第75話 ナナミィの嫌いなモノ-1
テディエル様の任務を無事達成したあたし達は、フェンリルの村に一泊しました。
夕食もご馳走になったけど、生肉じゃなくて、ちゃんと火を使って焼いていたのにはビックリした。火は魔法で出していて、調味料でちゃんと味も付いていました。調味料は、蔓植物の小さな実を乾燥させ、それを粉にした物で、味はコショウみたいだった。さらに塩も使っていて、まさに塩胡椒だよ。むろん美味しかったです。
狼の魔物なのに、何という文化的な生活なんだろう。家もあるし、これで服を着ていないのが不思議だね。
と思ったら、フェンリルの女の子達が、ミミエルにドレスを着せられていたよ。嫌がらずにむしろ積極的に着てたので、狼も可愛い物が好きだったみたい。
新たなミミエル派が誕生したようだ。
さて、朝になったので、あたし達はテディエル様のテントに帰ります。
「お待ち下さいテディエル様。我らから依頼したい事があるのですが、聞いてもらえませんでしょうか?」
帰りぎわにヴァナルガンドが、お願いして来ました。
「何でしょう、ヴァナルガンドさん」
「ここより山一つ向こうにある岩場に住んでいる魔物を、討伐してもらえたらと……」
何やら深刻そうなので、事情を聞く事になりました。
「向こうの山……人間の間では、イルザ山という名前ですが、そこの岩場に3ヶ月ぐらい前から、一匹の魔物が住み着いたのです。厄介な事に、この魔物は幻術を使うので、仲間が5匹も犠牲になりました」
「幻術?」
幻術という言葉に、ポチャリーヌが興味を持ったみたいだ。
「はい、道が無い場所に道があると思わされて、崖の下に転落してしまうのです。そして仲間が喰われてしまいました……」
歩いていたら、道じゃなくて崖だったなんて、えげつない攻撃だね。
「う~~ん……それは魔物の生きるすべだから、討伐対象になるかどうか……」
テディエル様が困っていました。確かに、肉食というだけでは、退治出来ませんよね。その理屈でいったら、フェンリルも討伐対象になっちゃう。
「しかし、人間や獣人の犠牲者も出ていますし、ハンターギルドにも、貴族からの討伐依頼が複数出されています。ちなみにオレも、ハンター登録しています」
なんと! ヴァナルガンドもハンターだった。ランクはAランクですって。よく見たら、首にライセンスプレートを付けていたよ。長い毛に隠れて、気が付かなかった。
「ここの森の中では、魔法が使えないんじゃなかったのか?」
ポチャリーヌがヴァナルガンドに聞きました。
「どうやら幻術とは、魔法の類いじゃないようです……」
「何それ、妖術とか超能力なの? もう魔物じゃ無くて妖怪だね」
あたしは呆れたように言った。
「おお、妾の居た世界では、デモンと言っておったぞ」
「デモンは悪魔じゃないの?」
話がそれたけど、ちょっと盛り上がったね。
「なるほど、それは捨て置けないね。一応ペギエル様にお伺いしてみるよ」
「あ……ありがとうございます!」
ヴァナルガンドは伏せの姿勢で、感謝していた。
「妖術ではなく、スキルと言った方がいいだろう」
ペギエル様に確認する間に、さっきの話の続きです。
「スキルとは能力の事だな。魔獣や魔物が魔力を使って、色々な現象を起こす事が出来るのだ。例えば、ドラゴンが炎を吐けるのもスキルなのだぞ」
「ええ? でも昨日、炎が出なくて煙しか出なかったよ?」
「ふむ、それはおそらく、お主がブレスをスキルじゃ無くて、魔法として出しておるからじゃないのか? 細長く出したり、機関銃のように発射したりしてるだろう?」
「ああ~~そうね。じゃあ意識しないで、ブレスを出せばいいのか」
あたしはちょっとやってみた。魔力をお腹から喉に移動させて、プォーーっと出すと、ちゃんとブレスが出ました。よかった~~。
そばにいたフェンリルが、ビックリしてたけど……
20分後にペギエル様から返事が来ました。
「討伐要請受諾しました。ナナミィさん、ポチャリーヌさん、やっておしまいなさい。……ミミエルさんは後始末お願いね」
リリエルちゃんが、「私は私は?」なんて顔をしてるけど、ペギエル様からの通信は切れちゃいました。そんなリリエルちゃんが、期待を込めた目であたしを見てるので、頭をなでなでしながら「リリエルちゃんが一番頼りになるんだよ」と言ってあげました。
魔物の討伐は、討伐隊の任務なので、テディエル様は村で待機となりました。
「それで、現地へはどうやって行くのだ? 妾は飛んでは行けんぞ」
「それなら我らが背に乗せて行こう」
という訳で、あたし達はフェンリルの背中に乗せてもらう事になりました。
豆知識ですが、ドラゴン族の飛ぶ速さは、通常時速60~70キロです。瞬間的には100キロぐらいは出せます。
何でこんな話をしてるかと言えば、今あたしはドラゴンの最高速を超えるスピードで走っているからです。
いえ、走っているのはあたしじゃなくて、あたしが乗っているフェンリルです。地上を走っているのに、とんでもなく速いです!
