第71話 ナナミィのデート
ラビエルがナナミィの家に着いたのは、朝の9時前だった。
昨日は用事でナナミィに会わなかったので、今日のスケジュールを彼女に確認に来たのだった。
「おはよう七美、今日は空中神殿に行くのか?」
ラビエルは自室に居たナナミィに声を掛けた。
「うふふ、今日はデートなの」
ナナミィは嬉しそうに言った。よく見れば、いつもとは違ってお洒落なブラウスを着て、可愛いウエストバッグをしていた。
「へ? デートなんて、聞いてないぞ?」
「ちゃんとペギエル様には許可もらってるから、訓練はまた明日ね。じゃあ、行って来るね~~」
と言って、ナナミィは飛んで行ったのだった。
「ナナミィちゃんがデートだってぇ~~~!」
ラビエルに事情を聞いたムートが叫んだ。
やる事が無くなって、ヒマになったラビエルが、ムートの家に来ていたのだ。
「うむ……いつにも無く、ルンルンで出かけて行ったぞ」
「そ……そんな……、誰なんですか? 相手は?」
ムートはラビエルに詰め寄り、前足で両肩をガッチリと挟んだ。
「いや、それは聞かなかったが……」
「ああ、それ、お隣のドイルって言うドラゴンの青年よ」
二人の遣り取りを眺めていたミミエルが、口を挟んできた。
「ナナミィったら、昨日からウキウキだったわね。久しぶりにドイル兄ちゃんとデートが出来るって。あ、兄ちゃんって言ってるけど、兄妹じゃないのよ。幼馴染で兄妹のように育ったんだって。お互いに大好きで、将来結婚するそうよ」
なんて事を、ミミエルがさらりと言うと、ムートはビックリして竿立ちになってしまった。ちなみにムートは今アリコーン姿だ。彼の背中に乗っていたミミエルが転げ落ちた。
「ちょ……落ち着きなさいよ」
ミミエルは落ちる前に羽ばたいて、逆さになったまま浮かび上がった。
「ふ~~ん? そんなに気になるなら、コッソリ付いて行ったら?」
ミミエルがそう言うが早いか、ムートはラビエルの翼をくわえて家を飛び出して行った。
「いってらっしゃ~~い」
空を飛んで行くムートに、呑気に声を掛けるミミエルだった。
「七美は……こっちの方だな。お、ちょうどこの下だ」
ラビエルが指差す方を見ると、街中を歩くナナミィ達の姿があった。ムートは急いで近くの公園に降りて、人間の姿になった。アリコーンでは目立ち過ぎるからだ。
目立たない服を着たムートは、ラビエルを抱えて、こっそりと近付いていった。
「あ。ウサギさんだ!」
ラビエルに気付いた幼い少女が、目を輝かせていた。ラビエルは少女に手を振って、愛想を振り撒いていた。
「どうやらナナミィちゃんは、ベイス商店に行くみたいですよ。……ちょっと、何やってんですか? 行きますよ」
「む? いいではないか、国民との触れ合いも、使徒の大事な使命なのだぞ」
と言ってラビエルは、少女に向かってウインクした。
「今の僕には、ナナミィちゃんの事が優先なのですよ」
「やれやれ……」
ムートはナナミィ達を追って、ラビエルを抱えたまま走って行った。
「ママ~~、あのお兄ちゃん、ウサギさんとお話ししてたよ~~」
「あらそう、よかったわね。もう帰りますよ」
なんて言う母娘の会話が、遠くで聞こえていた。
ベイス商店に着いた二人は、外から中の様子を伺った。
「ムートが入るとすぐにばれるだろう? 我が輩が行って来よう」
そう言ってラビエルが店内に入って行った。
見付からないように、頭を低くして歩いて行くと、すぐにナナミィを見付けた。
「ねえドイル兄ちゃん、これなんか似合うよ」
「そうかい、もうちょっと濃い色の方が好みだけどな」
「う~~ん……そうか、濃い方がいいのか……」
ナナミィが、ドイルの服を選んでいるところだった。
「何をしてました?」
戻って来たラビエルに、ムートが尋ねた。
「彼氏に服を選んでいたな」
「く……彼氏にか……羨ましい……」
自分もナナミィに、服を選んで欲しいと思うムートだった。
服を買って、店から出て来たナナミィとドイルは、マーケットの方に歩いて行った。もうそろそろ昼なので、マーケットにある食事処で昼食を取るつもりだった。
