第58話 人魚姫リップ-2
「聞きましたわよ、あなたのお父様はシードラゴンの密売をして捕まったそうね。あなたの名前を聞いたら、うちの者が知っていましたわ」
ああ~……、一番知られてはいけない事が、バレてしまいました。
「リップ……君は……」
「そうね、確かにお父様は捕まっちゃったけど、そんなに悪い事をした訳じゃないと思ってますわ……」
心配そうに尋ねる王子様に、気丈に答えるリップ。リップとルージュを見ると、大切に育てられていた事がわかる。けっして物扱いしてはいなかったんだ。でも、普通の父親なら、自分の娘を売ったりしないけどね。
とは言え、今のリップにこの話題は、きついんじゃないかな……
「なに言ってるの? 女神様がお決めになった法律を破ったのよ! ここには犯罪者の子供が居ていいわけないのよ。早く出ておいき!」
と言ってシエステが、リップの手を掴もうとした。
「触らないで!」
リップは叫んで手を引っ込めた。
ピキーーーン。その場が凍り付いてしまいました。雰囲気を察したのか、リップは走って部屋を出て行ってしまった。
走ってるけど、実際はジャンプしながら移動してるんだ。大変そう。
リップの顔を見たら、泣いていました。
「ナナミィ……押さえろよ。ここで暴れてはならんぞ」
「ちょっ……、あたしをそんな目で見てたの? そんな事しないよ」
なんて言いながら、あたしはリップの去って行った方を見ていました。
ルージュは、自分を売り物扱いした父親が嫌いになったそうだけど、リップにとっては、自分に優しくしてくれた父親なので、嫌いになれないんでしょう。それでも、父親が罪を犯したのも理解しているし、その犯罪に自分も加担した事も分かっている。
そんな自分の罪を後悔して、シードラゴン達を助ける活動をしているリップに、犯罪者の子供なんて言葉は、どんなにか悲しくて苦しい事だろうね……
「ちょっと行って、慰めてこようか……」
と、ポチャリーヌがあたしに言った。あたしらは部屋をこっそりと抜け出して、リップの後を追いました。
リップは甲板の上にいました。手すりに寄り掛かって遠い目をしてた。一瞬、飛び込むのかと思ったが、シードラゴンなので、別に心配は無いですね。
するとリップは、海に向かって歌い出したのです。
「可愛いあの子になにあげる
海の底の貝あげる
赤い珊瑚はネックレス 白い真珠は指輪にしましょう……」
「これは……誘惑の歌なのかな?」
「ううむ、子守唄じゃないのか? それにしても、綺麗な声だな」
あたしとポチャリーヌは、聞き入ってしまった。
声を掛けようか迷っていたら、ブレスレットに着信がありました。出てみたらラビエルだった。ポチャリーヌの方も、リリエルちゃんから通信があったようです。
「なに? 今忙しいんだけど?」
「七美はまだ海に居るのか? さっきルカエル様から報告があって、たった今そこの海域にクラーケンが出没したのが確認されたのだ~」
かなり焦っているのか、ラビエルが早口で捲し立てた。
「クラーケンとな?」
「はいですぅ、漁師の人が目撃したですぅ」
リリエルちゃんも、同じ事を言って来た。そんなにやばい魔物なのか?
「取り敢えず、気を付けておけ」「ですぅ」
と言って通信は切れた。
「ちょっとアディ待ちなさいよ、そんなにあの子が心配なの?」
「シエステが言い過ぎたのですよ。リップを傷付けてしまった」
王子様と悪役令嬢が、バタバタとやって来ました。
「もう~~~! 勝手になさいな!」
シエステはプリプリで、船首の方に行ってしまいました。アディは船尾の方に探しに行ったけど、リップは船首にいるので、間も無くシエステが見付ける事に……
「あっ! ここに居た! あんたナニ迷惑掛けてんのよ!」
シエステが悪役ぶりを発揮した時、あたしの魔物センサーが反応しました! この船の真下に大きな生き物がいるよ!
リップが振り返った瞬間、彼女の背後から吸盤がたくさん付いた触手が出て来た。グネグネ動く巨大な触手、クラーケンと言えばタコの怪物なので、これは足だよ。
驚愕に目を見開くシエステ。
逃げようとするけど、クラーケンの足に捕まってしまった。
「きゃあ~~~~!」
シエステは悲鳴を上げるけれど、そのまま海に引っ張り込まれようとしていた。
あまりの展開の早さに、あたしもポチャリーヌも反応出来ずにいると、リップがシエステに手を差し伸べた。シエステはリップの手を掴むけれど、うまく掴めなかったのか、手を離してしまった。
「あ……! あの子触られちゃったよ」
いや! そんな事より、シエステが海に引きずり込まれてしまった!
