第65話 シードラゴンの里-2
ルージュのママ、アイシャを助けるには、パラサイトを駆除すれば済む話でした。
でもアイシャは、子供のために死を覚悟していました。
「大丈夫だよアイシャ。パラサイトさえ駆除すれば、死なないで済むぞ」
イリヤさんがアイシャに力説した。説得頑張れ。
「そうよ! ポチャリーヌ様に任せれば大丈夫よお母様!」
「でも、たとえパラサイトがいなくなっても、私は助からないのよ……」
それを聞いたみんなが固まってしまった。
助からないって、どう言うコト?
永遠にも思える一瞬の中で、あたしは考えを巡らせた。死んでしまう原因はパラサイトのはずでしょ? それさえいなくなれば助かるんじゃないの?
あたしはミミエルを見た。あの子なら何か知ってるかも? ミミエルはブレスレットから魔獣図鑑を呼び出して、あれこれ確認してた。
「ルカエル様、どういう事なんでしょう?」
「分からない。シードラゴンに関しては、元々情報が少ないんだよ」
ダメだった。この二人が知らないんじゃ、もう絶望なの?
「あなた達はシードラゴンの『6人目の禁忌』を知っているのですね。6人目の子供が産まれた直後に、パラサイトが魔力を大量に吸収して成長すると、宿主の体が二人目の子供と勘違いして出産してしまいます。そして魔力を失ったシードラゴンは、命を落としてしまうのです。外に出たパラサイトは、死んだシードラゴンを食べて、ハイ・パラサイトへと成長します」
ここでいったん話を止めるパラクさん。みんなが理解出来るまで待ってくれるようだ。それに、さっき聞いた話と違うよ。ミミエルの話じゃ、腹を食い破るって言わなかった? 全然スプラッターな話じゃないよ?
「それだけなら、産まれる前にパラサイトを排除すれば済む話です。しかし、問題はパラサイトの方では無く、6人目を産んだシードラゴンの方なのです。出産直後に彼女の体は……」
そこまで言うとパラクさんは、慌てて外へ出て行きました。
思わぬ行動に、みんなは呆気に取られていますが、あたしには分かった。やばい奴が近付いてくるからだ。
「みんな、大きな魔獣の気配が近付いて来るよ! これはクエレブレだ!」
クエレブレと聞いて、みんな慌てて外に飛び出した。
パラクさんが、里のシードラゴン達の避難誘導をしていました。
「みなさん、早く洞窟の中に避難して下さい!」
急げと言われても、シードラゴンの体形じゃ、早く移動出来ません。必死に走っても、人間の早足なみの速度しか出せません。さっきムート君にきゃーきゃー言っていた女の子達は、パニックになって動けなくなっています。でもそれを見たムート君が、魔法で女の子を浮かせて、洞窟まで連れて行きました。
もう少しで避難完了というところに、大きな魔獣の姿が見えて来た。
まさしくクエレブレだった。しかも2頭もいるよ! 朝に見た奴よりは小さいけど、それでも20m近くありそう。小さい奴は素早いというのがお約束だけど、素早い上に2頭で連携でもされたら厄介ですね。
「クエレブレは、シードラゴンを襲うものなのか? 今日も別の場所で、シードラゴンが襲われていたのだ」
ラビエルがパラクさんに聞いていた。
「そうですね、ここらのクエレブレは、シードラゴンも捕食するようです。この里は私が守っているので被害は出ませんが、他所では毎年何人かのシードラゴンが被害に遭ってます」
「うむ、そうか、クエレブレには討伐依頼が出されている事だし、今日が此奴らの命日となろうぞ。フハハハ!」
ラビエルさんや、それじゃ悪役みたいだよ。
あたしの心配した通り、クエレブレがスピードを上げて迫って来た。
1頭が洞窟の方に向かったが、パラクさんの結界に阻まれていた。結界にドスドスぶつかって破ろうとしてるけど、結界はよほど頑丈なのか、破れないでいます。
パラクさんがそっちに集中している隙に、もう1頭がぐるっと回り込んで、バックを取ろうとしてた。
これはヤバイ。これじゃ防げないよ。
……あたし達がいなけりゃね。
パラクさんの後ろから襲い掛かろうとしたクエレブレは、魔力弾の集中砲火でダメージを受けて、よろよろと森の中に落ちて行った。
もう1頭は口から凄い勢いで水を噴き出して、結界を攻撃していました。結界自体は無傷ですが、周りの岩がザクザク斬られていた。クエレブレの武器は、このウォーターカッターなんだ。かなりの威力だけど、20秒位で打ち止めになったようだ。魔法で水を作り出している訳じゃ無くて、お腹の中に水を溜めていたんだ。
それを確認したパラクさんが、魔法を使って飛んで行ってクエレブレの前に立った。すると、髪の毛に見えた体の一部がシュルっと伸びて、ムチのようになり振り回したのです。次の瞬間には、クエレブレがバラバラになっていた。
あんなに細長い物で、大きな魔獣を切り刻むなんて、いったいどれ程の魔力が込められているのでしょう? ポチャリーヌが言った通り、ただ者ではありません。
「これで、当面の食料には困りませんわね」
そう言ってパラクさんは、ふっと微笑んだ。
「パラクさん危ない! 横から来る!!」
ムート君が叫ぶと、前足を振り上げて炎のブーメランを放った。
ブーメランは何もない空間に飛んで行き、バシンと弾けました。すると空中から赤い液体が飛び散り、何か大きな物が落ちて来た。それはクエレブレの翼のような前ヒレですよ! クエレブレが姿を消して、パラクさんを攻撃しようとしてたんだ。
さすがムート君だ。気配で居場所が分かったんだね。
たまらずクエレブレが姿を現したけど、ポチャリーヌが両足を揃えて、クエレブレの頭に飛び蹴りをかましてた。
クエレブレの頭が、ベコンと潰れて平になったよ……
なんというエグい攻撃。さすが魔王だ。
クエレブレはゆっくりと落ちて行って、その場で絶命した。
戦いの決着まで、5分と掛からなかったよ。なんか、実質3人で済んだよね?
