第79話 イニシエーション-2
「まあ、あなたがナナミィさんとポチャリーヌさんね。初めまして、私がユニコーンの里を守護するシモルグよ」
守護聖獣シモルグ様があたし達に挨拶して下さいました。彼女はずんぐりむっくりとした体形ながら、頭は小さく尻尾も短く、長い足で踏ん張るように立っていました。そして背中には、6枚の長細い翼が付いていて、まるでドラゴンのようです。
「初めましてシモルグ様、私が討伐隊メンバーのナナミィ・アドレアです」
「同じく、ポチャリーヌ・ド・アリエンティです。どうぞお見知り置きを」
あたしとポチャリーヌは、そつなく挨拶したけど、どういう訳かサリエルちゃんが緊張してた。
「ど……どうも、初めまして! 私はディアナ様の使徒のサリエルです。お会い出来て光栄です!」
サリエルちゃんは、テンション爆上げになってたよ。そしてワンピのスカートをつまみ上げて挨拶をした。ひょっとして、初対面の相手はこのシモルグ様だったの?
「はい、初めましてサリエルさん。まあまあ可愛らしいドレスを着てるのね、とっても似合ってますよ」
シモルグ様にそう言われたサリエルちゃんは、両手で頬を押さえて、めっちゃ照れてたよ。サリエルちゃんにとってシモルグ様って、憧れや尊敬する相手なんだろうか?
「ありがとうございます~~」
嬉し恥ずかしのサリエルちゃんは、リリエルちゃんの後ろに隠れちゃった。でも、サリエルちゃんの方が体が大きいので、全然隠れてないけどね……
「シモルグさん、おひさ~~」
なんてリリエルちゃんが、気安く挨拶をしてた。
「相変わらずねリリエルちゃん。今はそこのナナミィさんとお友達なの?」
「はいですぅ。私はナナミィさん、大好きなのですぅ」
ああ……、可愛いリリエルちゃんから、大好きって言われて幸せです。っていうか、リリエルちゃんって、シモルグ様と知り合いだったの?
「シモルグ様は、リリエルちゃんとお知り合いなんですか?」
聞いてみた。
「そうですよ。あれは500年ぐらい前だったかしら、ユニコーンの里の近くに恐ろしい魔物が現れたので、追い払いに行ってみたら、彼女だったのです。見た目は凄く恐ろしいのに、泣いてたのよ。あまりに可愛そうなので、慰めてあげたらなつかれたの」
えぇっ? 見た目が恐ろしいって、以前はどんな姿をしてたの?
「あぁ~~~! バラしちゃダメですぅ~~~~~!」
リリエルちゃんが、両手をバタバタさせて抗議をしてた。今はこんなに可愛いのに、まったく想像が出来ません。
シモルグ様は、クスクス笑っておられました。
なんか今日はこれで終わってもいいかな、と思ってたら後ろから声を掛けられた。
「あの~~……、僕はどうしたら……?」
最後にやって来たムート君が、苦笑しながら立っていたよ。
「ちょっとあんた達! ムートの活躍するところをよ~~く見てなさいよ!」
ラリティアがあたしに向かって、ブヒヒ~ンって感じに吠えてた。馬だけに。
「今年の最後は、ディアナ様のご子息のムートさんね?」
「は……はい。よろしくお願いします」
さすがの竜王も、緊張しているみたいだ。
「う~~ん、ムートさんの前世はドラゴンだったって言うし、生まれ変わってからも実戦経験は豊富なので、ちょっと本気を出そうかしら?」
シモルグ様が恐い事を言い出したよ。
「さっきまでは本気じゃ無かったって事?」
「当たり前でしょ。14歳の子供が、守護聖獣とまともに闘えるわけ無いじゃないの!」
あたしの疑問に、ラリティアが怒って答えた。この子はすぐに突っ掛かるよね。
「それに、一度アリコーンと闘ってみたかったのよね」
と言ってシモルグ様が、お茶目に笑って見せた。その直後に、彼女の体内の魔力が大きくなって行くのが感じられた。
「みなさんここから離れるのですぅ!」
リリエルちゃんが焦ってあたしの足を引っ張った。こんな所で、バハムートとシモルグが闘ったら、ただじゃ済まなそうだ。あれ? アリコーンと闘いたいって言ってたから、バハムートは無しか。
「あと300mぐらい離れて下さいね」
「ハイッ」
と言ってあたしは、ラリティアのツノを掴んで、引っ張って行った。
「離しなさいよ! 私はここでムートの勇姿を見てるんだから~」
「馬鹿者! お主も巻き込まれるぞ!」
ポチャリーヌもラリティアのお尻を押して、強制的に歩かせていた。
「ほら、サリエルさんも離れるのですぅ~」
もう一人、ここに残りたがった子がいたよ。リリエルちゃんはサリエルちゃんの尻尾をかつぐように持って引っ張って行った。
「ああ~……シモルグ様の闘うお姿をひと目……」
抵抗は無駄だった。リリエルちゃんは小さな体に似合わぬ力で、サリエルちゃんを連れて行ったのです。サリエルちゃんは残念そうにしてました。
「さてムートさん、あなたへの試練は、このメダルを私から奪う事です」
そう言うとシモルグ様は、メダルをひょいと投げた。するとそれは光出したのです。さらに似たような光が5個現れました。計6個の光は、シモルグ様の周りを回り始めました。つまりあの中から、メダルを探して取らなくてはいけないって事?
