第85話 問題がこじれた
あたし達を乗せたボートは、カリュブディスのいる方に向かいました。
さっきまで暴れていたカリュブディスは、怒りをぶつける相手がいないのと、暴れ疲れたのか、大人しく泳いでいました。
とは言え、10mぐらいの大きさのあるボートを、奴が見逃すはずがないので、崖側の目立たない場所を進んでいます。
アヤカシ様は、あたし達のいる場所から500mぐらいの所まで来られました。
「ボクらで動きを封じると言っても、魔法で押さえ付けるなんて事は出来ないからね。魔力で障壁を作って、アヤカシ様の姿を見えないようにするんだ。魔力は感知されるだろうけど、奴は頭が悪いから、とまどっている内にアヤカシ様に通過してもらうんだよ」
ルカエルさんの説明に、一同聞き入っています。
「そして障壁を張るのは妾だ。障壁にいつわりの海峡の景色を映して、カリュブディスの奴を騙してやるのだ」
「私も魔力で補助をするのですぅ」
ポチャリーヌとリリエルちゃんが、悪い顔して笑ってる。リリエルちゃんが魔王の影響で、悪い子にならないか心配です。
「ボクとプレシエルは、彼女達のサポートをするよ。では、ミッションスタートだ!」
ルカエルさんの号令と共に、プレシエル様とポチャリーヌとリリエルちゃんが飛んで行きました。
「頑張ってね~~」
そう言ってあたしは、飛び立ったみんなに手を振りました。リップとマーガレットも一緒に前ヒレを振ってます。
ラビとミミはというと、あたしの横でしゅんとなってる。お互いに謝って仲直りしたけど、リリエルちゃんが言うには、昔からよく喧嘩してたんだって。
テンションと魔力が下がっちゃったので、二人はここであたしとムート君と一緒にお留守番です。
「この辺りにも魔獣や魔物が居るので、僕がナナミィちゃん達を守るよ」
なんて、ムート君は張り切っていますよ。
さて、カリュブディスの方はどんな様子でしょう?
ここからだとよく分からないけど、カリュブディスの横にスクリーンのような物が見えます。あそこに海峡の景色を映して、アヤカシ様の姿を隠す訳ですね。
『む? ルカエルから合図が来たので、先に進むぞ』
そう言うとアヤカシ様は、ゆっくりと前進して行きました。山のような巨体が延々と通り過ぎて行く光景は、凄い迫力です。ゆっくり泳いでくれていますが、それでもボートが揺れます。
あたし達はここで、事が終わるまで待機ですね。
「ねえナナミィ、私達も付いて行った方がいいんじゃないの?」
「それは危ないんじゃないの、ミミエル」
「だって、何があるか分からないし、側にいた方が何かと都合がいいわよ」
と言うミミエルの提案を、あたしとラビエルとムート君とで検討してみました。
「では行ってみよう」という事になった。
「でもあまり近くには行かないからね、リップ達もいるし」
そうなのだ、可愛いリップを危険にさらすなんて、あり得ないのだ。
ボートはムート君が扱えるという事で、ムート君に任せました。
……別に『ボート』と『ムート』が似ているからじゃありませんよ。
ボートはカリュブディスのいる場所の手前、300mほどまで来ました。
アヤカシ様はその横を通り過ぎてます。
相手に気付かれないように、コッソリとね……
「す……すごいね~~」
「ホントね~。あ~んな大きな魔物どうしが喧嘩したら大変だね~」
「大丈夫だよ、ポチャリーヌとリリエルちゃんに任せればね」
リップとマーガレットの可愛いおしゃべりに、あたしも参加した。
「なにもそんなに、ヒソヒソ話をしなくても……」
と、ムート君。
「いや、なんとなく……」
大きな声を出すと、気付かれそうだからね。
どうやら上手く行きそうです。さすがポチャリーヌとリリエルちゃんだ。
アヤカシ様がパナウナム海峡を抜けて、あたし達も海峡出口に転移すれば、ミッションコンプリートです。
なんて思っていたら……
あたし達のボートの下から、大きな魔力を感じます。
「ねえ、下をなんか大きな影が通って行くよ?」
「ホントだ、何だろうね?」
と言ってマーガレットが、頭を水面に突っ込んだ。
「シーサーペントだったよ」
頭を上げたマーガレットが、事も無げに言った。
「シーサーペントは比較的大人しい魔獣なので、特に問題はないだろう」
ラビエルが説明してくれました。
「え……、でも様子がおかしかったですよ?」
みんなが一斉にマーガレットを見た。
「おかしいって言うと?」
あたしが恐る恐る聞いてみた。これは、いやな予感が……
「なんか、荒れていたよ」
「……まさか、魔獣が凶暴化すると言う、例のアレかな?」
ムート君はそう言うと、不安そうにあたしを見ました。そう、アレはやばいもんね。
海中を大きくて細長い影が、カリュブディスに近付いて行った。大きいと言っても、カリュブディスの半分くらいだけど。
「あ! 見てる場合じゃないよ。早くポチャリーヌ達に知らせないと」
「そうであった! では我が輩が行ってこよう」
あたしの言葉に、ラビエルが急いで知らせに行った。
でも間に合わなかった。
いきなりカリュブディスが暴れ出したのです。
体をくねらせて、頭を海上に出したのですが、触手の付け根にシーサーペントが食い付いていました!
