第64話 シードラゴンの里-1
「本当ですか、チークお姉様」
ルージュが期待を込めて聞いた。
「ええ。2週間ほど前に、海で会ったけど、その時は、南のシードラゴンの里に帰って、そこで出産するって言っていたわね」
チークがサラリと、重要な情報をしゃべったよ。
「南のシードラゴンの里だって? 聞いた事無いぞ……」
と、イリヤさんが驚いていた。
「そりゃそうでしょ。シードラゴンの里なんて所を、あの伯爵が知ったら、シードラゴン達を根こそぎ捕まえるでしょうから、アイシャは秘密にしてたのよ」
ミミエルの言葉に、一同うなずくのだった。
「それ……、どこにあるのでしょうね?」
アドリアスがちょっと興味深そうに聞いた。あたしも興味があるけど、保護されている魔物のすみかなど、さすがに教えてもらえないよね。
「ボクが知っているよ。これでも海を守護する使徒だからね。ああ……でも、教えるのは討伐隊のメンバーとイリヤ君だけにしておこう。里の事は世間に広めたく無いので、悪く思わないでくれたまえ」
「承知しております使徒様。気を使わせてしまって、すみません……」
ルカエルさんはアドリアスに説明しましたが、彼も一国の王子様、その辺の事はちゃんと理解出来ているようですね。
「それとイリヤ君には、シードラゴンの保護活動の為にも知っておいて欲しい」
「は……はい」
ルカエルさんに言われて、イリヤさんはちょっと緊張してるみたい。そう言えばルカエルさんは、さっきからずっと地上にいるけど、イルカなんだから体が乾いたりしないのかな? 大丈夫なの?
ラビエルに聞いてみたら、体の表面を魔法で包んでいるので、乾いたりしないそうです。という事は、魔法を使わないと乾いちゃうんだ……
「あの~~……私達には、教えて頂けないのでしょうか?」
ルージュが恐る恐る尋ねた。
「え? ……ああ! もちろん君達にも教えてあげるよ!」
ルカエルさん、忘れていましたね。
「でも3人いっぺんには連れて行けないな……。リップは通知活動の折に連れて行ってあげよう。チークは自分で探したいだろうから、むしろ教えて欲しくないだろ? じゃあ今回は、ルージュを連れて行こうか」
「あ……ありがとうございます!」
ルージュはルカエルさんの前で、頭を何度も下げたよ。これはルージュに、自分の夫を母親に紹介する機会をくれたのかな? いや、紹介と言うより報告かな?
30分後、それぞれが準備を整え、玄関広場に集まりました。
今回あたしはドラゴンのままで、ムート君はアリコーン姿で、そしてポチャリーヌも獣人の少女姿での参加です。あたしはともかく、他の二人は元の姿がワイルドなので、こちらの方がいいですよね。
後は使徒4人とイリヤさん・ルージュ夫妻です。
「準備出来た? じゃあ転移するよ」
ルカエルさんがそう言うと、パッと景色が変わりました。
「おお~~、ここがシードラゴンの里か!」
あたしは興奮して、つい大きな声を出しちゃった。でも周りを見回しても、シードラゴン達の姿は無いですよ。おやぁ?
