第86話 プレシエル様の凄い能力
「ななな、なんであんな所に?」
プレシエル様が、カリュブディスに向かって泳いでいます。
このままじゃ、カリュブディスに食べられる未来しか見えないよ!
「いやぁ~、どうしようもなくなって来たね~」
崖の上にいるあたし達の元に、ルカエルさんも来ました。
「え? そんな軽い感じでいいのですか? プレシエル様やばいんじゃ……」
ルカエルさんてイルカの姿をしているので、どうしても緊張感が無いです。
「何か隠しダマがあるのだな?」
と、ポチャリーヌ。
「え~~? プレシエルさんて、元気だけが取り柄じゃないのですかぁ?」
リリエルちゃん、それは失礼だよ……
「彼女が能力を見せるのは珍しいからね、君達は運が良いよ」
おお、隠している能力なんですか? ちょっと格好いいぞ。でもどんな能力なんだろう、あの明るい性格で相手を乗せて、問題をパパーっと解決……、なワケ無いよね。
なんて考えている内に、プレシエル様がカリュブディスのすぐ横に並んだよ。
「ちょっとあなた、いいかげん落ち着いてよね!」
説教だった。
確かに、普段見せないかもしれないけど、そんなの魔獣には関係無いでしょう。しかも、体格差がありすぎて、カリュブディスは気付かないですよ。
あ、気が付いた。カリュブディスがプレシエル様の方を向いたよ。シーサーペントも見てるし、これやばくない?
「ちょっとラビエル、やばいよ、なんとかして!」
あたしはラビエルの顔を掴んで、振り回した。
「ま……まてまて、使徒だから転移で逃げられるのだぞ、様子を見るのだ」
「あ、そうか」
プレシエル様は背中の翼を羽ばたかせて、ゆっくりと浮かびました。
そして口を開けて、大きく行きを吸い込みました。これは歌を使う能力なんでしょうか? そう言えばシードラゴンの歌にも、魔力がこもっているのでしたね。
プレシエル様は前ヒレを叩いて、リズムを取っています。
……そして。
「アニマニ・マネイ・ママネイ・シレイ・シャリティ・アリシャ・アリシャ・ママネイ・アギニ・センティ……」
それは不思議な言葉でした。
トリエステの言葉じゃありません。日本語でもないので、あたしには理解不能です。ポチャリーヌやムート君も知らないみたいです。
強いて言うなら、お経とかラップ的な感じでしょうか?
プレシエル様は乗って来たのか、手拍子しながら頭を上げて、クルクル回っています。歌もどんどんペースアップしてます。
「ウクレイ・ムクレイ・アラレイ・ハラレイ・アサンビ・マサンビ・ソウギャリティ・マントラヤ・アマナタヤ~~ソワカ……」
歌が終わったのか、プレシエル様はピタッと止まりました。あたしと目が合ったプレシエル様は、前ヒレで下を指しました。
視線を下に下げると、なんと、カリュブディスとシーサーペントが引っ繰り返っていました!
カリュブディスは、どこが上か下か分からないけどね!
これは、魔獣を倒しちゃったのかな?
「倒した訳じゃなくて、眠っているだけだよ」
ルカエルさんが、討伐隊組に教えてくれました。さすが使徒様だ、凄い能力を持っておられます。
「あれは呪文なのか? それにしては長過ぎるよな? 彼女の出身地の言葉なのか? う~~む……」
ポチャリーヌがブツブツ言ってるけど、そう言えば使徒様達は、トリエステ出身とは限りませんでしたね。サリエルちゃんはテンローリンから来たし、ミミエルはあたしと同じ、アース出身と聞いています。きっとプレシエル様も、違う世界から来たのでしょう。
「あれは『マントラ』というもので、魔法の呪文とは違う物らしいよ。呪文は術者自身に作用して魔法を発動させるものだけど、マントラは事象そのものに作用を及ぼすんだそうだ」
……うん、分からない。
ルカエルさんが説明してくれますが、あたしの理解を超えています。
「まあ、ボクもよく分からないんだけどね」
……ですよね~~。
アヤカシ様は無事に、海峡を通り抜けられました。
1kmもある巨体が、波の間に沈んで行きます。怪我をされたので大丈夫かと思いましたが、すぐに治るので心配ないとの事です。
『今回は色々あったな。ではさらばだ』
頭の中にアヤカシ様の声がしました。大きな魔力の気配は、どんどん離れて行き、1分ぐらいで感じられなくなりました。