マーケットは大きな3階建ての建物で、1階は食料品、2階は服飾品、3階は大小のレストラン街となっていた。3階の上は広いルーフガーデンになっており、テーブルがたくさん並んでいて、3階で買った料理をそこで食べる事が出来るのだ。こういうスタイルの建物は、ドラゴン族ならば空から出入り出来るので、ドラゴン族の多いドラゴニアならではの建物なのである。
「七美はレストランじゃなくて、外で食べるようだな」
「それはまずいな……空を飛んで帰られたら、追い掛けられないですよ」
「ああ、今の人間の姿のムートじゃ、空を飛べないからな」
「ですよね……。お腹すきませんか?」
「もうお昼であるな。じゃあ我らも食事をせねばな!」
ムートとラビエルはナナミィ達から離れた場所に座り、食事をする事にした。
ナナミィとドイルは並んで座り、楽しそうに食事をしていた。ルーフガーデンは屋根の上の屋外にあるので、外の喧噪や他の客の話し声で、二人の話し声は聞こえなかった。
「ムートはそんなに、七美が気になるのか?」
「え? そりゃあ……まあ……。ラビエル様は気になりませんか?」
「彼が七美の結婚相手に相応しいのかは、気になるかな」
ラビエルの、結婚を前提とした話し振りに、複雑な心情のムートだった。
30分ほどたち、食事を終えたナナミィ達は、食器を返して飛び立って行った。それを見たラビエル達は急いで後を追った。ムートが飛べないので、地上を走って追い掛けたが、間も無く見失ってしまったのだ。
「だめだ、追い付けない……」
「まあ任せておけ。七美が目的地に着いてから、転移すればいいのだ」
「なるほど。任せましたよ」
街中の小さな公園のベンチに座り、ラビエルは七美の気配や魔力を探っていた。
「どうです、分かりそうですか?」
ムートは小さな声で、ラビエルに聞いてみた。
「……う~~む……七美のように探るのは難しいな……」
「ぼ……僕もやってみます」
そうして二人で額に指を当てて、う~~んと唸っていた。
「あっ! これか! 見付けた! ここから15kmほど西の方角だ」
「それはレイテの丘の辺りですね」
「うむ! そこだ! 行くぞ」
二人は転移して行った。
ここはレイテの丘の近くの森の中。
そこに立つ大木の天辺に、イチモクレンは居た。
「うむむ……姉御は今日襲うと効果的やと言うたが、こんな公園じゃ大した事出来せんがね。街に近いので、強い魔獣がおらせんし……」
ちなみに姉御とは、以前イチモクレンが旦那と呼んでいた獣人の女性の事である。
「おっ。ちょうどいいのが居たがね。あいつを使おう」
イチモクレンはフワフワ飛びつつ、姿を消していった。
ラビエルとムートは、レイテの丘自然公園の園内に転移して来た。
「さて、どこに居るのかな?」
二人はナナミィ達を探しに、園内を見て回った。あちこち歩き回り、一番高い丘にナナミィが居るのを見付けた。
ナナミィとドイルは手を繋いで立っていたが、ナナミィがドイルに何か言うと、ドイルは少しかがんで、視線の高さをナナミィに合わせた。二人は口を少し開け、お互いに顔を相手とは反対側に傾け、そのまま相手の口を自分の口ではさんだ。
「あれは……キスをしているのか?」
ラビエルは目を細め、遠くを見ながらムートに尋ねた。
「そ……そうですね、あれはドラゴン流のキスですよ……」
そう言いつつ、ムートはがっくりと肩を落とした。
「ハァ……、前世で竜王などと言われていたのに、こんな事で動揺するなんて……、まったく修行不足だなぁ……。ラビエル様、もう帰りましょう」
「いいのか?」
ムートは力無く頷いた。
その時、遠くから飛んで来るものがあった。それは飛竜と呼ばれる、竜族の魔獣だった。竜族とはドラゴンとは違い、翼が腕に付いている種族である。ワイバーンもこの竜族に分類される魔物なのだ。
「あれ? あれは飛竜じゃないですか?」
「まずいぞ、七美の所に向かってるようだぞ!」
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今日は久しぶりの、ドイル兄ちゃんとのデートの日です。
討伐隊の任務や、ドイル兄ちゃんの仕事の都合で、もう3ヶ月もデートが出来ませんでした。この前、イリヤさんとルージュのラブラブなところを見て、あたしも我慢が出来なくなりました。なのでペギエル様に無理を言って、今日のデートのためにお休みをもらいました。