「シエステ~~!」
異変に気付いたアドリアスが、叫びながら走って来ました。
「何があったんだい? あれは魔物の仕業なのかい?」
そう言うアドリアスの目の前で、リップがシードラゴンの姿に戻ってしまいました。アドリアスは驚き「君は……」としか言えなかった。
「嘘ついてゴメンね……」
と言ってリップは、手すりを飛び越えて海に飛び込んでしまった。
あたしは慌てて船べりに行き、下をのぞき込んだ。そこにいたのは巨大なタコだった。胴体部分だけで、10mはありそうな巨体で、シエステが長い足に搦め捕られていた。そしてリップがシエステを助けようと、クラーケンの足と格闘していたのだ。
「ちょっと離しなさいよ! 彼女は未来のお妃様なのよ!」
リップはクラーケンの足を、ポカポカ叩いていた。するとクラーケンはシエステを離した。
え? なに? 説得が通じたってコト? リップにそんな能力があるの?
クラーケンはシエステを離して、そのまま海に潜って行きました。
リップはシエステが、沈んで行くクラーケンに巻き込まれないように、彼女の体を掴んで引っ張って行った。シエステも頑張って、リップのひれに掴まっていた。シエステは護衛の衛士達によって、船に引き上げられました。
「なんでクラーケンがここに来たんだろう?」
あたしは疑問を、ポチャリーヌにぶつけてみた。
「たぶんリップの歌に引き寄せられたんだろう。彼女に意地悪してるシエステを敵だと思ったんじゃないのか?」
「そんな能力がシードラゴンに……!」
「リップ特有の能力じゃないのか?」
それだとリップが悪い事になっちゃうよ。この事は二人の秘密だ。
「大丈夫かいシエステ?」
アディがシエステの髪をタオルで拭きつつ聞いた。彼女は今だ震えていたけど、気丈にも「大丈夫ですわ」と言っていた。
「そうだ、あの子……リップはどうしました? あの子が私を助けてくれました」
シエステは立ち上がり、手すりまで歩いて行った。アドリアスは慌てて後を追って、シエステを支えてあげました。
二人で下を見下ろすと、海面にシードラゴンに戻ったリップがいた。
「あなたはシードラゴンだったのね……。何で私を助けたの? あなたに酷い事を言ったのに……」
「あなたの言った事は本当だもの。私だって同罪なのよ……」
そう言うとリップは、海の中に潜って行きました。
大丈夫かな? 傷ついてなきゃいいけど……
「彼女はシードラゴンだったのか。魔法で姿を変えていたのかな?」
「そうね、まるで伝説の人魚姫みたい……」
二人はしみじみと言った。この世界にも人魚姫伝説があるの?
「ほう、興味深い話だな」
なんて言いつつ、ポチャリーヌが魔法を解除して、姿を現したよ。と言う事は、あたしも見えてる?
