第57話 人魚姫リップ-1
今日はポチャリーヌと一緒に、海辺にあるシードラゴンの保護施設にやって来ました。施設は小さな入り江にあり、水際にコテージ風の建物が10棟あまり並んでいます。その建物にシードラゴン達が住んでいるそうです。
敷地の中心に建つ建物には、この施設を管理しているイリヤさんとシードラゴンのリップとルージュ、それにかつてアクダイン伯爵の元で働いていたメイドさん4人が住んでいます。
イリヤさんとルージュは、正式に結婚して夫婦となっています。以前は忍ぶ恋だったけど、今は誰にもはばかる事なくラブラブなんだって。うらやましい。
そう言えば、リップとルージュって、前はブラジャーとパンツを付けてたけど、今はブラだけになってる。なぜかと聞いてみたら、パンツは人間と交尾をさせない為にはかされてたそうで、必要無くなったのと、トイレの時に邪魔になるのとで、はいてないのです。なるほど。
一通り施設を見学したあたし達は、皆でティータイムとなりました。あたしは手作りクッキー、ポチャリーヌは高級スイーツ詰め合わせを持参して来ました。高級スイーツはリップとルージュに好評だった。以前は贅沢な生活をしていたけど、現在は質素な生活なので懐かしいんだってね。
この施設は前世で見たリゾートホテルみたいで、じゅうぶん贅沢だと思うけど。
さて、あたしとポチャリーヌがここに来たのは、施設の見学が目的ではありません。イリヤさんからポチャリーヌに、相談があったからです。
それはあたしの目の前で、くち一杯にクッキーを頬張ってるリップに関してです。
何でも、彼女が困った事になってるらしいのです。
それはどういう事かと言えば……
アクダイン伯爵によるシードラゴン誘拐事件において、捕獲され貴族達に売られたシードラゴン達に生活の場を与え、海に戻れるように手配する事が、ここの施設の役割です。シードラゴン達の面倒を見るのは、同じシードラゴンのルージュの仕事です。シードラゴン同士じゃないと、分からない事があるからです。
そしてリップは、彼女の同族を探せるという能力を活かして、各地に散らばるシードラゴンを探しています。それというのも、魔物の保護に関する法律が改正され、シードラゴンも人間と一緒に暮らせたり、結婚出来るという事を知らせる為です。
シードラゴン達に知らせる役目は、リップに同行している、第5使徒のルカエル様がなさっておられます。あたしはまだお会いしてませんが、イルカの姿をした使徒様なのです。体の色は青く、背中には背びれじゃなく、二枚の翼が生えているそうです。
リップは伯爵に加担した罪滅ぼしの為に、お役目を頑張っていました。
ある日彼女は、一人の少年と知り合ったそうです。
週一回の休みの日にリップは、海岸沿いを泳いでいました。岩場で小さな貝を採って遊んでいたところ、元気無くうなだれている少年がいたんだって。リップは姿を隠しつつ、こっそりと様子を見ていたのです。
「ああ……、私が父上の後を継いでもいいのだろうか?」
などと、子供らしからぬ事を言ってたそうな。
「そんなのどうでもいいじゃない。せっかく海にまで来といて、もっと景色を楽しんだら?」
って答えたそうです。つい、うっかりと。
リップはいくつか魔法が使えるのですが、姿を隠す魔法が得意で、その時も姿が見えない状態だったそうです。姿が見えない相手に声を掛けられて、その少年はビックリした事でしょう。
「ねえ、あなたこの近くの子?」
「いや、私は他所の国から来た……旅行者だ」
「あなた話し方が固いよ、もっと力を抜いたら?」
「そ……そうか? ボクと言った方がいいかな?」
「そうそう、その方が子供らしいし」
「その方が……って、君も子供だろ?」
「私はもう11歳よ!」
「待って、リップって10歳じゃなかったの?」
ついあたしは、リップに聞いた。
「この前11歳になったのよ。話の腰を折らないでよね」
「ああ、ごめんね……じゃあ続きを」
そんな、たわい無い会話を交わした二人は、それから何度も会ったそうです。少年は他国から来た旅行者で、彼女によれば貴族の御曹司だろうという事です。リップも元貴族の令嬢だけあって、そういうのは分かるんだ。
少年の名前はアディ。彼の悩みを聞いてあげたり、彼女の日頃の愚痴を聞いてもらったりして、すっかり仲良くなったんだって。
「リップは何で姿を見せてくれないの?」
少年は当然のように尋ねた。
「そ……それは私が、恥ずかしがり屋だからよ!」
そう言えばシードラゴンに関する法律が改正されたので、人間との交流は問題無いはずなのに、何で正体を明かさないのかな?