デートはいつものコースを通り、最後に公園でキスして終わるのですが、今日はレイテの丘に来ました。ここからの景色は最高なんですよ。
ここにはあまり良い思い出がありませんので、今回のデートでいやなイメージを塗り替えたいと思い、レイテの丘に来ました。
あたしとドイル兄ちゃんは、手を繋いで景色を見てます。
「ねえ、久しぶりに……キスして」
あたしはキスのおねだり。いつもドキドキします。
「うん、そうだね」
と言ってドイル兄ちゃんはいつも通り、かがんであたしの背の高さに合わせてくれる。こういう優しいところが大好き。
あたしは首を傾げ、目を閉じて待ちます。そこにドイル兄ちゃんが優しくキス。
ドラゴンのキスは、人間の仕方とは違うけど、あたしには関係ありません。だって、いま凄く幸せなんだもん。
あたしは繋いだ手をぎゅっと握って、もう少しこのままでとアピール。
しかし、幸せな時間は、お邪魔虫によって邪魔されました。
突然やってきた魔獣が、あたし達を襲って来たのです! それはワイバーンのような魔獣で、頭はプテラノドンみたいです。
「飛竜だナナミィ、あれはまずい、興奮してるようだ」
ドイル兄ちゃんはあたしを抱きかかえて、守ってくれました。感激です。
飛竜は炎を吐かない代わりに、長いクチバシで攻撃して来ます。ドイル兄ちゃんはドラゴンブレスで追い払おうとします。しかし、興奮している飛竜には、ブレスの効果が無いようです。
「ダメだ、早く逃げよう」
そう言ってこちらに振り向いたドイル兄ちゃんに、飛竜が長い尻尾を叩き付けようとしていた。
「危ないドイル兄ちゃん!」
あたしは咄嗟に叫んで、ドイル兄ちゃんを突き飛ばした。
……ここで誰かを突き飛ばすのは、二人目だよ。
なんて考えてるヒマは無い。あたしは体内の魔力を瞬間的に増大させて、火焔の固まりを連射しました。それは機関砲のように飛んで行って、飛竜に命中した。
思ったより弱かった飛竜は、丘の上に落下しました。いや、飛竜が弱いんじゃなくて、あたしが強くなったのかな?
「すごいなナナミィ、いつの間にそんなに強くなったんだい?」
「そんな……! あたしなんて、弱いよ」
「お前はいつも頑張っているもんな。自慢の恋人だよ」
ドイル兄ちゃんに恋人って言われちゃった。
凄く嬉しいよぉ。
「ギギギィ……」
倒れていた飛竜が起き上がり、こちらに来ようとしてる。
飛竜の前にの花壇には、青い花がたくさん生えてます。あれは……プリシーランだ!
ヤバイです。この状況では、あたし達が花壇を荒らした事になっちゃうよ。飛竜は柵を壊して、花壇に入ろうとしてる。
「ダメぇ~~~!」
あたしは飛び出して、飛竜にケリをかました。飛竜はワイバーンに比べて小さいので、あたしの力でも効果があり、花壇の外に倒れました。小さいと言っても、あたしの2倍以上の大きさがあるのだけどね。
あたしは体をグルンと1回転させて、勢いを付けて尻尾を飛竜の頭に叩き付けた。飛竜はたまらず気絶しました。そして飛竜の体を持ち上げて、丘の下に投げ落とすのです。もちろんあたしの力だけでは無理なので、風の魔法で飛竜の体を持ち上げます。
「ヴァーユ」
そう唱えると、風が巻き起こり、飛竜の体が持ち上がります。そして軽くなった飛竜を勢い良く放り投げると、丘の下の茂みまで飛んで行きました。
「ふぅ……、これで一安心」
「す……すごいねナナミィ。あれは魔法?」
「うん、色々勉強したからね。それより早く帰ろう」
ドイル兄ちゃんは少し複雑な表情をしてたけど、今はさっさと逃げましょう。
あたし達はデートを切り上げて、お家に帰る事にしました。レイテの丘での悪いイメージを塗り替えようとしたけど、飛竜に襲われたという事が上書きされただけでした。残念……。
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「ナナミィちゃん一人で、解決しちゃいましたね」
「うむ。飛竜は決して弱い魔獣では無いのだがな……」
離れた所から見ていたラビエルとムートは、ナナミィに感心するのだった。
「あなた達、何をやっているのですか?」
いきなり後ろから声を掛けられ、ビックリする二人。
そっと振り返れば、そこには恐い顔のペンギンが……