第62話 新たなシードラゴン、チーク
「早くチークお姉様を助けてあげて~~~!」
リップは悲痛な叫びを上げていました。
チークは迫り来るクエレブレの口に、海水を水の槍に変える魔法で攻撃していました。なかなかの威力の魔法ですが、ほとんどダメージを与えてないようです。このままじゃ危ないので、さっそく救出です。
普段、魔物や魔獣の営みは自然の事なので、手出しはしないのですが、シードラゴンは保護動物であり、改正された法律により、シードラゴンは準市民として扱われます。なので討伐隊としては、シードラゴンの救出は義務になるのです。
なので、あたしの目の前で、シードラゴンを傷付けるなんて許さないよ。
絶対に助けます! だから、泣かないでリップ。
「ここは僕がやります」
そう言うとムート君は、空中でバハムートに変身しました。そしてドラゴンブレスを放ち、クエレブレを業火で包んでしまいました。
クエレブレは突然の激しい攻撃に慌てふためき、バハムートの姿を見ると、そのまま逃げ出しました。
なんだ、弱い奴だなと思ったら、すうっと姿が消えて行った。これは認識妨害魔法と同じものなのか? ポチャリーヌがいないと分からないか。
もう逃げちゃったのかな?
なんて思ったら、バハムートがいきなり後ろに飛び退いた!
「くそっ! まだ居たのかっ!」
バハムートはくるりと体を回転させると、尻尾を振り回した。すると、バチンと音がして、海面に何かが落ちました。
ドッバ~~ン!
うわ、これ消えたクエレブレじゃないの? 逃げたフリして襲い掛かったんだ。
でも、殺気までは消せなかったんだ。完全にバレてる。あたしでも分かりますよ。
反撃が来るかと思いましたが、今度は本当に逃げたみたいで、気配が消えました。
「もう大丈夫よ、魔獣はいなくなったよリップ」
それを聞いたリップは、急いでチークの元に泳いで行きました。
「チークお姉様大丈夫ですか? 私です、リップです」
「え? ああ、リップちゃん、お久しぶり~~」
「うわ~~ん よかった~~~!」
リップがお姉さんのチークにすがり付いて、泣いちゃったよ。
再会を喜ぶ二人に、ルカエルさんが近付いて行きました。
「無事でよかったよ。じゃあ、保護施設に帰ろうか」
それを聞いてムート君が、急いでバハムートからアリコーンに戻りました。それを見たルカエルさんがうなずいた瞬間、元の保護施設の玄関広場にいました。
「ああ、チークお姉様……よかった~~~」
チークの姿を見たルージュが、急いで這って来てハグしました。チークが二人のお姉さんという事は、長女なのかな? と思ったら、三女だそうです。つまりリップ達って、五人姉妹なんだ。
お姉さんのチークはルージュより一回り体が大きく、セレンぐらいあります。胸も大きくて、セレンよりもさらに巨乳だった。しかもノーブラですよ。やはりブラジャーをしない方が、開放感があるからでしょうか? あたしはドラゴンなので、胸にはいつも開放感がありますよ。
首には、ウエストポーチのような小さなカバンを巻いていました。これは空間拡張バッグと言う物で、中身はカバンの大きさの20倍の容量があるそうです。この中に食べ物や、色々な道具を入れているんだそうな。
そう言えばルージュ達の姉妹という事は、この子も貴族に売られた一人なんでしょう。じゃあ何で、あんな海の真ん中にいたんだろう?
