第76話 ナナミィの嫌いなモノ-2
あっという間に、イルザ山の頂上に着きました。
あたしとポチャリーヌとミミエルはぐったりダウンしてます。幸い朝食は、無駄にならずに済んだけど……
リリエルちゃんは、一人元気ですよ。どうなってんだ?
あたし達が復活するのに、10分程かかりました。その間に、もう一匹のフェンリルが偵察に行ってくれていました。
「ケンパスは、いつもの場所に居ましたよ」
いつもの場所とは、崖の上から周りを見渡せる場所だそうです。この辺りは草食のおとなしい動物が多いので、それを狙う肉食の動物や魔獣が集まります。ケンパスはそんな魔獣達を、罠に掛けているのです。
イルザ山には珍しい魔獣がいるので、ハンターがよく訪れるそうです。そしてそのハンターが罠に掛かってしまい、10人以上の犠牲者が出ているといいます。
「取り敢えず、妾達で近付いてみるか。幻術と言うのがどんなものか、確かめねばならんからな」
と言う訳で、あたし達はケンパスに突撃となりました。
……いやちょっとマテ。
あたしには無理無理。
ヘビ嫌いなドラゴンに、ヘビに近づけって無理だから。
そんな事したら泣くぞ。
「大丈夫だ。何でも奴には毒は無いって話だ」
ポチャリーヌがいい笑顔で言った。
「そうですよ、ナナミィさんは私が守るのですぅ」
いや、リリエルちゃんには無理かと……
「では行くぞ!」
ああ~~、手を掴んで引っ張らないで~~~。
後ろからはミミエルに押されて、否応なく連れて行かれるあたし。
「ひぃぃぃぃ~~!」
あのヘビがこっちに気が付いたよ。
まずい、と思った途端、みんなの動きが止まった。
「……? どうしたの?」
あたしに気遣って、止まった訳じゃなさそうだが……
「なんで私は、おうちに居るのですかぁ?」
「妾の屋敷の庭なのか?」
「いつの間に神殿に戻ったの?」
……は? 何を言って……
「そうだ、コカトリス達に魔力をあげなきゃ」
「今日はお姉様と、庭の手入れをする約束でしたわね」
「まずい、ペギエル様に報告書を出すのを忘れてたわ」
「ちょっとみんな、何を言って……、そうか、幻術か!」
3人は幻覚でも見ているんだろうか? 突然変な事を言い出したよ。そして、崖に向かって歩き出した。
「あ~~! 危ない! 前に出ちゃダメ~~~!!」
あたしは慌ててポチャリーヌの所に飛んで行き、ガッシリと捕まえた。
「誰だ、邪魔をする奴は?」
「何で抵抗するの~~?」
ポチャ子の奴、あたしが分からないのか? 逃げようとしてるよ。
何とか押さえ込んで、その場を脱出だ。ああっ、リリエルちゃんも崖から落ちそうになってる。ミミエルは放っておきたいけど、そうもいかない。
空いてる方の腕にリリエルちゃんを抱え、尻尾でミミエルを捕獲して脱出した。
100mぐらい飛んで、茂みの中に飛び込みました。
3人を放り出して、あたしも不時着した。
「ひぃ~~~、死ぬかと思ったぁ」
なんとか飛んで来れた。……あれ? 魔法は使えないんじゃなかった?
ああそうか、飛行もブレスと同じで、魔力を魔法として使っていないんだった。
「ナナミィさんには、幻術が効かなかったのか?」
ヴァナルガンドが、不思議そうに言った。
「そう言えば、あたしは何も見なかったな。もしかして、ヘビが大嫌いだと、幻術に耐性が出来るのかな?」
「うう……、そう……なのか?」
ポチャリーヌは頭を押さえながら、うめくように言った。
「そうねぇ……、特に何も変わった物は見えなかったな」
「妾には自宅の庭が見えたぞ。そうしたら、もう庭の事しか考えられなくなったのだ。視覚だけじゃなく、精神にまで影響があるのか……」
「私には、おうちが見えたです……」
「私は、空中神殿の自室にいたわね……」
ケンパスの幻術恐るべし……
「こうなると、戦えるのがナナミィだけだな。頑張れよ」
あたしの肩をポンと叩くポチャリーヌ。
「ちょっと待って、そんなの無理よ~~」
「何言ってるの、倒せるのがあんたしか居ないでしょ」
ミミエルもあたしの肩を、ペチ~ンと叩いた。
ああ……肩を叩かれるってこういう事か(違う)
でも頑張らなきゃ、ディアナ様を失望させちゃう……
仕切り直しです。
「あたしの攻撃は、ブレスしかないけど……」
「上等よ。それをブチかましておしまい!」
ミミエルが無責任に言い放った。
「妾が考えるに、幻術を使う魔物は、攻撃力や防御力が弱いのだろう。それに人間のような頭なので、視界が狭い可能性が高い。頭上からブレス攻撃での不意打ちがよかろうぞ」
「な……なるほど」
ポチャリーヌの分かり易い作戦で、勝てそうに思えて来た。こういう時に、元魔王の存在は心強いね。
あたしは静かに飛び立って、魔物の上まで移動します。下を見ると、キモイ蛇がいた。うう~~見たくない。だって人間の下半身が蛇になったような姿をしてるし……
そんな事を言ってる場合じゃないね。魔力を集中して高めて行き、ドラゴンブレス発射!
