第77話 草原の使徒ポニエル
テディエル様の所から帰って来て、2週間経ちました。今度は第7使徒のポニエル様の所に行きます。
彼も世界中を回っておられ、今はリュウテリア公国のお隣の国におられます。お隣と言えば、あたしやリップがお友達になった、アドリアスとシエステがいる国です。この国の第一王子と、その婚約者の公爵令嬢ですが、会えるかもしれないね。
とは言え、結構広い国だし、目的地は森林地帯なので、さすがにそんな場所に王子様がいたりはしないでしょうが……
隣国の名はエルドランテ王国。東西に長い国で、高い山々、大きな湖、それに砂漠もあります。広大な農地では色々な作物が育てられ、鉱物資源も豊富な豊かな国なのです。そんな国の小高い丘に、あたし達はやって来ました。
「ここがポニエル様がいる、サマルタント森林地帯ですね」
リリエルちゃんが、地図を見ながら教えてくれました。
「ふむ、温暖な気候で、すごし易そうではないか」
ポチャリーヌが周りを眺めて言った。
「うふふ、こうやってみんなで出掛けるのって、久しぶりね~~」
あたしの頭上から可愛い声が聞こえて来ました。今日のあたしのパートナーのサリエルちゃんが、フワフワ飛んでいます。
任務のお供という事で、いつもの可愛いドレスじゃなくて、フリル少なめのワンピースを着てます。それに、ちゃんと下着も付けてたよ。
「今日はドロワースをはいてきたんだね、サリエルちゃん」
「そうよ、初対面の方にノーパンは失礼だからね」
……うん? 初対面ってポニエル様の事? でもサリエルちゃんて、会った事あるんじゃないの?
「それにしても、ラビエル君って何やってんのかしらね。今日もペギエル様に、用事を言付けられていたわよ」
そうなのだ、この前あたしのピンチ?に、駆け付けてくれたのだけど、ミミエルとの勝負なんて事をやってたので、再びペギエル様を怒らせてしまったのだ。なので今回の任務も、ラビエルは不参加なのです。
「では、ポニエル様の所に行くですぅ」
そうしてあたし達は、目的地に向かって転移したのです。
ポニエル様がいるのは、ユニコーンの里と呼ばれる場所です。そこで何かのイベントがあるので、ゲストで参加するそうです。
なぜポニエル様が参加するのかといえば、名前の通りポニーの姿をした使徒様だからです。
ぱっと景色が変わり、広い草原に出ました。
目の前には1頭の小馬。クルクルっとした、たてがみと尻尾が可愛いポニー、ポニエル様です。使徒様なので、背中に小さな翼が付いますが、まるでペガサスのようです。背の高さは、フワエル様と同じ位ですね。
「やあ、来たねガールたち。僕が第7使徒のポニエルだよ」
ポニーが歯を剥き出して、キラリ~ンと笑顔で言いました。……うざい。
「こんにちはですぅ。相変わらずウザイですねぇ」
なんて正直な事を言うリリエルちゃん。ポニエル様は苦笑をしてたよ。
「ハハハハ、いつも手厳しいね君は。そちらがナナミィさんとポチャリーヌさんだね? 初めまして」
そう言ってポニエル様は、あたしに右前足を差し出しました。
「初めまして、ナナミィ・アドレアです」
あたしは握手をしつつ、挨拶をしました。さっきは『うざい』なんて思ったけど、本当はポニーも好きなんです。可愛い姿を見てると、ハグしたくなるぞ。
「お初にお目に掛かります、ポチャリーヌ・ド・アリエンティです」
ポチャリーヌは貴族の娘らしく、カテーシーでのご挨拶。
あたしとポチャリーヌは、ポニエル様の首のあたりを見ていた。彼はその視線に気が付いたのか、「なんだい、ハグしたいのかい?」と言った。
あたしはソッコー、ハグッと抱きしめた。
「ああっ! お主ばかりズルイぞ!」
ポチャリーヌも、ポニエル様に抱きついた。
「ハハハハ、やあ、困ったね~」
と、呑気に笑うポニエル様。
「あははは! ナニやってんのあんた達?」
サリエルちゃんは大笑いしてたよ。
「来たわねナナミィ・アドレア」
む、あたしをフルネームで呼ぶ声に、聞き覚えがあるぞ。
「あなたは、ラララ……ラリラリ……」
「ラリティアよ! もう忘れたの?」
「そう、それ。ラリティア・ラリムーナね。お久しぶり」
覚えてるけど、わざとボケてやった。そんな面白い名前、忘れるはずもないよ。自称ムート君の婚約者だし。
「このユニコーンはお主の知り合いか?」
「自称ムート君の婚約者のラリティア・ラリムーナちゃん。略してラリ・ラリ」
「なんと! 婚約者とな?」
あたしの言葉に、ポチャリーヌがビックリ。
「まあ、自称だけどね」
「なによ! 私はムートと結婚するのよ! っていうか、ラリラリって言うな!」
「ふむ……、お主可愛いな」
と言ってポチャリーヌが、背伸びをしてラリティアの顔を撫でていた。
「あんた私より年下のくせに、生意気な。ま……まあいいわ、そんな事よりユニコーンの里へようこそ。里を代表して歓迎するわよ」
ラリティアがお出迎え役だったわけね。ポチャリーヌの本当の年齢を知ったら、ビックリするぞ。
ラリティアを先頭に、あたし達は草原を歩いて行きました。草原と言っても、緩やかな坂になってます。広大な森林地帯の真ん中に大きな丘が一つあり、上が平になった形は、まるで低いテーブルマウンテンのようです。そこにユニコーンの里があるのです。馬ばかりの里って、牧場のような場所なんだろうか?
