第74話 森の中の困り事-2
テディエル様の任務は、派閥争いをする魔物の調停で、あたしとリリエルちゃんは、その魔物の村に来ています。そしてその争いの理由を知ったのですが……
あまりにも、どうでもいい理由でした。
「いやあの、どうでもいいのですか?」
ヴァナルガンドは焦って尋ねた。
「ラビエルさんとミミエルさんじゃ、ろくな話は聞けませんですよ」
なんて事をサラッと話すリリエルちゃん。
フェンリル達はみな、ポカーンとしちゃったよ。
「み……みなさんは何で、ラビエルやミミエルにこだわっているのですか?」
シーンとなってしまい、居たたまれない空気なので、訳を聞いてみた。
するとどうでしょう、ラビエルとミミエルはフェンリル達の間では、勇ましい使徒様だと思われてるのでした。
すみません、あたしにはこの二人の『勇ましい』要素が思い付きません。それに派閥争いって、ラビエル派とミミエル派の争いだったんだね……
うん、なんか一気に下らない話になっちゃったよ。
でも、このフェンリル達にとって、大切な事だというのは分かります。あたしとリリエルちゃんとで、解決しなくちゃなりませんね。
「そんな事ならすぐ解決ですぅ。使徒ならもうここに居るじゃないですか」
と言って、ドヤ顔で胸を張るリリエルちゃん。いや、さすがに無理じゃないかな。ヴァナルガンドも、微妙な表情で笑ってるよ。
「リリエル様は可愛らしいのですが、我らの求めるのは……もっとこう……」
ほら、ヴァナルガンドが困ってるよ。
「リリエルちゃんでは、フェンリル達のニーズには答えられないのよ。彼らは強くてカッコいいものを求めているから、ね?」
「え~~? そうなんですかぁ~~?」
リリエルちゃんが、すっごい不満顔だ。それを見て、フェンリル達が慌ててるよ。
「だってリリエルちゃんは、あたしだけの使徒様なんだもん」
そう言ってニッコリ笑いかけたら、「えへへ~」と機嫌が直ったよ。
「ナナミィさんは、使徒様と親しいのだね」
「そうですよぉ、ナナミィさんはラビエルさんのパートナーで、ミミエルさんとはお友達なのです~」
「おお! ならば彼女に決めてもらいましょうぞ! さあ、どちらのお方をお呼びすればいいだろうか?」
「え? あたしが? う~~ん……そうねぇ、ミミエルでいいんじゃないかな。普段はオシャレや恋バナやスイーツの話しかしないけど、仕事はキッチリ出来て優秀だからね……。それにミミエルなら、今一緒に来てるし」
「そうですね、ラビエルさんはどこかで雑用してるので、呼べませんですし」
と言う訳で、ミミエル派の勝利となりました。
ラビエル派はがっかり。
「じゃあ、まずはテディエル様を探さなくちゃね。一緒にミミエルもいるだろうし。リリエルちゃん、テディエル様の居場所は分かる?」
「ちょっと待ってくださいね~」
と言って、ブレスレットを操作しつつ、周りを探っていました。
「あ、見付けましたです。こっちの方ですぅ」
リリエルちゃんは、遠くに見える山の方を指差した。みんなでそこに行く事になりました。
あたし達とヴァナルガンドの他に、フェンリルが10匹ほど着いて来ました。魔法が使い辛くなっているあたし達の護衛だそうです。確かにフェンリル程の大きな魔物ならば、魔法を使わなくても強そうですしね。
リリエルちゃんは、ヴァナルガンドの背中に乗って、先頭を歩いて行きます。
「こっちなのですぅ」なんて、探検隊の隊長気取りだよ。
あたしはその後ろを歩き、他のフェンリル達は、あたしの左右と後ろを歩いています。でっかい狼に囲まれて、こっちが緊張しちゃいますね。
あたしはふと思い付いて、腕にはめたブレスレットの通信機能をオンにしました。ブレスレットの機能は魔法では無いので、この森の中でも使えるはず。
「ねえミミエル、聞こえる?」