「あれは光の精霊ですよ」
リリエルちゃんが、あたしとポチャリーヌに教えてくれました。
「ほう……、守護聖獣様は精霊使いなのか?」
「そうです。凄いですよね、私達使徒でさえ出来ないのに。ああ、もちろんディアナ様なら可能な事ですよ」
サリエルちゃんがうっとりした顔で教えてくれた。ディアナ様の事が、ついでみたいになってたけど……
「さあ、取ってごらんなさい」
シモルグ様がそう言うと、6個の光が高速で飛び回りました。
「そこだっ!」
ムート君は前足で挟むようにして、6個の光の一つを掴もうとした。しかし、狙った光はスルリとかわしてしまいました。
「あら? よく分かったわね」
「最初から見てましたからね」
ムート君が得意げに言った。
「なら、こうしちゃいましょう」
6個の光は、高速でシャッフルされちゃいました。
「メダルはどれでしょう~~」
シモルグ様は、すっごく楽しそうだ。
「ほらほらほら~~」
光の玉がギュンギュン飛び回って、もう目で追う事が出来ません。いや、どんだけ速いんだよ。
「ねえ、ひょっとして、ポチャリーヌは見えてたりするの?」
「なにを言う、見える訳あるまい。こういうのは魔力の動きを感知するのだぞ」
「……へぇ~~……」
「む。疑っておるのか?」
「いやだって、あんたがまともな事を言うから、感心してるのよ」
「それじゃ妾がいつもは……」
「ちょっとあんた達! ムートの活躍をしっかり見ときなさいよォ!」
あたしとポチャ子の会話に、ラリティアが割り込んで来た。
「ラリティア、あなたはこんな所に居てもいいの? アルテミナの手伝いがあるのでしょう?」
シモルグ様がムート君の相手をしながら、ラリティアにも注意をしてるよ。さすがは先代女神様の使徒です。
「え? いや、もうちょっと……見て行こうかな。なんて……ね……」
ラリティアが一気にトーンダウンしちゃった。そんなラリティアに、シモルグ様は優しい声で言いました。「だ・め」と……
「す……すいませんでした~~!」
ラリティアは慌てて戻って行ったよ。あたしとポチャリーヌは最後まで見てくけど、後で色々からまれそうだな。
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「最後の奴は、変わった姿をしてたな。羽が生えてるように見えたぞ。もしかしてペガサスか?」
ノルドは上空を見上げ、ぽかんと口を開けながら言った。
「ペガサスなんて伝説上の魔物だろ? 新種なのかもな」
ハッサンが、仕掛けた罠をいじりながら答えた。
「なあ、今日はもうムリなんじゃねぇの?」
ノルドはすでに、諦めモードになっていたようだ。今だにユニコーンを捕まえる気で居るハッサンを呆れたように見ていた。
「その……何て言ったかな? 魔法を妨害する魔道具」
「アンチ・マジックフィールド・ジェネレーターな。一定の範囲で、魔法を無効化してくれるそうだが……」
ハッサンは、円筒状の魔道具を眺めながら言った。
「それを使えば、ユニコーンは飛べなくなるんだったな。本当に効くのか?」
「オレらにこれをくれた一つ目の魔物は、効果てきめんだと言ってたがな……」
「ああ……、確かイチモクレンとか言った……」
ノルドがそこまで言った時、頭上から悲鳴が聞こえて来た。
「きゃ~~~~! 落ちる~~~~~!」
ラリティアは突然、足元から空中歩行の魔法が消えた事に、パニックになっていた。さらに、ツノからの魔法も発動しなかった。
「えぇっ? どうしてぇ~~~~?」
