第82話 もう一人の海の使徒プレシエル
海の使徒様は、もう一人いるそうです。
第6使徒のプレシエル様。ペギエル様に絵を見せてもらいましたが、何と首長竜ですよ。かつて地球にも住んでいた、海の恐竜のプレシオサウルスにそっくりです。でも首は長くないので、子供のような姿です。それがとても可愛い。
そう言えば、ディアナ様の使徒はみんな可愛い姿ですね。先代女神様の使徒だったシモルグ様は、可愛いと言うより、威厳のある姿でした。女神様の好みが反映されるのでしょうか?
今回はプレシエル様に会いに行きます。
その前に、シードラゴンの保護施設に寄ります。リップと共にルカエルさんに合流して、一緒にプレシエル様に会いに行きます。
「あ~~~、やっと七美に会えたのだ~~。やっぱり七美は我が輩が居ないとダメなのだな……、あ~~痛い痛い~~」
「なに馬鹿な事を言ってるんだ。誰がダメな奴だってぇ?」
ようやくペギエル様に許されたラビエルが、あたしの前で偉そうな事を言うので、思い切りツネってやった。
「こうやってツネられるのも、久しぶりだな」
といって、あたしの手に頬ずりするウサギ。今度は頭を掴んで、ワシワシしてやったよ。
「相変わらずキモイな、あんた」
ラビエルは喜んでるが、あたしも嬉しい。しばらく会えなかったからね。
そんなあたし達を、リップが不思議そうな顔で見ていた。
「ナナミィったら、言ってる事とやってる事が違うよ?」
そう言われて気が付いたら、ラビエルを抱きしめてた。
「本当に仲が良いな……」
いつものように、ムート君がぽつりと言った。
そうそう、今回はムート君も一緒なのでした。なので、討伐隊メンバー全員でプレシエル様に会いに行くのです。
リップがルカエルさんとやっていた、シードラゴンへの告知活動も、今回で最後らしいです。その際にプレシエル様のおられる地域の近くを通るので、みんなでお邪魔しようという訳です。
「それでは我が輩が、すぱーっと連れてってやろう!」
「ハイハイ、先輩一人じゃ無理でしょう」
ラビエルが大口を叩くので、ミミエルが呆れていた。どうやら、使徒一人の力では、一度に転移は出来ない距離のようです。
「では張り切って行くですぅ!」
リリエルちゃんが宣言すると、周りの風景が一瞬で変わった。
そこは海の上でした。
海面から100mぐらいの高さに出たみたいです。
あたしやポチャリーヌや使徒達は飛べるのですが、今日のムート君は人間の姿だし、リップはそもそも飛べません。
空中に転移し、落ちると思った瞬間に、あたし達の下に船が出現しました。それは10mぐらいの大きさのボートで、あたし達はその上にストンと座りました。
みんなを乗せたボートは、フワフワ下がって行き、優しく海面に降りました。
「どうだ、妾が持って来た船は? これは魔導エンジンで動くのだぞ」
ポチャリーヌが魔法で出したボートだったようです。魔力で走るんですか?
「あれ? あんたこれどこから出したの?」
「ふふん。妾ほどになると、魔法の収納空間ぐらい自前で用意出来るのだぞ」
あたしの疑問に、ポチャリーヌがドヤ顔で答えた。なにそれズルい。
あたしがもらったブレスレットにも、収納空間があるけど、そっちは精々3m四方の空間しかありません。ムート君も、自前の収納空間は持ってないそうです。
ボートは音も無く波の上を走って行きました。
魔導エンジンは海水を吸い込んで、勢い良く吐き出す事で前に進んでいます。いわゆるウオータージェットと言うわけです。
これ、かなり高価なんじゃないの?
