第59話 ムート君の婚約者
週末になりました、今日はムート君と一緒に、シードラゴンの保護施設に向かいます。ムート君とここに来るのは初めてですね。
先日知り合いになった、エルドランテ王国の王子様のアドリアスにムート君を紹介するためです。
アドリアスは婚約者のシエステと共に、週末にはいつもリップに会いに来ているのです。この前アドリアスにムート君の事を話したら、ぜひ会いたいとお願いされたので。
……まあ、会いたがってるのは、どちらかと言えば、シエステの方なんだけどね。でもムート君には、この事を教えておりません。知れば絶対、来る事を遠慮するからです。
「もうそろそろ見えて来るよ~」
「飛んで来ると、けっこう遠いな。この前は転移魔法で来たからね」
などと言いつつ、あたしとムート君は空を飛んで来ました。
空を飛ぶという事で、ムート君はアリコーンになってます。相変わらず美しい姿です。今日は二人きりなので、美しいムート君はあたしが独り占めなのです。後でポチャリーヌが文句を言っても、聞く耳を持たないのです。
アメリカなんかで、女の子にユニコーンが人気なのが分かりますね。あの優しい瞳に見つめられると、乙女心がキュンキュンしちゃいますよ。
「な……なに? ナナミィちゃん。そんなに見られると、照れるんだけど……」
「え? ああ、ゴメン。あ! そこだよ、保護施設は」
シードラゴン保護施設に到着しました。今日はいつもと違って、施設の全員が出て来てのお出迎えだ。シードラゴン達もみんな出て来てます。やっぱり女神様の息子の訪問は特別なんだな。それに、一組の少年少女もいます。王子様と公爵令嬢だ。
「みなさんお待たせ~~」
あたしとムート君は、みんなの前に降り立ちました。
すると皆さん一斉に、ムート君の前に跪きました。シードラゴン達も頭を下げて平伏しています。ムート君はめっちゃ戸惑っていたけど、そうだよね~。いつもは誰も特別扱いしないからね。
「ムート様、お初にお目に掛かります、私はエルドランテ王国の第一王子、アドリアス・ド・エルドランであります」
「お会い出来て光栄ですわ。私はエルドランテ王国レクティン公爵家次女、シエステ・フォン・レクティンです」
「……ああ、どうもこんにちは、ムート・ヘルマイアです……」
「ああ、やはり女神様の御子息は、何て美しいのでしょう……」
シエステやメイドさん達はうっとりしてます。
あたしは口を押さえてクスクス笑ってしまいました。
「ちょっと何これ? 聞いて無いんだけど?」
ムート君があたしの耳元で、不満げにささやいた。
「ゴメン……、シエステが会いたがってるから……」クスクス。
「しかも王族って、どういうコト?」
プンプンなムート君の角が、あたしの頬に刺さっているよ。珍しくあたしに不満を言うムート君が、可笑しくて嬉しくて、笑っちゃう。なんか、二人の距離が縮まったみたいなんだもん。とは言え、このままじゃ可哀想なので、皆に注意しなくちゃ。
「あ~~……みなさん、女神様はご自身の息子を特別扱いしてほしくないという事なので、普通の少年と同じ扱いでお願いしますね」
と、あたしはみんなにお願いしてみました。
「分かった、とは言え年上なので、ムートさんと呼んでもいいかな?」
「まあ……それぐらいなら……」
アドリアスの言葉に、ムート君はしぶしぶ認めた。
「いいえ! こんな素晴らしいお方を、様付け以外で呼ぶなんて出来ませんわ!」
「ええ……?」と言って、目であたしに助けを求めるムート君。
「女の子にとって、美しいアリコーンは尊いものなのよ。そんな彼女らに呼び捨てにせよなんて言うのは、酷なものなのよ」
と言って、逆にムート君を説得した。彼も分かってくれたようだ。
「俺はこの施設の施設長をしているイリヤと言う。歓迎するよ」
「今日はよろしくお願いします」
気さくに接してくれるイリヤさんに、ムート君はほっとしています。そして、イリヤさんの案内で、あたし達は建物の中に入って行きます。廊下はシードラゴンのためにカーペットになっていますが、その手前でムート君が足を止めました。
何かと思って見ていたら、左前足にはめたブレスレットから、靴のような物を取り出し、自分の足にはきました。
「ああ……ひずめのままで歩いたら、カーペットを傷付けるからね」
あたしが不思議そうに見てるので、説明してくれました。なるほど、それはスリッパという訳なんだね。何と言う気配りだ。
「まあ! 素晴らしい気配りですわ!」
なんてシエステが感激してた。
……やめてあげて、ムート君の居心地が悪くなるから。
さて、今日の目的はリップとルージュに会う事です。なので、メインホールの床にムート君とあたしが座り、その横にリップとルージュがいます。
リップはムート君の翼に興味津々です。広げた翼を、キラキラの瞳で見ています。そしてあたし達は、施設での事を二人から聞いています。
横からメイドさん達が答えてくれるけど、それだとまるで視察に来たみたいなので、リップに譲ってあげて。
お昼ご飯も済ませて、もうそろそろ帰ろうかという時に、来客がありました。それもシードラゴンや王子様じゃなくて、ムート君に。
玄関から声を掛けられ、みんなで行ってみたら、1頭のユニコーンがいました。薄い灰色の体毛と、ピンクのたてがみの女の子でした。
「私はユニコーンのラリティア・ラリムーナ。ムート様の婚約者です」
……
なんですとぉ~~~~~!!