間違い無く200キロは出てる!
新幹線なみのスピードで、森や草原を突っ走ってます!
あまりのスピードに、あたしもミミエルも、ヴァナルガンドの背中にしがみついています。恐すぎて、悲鳴すら出ませんよ。
「いえ~~い、速いですぅ~~~」
隣を走るフェンリルを見たら、ポチャリーヌに抱かれたリリエルちゃんが楽しそうに騒いでいたよ。ポチャ子は笑顔のまま、固まってたけど……
「着きました」
ヴァナルガンドが後ろを振り向いて、あたしに言った。でもムリ、返事なんて出来ないよ。
「もう終わり? 楽しかったですね~、ナナミィさん」
なんて、イイ笑顔でリリエルちゃんが言うけど、あたしとミミエルは、力無く笑うので精一杯でした。
到着した場所は山のふもとで、目の前には大きな岩壁が見えます。イルザ山と言う山で、崖は岩の柱をびっしり並べたようになっていた。これは、溶岩が冷えて固まる際にひび割れて出来る、柱状節理という物です。日本では玄武洞が有名ですね。
という事は、イルザ山は火山なんでしょうか? ここの溶岩には、魔法を妨害する成分でも入っているのかな?
「あそこの岩の所を見て下さい。長細い魔物が居るのが分かりますか。あれが目的の魔物で、ケンパスと言います」
ここから300mぐらい離れた、岩壁の上の方にいるようですが、ドラゴンの目でも見にくいです。何でも、このくらい離れてないと、気付かれてしまうそうな。長細いと言うから、コカトリスみたいな魔物かな?
「体長4mはある、蛇の魔物です」
むくりと体を起こしたその魔物は、まさしくヘビだった!
あたしがこの世で最も嫌いで、考えるのも嫌な生き物ヘビ!
「ぎゃ~~~~~~~っ!!」
口から勝手に悲鳴が出て来た。ポチャリーヌが慌てて、あたしの口を押さえた。
「大きな声を出すな。ヤツに気付かれるぞ」
「むぐう~~……」
あたしは自制が効かず、涙がボロボロ出て来ました。
「まさか、お主はヘビが苦手なのか?」
「苦手じゃなくて、生理的に受け付けないの~」
「お主と同じ爬虫類なのにか?」
「あの手足が無くて、ニョロニョロ這いずるのがイヤなのよ~。それに厳密に言えば、ドラゴンは爬虫類じゃないのよ~~」
あたしは頭を抱えてしまいました。
「ほら、そんなにヘビっぽくないぞ」
そう言ってポチャリーヌは、ブレスレットに入っている魔獣図鑑の画像を見せた。それは、人間のような頭と上半身のヘビだった。しかも腕は無くてもろヘビだし、目玉は真っ黒で、ぼっこり穴が開いてるみたいだ。
超キモイ!!
「うっひゃ~~~~~~~!!」
叫んだら今度はブレスまで出ちゃった。そしたらいきなり、口の中に何か柔らかい物を突っ込まれたよ。
「ふう、マクラを持って来てよかった。手で口を押さえていたら、火傷をするところだったぞ」
「もう! ナナミィさんをいじめちゃ、ダメなのですぅ」
リリエルちゃんだけがあたしの味方だよぉ。
「落ち着いたか?」
そう言ってポチャリーヌが、あたしの口からマクラを抜いた。
「少し焦げてしまったな、お気に入りの枕なのに……」
まて、それは昨夜あんたが使ってたヤツか?
「え~~と……大丈夫ですか?」
ヴァナルガンドが、心配そうに聞いて来た。
「だ……だいじょぶデス。別にヘビと、お友達になろうという訳じゃないし、ぶっ倒すだけなら、やれマスですよ」
何とか立て直せたみたいだ。大嫌いな相手だからといって、泣いてる訳にはいきません。あたしも女神様に選ばれた、討伐隊のメンバーなんだもん。
うん、何とか大丈夫だ。
「……ナナミィの奴、話し方が変だぞ……」
「そうね、イントネーションがおかしいわよね」
ポチャ子とミミが何か言ってるけど、気にしない。
「そんな事はないのです。ナナミィさんは出来る子の……はずですよ?」
ああ……リリエルちゃん……語尾が疑問形だよ。
そんな事より、話を先に進めてよ。
「で、どうやってあそこに行くのだ?」
ポチャリーヌが、崖の上を眺めながら言った。
「我らが近くまで乗せて行きましょう」
「う……それは遠慮したいわね……」
珍しくミミエルが弱気な事を言ってたけど、あたしも賛成だ。
「大丈夫です、今度はゆっくり行きますので」
ゆっくり行くと言うので、安心して乗ったら、獣道や急斜面を80キロぐらいのスピードで走ってるよ!
想像してみて下さい、登山道を高速道路なみのスピードで走ったらどうなるか。
枝や雑草がビシバシ体に当たってるし、上下に激しく揺れてるぅ!
「うひゃ~~~~~!」
「きゃ~~~~~~!」
「ひぃ~~~~~~!」
「いやっふ~~~~~!」
一人だけ反応がおかしな子がいるけど、みんな悲鳴を上げてるよ~~~~。
あ……ダメ……朝に食べた物が出て来そう……