「獣人の女の子と、ドラゴンの女の子がどこから来たんだ?」
見えてたようだ。アドリアスの声を聞いて、衛士達があたし達を取り囲んだ。
「リップの関係者だよ。まず妾から名乗ろうか、妾はポチャリーヌ・ド・アリエンティ。ドラゴニア領主の三女だ。それにこちらは……」
「あ。え~と、ナナミィ・アドレアです。リップの友達です」
さすがに王子様の前では緊張します。
「その名前は……女神様の討伐隊の方達ですね。もしかして、あなたの魔法でしたか? さすが魔王様ですね」
え? 何で王子様はそんな事を知ってるの? ちょっと恐い。
「妾達、転生者の事は、各国の王族や貴族達には知らせてあるそうだぞ。任務中の余計な手間をはぶく為にな」
ポチャリーヌが小声で説明してくれた。なんだ、それなら安心だね。
アドリアスとシエステに、今までのいきさつを説明しました。そしてリップが、罪滅ぼしのために頑張っている事も。
「私……悪い事言ったわね……。彼女もまた、被害者なのに……」
シエステが悲しそうに言いました。それにあたしも、シエステを悪役令嬢なんて言ってすみませんでした。こんなに良い子だったのにね。
「あの子はどこに住んでいるのですか? 私、謝らないと……」
「まあ待て、この世界にも人魚姫の話があるのだな? どんな話だ。特に結末はどうなる?」
ポチャリーヌが興味津々で聞いていた。
「ええと、人魚姫が王子を好きになり、王子の船に乗り込むが、王子の婚約者が現れて喧嘩になってしまい、負けた人魚姫が逃げてしまう。と言うお話ですね」
アドリアスの話に、シエステが頷いていました。なにその話、アースじゃ泡になってしまうのに。
「面白い。3つの世界で似た話があるのに、こうも結末が違うとはな」
ポチャリーヌはご満悦だね。
「ちなみに妾の世界の話では、人間になった人魚姫が王子と結ばれ、二人で世界征服をしたという話だぞ」
「うわ、なにその話。全然ロマンチックじゃないよ」
思わず突っ込むあたし。
あたし達は、しばらくアドリアス達とお話をしてから帰りました。
「では、さっき言った通りにするのだぞ」
去り際にポチャリーヌがこう言った。
空を飛んで帰るあたし達に、アドリアスとシエステはペコリと頭を下げていました。
・・・
1週間後、再びあたしとポチャリーヌは、シードラゴンの保護施設に来ました。
リップが落ち込んでいるかと心配してましたが、どうやら大丈夫のようです。
「あまりに落ち込み過ぎて、人魚姫みたいに泡になってしまわないか心配したよ」
「王子様の愛妾になって、贅沢に暮らしたいという野望が、水の泡になったよ」
うまい事言った、って顔をするリップ。
「王子はまだ12歳だ、早すぎないか?」
呆れたように聞くポチャリーヌ。
「シードラゴンってば、何ておませさんなんだろう……」
そう言うあたしに、ルージュがそっと耳打ちした。
「違うと思うよ。あの子ったら、お友達が出来たって喜んでいたんだから」
「ちょっ……そんな事言うと、イリヤ取っちゃうんだからね」
「ハイハイ」
焦るリップに、ルージュが余裕で答えた。
「ふむふむ。アドリアスとシエステは我が国に留学してるそうだ、まだ2年居るので、いくらでも会えるだろう」
と、ポチャリーヌ。
旅行って言ってたけど、留学してたんだ。
「そうねぇ……シエステも仲良くしたそうだったし……ね」
「お主はイヤか?」
「え? いや……そんな事はないけど……」
リップったら、モジモジしてる。ませた事言ってても、まだ子供なんだから。
「本当かい? リップ」
入口の所から、声を掛ける者がいました。
「アディ! なぜここに?」
「あなたが勝手にいなくなったから、親切なお方に教えて頂いたのよ」
「シ……シエステ……あなたも居たの」
「なによ、文句でもあるの?」
と言ってシエステは、スタスタと歩いて来てリップの前でしゃがみ、彼女の首に抱きついた。ビックリするリップ。
「あなたの事情も知らないのに、酷い事言ってごめんなさい。よかったら、私とお友達になって下さいな」
優しくお願いするシエステに、リップは驚き、そしてポロポロ涙をこぼしました。
「うん、うん」
なんて良い光景なんでしょう。あたしも泣けちゃうな。
「ふ~~ん、シードラゴンの胸も、人間と変わらないのね~~」
シエステったらいつの間にか、リップの小さなおっぱいを触ってたよ!
「人間用とは形が違うけど、可愛いブラジャーね」
「ななな……! どこ触ってんのよ~~~!」
真っ赤になるリップ。
「んぐはぁっ!」
ちょっと待ってよ、あたしも触りたいのを我慢してたのに、何さらっとおっぱい触ってんのよ! あたしも、モミモミした~~い! と言う感情が思わず「んぐはぁっ」と漏れてしまった。
案の定、みなドン引きだった。
「気にするな。あれはナナミィの、訳の分からない妄想が漏れ出た声だ」
と言うポチャリーヌの説明に、リップとルージュが……
「「なにそれ、恐い」」と言った。
「おそらくドラゴンには乳房が無いので、興味があるのだろう」
「「ああ~~、なるほど」」
ポチャリーヌがうまく誤摩化してくれたよ。おかげで二人は納得してくれた。
これでリップは、アドリアスとシエステのお友達になれました。
人魚姫の物語は、違う結末になったのです。