第7話 女神ディアナ様
今日は、ムート君が転校してくる日です。
ドラゴンを可愛いなんて言う、変わった男の子です。
元人間だったあたしでも感じられるくらい、人間とドラゴンの間には溝があります。何百年も前のイザコザが原因らしいのだけど、ドラゴンに悪い印象を持ってる人間もいるみたいです。それなのに……
「やあ、ナナミィちゃん。本当に奇麗なツノだね、それに、すらりとした尻尾が可愛いよ」と言って、ムート君があたしをほめてくれます。
何で、ドラゴンが嬉しいと思う事が分かるの?
ツノの手入れは、女の子にとって、重要事項なのです。
それに尻尾の細さは、人間で言えば、ウエストが細いと言われたのと同じです。
「しなやかで形の良い翼も素敵だ」
そう。それもよ。
翼の形の良し悪しが、美人の条件でもあるのです。
そんな事は、ドラゴンの独特な感性で、人間には理解しにくいのに、分かるムート君は、やはり変わった子です。
なんて事を、学校の前でやられてるので、困ってます。
「ねぇねぇ、このリボンも可愛いでしょう?」
ミミィが、あたしの尻尾の先に結ばれたリボンを指して言った。
「ミミィも、おそろいのリボン付けてるのよ」
と言って、自分の尻尾を自慢げにフリフリした。
「「かわいい……」」
あたしとムート君がハモった。
むぅ? もう浮気か……!?
いやいや、そもそも付き合ってもいないけどね。
「あんたら、こんな所で何たむろしてるのよ?」とウサミィ。
あたしとミミィは腕を引っ張っぱられて、校舎に入って行きました。
頭をモフられ損なったウリルの、悲しげな顔がちらっと見えた。
ごめん。明日は思い切りモフってあげるからね。
当然のように、ムート君はあたしと同じ教室だった。
さすがに、あたしの横か後ろに座るなんて、お約束はなかったけどね。
自己紹介によると、リュウテリア公国の首都ロンデリアから来たんだって。ドラゴニアでは一人暮らしをしてるそうです。留学……という訳でもなさそうですし、何でしょうね? ミステリアスな少年です。
今日の授業は終わりました。
さあ帰りましょう、という時にパミラ先生に呼び止められた。
「ナナミィさん。学園長先生がお呼びですよ」
さっそく来たか。
使徒ラビエル様……じゃなくて、ラビエルだけでいいか。
ストーカーもどきの真似をしてくれたし。
詳しい話はまた今度、とか言ってたので、学校まで来たのね。
「失礼しま~す」
そう言って学園長室に入ると、いた、いました、例のウサギ。この前と違って、部屋の真ん中に浮かんでます。しかもニッコニコの笑顔で。
まあ、そうだよね……
まんまとあたしをスカウト出来たのだから。
あ……、そう考えたら、腹が立って来たぞ。
「やあ、来たね。ここでは詳しい話が出来ないから、移動するぞ」
「は?」
気が付いたら、白い空間にいた。
暖かな光にあふれてます。
周りを見渡すと、大きな柱が列をなしてます。
ギリシア神殿にある、エンタシスの柱と言えば、イメージしやすいかも?
その柱が横にずらっと並び、その列が空間の奥に向かって、延々と並んでました。
柱の上の方は、遥かな高さまで延びていて、見えなくなってます。
上を見上げてたら、光が射して来た。天使の階段ってやつ?
