第72話 森の使徒テディエル
この世界には、女神様とそれに仕える使徒がいます。その数は12人で、12使徒と言います。
あたしが会ったのが、ペギエル様、アウルエル様、フワエル様、ルカエルさん、リリエルちゃん、ラビエル、サリエルちゃん、そしてミミエルです。まだ会っていない使徒様が、あと4人いる訳です。
今日の任務は、まだ会っていない使徒様に会いに行こう、です。
ムート君は全ての使徒様を知っているので、あたしとポチャリーヌで会いに行きます。この機会に顔合わせをしようという訳です。
まず一人目は第8使徒のテディエル様で、各国の森林の管理をされています。遠い国におられるので、そこまでの転移は少し時間が掛かるそうです。
掛かるのですが……今日はパートナーが違います。今日はなぜか、ラビエルに代わってミミエルがあたしのパートナーです。
「なんで、あんたなの? ラビエルは?」
「先輩は何かやらかしてペギエル様を怒らせたとかで、ムートと一緒に雑用をやらされてるわよん」
って、ミミエルがプププと笑いながら言った。
「何かって、ナニ?」
「さあ?」
と答えるミミエルの目が笑ってる。これ絶対わけを知っているな。
「ポチャリーヌは知ってる?」
あたしは、リリエルちゃんとお菓子を食べてるポチャリーヌに聞いた。
「知らぬな。どうせお主がらみで、下らぬ事でもしたのだろうて」
ああ……なんか分かる気がする。そしてムート君も一緒にやらかしたんだね。
……まさか昨日のデートにこっそり着いて来てた……なんて事はないよね?
今度会ったら、優し~~く聞いてみよう。
「おい、お主の顔が怖くなっておるぞ。なんぞ悪い事でも考えておるな?」
「まさか! あたしは純情な乙女なのよ」
「ナナミィが純情なのかは、一考の余地があるけど、もうそろそろ行くわよ」
「なにを言うのです、ナナミィさんは良い子なのですよ」
と言ってリリエルちゃんは、あたしに向かって両手を差し出したので、あたしはリリエルちゃんを抱き上げて、頬ずりしてあげました。
「準備できました、さっそく行くですぅ」
なんて、あたしの腕の中で、呑気なリリエルちゃん。
「ナナミィはリリエルがお気に入りなのね」
と言うミミエルを、ポチャリーヌが抱きかかえた。
「ちょ……何やってんの?」
「妾も抱っこしたいのに……もうミミエルで構わぬわ」
「ええ……」
そんなに抱っこしたかったのかポチャリーヌ。この子がいる時は、リリエルちゃんを独占しない方がいいかな?
一同は目的地に向かって転移して行きました。
到着した先は、リュウテリア公国のあるラクロワ大陸よりも、さらに海を渡った先のもう一つの大陸です。そこは北ルクルト大陸と呼ばれ、広大な森林が広がっています。都市はその森林を流れる川沿いに点在し、交通手段は主に船を使っています。
そんな場所にあたし達は辿り着きました。とは言え、相当な距離があったので、2度ほど途中にある島を中継しました。
そしてやって来たのはジャングルの中。
ここは赤道からは遠いのか、それとも標高が高いためなのか、気温は少し暖かい程度で快適です。ジャングルとは言っても、鬱蒼たる森という雰囲気では無く、ハイキング感覚で歩けそうです。
使徒テディエル様は、そんな森の中にいらっしゃるのです。
「やあ来たねみんな。僕が8番目の使徒のテディエルだ。よろしく」
森に建てられた大きなテントから出て来られた使徒様が、挨拶して下さいました。
「はうっ、生きてるテディベアだ」
そう、まさにテディベアですよ。あたしはよろよろと近付いて、思わず抱っこしようとした。ハッと気付いて、慌てて跪きました。
「初めまして、あたしがナナミィ・アドレアです」
「私がポチャリーヌ・ド・アリエンティです」
ポチャリーヌは立ったまま、カテーシーで挨拶をしていました。
「あんたら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。私や先輩の事、いつも呼び捨てにしてるじゃないの」
あたしの横で、ミミエルが呆れたように言った。
「そうだよ、使徒とはこの世界に住む者に、寄り添う為に存在しているんだ。もっと気楽でいいよ。ほら立ってよ」
そう言ってテディエル様は、あたしを立たせてハグしてくれました。あたしも反射的にハグしちゃいました。
あ、ダメ。顔が笑顔になる。か……かわいい~~!
