第60話 勝負の行方
「ナナミィがんばれ~~」
アドリアスやシエステ、メイドさん達が手を振って応援してくれます。リップは、はしゃいでピョンピョン跳ねてる。ムート君は……、前足のひずめを合わせて、祈るような格好になってます。ここはひとつ、あたしが勝って安心させてあげようか。
先頭はミミエル。なんか、いつもより飛ぶスピードが速いんですけど。普段の任務の時も、これ位真面目にやって欲しいよね。
「フフン、しょせん小娘ども。遅いわね」
なんて、ミミエルが挑発するけど、地味にムカツクよ。
「あんな貧相で、可愛く無いドラゴンなんかに負けませんわ~~!」
こっちもだよ。その言葉、そっくりそのままお返ししたくなるよ。
あたし達が追い掛けているワイバーンですが、レオンより体が二回りほど小さいです。年齢が150歳とか言ってたので、ワイバーンとしてはまだ青年なんですって。だからなのか、レオンほどのスピードは出せないようです。
あとちょっとで追い付きそう。思えばあたしも速く飛べるようになったもんだ。
ワイバーンは腕に翼が付いているので、背中の上から接近します。
「背中ががら空きなのよ。いただきっ!」
あたしは右手を差し出して突っ込んで行った。長い首から、たすきを抜き取るのは無理っぽそうなので、引き千切るしかないですね。
ではアタック!
手を伸ばすがもう少しという所で、ワイバーンのディックがクルリと体を回し、あたしの方に向いた。そして……
「ブレスが来る?」
ディックは腕を広げて、あたしを思い切り扇いだのだ。かなりの風圧で、10mほど飛ばされてしまいました。ディックも反動で後ろに飛んで行ったけど、その先にミミエルがいた。
「ウフフ、さあ、いらっしゃ~い」
ミミエルが両手を広げて、ディックを捕まえようとした瞬間、彼女の動きが止まった。何事かと思ったけど、魔法で動きが止められたんだ。
「させないわよ~! たすきは私がもらった!」
遅れて来たラリティアが飛んで……いや、走って来た! アリコーンのディアナ様やムート君は飛んでいる時、足を動かしてはいないのだけど、ユニコーンはまさに空中を走って来たのだ! 凄い! これぞファンタジーと言う光景だ!
あかん、見とれてる場合じゃない。ラリティアに対し、ディックは背中を向けた格好になってるけど、どうやってたすきを取るのだろう?
ラリティアは角を突き出して、ディックに迫って行った。そうか、角で引っ掛けるつもりだな。
ところがディックは、体をねじってそれを回避。
「ちょっと、かわさないでよね~~!」
そう叫んでラリティアは、一直線に駆け抜けて行った。ユニコーンは急には止まれないらしい。魔法が解けたミミエルが、再びディックを捕まえようとしたが、ディックは急降下で逃げて行った。
ナイス急降下! ……なんて言ってる場合じゃないよ。あたしも急降下で後を追って行った。
「くそ、ブレスを使うべきか……、でもそれじゃ、たすきが燃えてしまう……」
こういう時は魔操弾を使うべきか? でも、気絶させたら海に落下してしまう。そうなのです、あたし達は今、海の上で追いかけっこをしてるのです。
……別にいいか。ミミエルの戯れ事に付き合うディックが悪いんだし、海を泳いでもらうとしましょう。
手の平に魔力集中、ぶちかましてやります。飛び出して来た魔力弾を手で掴み、一気に放り投げます。一直線に飛んで行く魔力弾。
引き返して来たラリティアも、ディックに迫り……彼女の横っ面に魔力弾がヒット!
「ああ~~ゴメン、わざとじゃないのよ~~」
「こここ……この~~~卑怯な~~」
ラリティアのほっぺが赤く腫れていたよ。
それを見ていたディックが、ププっと吹き出していた。それは油断だよディックさん。あたしの放った魔力弾は、放物線を描いて頭上から襲い掛かったのです。
今度は、ディックの頭に魔力弾がヒット! そして彼は思わず頭を抑えてしまった。ワイバーンは翼が腕に付いているので、頭を押さえたら羽ばたきが止まります。案の定落下して行きました。レオンほどの魔力量がないので、浮いていられないのです。
後は海に落ちたディックから、たすきを回収してお終いだね。
「い……いてぇ……顔に似合わず、乱暴なお嬢さんだな……」
顔に似合わず、とは、あたしがとても可愛い女の子と言う事だよね。
よく分かって……
あ! 魔獣の気配だ!