「ありがとうございます、助かりました。私一人だったら、どうなっていた事か」
パラクさんが深々と頭を下げて、お礼を言いました。
「ハハハ、あれくらい余裕だよ」
ポチャリーヌが偉そうに、胸を張っていたよ。
パラクさんが結界を解くと、洞窟に避難していたシードラゴンが出て来ました。女の子達はムート君の所に集まって、お礼を言っています。
倒されたクエレブレは、みんなの食料になるそうな。クエレブレは魚の魔獣なので、煮たり焼いたりすると、とても美味しいんだって。元日本人としては、刺身で食べたいぞ。でも、生で食べるのは無理と言われたけど……
あ。しかも、醤油がなかった。
「お主、パラサイト・クイーンだな」
ポチャリーヌがパラクさんに言いました。
「やはり分かりますか……」
それを聞いて一同ビックリ。そしてなぜシードラゴン達も驚くの?
「分かるも何も……あんなに魔力を出せば、魔力の質がパラサイトと同質なのでバレバレだぞ。それに、妾やムートの力を試したな?」
「試したとは、どういう事なのだ?」
と、ラビエル。
「此奴は、姿を消したクエレブレに気付きながらも、気付かぬふりをしたのだ。我らがどう対処するのか、試しおった」
「ごめんなさいね、こんなに可愛らしいお嬢さんが、凄い魔力を持っているので、警戒してしまったのです。里を守る身としては、見極めなくてはならなかったのです」
あたしが警戒されないのは、やっぱり普通のドラゴンだからかな?
「ところで、さっきパラクさんは……そうか! パラサイト・クイーンを略してパラ・クなのか! な~~んだ」
なんか凄い事を気付いたあたし。思わず言っちゃったよ。
「おお、そうか! さすが七美、よく気付いたな!」
と、ラビエルも褒めてくれた。
「……いや、そんなにドヤ顔で言う事か?」
ポチャリーヌが冷めた事を言うけど、気にしない。
みんなでクエレブレを解体し、保存の魔法を掛けて、食料庫にしている洞窟に入れておきました。もうそろそろ夕食の時間なので、パシフィカさんがあたし達の分も用意してくれる事になりました。
「で、さっき言わんとした事だな。シードラゴンが出産直後に何だって?」
みんなを代表して、ルカエルさんが尋ねました。
「6人目を出産したシードラゴンは、怪物になってしまうのです。体が倍以上に大きくなり、理性は無くなり、ただ暴れるだけの魔獣と化してしまうのです。その力は凄まじく、街一つ簡単に破壊してしまいます……」
「まさか……そんな……パラサイトによって殺されなければ、怪物になるのか?」
「はい、1400年前に一度あった事です。私もシードラゴンを助けようと、外に出て来たパラサイトを動けなくしました。そして魔力を失ったシードラゴンに、魔力を与えて回復させたところ、いきなり怪物に変化してしまったのです。その怪物は暴れ回り、多くの犠牲者が出しました。私はこれ以上の犠牲者を出さない為に、彼女を殺さざるを得ませんでした……」
まさに、衝撃の内容でした。それにパラクさんも、1400年以上も生きているって、それ何気に凄いよね。
「まてまてまて~~い! 我らの知らない事ばかりだぞ!」
混乱して、わめくラビエル。
「そうでしょうね、先代の女神様の時代の出来事ですから」
冷静に語るパラクさん。格が違いすぎるよラビエルさんや。
「先代女神エテルナ様の頃の話となれば、我々の手に余るな……。これは一度神殿に戻って、過去のアーカイブを調べてみなければ……」
ルカエルさんも考え込んでいます。
「ペギエル様ならご存知じゃないのかな?」
「1400年前なら、さすがのペギエル様も産まれてないわよ」
ムート君とミミエルも、話に参加しています。あたしとリリエルちゃんは、すっかり取り残されちゃってる。
「そんな事より、お腹すいたですぅ」
取り敢えずみんなで、夕食を食べる事になりました。
シードラゴンの里は島にあるので、やっぱり魚料理が中心です。見た事の無い魚が並んでるし、クラゲみたいなのもあった。あとは森で採れた木の実や果物です。今日のクエレブレも焼き魚になって出て来たよ。赤身魚だそうで、刺身で食べたいけど、生で食べるとお腹を壊すんだって。焼く前の身を見せてもらったら、脂がのったマグロのトロのような赤身だった。ああ……醤油があればなぁ……。お腹を壊してでも、刺身で食べたのに。
ご飯は美味しかったけど、ルージュはほとんど食べてませんでした。すっかり憔悴したルージュは、イリヤさんに慰められています。
なんとかアイシャを、助けられないのかな……
あたし達はルカエルさんに連れられて、保護施設に戻って来ました。
最初は、パラサイトを駆除してアイシャを助ける、簡単なお仕事のはずだったのに、蓋を開けてみたら超難問になってた。
あたし達の帰りを待っていた、リップやメイドさんは、意気消沈するルージュに戸惑いが隠せません。
ルカエルさんから事情を説明されて、リップも泣き出してしまいました。
「大丈夫よ! あたしが絶対アイシャを助けてみせるから!」
リップとルージュが悲しむなんて耐えられない。何としても助けなきゃ!
そんな思いで、安請け合いをするあたしだった……