彼女は足をジタバタさせながら、森の中に落ちてしまった。勢い良く突っ込んでしまったが、木々がクッションになってくれて、地面に激突せずに済んだ。それでも完全にはスピードが殺されず、何度も転がって行き、岩にぶつかって気を失ってしまったのだ。
「何だ、何が落ちて来た?」
ハッサンとノルドが慌てて周りを調べた。そして、岩場で気絶しているラリティアを見付けた。
「こんな所にユニコーンが……」
「すごいな、あの魔道具が効いたのか? いや、そんな事より、ツノを取るぞ」
そう言うとハッサンは、ノコギリを取り出した。
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「取れた~~~!!」
ムート君が前足のひずめで、メダルをはさんでいます。飛び回っていた光の中から、やっとメダルをキャッチできたようです。
「はい、よく出来ました~~」
そう言うとシモルグ様は、魔法でメダルにひもを付けて、ムート君の首に掛けた。
「さすがはディアナ様のご子息ですね。他の子達より倍のスピードだったけど、見事に捕まえましたね」
倍の速度でも捕まえられるなんて、さすがは元竜王だけはあるね。って思ったら、ムート君はぐったりしてた。どうやら、魔法を使わないでやってたらしい。
「試練だから、魔法は使えなかったのですか?」
あたしはシモルグ様に聞いてみた。
「いえいえ、別に使ってもいいのですよ。ムートさんは真面目ですねぇ」
「本当ですか? 母上から試練では魔法を使ってはいけないと言われましたが?」
シモルグ様の言葉に、ムート君がびっくりしてた。
「フフフ、相変わらずお茶目ねぇ。まあそれだけ、あなたのレベルが高いという事じゃないの?」
などと笑うシモルグ様。確かにムート君の魔力量は、他のユニコーンの子に比べて、桁違いに多いみたいですしね。
「さあ、早く戻りなさいな」
シモルグ様に言われて、あたし達は戻る事にしました。サリエルちゃんは名残惜しそうにしてたけど、リリエルちゃんに引っ張られて行きました。
「それじゃまた来るですぅ~~」
リリエルちゃんがシモルグ様に別れの挨拶をすると、周りの景色が消えて再びユニコーンの里に戻って来ました。
目の前にいたのはディアナ様。
「よく試練を突破しましたね。大変だったでしょ?」
なんて、しれっと言ってるよ。
「……母上、魔法を使ってもいいと言われましたよ?」
「あらそうでしたか? そんな事より、パーティーが始まりますよ」
「わ~~い、パーティーですぅ~」
「うむ、それはいいな」
リリエルちゃんとポチャリーヌに、あたしとムート君が連れて行かれたので、この件はうやむやになっちゃいました。
ムート君は肩を落としてため息をついてたので、「ドンマイ」と言ってあげた。
「ああ、やっぱり君達もユニコーン山に行ってたんだね?」
そう言えばポニエル様もいましたね。シモルグ様の印象が強過ぎたおかげで、すっかり忘れてました。
「おや? ラリティアは一緒じゃないのかい?」
「へ? あの子は先に帰りましたよ」
「それは変だね、まだ帰って来ないよ」
帰ってないってどういう事? シモルグ様に言われて、急いで帰ったはずなのに。
「道草でも喰ってるんじゃないの? 馬だけに」
サリエルちゃんがウマい事言った。
「そうだね~、僕もたまに道端の草を食べたくなるからね~」
なんて、衝撃発言のポニエル様。
「マジっすか?」
「ま~冗談だけどね。そんな事より、君達ラリティアを見なかったかい?」
ポニエル様って、案外ノリがよかったんだ。そして、先に帰って来たセッテ君達に、ラリティアの事を聞いてました。
彼らはお互いの顔を見合わせてから、「知りません」と言った。
ムート君のそばにもいないし、これって異常事態じゃないの?