第63話 パラサイト
「ああ~ん、早く、早くしてぇ~」
と言ってチークは、イリヤさんを自分の胸に押し付け、もう片方の手で自分のお腹を触っていた。
あたしの言葉ではマイルドに表現していますが、実際は女の子が赤面する程の、エロい場面が展開しております。いや~~ん。
「ぶはっ! どうしたチーク? 君らしくないぞ」
イリヤさんは、チークの前足から逃れて、驚いた顔をした。
ですよねぇ、さっきまでのクールビューティーとは大違いで、盛りのついた動物のようになっています。
「イリヤさん、チークの体の中から、魔物の気配がするよ!」
「なに!? 本当か? じゃあこれは、魔物の影響なのか?」
イリヤさんを離したチークは、熱い瞳で彼を見てるよ。
「シャンティ」
彼がそう呪文を唱えると、チークはばたっと倒れて、眠ってしまいました。
「これでいい。それでナナミィちゃん、どこから魔物の気配がしたんだい?」
そう聞かれてあたしは、お腹の下辺りを指差しました。
「そこは……子宮か……。取り敢えず、使徒様に報告しなくては」
あたし達は急いで、皆の元に戻る事にしました。
あ! その前におトイレ。
ちょうど居間にシードラゴン用のおトイレがあるので、イリヤさんには待ってもらって、おしっこをしていきます。
「それ、ドラゴンにも使えるんだな」
「ちょっと大きくて、足を突っ込まないように、注意しないといけないけどね」
あたしがおしっこをしているのを見ながら、イリヤさんが感心してるけど、彼が平然としてるのは、ルージュのおトイレを毎日見てるからかな?
あたしも平気なのは、ドラゴンはおトイレを見られても、恥ずかしくないからです。なんでも、昔のドラゴン用のおトイレには個室の仕切りも無く、男女別でも無かったそうです。ドラゴンって、何ておおらかなんでしょう。
さて、あたしとイリヤさんは皆を食堂に集め、さっきの事を報告しました。
「チークの体内から魔物の気配だと? それは、寄生型の魔物だな……」
と言ってラビエルが、考え込んでいた。
「私の船に、魔物や魔獣などが詳しく書かれている本があります。持って来ましょうか?」
そう言ってアドリアスは、彼らが乗って来た魔動船から、分厚い本を持って来ました。こういった本は、船には必携の書だそうです。襲われた時の対処法が載っているからですって。
アドリアスは素早くページをめくって、目的の魔物が載ったページを探します。
しばらくして彼の手が止まりました。
「シードラゴンに寄生する魔物と言えば、このパラサイトと言う奴ですね」
それは、全長10cm程の小さな魔物で、子宮の中に寄生するのだそうな。
「シードラゴンの子宮の中で、宿主の魔力を吸い取りながら暮らしていて、子供が出来たらその体に、自らの子供を産みつけるそうです。産まれた子供が成長すると、パラサイトの幼生はその子の子宮に移動し、同じ事を繰り返して繁殖しているのです。宿主の性欲を高めて、交尾させるそうですよ」
「だから、妊娠出来るようになった途端に、手近な男に言い寄ったのか……」
イリヤさんは納得した。
パラサイトの体は長細くて、頭には目が一つ付き、その下には短い触手が8本あり、体の後ろにはフリルのようなヒレが付いています。メスだけの魔物なんだって。
「メスだけって……それでどうやって卵を受精しているの?」
あたしが尋ねたけれど、それは当然の疑問ですよね?