値段を聞いてみたら、金貨250枚だって。くそぅ、金持ちめ。
しばらく走ったら、イルカがヒレを振っていました。ルカエルさんです。
そのまま並走するのかと思ったら、ボートに乗ってこられました。船に乗ってみたかったんだって。
「ここから南に10kmぐらい行った海峡に、プレシエルが居るよ」
ルカエルさんはそう言うけど、ここはどこの海なんだろう? ポチャリーヌとムート君も、分かってないみたいだ。
「ああそうか、君達はこんなに遠くまで来た事はないのだね。ここはドラゴニアからはちょうど裏側にあたる、西蒼海だよ」
『西蒼海』と書いて『せいそうかい』と読みます。シードラゴンの里のある紺碧海が太平洋だとすると、西蒼海は大西洋にあたりますね。
そう言えば以前、テディエル様の所に行った時は、一度の転移では行けなかったのに、今回は一度で行けたのはなぜなんだろう? もしかして、能力を使う使徒の数が関係しているのかも? 前回は2人でしたが、今回は3人ですものね。
あたしはブレスレットを操作して、世界地図を呼び出しました。西蒼海を表示し、今から行く海峡を探しました。それに気付いたルカエルさんが、地図を指して教えてくれました。
ドラゴニアからず~~っと西に行くと、北ルクルト大陸手前に、もう一つ大陸があります。それがラ・ショード大陸です。その大陸の中間地点の、くびれた場所に海峡があります。海峡は距離にして、3km程度しかありません。名前はパナウナム海峡といい、ここを通らないと遠回りになるので、各国の船はここを通るのだそうです。
「そんな所で何をしているんでしょうね、プレシエル様は?」
「交通整理かな?」
「なにそれ?」
なんて事を話ながら進むと、間も無くパナウナム海峡に到着しました。
海峡の左右は切り立った崖が延々と続いていて、まるで壁のようです。日本人なら『屏風海岸』とでも名付けたくなりそうです。その壁の途切れた場所が、パナウナム海峡で、幅は300mほどあります。
海岸まではまだ1kmぐらいあるけど、向こうから何かやって来た。
しかも、凄い勢いでバシャバシャと泳いで来たよ。
「ル~カ~エ~ル~さ~ま~~~~!!」
叫んでるよ。
叫びながら凄いスピードで迫って来るよ。
まさかこれが……この方がプレシエル様なの?
「お久しぶりです~~~~!」
ぶつかる! と思ったら、ピョ~~ンとジャンプし、ボートに飛び込んで来ました。
「うわ、何をする?」
ボートは揺れてひっくり返りそうになったけど、ポチャリーヌが魔法を使って、なんとか耐えていた。
飛び込んで来たのは、小さな首長竜だった。彼女がプレシエル様だ。
ルカエルさんに、激しく抱きついてるよ。
「ちょ……落ち着いてくれ。まだ時間はあるのだろう?」
「はい! アヤカシ様が来るのは1時間ぐらい先です!」
そう言って、ヒレをビッタンビッタンやってるので、ボートが揺れるよ。
「この子達が討伐隊なんですか? みんな可愛い~~! 初めまして、私がプレシエルで~~す!」
ちょっっ、テンション高すぎ。ボートひっくり返るよ。
「さあ! みんなで張り切って~」
「やめんかっ!!」
ポチャリーヌがそう言うと、プレシエル様がバリヤーに包まれてしまいました。これはこの前、海竜を閉じ込めた時に使った魔法だ。さすがにお高いボートを壊されたら困るもんね。音も遮断してるのか、プレシエル様が何か叫んでいるが聞こえません。
これで落ち着いて話が出来ますね。
「ごめんね……、彼女はいつもテンションが高くて……」
ルカエルさんが、申し訳なさそうに言いました。
「すみません、大好きなルカエル様に、久しぶりに会えると思ったら興奮してしまって……」
一転して大人しくなったプレシエル様が、しゅ~んとした顔で言いました。
