第73話 森の中の困り事-1
森の中を、一匹の大きな狼の魔物が歩いていた。
彼の名はヴァナルガンド、彼はとても困っていた。
「オレが村のリーダーになった途端、あんな揉め事が起こるなんてな……」
しかも彼は今、お腹がすいていたのだった。
「うう……ここしばらく、まともに食事が出来てないからなぁ……」
しばらく歩くと、岩の上にリスが立っているのを見付けた。そのリスは、ここらで見掛けるものより大きくて、彼の胃袋も満足させられそうだった。
「何と言う幸運。ではさっそく、いただきま~~す!」
と言って襲い掛かった。
本来なら足音を消して、こっそり近付くのだが、今回はかまわず突っ込んで行った。ガサガサと音を立てながら走ったので、リスが気付いて彼の方に振り返った。
ふつう狼に狙われた獲物は、恐怖で動けなくなるのだが、このリスは違った。片方の前足を彼に向けて、こう言ったのだった。
「どんぐり砲発射ですぅ」
その瞬間、小さな丸い物が飛んで来て、彼の頭上で破裂した。それは凄い威力で、彼は地面に叩き付けられ、気を失ってしまった。
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「やりましたぁ、これぐらいお茶の子さいさいなのですぅ」
リリエルちゃんが、岩の上でピョンピョン跳ねてます。
「どんぐり1個で倒すとは……恐ろしい子。それにしてもこの森には、こんな大きな狼がいるんだね~。危なかったぁ」
「この魔物はフェンリルさんですね。確かSランクの魔物ですよ」
「ちょっと待って、フェンリルって北欧神話に出て来る、凄く強い魔物じゃなかったっけ?」
あたしは、ブレスレットで魔物の情報を見てみた。
【フェンリル】
Sランクの魔物 雑食 多彩な魔法を使う、強大な狼の魔物。
体長2~3m
魔力量:レベル400 言語機能:レベル80
うわ、これはアカン奴です。どの数値もドラゴン族を超えています。あたしらが上回っているのは言語機能だけだ。ドラゴンはレベルにすると、100相当はあります。魔力は大人のドラゴンで50ぐらいですが、あたしは訓練によって、80にはなってるはずです。でも80ぐらいじゃ、戦っても勝てません。口喧嘩なら勝てるかも?
「なんで襲って来たんだろう?」
「お腹がすいてたのでしょう。普通のリスは、狼の獲物ですし」
なんて、呑気に言うリリエルちゃん。あたしは彼女が狼に食われる場面を想像して、ぞっとした。
「そもそも私は、リスではありませんのですぅ」
ああ、そう言えばリリエルちゃんて、使徒になる前は凄く強い魔物だったって聞いてたな。なんでも、ディアナ様の説得で使徒になったんだとか。
あたし達は、フェンリルが起きるまで待っています。討伐依頼が来ていないため、勝手に倒せないし、話を聞くためです。そして10分ぐらいして、フェンリルが目を覚ましました。
むくりと体を起こして、ぼんやりと周りを見回した。そしてあたしを見てビックリしたのです。あたしはリリエルちゃんを守るために、素早く抱っこをします。
「え?……あ! ドラゴンだ!」
あたしはフェンリルが攻撃するより速く、ブレスを吐いた。先制攻撃だ!
「ブフォォ……」
口から黒い煙がボボォっと出て来ただけだった。えぇっ、なんでぇ?
「ゲホゲホゲホ! け……けむり?」
フェンリルが咳き込んでいた。
っていうか、しゃべってる。やっぱり言語機能レベル80だと言葉が使えるんだ。ちなみに言語機能とは知能指数みたいなものです。人間の数値が100で、基準になっています。ドラゴン族は、人間と同じ知性を持っているのですよ。
いや、そんな事より、何でブレスが出なかったのよ。あたしは目一杯魔力を高めて、ブレスじゃなくて魔力弾の発射を準備します。よし、フルパワーまで溜まったぞ。
「あ~~、待て待て。もう襲ったりしないから落ち着け」
フェンリルは右前足を上げて、あたしを制止した。
「すまない、そのリスは君の獲物だったのか……」
そこまで言ったフェンリルは、リリエルちゃんをじっと見つめた。そして正体に気付いたのだろう。慌てて平伏したのだ。
「こ……これは、使徒様と気付かず、とんだご無礼をしました。オレはこの先のフェンリルの村のリーダーをしております、ヴァナルガンドと言います」
ヴァナルガンドと名乗ったフェンリルは、白銀色の毛皮が美しい魔物だった。さすがに神話に出て来るだけあって、威厳すら感じる姿です。
「村のリーダーさんが、こんな所で何をしてたのですか?」
あたしはリリエルちゃんが話をしやすいように、両手で持って前に差し出してます。
「実は村の者達が、二つに分かれて対立を始めてしまったのです。村のリーダーとしては、どうしたら解決出来るのか、森の中を歩いて考えていたのです……」
ヴァナルガンドは沈痛な面持ちで言った。
そしたら彼のお腹が、グゥ~~と鳴ったよ。
「……あ」
「やっぱりお腹がすいていたのですね。もうそろそろおやつの時間なので、いっしょに食べましょうです」
リリエルちゃんのブレスレットからお菓子を出して、みんなでお茶の時間になりました。ヴァナルガンドにはパンを出してあげました。フェンリルは雑食なので、パンも食べられるそうです。
「モグモグ……何でさっきはブレスが出なかったのかなぁ?」
「変ですねぇ……モグモグ」
「ああ、それは森の特性の所為だね。ここの森は『迷いの森』とも言われていて、魔法が発動し辛くなるんだよ。……モグモグ」
「なるほど、そういう訳だったんだね。……って、それ大変じゃないの!」
「大丈夫ですよ~、私にはあまり影響がありませんですぅ」
「さすが使徒リリエル様ですな。この森でも平気だなんて」
ヴァナルガンドは感心していたが、あたしはブレスが出ないどころか、飛ぶ事も出来なくなっていたのですよ。
「ナナミィさん、派閥争いをしてる魔物はこの狼さん達です。私達で任務を達成しちゃいましょう!」
「え! そうなの?」
「そして私達で解決して、あの熊さんに、私の方がナナミィさんに相応しい事を証明するのですぅ!」
リリエルちゃんが、鼻息荒く捲し立てた。
「リリエルちゃん……動機が不純だよ」
「おお……! 使徒様に来ていただければ、万事解決間違い無しです!」
ヴァナルガンドは喜んでるけど、大丈夫なんだろうか?