なんて事だ! せっかくの作戦が台無しだ!
60mもの魔獣と30mの魔獣が暴れていて、怪獣大決戦みたいになってる。この前のワイバーン対バハムートどころじゃなくて、大迫力だ。
「きゃ~~~! そんな事考えている場合じゃなかった~~~~!」
カリュブディスが暴れて、もの凄い波が立ち、嵐の海のようになってる。
ボートは波に翻弄されて、今にもひっくり返りそうになってる。あたしやミミエルは飛べるけど、ムート君は人間の姿で飛べません。リップとマーガレットは海の中でも平気だけど、今は魔獣二匹が暴れて危険です。
つまり、ボートから落ちる訳にはいきません。
あたしはボートのへりを、両手と尻尾でつかんで耐えています。ミミエルもあたしの足に掴まってるし、リップとマーガレットは、ボートに付いている椅子にしがみついてます。
「「「「きゃ~~~~~~!」」」」
女子悲鳴大合唱だ。
なんだそれ?
そんな事より、なんとかしてぇ~~~~~!
「リゲイル!」
ムート君がそう唱えると、一気にバハムートに変身した。服を脱ぐ暇も無かったので、シャツもズボンもビリビリに破れてたよ。
そして、ボートを抱えて空中に持ち上げました。
よかった、助かった。
「ありがとうムート君」
「いや、人数が少なくてよかったよ。全員乗ってたら無理だったからね」
「確かに……」
あたしやリップは落ち着いたけど、マーガレットがパニックになってた。そう言えば、初めてバハムートを見たんだったね。
バハムートはボートを、安全な崖の上の岩場に降ろしてくれました。
あたしとミミエルは、バハムートと一緒に崖っぷちに行き、カリュブディスの様子を見に行きました。
相変わらず暴れていた。
例のスクリーンはまだ無事だけど、そろそろやばそうだった。暴れる魔獣達によって周囲の魔力が乱れ、スクリーンが歪んでいるのです。表面に映っている景色も歪み、おかしな事になってます。
まあ、カリュブディスもシーサーペントに喧嘩を売られて、気が付かないようだけど……
あ。カリュブディスがシーサーペントを放り投げた。
投げられたシーサーペントが、スクリーンを突き抜けてしまいました。そして、スクリーンの映像のおかげで、シーサーペントの姿が一瞬で見えなくなりました。
さすがに、頭の弱いカリュブディスも異常に気が付いたみたいです。
ポチャリーヌの腕に掴まっているリリエルちゃんが慌てているよ。ポチャリーヌの集中が乱れたのか、スクリーン自体が消えてしまった。
まずい事に、アヤカシ様の姿が丸見えになってしまいました。
でも、アヤカシ様は慌てず騒がず、通過して行きます。それはまるで、動く壁ですね。カリュブディスはいきなり現れた、その壁に戸惑っているのか、動けないでいた。
と思ったら、シーサーペントが今度はアヤカシ様に噛み付いたのだ!
アヤカシ様の長~~~い体には、ヒレがたくさん付いてますが、その一つにシーサーペントが食い付いたのです。
さらに、シーサーペントを見たカリュブディスが、再び興奮して突っ掛かって行きました。アヤカシ様の体も、ガジガジ噛んでるよ。
「きゃ~~~! アヤカシ様が~~~!」
あたしは思わず叫んだ。
『大丈夫だ、これしき問題無い』
アヤカシ様からの声が聞こえて来たけど、あたしは凄い心配だよ。
「クソ、何だあれは? 何でシーサーペントが乱入して来るんだ?」
ポチャリーヌ達が戻って来ました。
「例の、魔獣の凶暴化みたいだよ」
「なに? またか……」
「それより、コレどうするんですぅ?」
リリエルちゃんの言う通りだ、アヤカシ様がカリュブディスとシーサーペントにかじられてるのを何とかしなくちゃ。
「もうこうなっては、ラビエルが真の力で、カリュブディスを討伐するしかあるまい」
「いやいや、それじゃアヤカシ様まで傷付けてしまうぞ」
「早くなんとかしないと、通り過ぎちゃうよ~~」
あたし達がわたわたしてると、リップとマーガレットも崖っぷちまで来ました。
「ねえ、プレシエル様があんな所にいるよ」
マーガレットがそう言うと、前ヒレでカリュブディスの方を指した。
そこには、一人で海面に浮かぶプレシエル様の姿があったのだ。