第83話 カリュブディスあらわる
「お・お・おっき~~い」
リップがアヤカシ様を見上げて驚いてます。クラーケンやクエレブレも大きい魔獣でしたが、これは桁違いの大きさです。
「そう言えば思い出した。前世の日本でも、アヤカシって妖怪は凄く大きいって話だった。伝説や昔話の類いだけどね」
「妾の居た世界でも、海に住む巨大なデモンが、アヤカシという名だったな。やはり伝説の類いだがな」
いろんな世界に、アヤカシはいるんだね。
でもここのアヤカシは実在の魔物だ。ちょっと調べてみよう。
【アヤカシ】
EXランクの魔物 海中の魔力のみでエネルギーを賄う。
先代女神エテルナによって、海を守る聖獣となる。
体長1km
魔力値:レベル10000 言語機能:レベル100
「EXランクとな?」
あたしのブレスレットの魔獣図鑑を、横から見ていたポチャリーヌが驚いていた。
「EXとは、Sランクの上のクラスだね。魔力が1万なんて、ディアナ様すら超えているよ」
などとルカエルさんが教えてくれますが、普通のドラゴンの200倍の数値ですよ。あまりに想像を絶するチカラに、あたしはもう口を開けたまま、ポカ~ンと見上げるしかなかった。
「アヤカシ様~、お久しぶりです~」
と言ってプレシエル様が、前ヒレをパタパタ振っていた。
『おお~、プレシエルか? 今回も案内を頼んだぞ』
頭の中に声がした。これってテレパシーなの?
「ねえ、今のってアヤカシ様の声なの?」
あたしはラビエルに聞いてみた。
「そ……そのようだな……」
あんたも分からんのかいっ。
「そうよ、アヤカシ様の口は声が出せるような構造じゃないから、テレパシーを使ってるのよ。仮にしゃべれても、声が大き過ぎて私達の耳では、言葉として聞こえないでしょうし」
「なるほど~」
ミミエルが分かり易く説明してくれました。ラビエルはミミエルといると、ボンクラぶりがいやでも目立っちゃうね……
アヤカシ様は、あたし達のボートの横まで来られて、そこでストップしました。ここで海峡を通る船が、全ていなくなるまで待つのだそうです。何隻か航行している船がいるので、あと1時間ぐらい待っていなくちゃならないそうです。
と言うわけで、その間あたし達はお茶する事にしました。
最後の船が通過して行くのを見ながら、ティーセットや残ったお菓子を片付けてると、海峡の方から何かが泳いで来ました。
よく見たらそれはシードラゴンでした。
「あれ? あのシードラゴンは、今日行く集落の子じゃないのかな?」
船べりから身を乗り出して見ていたルカエルさんが言った。
シードラゴンはアシカかオットセイのように、海中を素早く泳いで来て、ボートの周りをグルグル回り出した。
「ちょっと私行ってきますね」
リップは海に飛び込んで、あのシードラゴンと話をするようです。ひょいっと飛び降りたリップは、海峡から来た子に並んで泳ぎだしました。リップに気付くと、止まって何か話をしていました。
「大変です! 海峡の反対側から、大きな魔獣がやって来ているそうです!」
リップが海面から顔を出すと、慌てて叫んだ。
「いきなり申し訳ありません使徒様。私はシードラゴンの集落から来た、マーガレットと言う者です」
もう一人のシードラゴンも顔を出しました。この子はくるくるヘアーが可愛い女の子で、14歳だそうです。取り敢えず事情を聞くために、その子もボートに乗せる事になりました。
ボートに乗ったマーガレットを見てビックリした。この子もブラジャーをしていたからです。リップやルージュがしているほど豪華な物じゃないけど、簡単な水着のようなブラをしてました。
なんでも集落では、人間も一緒に住んでいるので、昔からシードラゴン達は、服やアクセサリーなどを付けてるそうです。
「あれ? それって法律違反になるんじゃないの?」
「そうなんですか?」
あたしの疑問に、マーガレットがきょとんとしてた。世界の反対側だから、そういうのって緩んでいるのかな?
「そんな事より大変なんです。カリュブディスが海峡に入ろうとしています!」
マーガレットが改めて訴えました。カリュブディスって、そんなに恐ろしい魔獣なんだろうか?
「ナナミィちゃんは知らないだろうけど、カリュブディスは体長が60m以上はある、EXランクに分類される巨大な魔獣なんだよ」
と言うムート君の説明にびびった。なにそれ? 恐ろしすぎるんですけど?
「それに肉食だからね。カリュブディスにとっては、リヴァイアサンやクラーケンですら、エサでしかないし……」
「そんなカリュブディスとアヤカシ様が海峡内で鉢合わせしたら、アヤカシ様が襲われてしまうわよ。それに戦いとなったら、海峡自体が壊されてしまうかも……」
ミミエルがムート君の説明を補足してくれるけど、これからどうするの?
「あ、じゃあ、討伐隊みんなで攻撃して、追い払えばいいんじゃない?」
「いや、無理だろう。相手はEXランクだぞ、魔力値4000もある化け物では、我らの攻撃なぞ効かぬわ」
あたしの提案を、ポチャリーヌに却下されてしまった。
「じゃあ、カリュブディスが海峡を抜けた所を、アヤカシ様が攻撃すれば……」
「それも無理だろうな。魔力値が倍以上あっても、全て攻撃力になるわけでは無いからな。たぶん魔力のほとんどを、巨体の維持に使っておるのだろう」
『ま、そうだろうな。さてどうする、元魔王よ』
頭の中にアヤカシ様の声がしました。ホント、どうしよう?
