第68話 シードラゴンの里-5
遠くでバハムートと海竜が飛んでいるのが見えます。あたし達は急いでそこに向かっています。
あたしは予感がしているのです。自分なら元に戻せる。根拠は無いけど、女の勘ってやつ? だから急いで海竜……アイシャの所に行かなきゃ。
海竜って、動きがゆっくりだったから、飛ぶのも遅いのかと思たら違った。結構な速さで飛んでいますよ。そう言えばシードラゴンも、海の中を泳ぐ時は速かった。同じように、空を飛ぶのも速いんだろうか?
なのであたし達は、全速力に近いスピードで飛んでいます。でも、バハムートは余裕で追い付いていたよ。さすが竜王だね。
バハムートは海竜の尻尾を掴み、翼を目一杯広げてブレーキを掛けました。海竜はガクンとスピードが落ちたけど、暴れてバハムートから逃れようとしていた。
バハムートは両腕で尻尾を抱えて、海竜の動きを押さえようとしますが、海竜の大きさがバハムートの倍近くあるので、振り回されています。
たまらずバハムートは、海竜の腰のあたりに噛み付いた。海竜は『竜』なんて名前ですが、ほ乳類なのでウロコなどありません。皮膚も頑丈というほどじゃ無いので、バハムートの牙が食い込んで血が出てるよ!
「きゃ~~~! ムート君、手加減してぇ~~~!」
思わず叫ぶあたし。バハムートがあたしの声に気が付いて、噛み付きをやめた途端、海竜に弾き飛ばされました。
「ちょっとあんた、余計な口出ししないの!」
ミミエルがあたしの口を押さえて言った。
「むぐ……何言ってるの、アイシャを助けるのが、今回のミッションでしょ?」
「もう、こうなったら、討伐する事も……」
「それはダメなのだ! 七美の為にも、アイシャは助けねばならないのだ!」
ミミエルの言葉をさえぎるように、ラビエルが口を出して来た。
「むう……、ならアレを何とかしなさいよ」
ミミエルは呆れたように言った。
「大丈夫だよナナミィちゃん。僕の知ってる海竜と同じなら、見た目程ダメージになってないよ。それに、ブレスを使わないと止められそうにない……」
「わ……分かった」
余計な事は言わないでおこう。ムート君の事だから、あたしに気を使って危ない目に遭いそうだし、ムート君が傷つくのだって、あたしには耐えられないよ。
バハムートは海竜と対峙してます。海竜の方もこちらの実力を計りかねてるのか、攻撃を躊躇しているようです。
するとミミエルが飛び出し、海竜に魔力弾を放ちました。海竜はそれを全弾避けて、ミミエルを捕まえようと、腕を伸ばして来ました。バハムートから注意が逸れた瞬間、彼はドラゴンブレスを放ちました。
背中にブレスを受けた海竜は、急いで振り返り、バハムートに襲い掛かった。
今度はミミエルが、海竜の後頭部に向かって何かを投げました。何かと思えば、ミミエルの得意技のパペットでした。以前見た物より大きな人形で、それが海竜の頭に取り付き、しがみついてます。それが攻撃?って思ったら、首にワイヤーを巻き付けていた。それをギリギリと締め付けていたのです。
そんなに効いてるように見えないけど、嫌がってはいますね。
これで使徒3人で取り囲んで、シードラゴンの里に転移させれば終わりですね。
ラビエルとリリエルちゃんが飛んで行って、ミミエルと三角形の形に海竜を包囲します。そして転移だ。
と、思ったら、海竜は急降下して海に飛び込んでしまった。
「あれ? これまずいんじゃないの? 海の中じゃどこに行くのか分からないよ」
と言うあたしの言葉に、みんなもハッとした。
海竜はあっという間に、海中深くに潜って行ったのだ。
「それは大丈夫よ。私のパペットが付いてるので、位置は分かるから」
「そうなの。すごいよミミエル!」
ミミエルがあたしに、フフンと言う顔をした。
「……で、だれが海に潜るの?」
あたしの疑問に、一同お互いに顔を見て、しまったと言う表情になった。
「私に任せるですぅ! ちょっと待っていて欲しいですぅ」
そう言ってリリエルちゃんが、ぱっと消えた。
待ってる間に、ポチャリーヌが海に入って海竜を探してみましたが、居場所が分かっても、深い場所なのでポチャリーヌでも行けませんでした。
10分ぐらいして、リリエルちゃんが戻って来ました。それも一人じゃなくて、リヴァイアサンのグライムさんが一緒でした。しかもリヴァイアサンは他に5頭もいました。グライムさんの仲間だそうです。
「グライムさんとそのお仲間に、海竜を捕まえるお手伝いをしてもらうのですぅ」
リリエルちゃんは、グライムさんの頭の上で、得意げに言った。あたしは飛んで行って、リリエルちゃんを抱っこして、頬ずりしました。
「あ~~もう、さすがだよリリエルちゃん!」
「うふふん、もっと褒めてくださいですぅ」
という一連の流れが、すっかりルーティーンになってますね。ラビエルは羨ましそうな顔をしてるが、ミミエルはあきれ顔だ。
「では、あなたがたにお願いするわね。……はあ……」
仕切り直しになりました。
ミミエルが討伐隊メンバーとパラクさんを、リリエルちゃんがリヴァイアサン達を連れて、海竜の先回りをした場所に転移をします。
大陸側に20kmほど移動しました。海中から海竜の気配がしてる。周りを見ると、小さな島がいくつかありました。
「海竜を捕まえたら、あそこの島に連れて行って捕縛するぞ」
ラビエルがそう言うと、リリエルちゃんがリヴァイアサン達を海面に降ろし、海竜を捕まえるために、海中に潜って行きました。
リヴァイアサンはリリエルちゃんに任せ、あたし達は島に降りました。幅が2kmぐらいあり、背の低い植物が生えるだけの無人島でした。島の周囲は砂浜に囲まれていて、珊瑚の欠片が積もって出来た島のようです。
見た目は南国リゾートのような風景で、ここでポチャリーヌのお姉様達と遊びに来れたら素敵なのになぁ……
20分ぐらい経ったでしょうか? 海面がざわざわしたと思ったら、いきなり盛り上がり、海中から海竜が出て来ました。何頭ものリヴァイアサンが噛み付いて、海竜を押し上げて来たのです。グッジョブです。グライムさんはどこに?