「私は旦那様の所にお嫁入りしたんだけど、何年経っても子供が出来なかったの。落ち込んでいた私を見兼ねた旦那様が、好きな事をして気分転換でもしなさいと言って下さったの。それで私はしばらくの間、冒険の旅に出たってわけよ」
さらりと『冒険の旅』なんて言ってるけど、なんて行動力だ。
「あ~……子供が出来ないのには理由があってだな……。その様子じゃ、チークはまだ知らないのだな……」
イリヤさんが、困ったように言った。そして、今までのてんまつを彼女に話した。
「お父様がそんな事をしてただなんて……。でもまあ、有り得る話よね」
もう少しショックを受けるかと思ったけど、案外さっぱりしてる。
「チークってクールな性格なんだね。カッコイイ」
あたしは素直に賞賛した。
「でしょ~~。チークお姉様は素敵なのよ!」
リップがドヤ顔で喜んでいた。
「でも、お父様の事より、ルージュとイリヤが結婚したって方が驚いたわよ。あなた達いつの間に、そんな仲になってたの?」
「「なんとなく……」」
イリヤさんとルージュが同じ返事をしたよ。息ぴったりで、ラブラブだね。
「そう言えば、私が知らない事ってなに?」
「君に子供が出来なかった理由。君達シードラゴンには、売り渡される前に不妊の魔法が掛けられるんだよ」
「えぇっ? じゃあ旦那様は、私に子供が出来ない事を知っていたの?」
今度はショックを受けるチーク。
「いやそれは無い。魔法を掛けたのは伯爵の意向で、君の旦那様も知らない事だ」
「そうなの。……よかった」
イリヤの言葉に、チークはほっとしたようです。彼女もまた、旦那様が大好きなんでしょうね。
「ちょうど良い機会なので、今ここで不妊の魔法を解いてあげよう」
10分程してイリヤさんは、道具を持って戻って来ました。どうやら『不妊の魔法』とやらを解除するための魔道具で、30cmぐらいの金属製の棒です。それでお腹でもさするのでしょうか? それと、タオルも1枚持ってます。
「この魔法の解除は、あまり人前でやるものじゃないのですが、使徒様にはシードラゴンの情報を公開する意味でも、この場で魔法の解除を行います。それじゃチーク、仰向けになってくれないか」
イリヤに言われて、チークはゴロンと仰向けになった。そしてイリヤは、お腹の上にタオルを掛け、その下に左手を入れて何かを探った後に、右手に持った魔道具をタオルの中に入れた。何をやるんだろう? と思ったら、イリヤさんは右手をグイッと前に動かした。その途端にチークが「ああん」と声を漏らした。
……そうか、体内に直接魔力を送るために、魔道具を体の中に入れたな。イリヤさんが目を閉じて、1分ほど魔力を送ると、解除は終わりました。
イリヤさんは魔道具を抜きつつ、タオルでチークのお腹を拭いてあげました。
「皆の見てる前でなんて……相変わらず意地悪ね……イリヤ」
チークは頬を染めつつ、彼に文句を言いました。
「しょうがないよ、俺達がやっていた事の罪滅ぼしの為には、包み隠さず見せる必要があるのだから。チークには済まないと思ってる……」
チークが再び体の向きを変えると、リップとルージュが急いで寄って来た。
「お姉様、大丈夫ですか? ねえあなた、もう大丈夫よね?」
ルージュがイリヤに尋ねました。
「これで妊娠が可能になったよ。でも少し様子を見た方がいいかな」
それを聞いて、ようやくリップとルージュは安心しました。
リップはチークの側にいたがりましたが、疲労困憊のチークは、シードラゴン用のお部屋で休ませる事になりました。魔法解除の後に、体に不具合があった時のために、イリヤさんを呼び出すボタンを持たせて。
それはまるで、ナースコール……みたいですね。
「不妊の魔法の解除方なんて、初めて見たな」
「そうですね、ポチャリーヌが居たら、もっとよく見せろと言いそうだ」
「あれはさすがに、子供の前じゃやれんだろう?」
「ポチャリーヌは前世で350歳ですよ」
「七美の前世は17歳だぞ」
「ああ、1歳足りないですね」
ラビエルとムート君が、くだらない事を言ってる。
「17歳プラス14歳で、31歳だよ! 中身は大人だよ!」
と言って、ムート君の鼻面に噛み付いてやった。ガブッ!