放射状の光の中心に、何かキラキラしたものが降りて来ました。
「女神様の降臨だよ」
いつの間にか、隣にラビエルが立っていた。
そして、胸に右手をそえて、頭をうなだれた。
「ほれ。君も一緒に」
「え? う……うん」
あたしも、同じように胸に手をそえてみた。
ふわりと降りて来たのは、翼を広げた純白のユニコーン。
たてがみや尻尾は、輝く金色。
頭の上には、丸い光背が浮いてます。
女神様はあたしの前に、音も無く降り立ちました。
この方が、女神ディアナ様なんだ。
ディアナ様は、あたしに優しく微笑みかけて下さいました。
「ごきげんよう、ナナミィさん。私がディアナです」
「は……初めまして。あたし……じゃなくて、わたくしがナナミィ・アドレアです」
「まあまあ、楽にしてかまいませんのよ」
なんという、慈愛に満ちたまなざしなんでしょう。
自分の中にある、神様のイメージが全部ふっとんでしまいました。
「魔獣討伐の任を引き受けてくれた事は、嬉しく思います」
そうして、差し出されたディアナ様の前足を、あたしは思わずつかんでました。
もうこの手は洗えないよ~~
あたしが感激で、涙をぽろぽろ流していると……
「では、討伐隊の説明をしましょうかね」とラビエルが言った。
「そうですね、お茶でもしながらお話しましょう」
そう言うとディアナ様は、ニコニコしながら、空中からティーセットを取り出しました。
すると目の前に、低いテーブルと大きなクッションがあらわれ、周りの荘厳な神殿が消え、奇麗な女性らしい部屋に変わりました。ティーセットはテーブルの上に置かれ、ラビエルが、どこからともなく、たくさんのお菓子を持って来ました。
「え? あれ? 神殿は?」
「あれはエフェクトだ。すごく神聖な雰囲気だったろう?」
え~~~~~~!?
「ここはトリエステの上空に浮かぶ、ディアナ様の居城だよ。国の代表らに謁見する時は、地上にある神殿を使うが、プライベートな用件の時はここに呼ぶのだよ」
なんだ、ちょっとガッカリ。
いやでも、プライベートな所に呼んでもらえるって、逆にすごくない?
お菓子も高級そうだし。
ディアナ様とあたしは、大きなクッションに座り、お茶を頂きました。
ちなみに、翼のあるユニコーンはアリコーンと言うそうな。
「さて、トリエステでは度々、魔獣が凶暴化する事案があったのだが、2年前から同様な事件が起こり始めたのだ。」
ラビエルが、お菓子を大きな器に入れながら説明した。
「この世界には軍隊など無いので、異世界からの転生者の力を借りているのだ」
「それがバハムート様?」
「うむ。彼はとても強いが、あの図体では、活動出来る場所が限られてしまうのだ。だから街や村の中でも活動出来る、体の小さな者が必要になったのだよ」
「そうね。ナナミィさんは、とても可愛らしいわね」
そう言いつつディアナ様は、器の中に口を突っ込んで、お菓子を食べていた。
馬だしね……
「あたしは全然強くないですよ?」
「強さや大きさだけで選ぶ訳じゃ無い。君が異世界からの転生者だからだ。その場合、前世の能力が使える他に、現在の能力も強化されるのだ」
そこがよく分からない。前世はただの人間だったのに……
「ふむ、実際に体験した方が早いかな?」
と言って、ラビエルは懐から指輪を取り出した。四次元ポケットか?
「これをはめてみろ」
手渡された指輪を持ったら、暖かかった。毛皮の中に入れてたな。
「はめたら、指輪に魔力を込めて、『リゲイル』と唱えるんだ」
あたしは指輪をはめて、テーブルの前に立ち、両手を差し出してポーズを取った。
「む~~~~~ん…… リゲイル!」
その瞬間、指輪から魔力が溢れ出て来て、あたしの体を覆った。
体の中を魔力が駆け巡り、ぐねぐね、ぞわぞわ、ぎゅ~~っ…… ポンッ
翼と尻尾の感覚が無くなったと思ったら……
「どうだ? 目を開けて見てみろ」
そ~~っと目を開けると、目の前には大きな鏡。
そこに映るのは、人間の女の子。
かつて毎日、鏡の中に見ていた、七美の姿。
日本で女子高生をやっていた頃のあたしです。