テディエル様はその名の通り、子熊の姿の使徒様です。前世であたしは、テディベアをたくさん集めていた程の熊好きなのです。熊には目がないのです。
「はぁ~~~幸せ……」
なんて、思わず声に出てしまいました。
「ああ~~! ナナミィさんは私のお友達なのですぅ!」
と言ってリリエルちゃんが、あたし達の間に割って入って来た。テディエル様から手を離したあたしに、リリエルちゃんがしがみついて来ました。そしてぷーっと頬を膨らませて、テディエル様を睨みました。
あれ? リリエルちゃん、焼きもちを焼いてる?
「相変わらずだねぇ。以前はディアナ様にべったりだったのに」
「え? そうなのですか?」
テディエル様の言葉に、ちょっとビックリするあたし。
「リリエルは使徒に生まれ変わる前は、皆に忌み嫌われていた魔物だったんだよ。ディアナ様に救われてからは、ずっと側に居たからね」
「あ~~、それはバラしちゃだめなのですぅ」
そう言って、テディエル様をポカポカ叩くリリエルちゃん。その姿が可愛くて、ほんわかします。
「む……ナナミィが、リリエルを可愛がるのが分かるな」
ポチャリーヌがリリエルちゃんを、ひょいと抱き上げました。
「そう言えば、ディアナ様に頂いた家には、今でも住んでいるのかい?」
「それって、あの樹上ハウスの事?」
あたしはリリエルちゃんに聞いてみた。
「そうです。私が使徒になった時に、ディアナ様に頂いた私の宝物なのです。この前ナナミィさんやポチャリーヌに助けてもらって、今ではもっと大切な宝物なのですぅ」
ポチャリーヌに抱かれたリリエルちゃんが、フンスっと自慢してるよ。
そんなに大切な宝物だったんだね。とっさに救い出したポチャリーヌには感謝しなくちゃ。もしお家が失われでもしたら、どうなっていた事やら……
なので、ポチャリーヌを拝んでおく。やはりここは、神社方式だね。あたしはポチャリーヌに向かって手を合わせた。
「な……なにをやっておる、ナナミィ?」
「拝んでる」
「何の事やら分からぬが、やめいっ」
ポチャリーヌが珍しく困っているよ。
挨拶の後は、みんなでテントの中に入りました。使徒様のお家が何でテントなのかと思ったら、テントはただのベースキャンプで、任務のために使っているだけだそうです。テディエル様は各地を転々としており、決まったお家を持っている訳じゃないそうです。
それで困らないのか尋ねたら、任務の無い時は、空中神殿で暮らしているんですって。あたしの会っていない他の使徒様も、似たようなものだそうです。もう何年も神殿には帰っていないので、会った事が無かったはずです。
さて、テントの中はと言うと、雑然としてますね。良く言えば生活感がある、悪く言えば……
「片付けられない?」
おっと、またウッカリ本音が漏れました。
「いやぁ……色々忙しくて、片付けにまで手が回らなくて……ね」
「テディエル様、あんまりだらしないと、ペギエル様に叱られますよ」
おおっ! ミミエルがちゃんとした事を言ってる。
「ちょ……、私だって真面目な事を言うんだからね」
「そんなコトを言ったら、台無しですぅ」
ミミエルったら、リリエルちゃんに突っ込まれてるよ。
「まあ……しょうがないよな、忙しいのは……」
ポチャリーヌが、うなずきながら言った。
「そんな事言って、ポチャリーヌもお部屋を片付けないと、ダメなのですよ」
「うっ……バラすでない」
「いいねぇ、賑やかで」
なんて、テディエル様がのんきに言ってるよ。確かに、こんな所にお一人でいたら、人恋しいでしょうね。