「リップは可愛い人間の女の子なんだろう? それとも、あまり可愛く無いとか? あ、君は人間じゃなくて、獣人なの?」
「なに言ってんのかしらアディ。私はもちろん人間よ!」
「じゃあ、リップの可愛い顔を見せてくれないか?」
「い~わよ。あ、でも今度ね。今日はダメ」
「約束だよ」
うっかりと自分を人間と言ってしまい、さらに直接会う約束をしてしまった。
で、困ったリップはイリヤに泣き付き、イリヤはポチャリーヌに泣き付いた、と言うのがこれまでの経緯なのです。まあ確かに、ポチャリーヌなら何とかしてくれそうだけども……
「てへっ♪」
と、可愛く誤摩化すリップ。あ~~可愛い。
「ポチャリーヌ様なら、リップを人間に見せる事が出来ると思いまして……」
などとイリヤさんは言うけど、そんな事可能なのかな?
「まあな、妾なら出来るがな」
可能なんだ。すごいね魔王。
「それと確認なんだが、少年の名はアドリアスと言うんじゃないのか?」
「そうよ。確か……アドリアス・ド・エルドランと言ってたわ」
リップがポチャリーヌに答えていたけど、偉そうな名前だ。
「ふむ、成る程、分かった」
ポチャリーヌがニコニコして言った。
「フハハハハ! まあ妾に任せておけ! とは言え、姿を変えると言っても、実際に体を変化させる事は出来ないぞ。見た目を変えるだけだがな」
何だかポチャリーヌが、悪い魔女みたいだ……
「人魚姫の伝説にならって、幸せな結末にしてみせるわ!」
「まて、人魚姫ってナニ? 何であんたが知ってるの?」
「妾の居た世界、クリスエラールに伝わる話だ。お主の世界には無いのか?」
「あたしの世界にもあった話だけど、最後は泡になって消えてしまうのよ」
「消えてしまうとは、何と言う悲劇だ」
「……え~と、出来れば悲劇じゃ無い方でお願いします……」
イリヤさんがおずおずと言った。
「大丈夫だ! フハハハ!」
本当に魔女みたいだね、魔王だけど……
人魚と言えば想像上の生き物だけど、この世界、トリエステに人魚は存在しません。ポチャリーヌによると、クリスエラールにもいないそうです。上半身がほ乳類、下半身が魚類なんて生物は存在し得ないのでしょう。シードラゴンはどちらかと言えば、地球のジュゴンに近い生き物のようです。
ジュゴンと言えば、人魚のモデルになったと言われる生き物でしたね。そういう意味では、人魚姫になぞらえるのは、あながち間違いじゃないのかも?
「では一度魔法を掛けてみようか。その前に聞いておくが、お主は歩く事は出来るのか?」
と、ポチャリーヌはリップに聞いてるけど、シードラゴンって歩けるものなの?
「大丈夫よ、お姉様には無理でしょうけど、私は出来ますよ」
と言うとリップは、ひょいと立ち上がり、尾びれを使って器用に歩いた。歩くと言うよりは、小さく飛び跳ねてるんだ。
ポチャリーヌはさっとリップを指差し、「ミラージュ」と唱えました。するとどうでしょう、リップの姿が徐々に変わって行きました。しかも服を着た状態で。
11歳なので背は低いけど、と~っても可愛い女の子になった。
「ちょっ……! リップが人間になると、こんなに可愛いのっ?」
ルージュが興奮してた。
「いや、人間になった訳じゃないぞ。光学魔法で目に映る映像を、人間に見えるようにしただけだ。だから触られると、すぐにバレるぞ」
以前青い折り紙を花に偽装した時の魔法ですね。
「触られたらどうなるの?」
ルージュが心配そうに、ポチャリーヌに聞いた。
「花と違って人間の姿に偽装する為には、かなり複雑な術式になっているのだ。触られて魔力がゆらいだだけでも、偽装の魔法が機能しなくなる」
「……え~~……つまり、バレるってコト?」
ルージュがそう言うと、一同ポチャリーヌを見た。
「うむ、そうだ。だから決して触られるなよリップ」
触られちゃいけないなんて、難しい条件だよね。リップに出来るんだろうか?