「う~~ん……それは書いていないな……」
アドリアスが本を隅々まで調べたが、書いてなかったようだ。
「そこには書いてないわよ、魔物や魔獣に関する情報には、秘密にされているものがあるのよ。要らぬ混乱をさせない為にね……。良い機会だから、少し教えてあげる。奴らは子宮の中にいるのよね? そこに居れば子種は貰い放題じゃないの。……そう、奴らは人間の子種で受精してるのよ」
それを聞いて一同ドン引き。特にイリヤさんとアドリアスが酷い表情をしてた。
「そんな反応になるからね、情報が伏せられているのよ」
と言うミミエルの言葉に、ふと思い付いた事があるんだけど……
どうやら、みんな同じ事に気が付いたみたいだ……
「じゃあ、チークと彼女の中のパラサイトは、姉妹になるのかっ!」
ラビエルが思わず叫んだ。そうなのだ、チークとパラサイトは、父親のアクダイン伯爵の子種から産まれたからだ。しかもリップとルージュのお姉様でもある事に……
「い……い~~やあ~~~」
あまりのおぞましさに、思わず声を上げるルージュ。寄生虫が姉だなんて、イヤすぎる。虫じゃなくて魔物だけど。
「取り敢えず排除した方がいいけど、どうやって退治しよう?」
と言うミミエル。全員で考えるが、いいアイデアが出ず。
「そうだ。外から手を突っ込んで、魔物を引っ張り出せば?」
メイドの一人が、えぐい事を言い出した。
「無理無理無理」
メイドのケイトさんが即座に否定。
「ハ~~イ皆さん、こんにちはですぅ」
「フン。妾がいないとダメだなお主達は」
いきなり、リリエルちゃんとポチャリーヌが現れました!
え? どうして?
「我が輩が知らせたのだ。教えないと後で文句を言われそうだからな」
とラビエルが、ブレスレットを指差した。
……確かに、自分だけ除け者にされたと、むくれそうだしね。
「なるほど、この子の体内の魔物の排除がしたいと言う訳か……」
あたしらはチークの所に移動して来ました。ポチャリーヌはチークのお腹を撫でながら、思案しております。
「クモさん達にやってもらえば、いいんじゃないですかぁ?」
「ふむ……そうだな。よし、影魔どもよ、姿を現せ!」
ポチャリーヌがそう言ったとたん、彼女の影から2匹のクモが現れた。
「こいつらは、影がある所なら、物体を通り抜け、入り込む事が出来るのだ」
彼女がチークの上に四角い板で影を作ると、影魔がその影から体内に入って行った。そしてもう一匹の影魔に手を置いて、目を閉じた。
「こうして体内の影魔の見た映像を、外の影魔を通して見るのだ」
なるほど、体内のカメラの映像を見てるというわけですね。
「見たい奴は、妾の手に触れ」
その場の全員が、ポチャリーヌの細い腕を触った。
「う……まあいい、これが子宮内部だ。……居た、こいつだな……」
さっき本で見た魔物と同じ奴が、目の前にいました。真っ暗なはずなのに見えるのは、影魔の持っている玉が光っているからです。これはライトかな?
影魔はパラサイトを掴んで、そのまま影から出て来ました。
引っ張り出されたパラサイトは、ビチビチ跳ねて、再びチークの中に戻ろうとしたけど、メイドさんがチークのお腹にパンツを巻いて阻止していた。リップとルージュは、腹這いになっているので、大丈夫です。
「あ。あたしは狙われたりしない?」
あたしは思わず、下腹部を押さえてしまいました。
「お主は大丈夫だ。同じドラゴンと言えど、ナナミィは卵を産む種族なのだろう。そもそも寄生出来る場所が無い。それに、サイズ的に無理だしな」
それはひと安心。
ポチャリーヌは、ビチビチしているパラサイトを掴んで、じっと見てた。
「これはどうする? 始末してもいいのか?」
「早くそんなモノ殺しちゃってぇ!」
ルージュが叫んだ。よほどおぞましかったんだろうね。しかも、自分と父親が同じなんて、我慢ならないでしょう。分かります。あたしだって、ママの中からあんなのが出て来て、あなたのお姉さんよと言われたら燃やします。
ポチャリーヌが手に力を入れると、パラサイトが燃えて灰になりました。
これで解決かな? と思ったら違った。
「ルージュとリップも調べておこう」
「そうか! あの子らもアイシャの娘だからか」
「お腹の中で、寄生されているだろうて」
という訳で、リップとルージュも、影魔を使って子宮の中を調べました。結果、ルージュの中にはいませんでしたが、痕跡はありました。寄生した後にすぐに死んで、生理の時の経血と共に体外に排出されたのだろうという事です。実はシードラゴンって、人間の女性と同じく、月に一度の生理があるのです。
残念ながら、リップは寄生されていました。彼女の可愛いお腹に寄生するとは許せん! 燃やしてやる!!