あたしとリリエルちゃんは、ヴァナルガンドの後について村に向かいました。それにしても、迷いの森とは物騒な森もあったもんです。富士の樹海みたいに、魔法を妨害する、岩石とかがあるのでしょうか? 魔力感知は魔法ではないので、普通に使えますが、炎が出せず空も飛べないあたしは、人間みたいに無力な女の子です。
もしもの時は、リリエルちゃんが何とかしてくれるでしょう。
……してくれるはず。してくれるといいな……
村までは、まだ距離があるとの事なので、あたしは色々聞いてみました。
「フェンリルって言うと、やっぱり伝説の魔物なの?」
「いや、そんなに珍しい種族ではないはずだが」
「神様と闘ったりしたんだろうか?」
「そんな、恐れ多い……」
3人でお話をしながら歩いて来たら、間も無くフェンリルの村に着きました。
狼の村なんて、ただの群れが住んでいる場所だと思ったけど、驚いた事に大きな建物があったよ。大きいと言っても、幅の広い平屋建てです。中を見たら大ざっぱに仕切ってあって、複数の家族が住んでいた。
それに、村の周辺には木の杭で柵が作ってあって、砦みたいな雰囲気だったよ。あたしが不思議そうに見ていたら、ヴァナルガンドが教えてくれました。
「我々には人間のような指は無いが、魔法を使って物を動かせばこれぐらいの家ならば建てられるのだ。家の作り方は、かつて人間に教えてもらったのだよ」
「な~~んだ、そうだったんだ。でもあれ? この森じゃ魔法は使えないんじゃなかったっけ?」
「ああ、迷いの森の中でも、魔法の使える場所はあるのだ」
「え? そうなの?」
あたしは軽くブレスを出してみた。すると、ボッと炎が出ました。
「リーダーお帰り~。そちらのドラゴンさんは?」
「見た事無いリスだ」
「え~~? なになに~~?」
いっぱいフェンリルが集まって来たよ。伝説の魔物もこんなにいると、ありがたみが薄れるよね。
「みんな頭が高いぞ、こちらのお方は、女神の使徒のリリエル様だ」
ヴァナルガンドは慌てて、フェンリル達にリリエルちゃんを紹介した。
「ははぁ~~」
と言って、みんな『伏せ』の格好になっちゃった。
「そしてこちらが、女神様の討伐隊のメンバーで、ドラゴン族のナナミィさんだ」
「ははぁ~~~」
あたしにまで『伏せ』されちゃったよ。
「それで、対立の原因はなんなのですか?」
リリエルちゃんが、ヴァナルガンドの背中の上に立っています。その前で村のフェンリル達が、お座りの状態でリリエルちゃんの話を聞いています。その中から2匹のフェンリルが進み出て来ました。
「我らはラビエル様にするべきです!」
「いや、やはりミミエル様が一番です!」
……え? どういうコト?
「何を言う、ラビエル様こそ最高の使徒様なのだぞ」
「ミミエル様こそ至高だ。あのお方こそふさわしいのだ」
「え~~と……みなさんは何を言ってるのかな?」
あたしはヴァナルガンドに、恐る恐る聞いてみた。こんな所で出て来るには、違和感のある名前だからだ。
「この村が出来て100年が経ったので、使徒様に来ていただいて、お言葉を賜りたいと思い、我々が尊敬するお二人のうち、どちらをお呼びしようかと考えていたら、意見が違う者の間で揉め始めたんだよ」
つまり、ラビとミミの、どちらを推すかでケンカになってるの?
マジで?
「リリエル様は、どちらをお呼びすればいいと思いますでしょうか?」
「え~~? 正直どうでもイイのですぅ」
……だよねぇ~。