リリエルちゃんが頭に乗ってる、あのリヴァイアサンがグライムさんだ。っていうか、リリエルちゃんったら、海中でも平気なの?
海竜の首にしがみついたパペットが、ワイヤーを残してミミエルの所に泳いで来ました。そのワイヤーをバハムートが引っ張って、海竜を砂浜に引き上げます。
空を飛んで逃げないように、リヴァイアサンが噛み付いたまま、砂浜に押して来ます。これで動きを封じれば、捕獲完了になります。
「ふう、これで後は動けなくするだけか……」
ラビエルがもう終わったみたいな事を言ってるけど、この気の抜けた瞬間が一番ヤバイんだよね。
「ダメよラビエル、最後まで気を抜いちゃ」
「お……おう」
海竜は大人しく引き摺られてます。これがあの優しい母親のアイシャかと思うと、涙が出て来ます。でも、今は心を鬼にしなければなりません。
「アイシャ、私が分かりますか?」
あたしの横にいたパラクさんが、海竜に呼び掛けました。海竜はパラクさんの方を見ました。
「グ……ガウウ……」と言って海竜は口を開けた。それを聞いたパラクさんは、海竜に近付いて「アイシャ、正気に戻ったの?」と、話し掛けました。
その瞬間、海竜がブレスを放ち、あたしは急いでパラクさんを抱えて飛び上がった。そんな不意打ちは、ドラゴン相手には無理だよ。
でもちょっと危なかったな。パラクさんは見た目より重かったからです。スタイルはいいのに、80kgぐらいあったのです。なので全力で持ち上げました。こちら側に犠牲者が一人でも出れば、海竜が討伐対象になってしまうからです。
「ではこのまま眠らせてしまおう」
と言ってポチャリーヌが魔法を使うと、海竜はその場で眠ってしまいました。
「さて、これからどうする?」
「ポチャリーヌの力で戻せないかな?」
あたしがポチャリーヌに聞いてみた。
「妾の力で戻すには、アイシャと海竜の遺伝子情報が必要なのだ。しかしこの世界では不可能なので、妾の魔法でも戻せないな……」
「やっぱり元に戻せるのは、家族の愛ね! 連れて来るわ」
ミミエルが唐突にそんな事を言い出したと思ったら、どこかに転移した。
少しして戻ったミミエルは、リップとルージュとチークを連れて来ました。
リップは眠る海竜を見付けると、急いで這い寄り、声を掛けました。
「ああ、お母様! ご無事なんですか? 目を開けてぇ~……」
リップは海竜にすがり付いて泣き出してしまいました。
「お母様~~お母様~~!」
ルージュとチークもそばに寄り、声を掛けています。二人の悲痛な声にも、海竜は何の反応もありませんでした。
あたしはリップの背中を撫でてあげました。
「ナナミィ……お母様を助けてよ……目を覚まさないの……」
絶対助けるなんて言っておいて、あたしには何も出来ない………
「ミミエルよ、なんで娘達を連れて来たのだ?」
ラビエルがミミエルに聞いていました。
「家族が呼び掛けてみれば、自我意識が戻るかもって思ったのよ」
「……それでうまくいくのかな?」
ミミエルにムート君が話してるけど、そんな事ってあるの?
「それより、アレはいいの?」
そう言ってミミエルは、海竜の方を指差した。
その先には……海竜の頭の上で飛び跳ねてるリリエルちゃんがいた。
「さあさあ、早く目を覚ますのですよ~~」
「何をやっておる、そんな事やっても目覚めぬぞ。妾の魔法がそう簡単に解けぬわ」
「え~~? そうなんですかぁ?」
「ほら、危ないから降りろ」
ポチャリーヌがリリエルちゃんを両手で抱えて降ろしました。
ポチャリーヌが振り返って、あたしにリリエルちゃんを渡そうとした時、海竜の目がパカっと開いた。
「あっ! 目が……!」
あたしは咄嗟に叫び、ポチャリーヌはリリエルちゃんを抱えてその場から飛びのきました。
目を覚ました海竜は上半身を起こし、こちらを睨んでいます。
「まさか、妾の魔法を自力で破ったのか? 有り得ぬ……!」
海竜は魔力を増大させています。
第2ラウンド開始のようです……