「可愛いシードラゴンはどこに~~?」
あたしの不満げな声に、みんな笑ってた。
「彼女達を驚かせない為に、離れた場所に出たんだよ」
ルカエルさんが、微笑みながら言われました。
「な~~んだ、そうなんだ~。……ごめんなさい、お騒がせしました……」
と言ってあたしは、ムート君の後ろに、こそっと隠れました。
それを見て、ミミエルとリリエルちゃんがクスクス笑い、ラビエルが気の毒な子を見るような目をしてたよ……
さて、このシードラゴンの里は、保護施設のあった海岸より、南に約1000kmの位置にある島です。島があるのは、アースの太平洋並みに広い海で、紺碧海と呼ばれています。商船の航路から外れているので、誰にも知られていない島だそうです。
ルカエルさんはシードラゴン達の所に行き、あたし達の事を説明してくれています。使徒達を含め、9人ものメンバーで押し掛けたんだもの、いきなり出会ったらビックリするよね。
説明を終えたルカエルさんが戻って来たので、みんなはシードラゴン達のお家に向かいます。どんな所なんだろう? ワクワクしますね。
あたし達は、3mぐらいの幅のある道を歩いて行きました。
「人に知られていないのに、道があるんだね」
「これは、シードラゴンが這って付いた、いわゆる獣道じゃないのかな」
あたしの疑問に、イリヤさんが答えてくれていると、間も無くシードラゴンの里に着きました。そこには、たくさんのシードラゴン達がいました。
「ようこそシードラゴンの里に。みなさんを歓迎しますわ」
一人の年配のシードラゴンが、挨拶してくれました。
「私がここのリーダーというわけじゃありませんが、一番年上なので、世話役みたいな事をやっております、パシフィカと申します」
あれ? パシフィカって確か……
「あなたはもしかして、セレンのお母様ですか?」
と、ルージュが聞いた。
「あら? セレンをご存知ですか? セレンは私の三番目の子供ですの」
なんと! 彼女は、あのセレンのママでした。世間は狭いです。
セレンのママは50代だそうで、後は40代から10代にいたるまで、総勢25人ものシードラゴンが暮らしています。誰も服とか着てなくて違和感があるのですが、よく考えたら野生のシードラゴンは裸が当たり前なのでした。いつの間にか、シードラゴンはブラジャーを付けてるもんだと思い込んでいたよ。ブラをしてるリップやルージュの方が、本来は不自然なんだけどね。
そのルージュの付けているブラに、里のシードラゴン達は興味津々です。
「それどうしたの?」とか「胸が苦しくならないの?」とか聞かれていた。
次に人気があったのがムート君だった。こんな絶海の孤島で、馬を見る事は無いので珍しいのでしょう。特に10代の女の子に人気があります。
「ねえ、あなたどういう動物なの?」
クルクル巻き毛の可愛い子が、ムート君に質問してた。
「え~~と、ほ乳類の奇蹄目ウマ科の動物だよ。いや、動物じゃなくて魔物なんだけどね……ハハハ……」
なんて答えてたけど、生物学上の分類なんて、あたしとポチャリーヌしか理解出来ないよ。
「それより、この翼で飛べるの?」
「ねえ、飛んで飛んで!」
なんて女の子にリクエストされて、ムート君は飛んでみせた。
「きゃ~~~! すご~~い!」
「かっこいい~~!」
女の子達は絶賛、大人気だった。
「で、なんでドラゴンは人気が無いのよ?」
「そう不貞腐れるな、妾も注目されてないぞ」
「そうだぞ、我が輩もスルーされているのだ」
「まあ、先輩は言動がキモイからしょうがないわよね」
あたしとポチャリーヌは、うんうんとうなずいた。
それに、あんたも人気無いだろミミエル。
「それでルカエル様は、今日はどういった御用向きで?」
若いシードラゴンが来客に夢中になっている横で、パシフィカさんが、ルカエルさんに尋ねてました。
「そうそう、ここにアイシャが来たね? どこに居るかな?」
「アイシャなら故郷で子供を産みたいと、一週間前ここに来ました。今は他の妊婦達と一緒に、北の洞窟に居ます」
「あとどれくらいで産まれそうだ?」
「そうですね……、出産は1ヶ月後だと言ってました。あの……彼女の身に何かありましたのでしょうか?」
パシフィカさんが、心配そうに尋ねています。
「大きな声じゃ言えないが……、彼女がパラサイトに寄生されているようで、その駆除に来たんだ」
「パラサイトに何か問題があったのですか?」
パシフィカさんが不思議そうな顔をしていた。その口調……まさかパラサイトの事を知っていた?
