説明していきます。
人間の男性と結婚出来るようになった、と言う所で、若い子達から歓声が上がりました。ここでも法律のおかげで、結ばれなかったカップルがいるのかな?
「フリージアは彼にプロポーズするつもりね?」
「え~~? どうかな。それよりエリカの方はどうなのよ?」
ああ、シードラゴンも女の子ですものねぇ、恋バナがお好きなようです。
マーガレットはリップと楽しくおしゃべり中です。
ここで若い子は3人だけかな? サクラさんに聞いてみよう。
「村のシードラゴンで、女の子はこの3人だけなんですか?」
「いえ、あと一人いますよ。え~~と……、ほら、あそこに」
サクラさんが指差す方を見れば、壁の陰からこちらを覗く女の子が……
「ほら、パンジーもいらっしゃいな」
名前を呼ばれたパンジーは、頭を引っ込めてしまいました。
「パンジーは照れ屋さんなんですね」
「人見知りなだけですよ」
「そう言えばこの国では、女性の名前はお花関係なんですか?」
「シードラゴン達はそうですが、私達人間は、偶然花の名前の者が集まっただけですよ」
「あ~~、そうなんですか」
なんて話をしてたら、リップとマーガレットが、パンジーを連れて来ました。
「ほら~~、ちゃんと皆様に挨拶をしないと」
パンジーは逃げようとしてたけど、マーガレットに言われて諦めたようにあたし達の前に来た。
「ど……どうも、パンジーです……」モジモジ。
視線を合わせないようにしながらも、こちらをチラチラ見るパンジーが、とっても可愛いです。
「初めまして。あたしはナナミィ・アドレア、14歳よ」
と言ってあたしは、パンジーをハグしました。
「きゃっ……、な、なに?」
なんて可愛い悲鳴を上げてたけど、イヤでは無いようだ。
「妾はポチャリーヌ・ド・アリエンティである」
「僕はムート・ヘルマイアです。よろしくね」
「すっごい可愛いですねぇ~~~」
パンジーが、ポチャ子やムート君やリリエルちゃんに囲まれて困ってるよ。
午後はみんなでお茶しています。
あたしとポチャリーヌは、積極的にパンジーとお話しました。おかげで少しは仲良くなれたようです。
彼女は他の子みたいに、恋愛話はあまり好きではなくて、海の生き物の事が好きだそうです。あたしもシードラゴンが大好きなので、気が合いそうですね。
「それでパンジーは、海の生き物を研究する仕事に就きたいんだ」
「そう、人間や獣人達がもっと海に出て来たら、海の魔獣や魔物と争いになるから。どうすれば仲良く出来るか、それを調べたい」
なんて良い子なの。人や魔物が共存出来る方法を研究したいなんて。
「ふむ、今以上に人が海洋進出をすれば、海の生物と軋轢を産むのは避けられないか……」
そしてポチャリーヌは、なんて子供らしくないんだ。
「ほらほら、そんな政治家みたいな事言わないの。パンジーが戸惑っているじゃないの」
「何を言う、元魔王にして貴族の次期当主たる妾が、政治的発言をするのは必定であろう?」
「いや、見た目とのギャップが……ね」
あたしは呆れたように言った。
「すごいねこの子。前世が魔王なんて、おとぎ話みたい」
パンジーには喜ばれたみたいだ。
さて、そろそろドラゴニアに帰らねばなりませんが、使徒達がカリュブディス転移の為に魔力を使い過ぎたので、魔力回復に時間が掛かっています。なので、転移が出来るまで、マーガレットに村を案内してもらっているのです。
この村では人間も住んでいるので、隠れ里のような所じゃなくて、保護施設的な場所みたいです。
この国……そう言えばまだ国名を言ってませんでしたね、この国の名は『イズモ王国』と言います。『出雲』なのかな?
「あの……、使徒様にお願いがあるのですが……」
パンジーが恐る恐る切り出しました。
「なんなのだパンジー?」
パンジーはウサギが好きなのか、ラビエルにお願いをした。あたしじゃないのか?
「私の友達の魔物が、ちょっと困った事になってるの。助けてほしい……」
「よし! 助けよう! さっさと行こう!」
あたしは間髪容れずに返事をした。
「ちょっとあんた、話を聞く前に安請け合いしないの」
「可愛いパンジーのお願いなら、考えるまでもない!」
ミミエルは呆れているけど、あたしは気にしない。
「うむ、そうだな、七美がそう言うなら助けてやろう」
「まてまて、ラビエル達は魔力を回復中なのだろう? それに今からじゃ、すぐに暗くなってしまうぞ。助けるにしても、明日にしろ」
ポチャリーヌに慌てて止められたよ。
「あ……そうか、ごめんなさい、気が付かなくて……」
そう言ってパンジーがうつむいてしまいました。あたしはポチャリーヌの頭に噛み付いてやった。
「いだぁ~~。な……なにをするナナミィ?」
「可愛いパンジーを泣かせるな!」
「お主こそ、9歳の少女をいじめるなよ」
「誰が9歳だ!」
なんて、あたしとポチャリーヌが言い合いを始めたので、パンジーがオロオロして、ミミエルが大きなため息をついた。
「は~~っ……。気にしなくていいわよ、いつのも事だから。この二人はこれで仲が良いんだから」
それを聞いて、パンジーはほっとしていました。
「で、パンジーの友達を助けるのは明日にするのか?」と、ラビエル。
「そのようだね。今日は皆で泊めてもらおうか」と、ルカエルさん。
「私はルカエル様と一緒に寝る~~~!」
プレシエル様は興奮して、前ヒレをビッタンビッタン叩いておられます。
……これは、一晩中騒いで寝られないヤツですね……
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ここは1000mもの深き海の中。
光も届かない海底で、ジャイロは困っていた。彼はここら一帯に、広い縄張りを持つ、タコ型の魔物であった。
ここ最近、その縄張りに侵入する者が居るのだ。
「なにやってるんだ、あやつは?」
ジャイロが遠くから見た所、クラーケンらしき魔獣が、何やら海底に丸い模様を描いていたのだった。
「あれは模様か? クラーケンは頭の弱い魔獣で、模様が掛ける知能なんか無いはずだが……」
ジャイロはしばらく観察していたが、クラーケンに気付かれないように、ゆっくりとその場を離れて行った。
「パンジーが、国の偉い人に魔獣の事を何とかしてもらうと言っていたが、どうなることやら」
彼は胴体に付いたヒレで泳ぎながら、深海の闇に融け込んで行った。