みんなも心配そうだ。
「それより、自分の姿を見せてよ~~」
と言って、頬を膨らますリップ。シードラゴンの頬が膨らむ訳が無いので、これはエフェクトなんだ。ポチャリーヌったら、芸が細かいね。
・・・
「嬉しいよリップ、やっぱり君は人間の女の子だったんだね」
アディはそう言いつつ、リップの手を取ろうとした。
「あ~~ダメよ! 私に触っちゃ。私はアレルギー体質なので、他人に触られると大変な事になっちゃうのよ!」
「そ……そうかい……分かった、触らないよ」
ここまでは打ち合わせ通りね。
あたしとポチャリーヌは、リップの補佐の為に付いて来ました。認識妨害魔法を使って姿を隠して、少し離れた場所から見守っています。
「フフフ……やはりな、人魚姫の伝説通りになって来たな」
などと言って、不気味に笑うポチャリーヌ。
「どこが伝説通りだっての?」
「お主、相手の少年が誰だか知らんのか? アドリアス・ド・エルドランとは、隣国エルドランテ王国の第一王子だぞ。次期国王と言う訳だ」
「なぁっ!? お……王子様なの、あの子?」
あたしは超ビックリ! 貴族どころじゃなかったよ。どうりで物腰に気品があったわけだ。でも、王子様を騙す事になるけど、それは大丈夫なんだろうか……
そんなあたしの心配をよそに、どんどん話は進み、リップは王子様の船に乗せてもらう事になりました。
さすがに王族だ、船と言っても魔法動力の大型クルーザーですよ。魔法で動くので帆はありません。水車のような車輪を回して進む、外輪船と言う種類の船です。あたしとポチャリーヌもこっそり付いて行きます。
王族の持ち物なだけあって、クルーザーの船内は豪華です。絨毯もフカフカで、歩くたびに足跡が付くので、気を付けないとバレそうだ。ポチャリーヌは靴だけど、あたしは素足でドラゴンの足跡だってよく分かるので、足の指をとじて靴の跡に見えるように歩いてます。
王子様はリップを従者の方達に紹介しています。リップも元貴族令嬢なので、こういう時のマナーは完璧です。王子様も驚いておられますね、庶民にしか見えないリップが、貴族の礼儀作法を心得てるのですから。
「リップは貴族令嬢なのかい?」
「昔の事です……」と言って微笑むリップ。
「あの子本当に11歳なの?」
「シードラゴンは早熟なのだろうて」
周りに人がいるので、何となくヒソヒソと話します。
「まあ、アディ! そのお嬢さんはどなたですの!?」
いきなり声を掛けた者がいました。それは王子様と同じ位の歳の少女で、豪華な金髪を縦ロールのツインテールにしていました。高そうなピンクのドレスを着ていて、絵に描いたような悪役令嬢です。
「……最近妾も、お主の考えている事が分かるようになってな。あの娘を悪役令嬢などと考えているな」
「はぁうっ……あんたはエスパーか?」
図星をつかれて、びびるあたし。
「いや、お主の会話にたびたび出て来る単語だろう。それより、面白い展開になって来たな。ますます人魚姫伝説のようではないか」
ポチャリーヌは楽しんでるけど、あたしはリップが心配です。
「シエステ、こちらのお嬢さんは、この前知り合ったばかりの友人だよ」
「あら? そうですの。なら婚約者の私にも、紹介して下さいな」
「こちらはリップさんだ」
「リップさんですの、どちらの家のリップさんかしら?」
シエステが意地悪な質問をしてるよ。リップに家名を言える訳ないのに……
「リップ・フォン・アクダインですわ、シエステ様」
名乗った! 大丈夫なの? お父さん捕まったのに。そしてスカートをつまんで持ち上げる挨拶をした。カーテシーって奴だ。っていうか、そのスカートは映像なのに、どうして持ち上げられるのよ?
ポチャリーヌがフフンという顔をした。これもエフェクトか。
「私はエルドランテ王国レクティン公爵家次女、シエステ・フォン・レクティンですわ。次期国王のアドリアス様の婚約者なのよ」
「えぇっ! アディって、お隣の国の王子様だったの! 知らなかった。でも、エルドランテ王国って、うちの国よりも小さな国でしたわね?」
「なっ……! 無礼な! 何て事を言うのかしら!」
「ごめんなさい、気にしてらしたのね……」
「キィ~~! あなたなんか、アディの友人にふさわしくありませんわ!」
リップったら、思った事をすぐに口に出すんだから……
王子様がオロオロしているよ。
「シエステは来たばかりだろ? 服を替えておいでよ」
「そうですわね、では着替えてまいります」
と言ってシエステは、従者を引き連れて部屋を出て行った。
「すまないねリップ、いつもは良い子なんだけど……」
「あ、大丈夫です。私のお姉様も似たようなモノですから」
何気に姉のルージュをディスるリップ……
すると、服を替えて来たシエステが勢い良く入って来た。
「あなたのお父様は、犯罪者なんですってね!」