あたし達はみんなで、北の洞窟に来ました。里のシードラゴンは、パシフィカさん以外は遠慮してもらいました。ムート君は女子人気が高いので、置いて行こうとしたら、「僕を置いてかないで」と、焦って付いて来たよ。
洞窟とは言っても、鍾乳洞ではなくて、崖の下に開いた大きな穴だった。その中には3人の、お腹の大きなシードラゴンがいました。体の下には、たくさんの葉っぱが敷かれており快適そうです。その中の一人が最もお腹が大きく、お腹を圧迫しないように、体を横向きにしていました。
誰がアイシャなんだろう? そう思ったら、ルージュが一番奥にいたシードラゴンに向かって這って行った。
「お母様! お久しぶりです、ルージュです!」
「あらルージュ、どうしてここに?」
「お母様が心配で、使徒様に連れて来て頂いたのよ」
「まあこれはルカエル様、ありがとうございます」
ルージュが感激して、母親のアイシャをハグしてました。ルージュったら、泣いてるよ。そんな娘を、アイシャは優しく頭を撫でていました。
みんなはアイシャばかり見ていて、気付かなかったけど、洞窟のさらに奥に一人の人間の女性がいたのです。
「こちらがアイシャの娘さんですか? まあ、可愛らしいお嬢さんですこと」
そう言う女性は、ほとんど服を着ていなかった。いや、ほとんどじゃ無くて、まったく着ていなかった。服だと思ったのは、体に着いたヒラヒラだった。
髪の毛に見えたのも、毛じゃなかったよ。このお姉さん、人間じゃなかった。魔物だったよ!
「こちらはどなたかな?」
と、ルカエルさんが聞いた。彼も知らない魔物なのかな?
「ああ、失礼しました。私はパラクと申します」
「私達シードラゴンのお世話を、昔からしてくれている方ですのよ」
アイシャが説明してくれましたが、若く見えるのに、本当は凄い年齢なんだろうか?
「そうだ。お母様に報告する事があったの」
と言ってルージュがイリヤさんの横に並び、体を起こして前足を彼の背に回した。イリヤさんもルージュの首に手を回しました。
「私達、結婚しました」
ルージュが幸せそうに母親に報告しました。
「……え? ……結婚?」
ですよねえ、まだシードラゴンに関する法律が改正された事を、説明しておりませんものね。少しフライングだったよね?
なので、ルカエルさんがパシフィカさんとアイシャ、それにその場にいる妊婦さん二人にもに説明しました。パラクさんも一緒に聞いていました。
「そうなの、ルージュは大好きな人と一緒になれたのね。よかった……」
アイシャは涙ながらに、娘の幸せな結婚を喜びました。
「そうですか、時代は変わって行くものなのですね……」
パラクさんも、しみじみ言いました。
え~~話や~~、なんて思ってたら、ポチャリーヌがあたしに耳打ちした。
「おい、このパラクという奴、とんでもない魔力を持っておるぞ。今は巧妙に隠しておるが、妾に匹敵する魔力量だ」
「え? それって魔王みたいってコト?」
「そういう訳ではないがな。魔力が多くても、それを使う技術が無ければ、強いとは言えぬからな」
「でも、不思議なヒトだよね、穏やかで優しそう」
「シードラゴン達にはな……さて、我らの味方になるか、敵となるのか……」
「そう言えばルカエル様は、アイシャのパラサイトに用があるのでしたね?」
パシフィカさんが尋ねました。
「そうだが……あなたはパラサイトの事を知っていたのか?」
「ええ、この里のシードラゴンの体の中には、パラサイトが住んでいますから」
「ふむ……寄生とは言わないところを見ると、この里ではパラサイトを嫌ってはいない訳だね……」
「私達の子宮を、常に健康にしてくれますもの。持ちつ持たれつですわ」
何だか風向きが変わって来たような……
この里じゃ、パラサイトは悪者じゃないの?
え? っていうか、ここじゃ常識なの?
「なるほど、だがアイシャが、6人目を出産した後の危険については知ってる?」
「はい、存じております……」
そう言うとパシフィカさんは、アイシャを見ました。
「そこから先は自分で話します。6人目を産んだシードラゴンは、自身の体に住むパラサイトに殺されてしまう事は知っています。ならせめて、お腹の子だけでも助けてもらおうと、里に帰って来たのです」
それを聞いたルージュは驚き、口を押さえて泣き出してしまいました。
「お母様……そんな……ううぅ~~~……」
アイシャは娘の方に手を置き、優しく撫でました。
「しょうがないのよ。これも運命なのよ……」
そんな運命なんて、あたしは認めたく無いゾ!