「本当だぞ、いったいいくらすると思うんだ?」
ポチャリーヌはボートのへりを、ぺしっと叩いた。
確かにあのままじゃ、お高いボートが壊れてしまいそうでした。
「うう……、ごめんなさぁい……」
プレシエル様は、すっかり落ち込んじゃいました。
「まあ、妾の望みを聞いてくれたら、許さないでもないがな……」
「え? ほんと?」
ポチャリーヌは、偉そうにコホンと咳払いをした。
「それは妾にハグさせるのだ!」
と言ってプレシエル様に、ぎゅ~っと抱きついたよ。
「「な? なにやってんのアンタ?」」
あたしとミミエルはビックリした。いくらなんでも、それはズルイだろ。
「む。妾の居た世界でも、首長竜は化石でしか見れないのだぞ。それに女の子は可愛いものが大好きなのだ」
「なにが女の子だ、350歳のババァが。あたしも抱っこさせて~~!」
「それなら私もですぅ~~」
あたしとリリエルちゃんも抱き付きましたよ。
「すみませんね……騒がしい連中で……」
ラビエルが済まなそうに、ルカエルさんに謝っていた。
「アヤカシ様って、聖獣アヤカシの事ですか?」
「そうだよ、アヤカシ様は世界を巡っていて、年に一度このパナウナム海峡を通るんだ。プレシエルはその時に、船と事故を起こさないようにするのが仕事なんだ」
「ふ~~む、そのアヤカシってのは、そんなに大きな魔物なのか?」
「聖獣って事は、シモルグ様と同じく、先代女神様の使徒だったの?」
ポチャリーヌとあたしは、プレシエル様の首に抱き付いたまま、ルカエルさんに質問しました。プレシエル様は嫌がられるかと思ったけど、まんざらでもない様子だった。
そう言えば使徒様達って、スキンシップが好きなのかな?
「今の使徒は全員、ディアナ様の使徒転生で生まれ変わった者だが、先代の使徒は使徒転生だけじゃなく、女神を手伝う為に使徒となった者もいるのだよ」
以前聞いた事があります。使徒を産み出すのが神の力なので、神様は産む力を持った女性になるのです。だから神様は、全て女神様なんだと。
ラビエルやミミエルも、ディアナ様のお尻から出て来たなんて、奇妙なものですね。それに、ペギエル様やアウルエル様みたいな鳥の使徒は、卵で産まれて来るそうです。卵を産む馬っていうのも、とんでもなく奇妙ですよ。
「アヤカシ様は、海の中の魔力を調整を受け持っており、世界中の海を巡って海の状態を整えて下さっているんだよ」
ルカエルさんが説明してくれますが、そんなに凄い事をしている聖獣様なの?
「ルカエル様~~、もうあとちょっとで、アヤカシ様が来られますよ~~!」
復活したプレシエル様が、あたしとポチャリーヌとリリエルちゃんを振りほどいて、ルカエルさんの所に這って行っちゃいました。やれやれ。
「ほら、あそこ」
プレシエル様が前ヒレで外海の方を指しました。
海の上に何か盛り上がってる所があります。
大きいです。リヴァイアサンよりも大きそうだ。
さらに近付いて来たら、どんどん盛り上がって来た。
あれ? ちょっと待って、まだ500mぐらいあるよね? もう目の前のように感じるんだけど? スケール感がおかしくなってるのかな?
「アヤカシ様~~こっちこっち~~」
プレシエル様が声を掛けると、海面から顔が出てきた。
それはとんでもなく大きかった。
地球で最大の生物はシロナガスクジラだけど、頭じゃなくて顔だけでも、シロナガスクジラの頭の10倍以上はあるよ!
っていうか、頭だけでも大型の豪華客船ぐらいある。
しかも、全体の雰囲気はウツボのようだけど、体が異様に長い。
「……ねえ、アヤカシ様って、どんだけ大きいの?」
あたしは恐る恐る、プレシエル様に聞いた。
「そうねえ、だいたい1kmぐらいかな?」
マジで……?