ポチャリーヌが珍しく、腕を組んで考え込んでいる。ムート君やルカエルさん達も、難しい顔をしてる。
あたしはもうアイデアが無いので、大人しく見守っています。
リリエルちゃんはよく分かってないのか、キョロキョロしてるよ。
あたしはやる事が無いので、魔獣図鑑でカリュブディスの事を見てみた。
【カリュブディス】
EXランクの魔獣 肉食 動物から魔獣まで、何でも食べる。
体長60~65m 全幅15m(胴体部分)
魔力値:レベル4000 言語機能:レベル40
図鑑には絵も載ってるけど、これがとんでもない姿だった。
丸くて細長い胴体で、真ん中あたりがくびれていた。口はというと、6つのパーツに分かれていて、開くと中は牙だらけな凶悪なものだった。口のすぐ後ろには沢山の触手もあり、食事の時にはこれで獲物を口に押し込むんだろうな。
胴体の後半部分には、泳ぐための大きなヒレが4枚あり、こちらは優美なスタイルだった。
なんにせよ、こんな魔獣こわすぎる。
「はわわわ……、大丈夫なんでしょうか?」
絶望的な雰囲気に、マーガレットが慌てていたよ。
「あんなおっきな魔獣なんて、どっか行っちゃえばいいのに」
なんてつぶやいていた。
ホント、どこかに行ってくれないかな……
「ねえラビエル、ここに使徒が5人もいるんだから、あの魔獣をどこかに転移させられないかな?」
「え……?」
「どうせ戦えないのなら、ここから退場願おうってわけよ」
うん、我ながら良いアイデアだ。でも、みんながあたしの方を見て固まってる。
「確かにそうよね、使徒5人の力を合わせれば、カリュブディスの巨体も転移出来るはずよね?」
最初に賛同してくれたのは、プレシエル様でした。
「おお、なるほど、それなら何とかなりそうだぞ」
「さすがナナミィちゃんだ」
「え、え~~と、すごいのですぅ?」
ラビエルとムート君とリリエルちゃんが、三者三様の反応をしてる。
「よし、それではこのボートで海峡を進んで、カリュブディスを迎え撃とうぞ」
アヤカシ様はひとまずここで待機していただいて、あたし達だけで海峡の反対側に行く事になりました。
海峡なんて言うと、狭い印象がありますが、パナウナム海峡は平均で幅が100mぐらいあります。両岸が切り立った崖なので、多少圧迫感はあるのですが、流れはほぼ真っすぐになってるので、船はもちろんの事、アヤカシ様も通り易そうです。
ボートは海峡を出口で止まり、岸に作られた船着き場に着けます。
「では、ラビエルとミミエルとリリエルとで行って来てくれないかな」
ルカエルさんが、ラビエル達に指示をしています。
「おや? ルカエル様とプレシエル様は行かれないのか?」
ラビエルが尋ねた。
「ボク達は海の使徒で、飛ぶのはイマイチ苦手だからね。この任務は討伐隊のメンバーの方がふさわしいし、3人も居れば大丈夫だよ」
「そうでありましょうな。よし、行くぞお前ら」
「おぉ~~~!」
ラビエルとリリエルちゃんが勢い良く飛び出して行った。ミミエルは、やれやれと頭を振って飛んで行った。
海面上10mぐらいの空中に、三角形になるように移動した3人は、その場でホバリングをして、カリュブディスの出現を待った。
待つ事3分あまり、周りの雰囲気が変わってきた。
海中にたくさん泳いでいた魚達がいなくなりました。どこに行ったのかと思えば、ボートの下や、水際の植物が生えている所に避難していた。
あ。あたしにも大きな魔力が感じられる。
アヤカシ様のは、大きいけれど穏やかな感じだった。でもこいつは、圧迫感のある禍々しい魔力だ。
海面が波立って来て、海中から大きな物体が姿を現した。それはカリュブディスの触手だった。4本ぐらいの触手が、うねりながら海中から伸びて来たのでした。
「むう……、まずいな、使徒達に気付いたようだぞ。リリエルが狙われてる」
「えぇっ! なんでぇ?」
ポチャリーヌの言葉に、ビックリするあたし。
「リリエルは魔力値が1200ぐらいあるからな。大きな獲物と勘違いしたんじゃないのか?」
「えぇ~~?」
色々ビックリした。リリエルちゃんって、そんなに魔力値が高かったの? あんなに小さな体で? フェンリルの3倍はあるよ。
「そんな事より、仕掛けるようだぞ」
上を見れば、ラビエル達はカリュブディスが中心に入るように移動した。そして両手を前に出し、転移の魔法を準備した。
「よし! 今だ!」
ラビエルの合図と同時に、魔法を発動した。
一辺200mぐらいの三角形の転移ゲートが出来上がり、カリュブディスの姿が消えた。
「す……すごいです……」
「さすが使徒様です」
マーガレットとリップが使徒を賞賛。
「そうでしょ、そうでしょ」
「なぜナナミィちゃんが得意げなんだろう」
「ま、いいではないかムート。ラビエルも……」
ポチャリーヌが話し終える前に、300mぐらい離れた場所に何か大きな物が落下した。それは海面に大波を起こし、ボートを激しく揺らした。
「な・なにが、どうしたのっ?」
あたしはボートのへりを掴んで、落ちまいと踏ん張った。
落ちて来たもの、それはカリュブディスだったのだ。