海の中から何か出て来て、ディックを捕まえてしまった。
これには見覚えがあります。ついこの間見たばかりの……クラーケンだ!
クラーケンがディックを海の中に引きずり込もうとして、足を絡め付けているよ!
しかも、この前と違って凶暴だ。殺意を感じます。ディックは下半身と片腕を掴まれて身動きが取れない。
「うわっ! 何でクラーケンがこんな所に居るんだ!」
「勝負は中止! 早くディックを助けなきゃ!」
あたしはミミエルとラリティアに向かって叫んだ。
「なんでよ、今がチャンスじゃないの」
ラリティアの奴が、信じられない事を言った。
「ばかな事言わないで。ディックの命が掛かってるのよ!」
「よく言ったわナナミィ。それでこそ女神の討伐隊のメンバーよ」
そう言ってミミエルは、ラリティアの背中に飛び乗り、「ほら、あんたも助けるのよ」と、たてがみを掴んだ姿は、まるでロデオだった。
助けると言ったものの、どうすればいい?
ワイバーンとしては小柄といえど、あたしが持ち上げるには大き過ぎる。
そうだ、あたしがブレスでクラーケンを攻撃して、離れたところでミミエルがディックを転移する。これで行こう。
「邪魔すんな~~!!」
「きゃ~~~……」
ミミエルがラリティアの魔法で飛んで行ったよ! なんて事をすんだ!
ああ、でも、連れ戻す時間も惜しい。
「しょうがない、あんたが手伝いなさい!」
「ええ~? いやよ」
「……あんたが良い所を見せれば、ムート君も見直すかもよ?」
「……! 早く行くわよ!」
ちょろい。こういう娘は、この手が一番効くな。
作戦変更。
あたしがブレスで攻撃して、クラーケンがひるんだ隙に、ラリティアが魔法で持ち上げて脱出させる。そしてミミエルを連れて来て、全員で転移して帰る。
それでクラーケンが諦めてくれるといいけど、ダメならバハムートに丸投げだね。頑張れムート君。
……いや、あたし達が頑張ればいい事だけどね。
まずは思いっきり魔力を高めます。目一杯です。限界までです。
クラーケンの胴体は10m近くあり、胴体の上には、鎧のような固い甲羅が付いています。これは防御のためと、体の形を保つ役目があるそうです。だからここにブレスを当てても効果はありません。狙うなら目の上の部分。人間で言う眉間です。
ディックが抵抗しているため、クラーケンは海中に引きずり込めないでいます。
でも、早くしないとまずいですよ。
早く! 早く! 早く!!
ああ~、この前みたいな力が出せたら。
あの、森を更地に変えた力が。
でもそれは無い物ねだりです。今出せる全力でやるのみ。
目一杯溜めた魔力を喉に移動して、熱エネルギーに変換します。
タコの足を避けるために高い所から攻撃するので、炎は広げるより細長くして、遠くまで届くようにします。
ブレス発射!!
細長い炎はビームのように、一直線に進んで行きます。
ブレスはクラーケンに命中しましたが、まだ全然効いてない。
早く助けないと、ディックが死んでしまう。このワイバーンはお姉様を襲った敵だったけど、話をしてみたら気の良い奴だった。それに、相棒のイリヤさんが悲しむよ。リップとルージュも泣いてしまうよ。あの3人を悲しませるのは絶対にイヤ!
そう思ったら、炎の色が青くなった。
これは……炎の温度が1000度を超えたんだ。
クラーケンの皮膚が高熱で溶け出したよ。
さっきまで余裕があったクラーケンが、ダメージを受けて苦しんでいる。
ディックを掴んでいる足が緩んだ。
ダメ押しで、その足にもブレスをお見舞いします!
