第69話 シードラゴンの里-6
海竜は魔力を爆発的に放射しました。
周りにいたあたし達は、全員吹き飛ばされてしまいました。魔力と言っても、風魔法に変換されていたようで、致命的な程の威力は無い爆風でした。
「え~~? 私が起こしちゃったですかぁ~~?」
リリエルちゃんが、ポチャリーヌの腕の中で叫んでました。
「そんな訳あるか。あ奴め、自力で目覚めおったのだ」
ポチャリーヌは飛ばされまいと、踏ん張りながら言った。
あたしはリップを抱いて、お互いに飛ばされないようにしてました。リップの体重はあたしより重いのですが、それでもズルズルと押し出されて行きます。
「お……お母様やめて~~!」
リップが叫ぶも、海竜の攻撃は止まりません。
そして何かが飛んで来ました。それはあたしの横に落ちて、ガシャンと音を立ててバラバラになったのです。よく見たら、ミミエルのパペットでした。
「あ~~、私の人形が~~!」
ミミエルが頭を抱えていたが、パペットが無くなったら、海竜を捕まえておけないんじゃないの?
海竜が巨体を左右に振るうと、バハムートが弾き飛ばされてしまった!
それと同時に、リヴァイアサンも振りほどかれてしまいました。完全フリーになった海竜は浮かび上がり、地上に向かってブレスを吐こうとしています。
これは大ピンチ!
向こうは殺す気満々なのに、こちらからは大した攻撃が出来ない。
倒すだけなら、ポチャリーヌやパラクさんでも可能なのだが、助ける事が前提なので、彼女らも力が使えないでいます。
いったん倒してから生き返らせるのも無理です。ここがいくら魔法の存在する世界でも、女神様がおられようとも、死んだ者を生き返らせる事など不可能なのです。
どうしたら元に戻せる?
どうしたら救える?
そんな方法は分からない。
でもこれは、あたしがやらなきゃならないんだ。
リップやルージュを悲しませたく無いと思う、あたしの役目なんだ。
ポチャリーヌは遺伝子情報が必要って言ってたけど、そんな物あたしの頭じゃ理解出来ません。たぶん必要なのは、そんな物じゃない気がします。
答えはきっとシンプル。
海竜は体内の魔力を移動させ、ブレスを放射………しなかった。
口の中に炎が見えるのに、吐き出せないでいるようです。
「海竜の方を、バリヤーで包み込んでやったのだ。これであ奴は、いかなる攻撃も出来まいて」
おお~~~、ポチャリーヌ、グッジョブだよ。
「おい……どういう事だ、奴め体内の魔力を上げ続けているぞ」
ポチャリーヌが、信じられないというような顔でつぶやいた。
「え? どういう事それ?」
あたしも不安になって尋ねた。
「このままバリヤーで包まれた状態で、魔力を上げ続けると、肉体が耐えられずに破裂してしまうのだ」
「え! それ大変じゃん!」
「お母様もうやめてぇ~~!」
「正気に戻ってぇ~~!」
リップとチークが叫び、ルージュはただただ、うろたえていた。
海竜が一瞬、躊躇したように見えました。
その目には涙が……!
アイシャの心はまだ死んでいない!
しかし、再び魔力が増大をし始め、体まで大きくなり始めました。ポチャリーヌが必死に押さえてるけど、膨張は止まりません。
「まさか、アイシャは被害を出さないために、自爆しようとしてるの?」
あたしは恐ろしい事に気付いてしまった。
「そんな……お母様、私を置いて行かないで~!」
このまま海竜が自爆して、アイシャが死ねば、リップは後を追ってしまう。
そうじゃなくても、彼女はこの先、泣いて暮らす事になってしまうだろう。
この子から笑顔を奪うなんて、絶対ダメ!
ルージュの愛する旦那様との暮らしも、壊させやしない!
なんとしても助ける!
「ポチャリーヌ、バリヤーを解いて!」
「それは出来ん、我らも爆発に巻き込まれるぞ!」
「そんな……!」
……どうすれば?
一瞬、海竜の体が大きくなったように膨らんだ。
その直後、バリヤーの中が赤黒い色になってしまった。
そして……海竜の魔力が、消えてしまいました。
「「いやあ~~~~~~!!」」
リップとルージュが叫んで泣き崩れてしまいました。
「ああ~~…… お母様~~……」
チークもボロボロと涙を流してる……
あたしはリップを抱きしめる事しか出来なかった。
「私もお母様の所に行きたいの……私も殺してナナミィ……」
そんなお願いをするリップ。
「そんなのはダメ! まだ……まだ何とか出来るはずよっ!」
リップを抱きしめた腕に力を入れて、あたしはアイシャの復活を願いました。
魔法のあるこの世界でも、死者が生き返れないのは知ってます。でも、転生なら可能なはず。壊れた体を作り直して、魂を入れてあげれば、復活出来るはずよ。
「リップはもう一度ママに会いたいのでしょう? ならば、ママの事を想い続けて。また会えると信じて。あたしが助けるから!」
あたしはそう言って、リップを励ました。
「お願いナナミィ……お母様を助けて……」
あたしのお腹の下、いつも魔力を溜める場所のさらに下あたりに、暖かな力を感じます。これは以前、リリエルちゃんの怪我を治した時に感じた力だ。
すると、抱きしめているリップの気持ちが、あたしの中に流れ込んで来ました。
(お母様……戻って来て……私の大好きなお母様……)
あたしの力とリップの想いがシンクロしたのか、体から柔らかな光が出て来ました。それは、海竜を封じていたバリヤーをも包み込みました。
「何だこの光は? なぜバリヤーが解除出来ないのだ?」
ポチャリーヌは驚き、ラビエル達はポカ~ンとしていました。
ピンクの光が強くなり、2分ほど経つと、ゆっくりと消えていきました。
バリヤーが破れて、中から何かが出て来ました。
それは爆発でミンチになった、海竜の体だった物です。それがドボドボと吹き出して来ました。
うわっ、酷い匂いがする! って思ったけど、どういう訳だか、何の匂いもしませんでした。そしてペースト状になった物から、出て来たのが……
シードラゴンが一人、這い出して来たのです。
「ここはどこ? ああ、ナナミィさん、何があったのですか?」
それは、元に戻ったアイシャでした。自分が海竜になった事は覚えてないのかな?