さあ! 地獄の業火をくらえ!
って、勇ましく攻撃したけど、しょぼいブレスしか出なかった。
今ので、ケンパスに不意打ちがばれたよ。
「ナナミィ~~、剣だ。剣を使え~~!」
ポチャリーヌがあたしに叫んだ。剣で直接攻撃なんてさすがに無理だよ。
なんて考えてたら、ケンパスの姿がスゥ~っと消えて行った。
「あ! 消えた! これって幻術?」
「いや、お主には幻術は効かぬのだろう。それはたぶん光学迷彩だぞ、体の表面を鏡のように変化させて、周りの景色を反射しているのであろう」
それって、リリエルちゃんの手下のレイスと同じだ。レイスもよく見ると、光が体を通り抜けている訳じゃないので、背景とズレが出来て不自然な感じがするのです。それなら、よく見れば見付けられるかも。
この状況はありがたいです。なんせ、あのキモイ姿を見なくて済みますしね。景色に違和感がある場所を、剣でブッ刺せばいいのですから。
上空から岩場をじっくり観察します。この崖は柱状節理の上の部分なので、六角形のパターンがびっしりと並んでいます。なので、おかしな所があれば、すぐに分かるはずですよ。
じぃーーっと見ていたら、パターンの繋がっていない場所があった。よく見ると、長細い形になっているので、間違い無くケンパスだ。あたしはブレスレットから剣を取り出し、両手で持って構えた。そして間髪入れずに突撃!
余計な事は考えずに、剣で突いた。
手応えあり。
ケンパスは堪らず姿を現しましたが、あたしが刺したのは尻尾の方だった。
あ……まずい、これは反撃されるヤツだ……
ケンパスは牙をむき出して、あたしに噛み付きに来た。口の中には鋭い牙がたくさんあって、やばそうです。
……あれ? ヘビの牙って、2本じゃなかたっけ?
こいつ本当にヘビなのか? そう言えば、アシナシトカゲって、足の無いトカゲがいたよね?
冷静になってみれば、こいつさっきから、まばたきしてるぞ。『まぶた』のあるのは、ヘビじゃなくてトカゲなんじゃあ……
「トカゲかぁ~~~~!」
あたしはケンパスの尻尾を掴んで、ハンマー投げのように崖に向かって放り投げた。
「紛らわしいんじゃあ~~~!」
そしてフルパワーのブレスを叩き込んでやった。
火だるまになったケンパスは、200m以上ある崖を落ちて行ったのです。
終わった。
「どうしたナナミィ、ヘビが苦手じゃなかったのか?」
ポチャリーヌが、やや引き気味に聞いて来た。
「ヘビならね。あの魔物はヘビじゃなかったよ、トカゲの魔物だったのよ」
「え? あれってトカゲなのですか?」
「トカゲの中には、足の無い種類がいるのよ。それで奴にもトカゲの特徴があったから、分かったってわけ」
あたしの説明に、リリエルちゃんはキョトンとしてたよ。ミミエルやフェンリル達も、今ひとつ理解してなかった。
「ふ~む、確かにケンパスの姿をよくよく見れば、トカゲの特徴があるな。この世界では、ヘビとトカゲの違いは認識されていないのだろうて」
ポチャリーヌが、ブレスレットの魔獣図鑑の画像を見ながら言った。
「すごいですぅ。私達が出来なかったのに、ナナミィさんが倒したのですぅ」
「本当ですね、これでもうみんな安心ですよ」
うん、あたしもやれば出来る子なんだね。
「でも、ヘビ嫌いは克服出来てないんじゃないの?」
ミミエルが、空気も読まずに突っ込んだ。
「……あ」
そうだった、ヘビ嫌いが治ったわけじゃなかった。
「大丈夫なのです、ナナミィさんなら克服出来るのですぅ」
リリエルちゃんの期待がプレッシャーだ……
あたしは力無く笑うしかなかった。
フェンリルの村に戻ったあたし達は、めっちゃ感謝されたよ。
ヴァナルガンドに見送られて、テディエル様のテントに帰りました。