すると、ブレスレットから返事が聞こえて来ました。
「なに? あんたどこに居るのよ? 勝手にいなくなって、テディエル様が心配してるわよ」
「ああ、ごめんね。今リリエルちゃんと一緒に、そっちに向かっているから」
あたしが通信を切ると、横を歩いていたフェンリルが近付いて来ました。
「それで使徒様と話が出来るのですか?」
「ええ、そうよ。このブレスレットをしている者なら、使徒様以外とも話せるの」
「……そうですか~」
と言って、そのフェンリルは、また元の位置に戻って行った。
少しして、誰かがあたしの尻尾を突っついた。振り返ったらさっきのフェンリルでした。
「え……なに?」
「お願いがあるのですが……」
そう言って立ち止まったので、あたしもつい立ち止まってしまいました。
「我らはあれから考えたのですが……」
なになに? お願いがあるって言うけど、歯切れが悪いな。
なんて思ったら、いつの間にかあたしは、フェンリル達に囲まれていた。リリエルちゃんとヴァナルガンドは気付かず、先に行ってしまいました。
5匹のフェンリルがあたしに詰め寄って来るよ。
近い近い、鼻先がくっつくよ。
「ぜひともラビエル様も、お呼び下さいませんか?」
「お願いします!」
「なにとぞラビエル様を~~!」
フェンリルにグイグイ迫られ、あたしは尻餅をついた。狼の牙が目の前に来て、あたしは堪らず「きゃ~~~!」と叫びました。
「あ……これはとんだ失礼を……」
と言って、フェンリル達は一歩下がった。
「我が輩の愛する七美に何をするか~~~!」
聞いた事あるセリフと共に、ウサギがポンッと現れた。
「女神様の使徒のパートナーに手を出そうとは、不届き千万!」
ラビエルがあたしとフェンリルの間で、ポーズを決めながら叫んだ。
「「「「「ラビエルさま~~!!」」」」」
どっと駆け寄るフェンリル達。
「え? え? なんであるか?」
「成る程、お前らは我が輩を崇拝するフェンリルという訳だな?」
「ハッ! 我ら一同ラビエル様をお招きしたいと思いまして、ナナミィさんにお願いしていたところです」
「うむ、そうであったか」
ラビエルは得意げに答えてるけど、あんたのおかげで、ややこしい事になりそうだよ。
「ちょっと、こんな所に来て大丈夫なの?」
「ああ、仕事はムートに任せたから大丈夫なのだ。ではフェンリル達よ、村に案内するのだ」
「ははぁ~~!」
フェンリル達はラビエルに、うやうやしく頭を下げてるけど、そんな事をやってると、ペギエル様が来ちゃうよ~~。あたしはいい気になってるラビエルの首根っこを掴んで、リリエルちゃん達が行った方に向かって歩き出した。
「ハイハイそれは後でね、まずはテディエル様と合流しないとね」
間も無くあたし達はテディエル様と合流しました。
ラビエルを見たポチャリーヌとミミエルが、呆れた顔をしていたよ。そして皆でフェンリルの村に行きました。
「つまり、ラビエル派とミミエル派に分かれて争っていた訳なんだね?」
テディエル様があたしに尋ねました。
「そうですね……」
向こうではフェンリル達が、ラビとミミの前で『伏せ』になってた。ラビエルはドヤ顔で鼻息荒いけど、ミミエルは凄いうんざり顔だ。
「実はこの村の百周年を記念して、我らが尊敬する使徒様に来て頂き、お言葉を賜りたいと思いました。どなたをお呼びしようかと意見を出し合った結果、ラビエル様派とミミエル様派が対立してしまったのです」
と、ヴァナルガンドがテディエル様に説明しました。
「そしてナナミィさんの勧めで、ミミエル様をお呼びする事にしたのですが……」
「え~~? 七美は我が輩よりミミエルがいいと言うのか?」
「ふふん。ナナミィはよく分かってるわね~~」
涙目のラビエルと、ドヤ顔のミミエル。
「大丈夫です! 我々はラビエル様に付いて行きます!」