そして、自分の体がベッタリと汚れているのに気が付いて驚いてるよ。
「「お母様~~!!」」
「ああ! よかった、元のお母様だ~~!」
娘達は歓喜して、アイシャに抱きつきました。そして号泣。
「ど……どういう事だ? なぜ、あの状態から復活出来るのだ?」
訳が分からず動揺するポチャリーヌ。
「凄いですぅ、まるで使徒転生みたいですぅ……」
「素晴らしいわナナミィ。……女神様のようだわ」
「ナナミィちゃんは、天使じゃなくて女神なのか……」
リリエルちゃんとミミエルとムート君が絶賛してくれるけど、あたしも何で上手く行ったのか、分からないのですよ。
これはアレですか? 隠されたチカラとか言うヤツですか?
「我が輩の七美は、やっぱり凄いのだ」
なんて言うラビエル。誰があんたのだ。
「まさか……有り得るのか? いやしかし、現に目の前で……う~~ん……」
ポチャリーヌがずっと悩んでいた。あたしでは解決出来なさそうだ。
しかも今は、リップとルージュに抱きつかれてます。
「うわ~~ん。ありがとうナナミィ~~!」
「よかったねリップ。でもまず、体を洗った方が良いと思うのだけど……」
ベタベタなアイシャに抱きついてたので、リップも海竜のミンチが付いてます。しょうがないので、あたしが水魔法で水を出して、洗い流してあげました。
ああスッキリ。
「取り敢えずアイシャは元に戻ったし、我が輩らは保護施設に帰り、ディアナ様達と合流するである」
あたし達はシードラゴンの保護施設に戻る事になりました。シードラゴンの里は壊滅してしまいましたからね。リヴァイアサン達は、リリエルちゃんがすみかまで送って行きました。
ムート君は、バハムートからアリコーンに戻っています。
「あ。そう言えば、海竜のミンチはどうしようか?」
あたしが尋ねると、ミミエルがブレスレットから瓶を取り出し、「サンプルに持って行く」と言ったが、ミンチは瞬く間に灰になって消えてしまった。ミミエルはそれを見て、ガッカリしていましたよ。
保護施設に着きました。ようやくイリヤさんの所に戻って来たよ。ルージュがイリヤさんに抱きついてキスした後、アイシャの事を興奮しながら話していた。
出迎えてくれたパシフィカさんは、アイシャをハグしていました。
「無事に戻って来てくれて、よかったです……」
と、涙ながらに言いました。
「今回はとても困難なミッションでしたが、よく解決してくれました。皆さん、大変感謝していますよ」
そう言ってディアナ様が、あたし達をねぎらって下さいました。
「女神様、里を代表してお礼を申し上げます」
パラクさんが、うやうやしく頭を下げました。
「それはこの子達に言ってやって下さいな。私の自慢の子供達です」
「そうですか? あなた達、本当にありがとう」
パラクさんは、あたしやポチャリーヌにも、深々と頭を下げました。そんなに感謝されると、照れちゃいますよ。
うん? 今ディアナ様は『自慢の子供達』と言ったけど、女神様の子供ってムート君だけじゃないの? 社交辞令かな? まあいいか。
シードラゴンの里については、同じ島に再建する事になりました。
アイシャも産まれたてのネイルと一緒に、里で暮らすそうです。リップも母親と一緒に里に住むのかと思ったら、今まで通り保護施設で暮らすんだって。なんでも好きな人の近くにいたいからだそうな。
大人になったら、その人の子供を産むんだと張り切っていた。リップが将来の事を考えられるようになって、こんなに嬉しい事はありません。
チークは妊娠出来るようになったけど、暫くはこのまま冒険の旅を続けるそうです。彼女は恋より冒険に生きるタイプだったのかな?
でも一週間ほどは、アイシャや妹達と一緒にすごすそうです。
「そう言えば、アイシャの中のパラサイトはどうなったのだ?」
ふとラビエルが言いました。
「ああ……、今回の目的は、それでしたね」
「海竜のおかげで、なんかすっかり忘れていたね……」
ムート君とあたしは、呑気に答えました。
「ナナミィはアイシャを復活させた時に、パラサイトはどうしたの?」
「へ? 考えてなかった……てへっ」
「妾が見てやろう。……ふむ、どうやら居ないようだな、海竜と一緒に、吹き飛んだようだ」
ポチャリーヌのやつ、離れた場所にいるアイシャを、どうやって見たのかと思ったら、影魔を使ったのだった。
「なら、ミッション・コンプリートだな。これにて任務終了だ!」
ラビエルが飛び上がって宣言した。
今回は大変な任務になったけど、リップとルージュの笑顔を守れたので、よしとしましょう。