パラサイトは影魔が引きずり出して来ました。ポチャリーヌが持ち上げる前に、あたしのブレスが炸裂して灰になりました。イエスッ!!
「おいぃ! 危ないな~~。そんなに怒るでない」
なんてポチャリーヌは言うけど、遣り切ったあたしは、フンスッと鼻息荒かった。
「よかったなリップ、これで安心して子供を作れるぞ」
イリヤさんにそう言われ、リップは彼に抱きつきました。彼の胸に顔を押し付けて「うん、うん」って言っていたよ。
「フフフ……これで大好きな人の子供が産めるわね」
シエステがなんか意味深な事を言ってる。大好きな人って、まさかあの人? 相手がいるのに、それは認められるものなんか?
もうすっかり解決した感がしてるけど、ミミエルが浮かない顔をしていた。
「どうしたのミミエル? 変な顔をして……」
と、あたし。
「誰が変な顔だ。みんな気が抜けて忘れちゃったの? その子らの母親もやばいんでしょ? 確か妊娠してるんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうか、アイシャは今も寄生されてるんだった」
「じゃあ彼女を探して、取り除かないと」
「あれ? 今どこに住んでるの?」
「誰か聞いてる? 私は知らないけど」
「リップに探してもらわなきゃね」
メイドさん達が呑気に話してる。それを聞いてミミエルが、はぁ~~と大きなため息をついた。
「確認だけど、アイシャは5人の子供を産んだのよね? お腹の子を合わせて6人ね。さっきの秘密にされた魔物の情報だけど、私達使徒だけが知っている極秘情報があるのよ。それはアイシャにも関係するのだけど……。もっと聞きたい?」
「ちょっ……そんな所でやめないで、全部話しなさいよミミエル」
途中でやめたミミエルに、あたしは文句を言った。
「別に意地悪してる訳じゃないわよ。この先は本当にヤバイ内容なのよ……、心して聞きなさいね。パラサイトに寄生された状態で、子供を産んでも、単に子供にも寄生されるだけで特に問題は無いの、それも5人までなら……。
でも6人を超えると恐ろしい事になる。パラサイトは宿主から大量の魔力を奪い、大きく成長を始めるの。そして、腹を食い破って出て来るのよ。その頃には、元の大きさの10倍以上の大きさになり、この状態を『ハイ・パラサイト』と呼ぶのよ。
こうなれば、もう寄生する必要も無くなり、死んだ宿主を食べてさらに成長すると、『パラサイト・クイーン』になるの。これは人間の女性そっくりの姿で、直接人間の男と交尾して子供を産むのだけど、産まれた子供はさらに人間そっくりで、『パラサイト・プリンセス』と呼ばれるのよ」
ミミエルの語るそれは、悪夢のようだった。
「え? じゃあ、アイシャはこのまま出産したらアウトじゃん」
「何でそんな情報を、今まで秘匿していたのですか?」
あたしは焦り、イリヤさんはミミエルを問いつめた。
「だって普通のシードラゴンは、子供を2人ぐらいしか産まないし、5人も産むなんて有り得なかったからよ。っていうか、5人も産ませた伯爵の責任じゃない」
自分に責任の無い事で責められて、憤慨するミミエル。
「そう責めてやるな。そんな事より、アイシャを探すのが先だろうて」
ポチャリーヌにそう言われて、動き出すみんな。
でも、何をやっていいのか右往左往するみんな。
「……ちょっと、何で私はベッドで寝てたの?」
魔法が解けたチークがようやく起きて来ました。どうやら、自分がパラサイトに操られていた事を覚えてないようです。
「確か……バッグの中身を、整理しようとしてたはずなのに……」
「疲れ過ぎて、いつの間にか眠っていたんだろ?」
イリヤさんが、さらっと誤摩化したよ。ナイス。
「それより、チークはアイシャがどこに居るか知らないか?」
イリヤさんはさり気なく話題を変えてみた。
「え? お母様のゆくえなら知ってるわよ」
知っていたよ! 何というラッキー!
「ね~~みんな~~、アイシャの居所が分かりそうよ~~~」
あたしが呼び掛けると、皆はドタバタと走って来た。
これでようやく、アイシャの捜索が出来そうだね。