なんて、ラビエル派のフェンリルが力説してるよ。
「おお! お前ら分かっているな!」
ラビエル、ちょっと元気になる。
「それならどちらが凄いか、勝負してみるがよいですぅ!」
と言うリリエルちゃんの一言で、勝負となりました。
「まずは私ね。ちょっとそこのあなた、そう、そこのメス狼よ。ちょっと来なさい」
ミミエルは集まっているフェンリル達の中から、一匹の小柄なメスのフェンリルを指名した。そのメスはミミエル派だったのか、喜んで出て来た。
ミミエルはそのフェンリルを建物の裏に連れて行った。しばらくして戻って来た時は、フェンリルの体に布が掛けられていたよ。
「私の女子力を見せつけてくれよう。さあ、これよ!」
フェンリルの布を取ると、ペットの犬に着せるような、可愛い服を着てた。フリルやリボンがいっぱい付いたドレスで、ピンク色のプリティーなヤツです。でも、厳ついフェンリルには似合わないね。
「どうよコレ? 私の服だけど、狼にも似合うでしょ?」
やけに可愛いデザインだと思ったら、ミミエルのだったんだ。ドレスを着たフェンリルはちょっと照れてます。
「そんな物は大した事ないのだ。我が輩の方が可愛いぞ」
と言うラビエルを見たら、こっちも服を着ていた。
それも、あたし好みのロリータドレスですよ。ラビエルの体形に合わせて、スカートは短めで、パニエを使って膨らませてる。首と背中に大きなリボンを付けていて、すっごい可愛いの。
「ヤダ、可愛い……」
あたしは思わずつぶやいた。
あたし好みだけど、フェンリル達にはどうなの? 何かみんな、口をあんぐりと開けて固まってるよ……
「そうだろ可愛いだろう。これで我が輩の勝ちだ」
「ちょっと、何でよ。ナナミィは関係無いでしょ?」
「なんだと、七美が決めるんだろ?」
「そんな訳無いでしょ~~!」
そう言って二人は、両手を振り上げて相手をポカポカ叩き始めたよ。
「こんにゃろ! こんにゃろ!」
「きぃ~~~!」
ポカポカポカポカポカポカ
うわぁ……もう子供のケンカだよ。この場の全員が呆気に取られてるよ。
「やめなさ~~~い!!」
ドッカ~~ン!
バリバリバリ!
いきなり雷が落ちた!
そして仁王立ちのペギエル様が……
「ラビエルさん、頼んだ仕事を放り出して、こんな所で何をしているのですか?」
ああ、やっぱりね……。仕事よりあたしを優先してくれた事は嬉しいけど、ペギエル様激おこだよ。
「いえ、七美がピンチだったので、助けに……」
「ほうほう、それでそんな可愛いドレスを着てるのですか?」
「う……これは成り行き上、しかたなく……」
ミミエルがプププと笑いをこらえてるけど、ペギエル様に睨まれてビクッとなって、目を逸らしていたよ。
「まあいいでしょう。みなさんお騒がせしましたね」
ペギエル様はフェンリル達にペコリと頭を下げると、ラビエルの首根っこを掴んで、転移して行きました。
そうして二人の勝負は、うやむやの内に終わったのです。
「まあ、怪我の功名と言うか、派閥争いをしていた魔物の問題は解決したね」
テディエル様は、ほっとしておられます。あたしとリリエルちゃんが迷子になったおかげで、任務が完了出来たようでよかったです。
フェンリル達は、ラビエルとミミエルの、あまりのバカバカしさに、みな宗旨変えしたんだって。これからは、ペギエル様を崇拝していくんだそうです。
「だよねぇ、あれはないよねぇ」
「そうは言うが、ラビエルが本気で闘ったら、ミミエルなぞひとたまりもないからなぁ……。まあ、子供の喧嘩レベルで済んでよかったぞ」
なんて事を、ポチャリーヌが真顔で言っていた。
あのウサギの本気なんて、想像も出来ないけどね。
っていうか、あのドレスってラビエルが自分用に作ったのか? 異様に似合っていて、可愛かったぞ。
まあ、なんにせよ、テディエル様との初顔合わせはうまく行きましたね。