固く締まった土の道をしばらく歩くと、間も無く里に着きました。
そこで見た景色は、予想を裏切る素晴らしいものだった。
丘の上にはメインストリートのような広い道があり、そこを中心に小さなお家があちこちに建っていますよ。馬小屋とかじゃなくて、普通のお家です。デザインがドラゴニアの家とは違って、壁に綺麗な模様や絵が描いてあります。中はどうなっているんだろう? 後で見せてもらわなくちゃ。
それと、道ばたや庭に木が植えてあり、花壇には色とりどりのお花が咲いて、全体的に華やかな雰囲気です。
道を歩くのがユニコーン達なので、実に不思議な光景だ。
「そう言えば、屋台っぽいのがたくさん出てるけど、何かのお祭り?」
あたしはラリティアに聞いてみた。
「なに言ってんの、今日は『青年の試し』の儀式がある日よ。……まさか知らないで来たの?」
「なにそれ? おいしいの?」
まさか、なのである。そんな事があるとは、聞いて無いのである。
「リリエルちゃん、聞いて無いけど……」
「はい?」
リリエルちゃんが小首をかしげて、キョトンとしてた。ああ、これはすっかり忘れてたな。
「まあまあ、しょうがないよ。君達の今日の仕事は、僕に会って任務の見学だからね。リリエルもそこまでは知らなかったんだろうし」
ポニエル様が弁解してくれました。それならしょうがないか。
あらためて説明を聞きました。『青年の試し』とは、14歳になったユニコーンが、成人になる資格があるのかを試す儀式だそうです。馬だから成馬かな?
儀式と言っても、そんなに大袈裟じゃなくて、お祭りのようなものだそうです。
あたし達はメインストリートを通って、儀式の会場まで来ました。途中、ユニコーン達に「こんにちは」とか「楽しんでいってね」なんて声を掛けられました。ユニコーンってば、なんてフレンドリーなんでしょう。
メインストリートの先には、円形の広場があり、大勢のユニコーンが集まっていました。広場の中心には低い台があり、その上には、他のユニコーンより体の大きな女性が、威風堂々と立っていました。この方がユニコーンの里の長なんでしょうか?
「ママ、使徒様達をお連れして来たわ」
ラリティアが、そのユニコーンの女性に声を掛けた。
「うむ、ご苦労。みなの者よく来たな、我が里長のアルテミナ・ラリムーナである。そちらの3人は初めてだな。楽しんで行けよ」
ラリティアのママは偉そうな馬でした。アルテミナさんはディアナ様とは正反対の、キリリとした目をしてます。でも、あたしとポチャリーヌを見る目は、とても優しい表情をしていました。
アルテミナさんの言う初めての3人とは、あたしとポチャリーヌとサリエルちゃんの事でした。だからサリエルちゃんは、初対面と言ったんだね。
「さて皆の者、これより『青年の試し』の儀式を執り行う。今回参加するのは5名だ。さあ、壇上に上がるのだ」
アルテミナがそう言うと、5人のユニコーンの子供が上がって来ました。みんな14歳なんだね、子ユニコーンは可愛いぞ。ちなみに、馬なら1頭2頭と数えるんだけど、言葉を話せる魔物だし、あたしの心情的に『人』で数えます。
「……おや? 見た顔があるぞ。あれはムートじゃないのか?」
なんてポチャリーヌが言うので、あたしも壇上の子達をじっくりと見てみた。
「あ! ムート君だ!」
「本当ですぅ! ムートさんですぅ!」
あたしとリリエルちゃんの声に気付いたムート君が、バツが悪そうにはにかんだ。ポチャリーヌはよく気がついたなと思ったけど、一人だけ翼があるアリコーンなので、すぐ分かるよね。っていうか、あたしは言われるまで気が付かなかった……
なんせ、他の子の後ろに、コソっと立っていたのよね。
「何でムートさんは、ここに居るのですか?」
「何でって、ムートはこの里の出身だからでしょ?」
リリエルちゃんの質問に、サリエルちゃんが答えます。そう言えばムート君のパパは、ユニコーンの里の住人でしたね。
「今回は女神様の息子も参加するので、ディアナ様もご覧になる」
アルテミナさんが厳かに語り出しました。ディアナ様も来てるの?
「セッテ、ミイナ、サラスダ、セスタ、そしてムートよ、励むがよいぞ!」
「お~~~~~~~!!」
アルテミナさんが参加者を紹介すると、みんなが歓声を上げました。男の子4人と、女の子が一人ですね。
5人いっせいに『試し』を行うのかと思ったら、一人づつだった。どんな事をやるのかと思って、ラリティアに尋ねたら、守護聖獣の元に行って『証し』をもらって来るんだそうだ。なにそれ、簡単。
「何言ってんの。簡単なわけないでしょ」
……ですよね~~、通過儀礼的みたいなものだし、きっと難しいに違いない。
壇上のユニコーンの少年少女も、心なしか緊張してるよ。
「ムート頑張れ~~~」
あたしの後ろから呑気な声がするので、振り返ったらディアナ様だった。
緊張感台無しだ。