「ちょっと待ってラリティア! 婚約者なんて君が勝手に言ってるだけで、そんな事実は無いだろう!」
凄く焦るムート君。「違うからね」と、目であたしに訴えてます。つまり、暴走した女の子が、好きな男の子に纏わり付いて、勝手に婚約者宣言しちゃった系ですね。
シエステやメイドさん達が、お目目キラキラで見てるよ。これは、帰るわけにはいきません。あたしも興味あるしね。
「あなたがナナミィね。ムート様は渡しませんわ!」
巻き込まれた!
ユニコーンにキリッと睨まれたけど、可愛いぞ。聞けば12歳だそうで、お兄ちゃんと結婚する~、みたいな感じなのだろうか?
「もしかして、ムート君の妹さん?」
聞いてみた。
「いやいや違うよ。まったく関係無いよ。僕の父親がユニコーンの里の住人で、ラリティアは里の長の娘なだけだよ」
「そうよ。ムート様は私と結婚して、ママの後を継ぐのよ」
と、ラリティアはドヤ顔で言った。ユニコーンの里のリーダーは、現在女性なんだそうな。
「こんな所まで何しにきたのラリティア?」
ムート君が咎めるように聞いた。
「何って、最近全然会いに来て下さらないから、会いに来ましたのよ。居場所を探すのに苦労しましたわ」
うん、無駄に行動力のあるタイプだった。
「ムートさんはこのお嬢さんと、一緒にならないのかな?」
こういう話題に興味があるのか、アドリアスが尋ねた。そう言えば『結婚』と言わなかったけど、法的に結婚が認められるのは、人間・獣人・ドラゴン族のみです。例外的にシードラゴンだけが、魔物の中で唯一人間との結婚が認められています。そもそもムート君は人間じゃないし、結婚じゃなくて『つがい』になるだよね。
「あら? アドリアスも興味あるの?」
と、あたしは聞いてみた。
「ユニコーンは魔物の中でも、強力な魔法を使う種族だからね。その里の長の動向はやはり気になるものだよ」
「そうですわね……それが女神様の息子となれば、世界中の王家が黙っていませんでしょうね。万が一を考えると……ね」
なるほど、この世界じゃ軍隊が無いので、国家間の戦争は起きないけど、それは魔物には関係無い話ですものね。
ただでさえ女神様と同じ種族のユニコーンが、女神の息子を婿に迎えれば、その影響力は絶大なものとなるでしょう。世界中の国にとって、無視出来ない存在になります。軍隊を復活させようとする国が出るかもしれません。
「それは母上も心配しているし、僕もラリティアとの結婚なんて考えてませんよ」
「そ……それなら大丈夫ですわ。私がムート様の元に嫁ぐのですから」
再びドヤ顔のラリティア。
「それじゃあ、ママの後は継げないでしょ?」
あたしは、鋭いツッコミをした。
「ううっ……むむむ……そ……それは……」
……この子は、行き当たりばったりな性格なんだな。
「私はムートが大好きなんだもん! 絶対お嫁さんになってやるんだから!」
ラリティアの素が出ちゃったね。でも女の子は素直じゃなくちゃ。
「フフン、面白そうね。ここは私に任せなさい!」
その声はミミエルだ。いつの間にかムート君の背中に、ミミエルが座っていた。
「何であんたがいるの?」
「私はムートのパートナーよ、いわばヨメみたいなモノなの。一緒に居るのは当たり前でしょ?」
いやあんた、面白そうだから参加しに来たな。
「なんですってぇ! クッ……こんな所にもライバルが……」
「そんなにムートの嫁になりたいなら、私と勝負よ!」
ミミエルがとんでもない事を言い出した。
「受けて立つわよ!」
と言って、ラリティアは後ろ足で立ち上がった。
「よく言った! もちろんナナミィも勝負よ!」
また巻き込まれた!
「ちょっ……僕の意思を無視して、事を進めないでくれ~~!」
ムート君は焦るけど、乙女の暴走は止まりそうもない。
「勝負方法は何っ?」
「ムートの嫁には、魔物や魔獣を倒せる力が必要なのだ。さらに、魔物や魔獣を捕獲する能力も問われる……」
ミミエルは何か偉そうな理屈を言った。
「では、第1回魔物捕獲レースを開催しま~す!!」
そう宣言するミミエル。ちょっと待て、何だレースって?
「捕まえるのは彼、ワイバーンのディックさんです」
ミミエルがさっと手を挙げると、空からワイバーンが降りて来た。このワイバーンはこの前、ポチャリーヌのお姉様達を襲った奴だ。イリヤさんの、ハンター時代からの相棒だと言ってたな。
で、そのワイバーンを見て、イリヤさんがビックリしてた。
「ディック、何やってんだ?」
「いやぁ、報酬をはずんで下さると言うんで……」
「首に掛けたこの赤いたすきを、最初に取った者の勝ちとします。では開始!!」
首にたすきを掛けた、ワイバーンのディックが飛び立って行った。
あたし達3人は、2分ぐらい後から追い掛けます。そう言えばユニコーンって飛べるのかな? と、思ったけど大丈夫のようだった。
「フン! 空を飛ぶなんて、子供でも出来るわよ! そもそも魔法の得意な……」
「はいスタート!」
ミミエルの合図に、あたしとミミエルが離陸。
「ユニコーンはみんな空を……、あ、待ちなさいよ~~!」
迂闊なラリティアは、遅れて飛び立ったのでした。