柔らかい部分なので、すぐに焼き切れた。でもまだ足が絡み付いてるよ。あと3本ぐらい切ってやれば、助けられるかも?
ブレスで2本焼き切ったところで、クラーケンは攻撃対象を、ディックからあたしに変えたようだ。ディックを放り出して、こっちに足を伸ばして来た。
「今よラリティア!」
「分かってるって!」
ラリティアは素早く降下して、デイックを魔法で持ち上げた。そこにミミエルがやって来て、二人と共に転移して行った。
救出成功。後はあたしがここから脱出するだけ……
の、はずだけど……あれ? 力が入らない……落ちて行く……
「ちょ……やばいよ……これ」
あたしは魔力で自分の体を支えられなくて、どんどん落ちて行きました。
さっきのブレスで、魔力が底をついたみたいです。
ダメだ、クラーケンの足が迫って来た。
……これで終わりなの?
「この~~~!
我が輩の愛する七美に
何をするか~~~~!!」
そこに現れたのは、ラビエルだった。
ラビエルがクラーケンの前に立ち塞がり、奴を魔力弾で攻撃しました。
それは今までに見た事も無い威力でした。クラーケンの体が折れ曲がり、爆発の威力で海面が蒸発してしまったのです。
死んじゃったのかな?
いや、大丈夫のようです。クラーケンは辺りを見回した後、慌てて海中に沈んで行きました。
ラビエルはあたしの胸元に飛び込んで来ました。
「大丈夫か~~七美! 怪我は無いか?」
なんて言いつつ、あたしの体を撫で繰り回してるけど、助けられたので怒れません。それに、ラビエルに支えてもらわないと、墜落してしまいますしね。
「ありがとうラビエル。よく来てくれたね……」
「ミミエルが知らせてくれたのだ」
「そうか……。で、さっき凄い事言われた気がするのだけど……」
「え? ああ……大切なとか、そんな事を言おうとしたのであるが、つい愛すると言ってしまったのだ……」
「ま、いっか。早く帰ろう。あ、お家じゃなくて、保護施設の方だからね」
もう少しで、ムート君を置き去りにするところでした。
あたしとラビエルが転移して来ると、ムート君が急いで出迎えてくれました。
「よかった~~、ナナミィちゃん。無事だったね」
「うん。ラビエルのおかげでね」
それを聞いて、ドヤ顔をするラビエル。
「あたしの事より、ディックは大丈夫なの?」
ディックは保護施設の玄関広場に横たわっていました。怪我は無いようですが、疲れたのかグッタリしてます。あたしはディックの側に行きました。
「ああ、大丈夫だよ。君らが助けてくれたからね……」
「そう、よかった」
と言って、ディックの首のたすきを取りました。ブレスで焼けていたので、簡単に千切れてしまいました。
「はい、あたしの勝ち」
「「え……?」」
ラリティアとミミエルはポカ~~ン。
「「え~~~~!!」」
「ちょ……なによそれ!」
ラリティアは大ブーイングだ。
「まあ、ミミエルが勝った方が丸く収まるんだろうけどね。ミミエルもそのつもりで、勝負を始めたんだろうし」
と、あたし。
「それを分かっていて、何で勝ったの?」
ルージュが不思議そうに聞いた。
「負けるのは乙女がすたるもん。女の意地よ」
フフンという顔で、ラリティアに向かって言ってやった。
「きぃ~~~! このぉ、今度は負けないからぁ!」
地団駄を踏んでラリティアが悔しがった。それを捨てぜりふにして、彼女は空中に飛び上がり、そのまま空を駆けて行ってしまいました。
「またね~~~ラリティア!」
なかなか面白い子だったな、これからも何度も会うのだろう。
お友達になれそうな予感もするし。
「あの~~、ミミエル様……。報酬の件はどうなりました?」
ディックが恐る恐るミミエルに尋ねた。
「ああ、報酬ね。……それは、私の熱いキッスよ!」
と言ってディックの口に、ブッチュ~とキスするミミエル。
「酷いぞミミエル……」
ぼそっと言うラビエル。確かに酷いね。
「うるさ~~~い!」
ミミエルの鬼畜の所行に、みんな笑ってたよ。
やれやれ……