で、残った魔獣2匹はと言うと、シーサーペントは目が覚める前に、リリエルちゃんが転移で運んで行きました。目覚めたシーサーペントは正気に戻っていたそうです。
カリュブディスの方は、ラビエルとミミエルとルカエルさんの3人で運びました。今度は問題無く転移出来て、海峡から100kmほど離れた場所に飛ばしたそうです。
「さぁて君達、もう大丈夫だよ」
ルカエルさんがリップとマーガレットに話し掛けました。
「すごかったね~~」
「ホントね~~、あんなの初めてよ~~」
ようやく助かって、二人は呑気におしゃべりを始めた。これはあたしも参加せねば。
「なにやってんの、ほら、今日の目的はまだあるでしょう?」
リップのそばに行こうとしたあたしは、ミミエルに阻止された。
「ああそうか、告知活動があったか、忘れてた。じゃあ、このマーガレットで最後なわけね?」
「この子だけじゃないでしょ。シードラゴンの集落があるって話でしょ?」
ミミエルが呆れたように言った。
「ああ、そうだった。忘れてたよ」
「それじゃあ、ナナミィちゃんがこれ以上忘れないうちに、シードラゴンの集落に出発しようか?」
なんて、ルカエルさんにも言われてしまった。
全員乗り込んだボートを、バハムートは下まで運んだ後、人間のムート君に戻りました。裸の男の子がいても、誰も気にしないだろうけど、ポチャリーヌが真っ赤になるので、ムート君は予備の服に着替えていたよ。
ボートはパナウナム海峡から南に進みました。
かなりのスピードで走っているのに、波を切る音しかしないので、おかしな感じです。海岸沿いを10分ほど進むと、マーガレットの案内で大きな島に着きました。
ここがシードラゴンの集落だそうです。
「ようこそ、私達のフレール村に!」
ボートの船首に乗っていたマーガレットが振り返り、嬉しそうに言いました。
島にはちゃんとした港もあり、ボートはそこに着岸します。
港には『フレール村』と書かれた看板が立っていて、以前のシードラゴンの里とは違い、隠れ里という雰囲気じゃありません。
みんなで上陸して村に向かいました。リップとマーガレットは、ピョコピョコ這って行きます。プレシエル様も這って行ってるけど、飛べるんじゃないの?
シードラゴン達が這って移動するので、道には芝生が張られています。
300mほど歩くと、村の建物が見えて来ました。ドラゴニアの物とはまた違ったデザインの建物です。平屋ばかりで、上ではなく横に広いのは、シードラゴンが住むためなんですね。彼女達が階段を上がるのはきついですから。
事前に知らされていたのか、村人総出でお出迎えされました。シードラゴンが10人ほどいます。それに人間の女性も3人いました。
「ようこそ使徒様、私がフレール村でシードラゴンの世話をしています、サクラと申します。以後お見知り置きを」
「うん、今日は女神様によって、シードラゴンに関する法律が変わった事を知らせに来たんだ。それと、女神様の討伐隊の皆も連れて来たから、よろしく頼むよ」
サクラと名乗った女性は、40代くらいの人でした。他の二人は20代くらいかな?
っていうか、『サクラ』ってあの花の『桜』なのかな? 若い二人は、ツバキとアヤメだった。日本人がいたのか?
「はい、承知しました」
と言ってサクラさんが、ペコリとお辞儀をしました。それって日本人らしい。あたし以外にも、日本から転生した人がいたのかな?
「ナナミィちゃんは、自分以外にもアースからの転生者がいたのかと思ってるね?」
ルカエルさんがあたしにささやきました。
「えっ? 分かります?」
「いや、凄いガン見してるからね……。お察しの通り、この国には過去にアースから転生して来た者が住んでいたんだよ。ニホンジンだったかな?」
「おおっ! それはあたし達と同じ、討伐隊のメンバーだったのですか? まさか、今でもこの村にいるんですか?」
同じ日本人に会えるかもって思ったら、ドキドキしてきたよ。
「いやそれが、200年ぐらい前の話だけどね」
ルカエルさんが申し訳なさそうに言いました。それは残念……
「200年前の人だけど、この国では尊敬されていて、人の名前や習慣なんかに、名残があるんだよ」
ああ……異世界物ではよくあるパターンですよね。
「あ! じゃあ、食べ物なんかも、日本風な物があるのかな?」
ここにきて和風の物が食べられるかもって思ったら、お腹がグ~~って鳴ったよ。