「え~~? こっち~~?」ムート君はビックリ。
「いや、いつもつねられるラビエルを、羨ましそうに見てるから……つい」
それと、目の前のちょうど良い位置に、鼻先があったからだけどね。それに、男の子なのに可憐な白馬のムート君は、美味しそうなんですもの。
「相変わらず男共は馬鹿言ってるわね……」
ミミエルが呆れてため息をついた。
「ナナミィはムート様に、キスしたの?」
リップにそう言われてはっとした。あれってキスになるの?
それを聞いていたムート君が、恥ずかしそうにしてたよ。
なんて事をやってたらお昼になったので、みんなで昼食タイムです。
ここのお料理は、メイドさん達が作っていて、とっても美味しいですよ。シードラゴンにとって人間用のテーブルは高すぎるので、専用の低いテーブルで食事をしています。あたしもリップの横で、一緒にお食事です。
「ほら、これも食べてみてよナナミィ。ケイトの焼くパンは絶品なんだから」
と言ってちぎったパンを、あたしの口の中に入れてくれました。
「ほんと、美味しいねぇ~」
「だよねぇ~~」
リップは本当に可愛い子だ。でも、あたしより体が大きいんですけどね……
食後は討伐隊のメンバーで、逃げたクエレブレをどうするかの会議です。
色々頭をひねった結果、あたしが魔獣の気配を探す事になりました。
で、会議終了。お疲れ様~~。
気配を探すと言っても、ずっと気を張ってるわけにもいかないので、夕食の時間までリップのお部屋で遊ぶ事にします。
でもその前に、おしっこしなくちゃね。
あたしは廊下に出て、おトイレに向かいました。人間用のおトイレとシードラゴン用のおトイレがありまして、あたしはシードラゴン用の方を使うのです。人間用では体の構造上、座る事も出来ないので、床が平らなシードラゴン用を使うのです。
でも体の大きなシードラゴンに合わせた個室は広く、六畳ぐらいのお部屋の中でしゃがんでいると、変な感じです。
そんな変なおトイレに向かっていると、前にイリヤさんが早足で歩いていました。手には大きなカバンを持っています。
「イリヤさん、どうしたんですか?」
「ナナミィちゃんか……。今チークから呼び出しがあって、彼女の部屋に向かうところだよ」
「えっ? それは大変。あたしも行っていいですか?」
と言うあたしの言葉に、イリヤさんは暫し考えた。
「いいとも。一緒に来てくれ」
敷地内に並んだコテージの一棟が、チークの仮の住まいになってます。
「どうしたチーク、何か異常が出たのか?」
イリヤさんが、ノックをしつつ、中にいるチークに聞きました。
「……ねえイリヤ、早く入って来て……」
それを聞いてあたし達は、急いで中に入りました。お部屋の中は、居間と寝室、そして居間の中には、おトイレがあります。おトイレと言っても、低い仕切りがしてあるだけで、個室になっている訳ではありません。何でもこの方が、シードラゴン達は落ち着くんだそうです。
チークは居間にはいませんでした。寝室に行ってみると、大きなベッドに仰向けに寝ていました。そんなポーズだと、巨乳が凄い事に……
「どうした? 何か魔法の悪影響が現れたのか?」
そう言って駆け寄るイリヤさんを、チークが大きな前足で、がっちりと捕まえてしまったのです。
「ちょ……なにするチーク?」
「我慢出来ないのイリヤ。早く私と交尾してぇ」
チークはイリヤさんの顔を、自分の大きな胸に押し付けてしまいました。
ちょっと、どういうコト!? あたしを無視して、なんて事をしてるのよ!
いやいや、ちょっと待て。自分の旦那様の子供を産みたがっていた彼女が、旦那様以外の男に手を出すなんて、考えられないでしょう。しかも、妹の旦那様なのに……
さっきから魔物の気配を感じてるんだけど……
それも、チークのお腹のあたりから。
これは、あやしいです……