お昼は、テントの外で食べました。なんだかグランピングみたいです。例のちょっと贅沢なキャンプのやつですね。
「午後からは見回りに行くけど、一緒に来るかい?」
テディエル様から、散歩のお誘いです。
「もちろん行きます! 森の熊さんとお散歩出来るなんて夢のよう……」
「ナナミィさんたら、思ってる事が口から出てますよ~~」
リリエルちゃんにそう指摘されて、口を押さえるあたし。
「はぁ……、相変わらずゆるいわね、あんたら」
と言う訳であたし達は、テディエル様を先頭に森の中を歩いています。さすがに人の手が入っていない広大な森林地帯なだけあって、たくさんの動物や魔獣が住んでいます。そこらじゅうに魔力の反応がありますね。
見た事も無い鳥から、前世でも見た事のある動物がいて、面白いです。
あっ、あれはフラミンゴ? でも色は青色だ……
「ここに僕が来ているのは、この先に住んでいる魔物が、派閥争いで闘いが起きそうという情報があったからなんだよ。争いが起きる前に仲裁するのが僕の任務なんだ」
「そうなんですか。そんな難しそうな任務をこなせるなんて、テディエル様って優秀な使徒様なんですね」
感心するあたし。可愛くて仕事が出来るなんて、最強かっ。
「紛争の調停なぞ、ラビエルあたりじゃ無理だのぅ」
「そうよねぇ、すぐに行き詰まって、ムキーーッてなりそうだ」
「私もそういうのは苦手ですぅ」
「まあ、先輩にはムリよねぇ」
などとみんな、酷い事を言うのだった。ラビエルはどこかで、盛大なクシャミをしているに違いない。
「真面目な話、どのような種族なんですか?」
ミミエルがキリっとした顔で聞いた。いや、いくら真面目ぶってラビエルとは違う事をアピールしても無駄だからね。
「それがよく分からないんだよね……。厄介な魔物らしいんだが……」
「大丈夫ですよ、テディエル様の可愛らしさでみんなほっこりして、円満解決です」
そう力説するあたしに、リリエルちゃんが「私の方が可愛いんですぅ!」と言って、プンスカしていた。
「ま……まあ、そうならありがたいんだけどね」
テディエル様は苦笑していました。
今日は例の派閥争いをしている魔物を探すそうです。今の所、それらしい気配は感じません。なのであたしは、リリエルちゃんと森の中を見物です。
「ほらナナミィさん、あれは珍しい動物なのです。滅多に見れませんよ」
リリエルちゃんが色々教えてくれます。彼女も森に住んでいるので、こういう場所には詳しいそうです。
リリエルちゃんの指差す方を見ると、呑気な顔をした動物がいました。
「あれ、ナマケモノかな? アースにも似たような動物がいたよ」
木の枝にぶら下がる姿は、まさしくナマケモノですよ。
「え~~? そうなのですか? じゃあこれはどうですか?」
と言ってリリエルちゃんが、大きな昆虫を捕まえて来た。
「これはすっごい珍しい虫さんなのですよ~~」
「あ……それって、ヘラクレスオオカブトムシかな?」
「えぇ~~? これもですかぁ~~~?」
リリエルちゃんはあたしの前を飛びながら、ジタバタしてた。
「これはアレだよ、環境が似てると、同じような進化をして……ねぇ、みんなはどこ行ったの?」
気が付いたら、あたしとリリエルちゃんだけになっていた。
これ、もしかして、はぐれちゃったの?
「ちょっとリリエルちゃん、みんないないよ……」
はっとして、周りを見回すリリエルちゃん。
「も~~、テディエルさんたら、迷子さんですかぁ?」
「いやいや、迷子はあたし達だよ?」
いつの間にやら、深い森の中にポツンと残されてしまった……